瓦礫の空、鉄の祈り
西暦2342年。かつて「地球」と呼ばれた惑星の空は、厚い鉛色の雲と、静止軌道上に漂う無数の宇宙ゴミ(スペースデブリ)に覆われていた。地表から見上げる星空は、本物の星ではなく、打ち捨てられた衛星や破壊された宇宙ステーションの残骸が太陽光を反射して放つ、偽物の輝きに過ぎない。
カイ・レンは、古びた廃品回収船「サルベージ・ワン」の操縦席で、耳障りなアラート音に眉をひそめた。機体はガタが来ており、酸素循環装置からは常に微かな異音が漏れている。彼の仕事は、この「瓦礫の空」の中から、再利用可能な希少金属やエネルギー・セルを拾い集めることだった。それは銀河の最底辺を生きる者たちの、泥臭い日常である。
「また警報か。おい、爺さん。この船の右舷センサーはもう限界だぞ」
カイは通信機のスイッチを叩き、居住区にいる老整備士に呼びかけたが、返ってくるのはノイズだけだった。この孤独こそが、宇宙での唯一の友だった。
その時、広域スキャナーに奇妙な反応が映し出された。通常のデブリとは異なる、規則的な波形。それは数百年前に失われたはずの「旧帝国時代」の信号パターンに酷似していた。カイの心臓が高鳴る。もしこれが古代の遺産であれば、一生遊んで暮らせるほどのクレジットが手に入る。
「ビンゴだ……。座標10-44-09。方位を固定、加速する」
スラスターが火を噴き、回収船はデブリの群れを縫うように進む。前方に見えてきたのは、巨大な繭のような形をした黒いカプセルだった。表面には見たこともない幾何学的な紋様が刻まれ、周囲の光を吸い込んでいるかのように暗い。
カイは慎重にマニュピレーターを操作し、そのカプセルを船内に引き込んだ。貨物室に降り立ち、重い防護服に身を包んで獲物を確認する。カプセルの表面に触れると、指先から冷たい振動が伝わってきた。それはまるで、機械が深い眠りの中で呼吸しているかのようだった。
「これは……ただの衛星じゃない」
彼がコントロールパネルの端子をカプセルに接続した瞬間、貨物室の照明が激しく明滅した。船のシステムが未知の言語で上書きされ、モニターには見たこともない数式が滝のように流れ落ちる。
『――アクセス承認。生体反応を確認……。再起動シークエンスを開始します』
冷徹だが透き通るような女性の声が、船内スピーカーから直接脳内に響いた。カプセルのハッチが静かに開き、中から溢れ出したのは、眩いばかりの青い光と、無数の銀色に輝くナノ粒子だった。
光の中から現れたのは、半透明のホログラムとして投影された少女の姿だった。彼女の瞳には、現在の銀河では失われた「本当の青い空」の色が宿っている。
『私はアイリス。第十三世代型・自己増殖式思考回路……。観測者として、あなたを登録しました。マスター・カイ』
カイは呆然と立ち尽くした。彼が拾い上げたのは、ただの鉄屑ではなかった。それは、宇宙の運命を狂わせる「禁忌の知性」だったのだ。窓の外では、彼を追ってきたのであろう軍の強襲艦の影が、巨大な黒い影となって近づいていた。
運命の歯車が、音を立てて回り始めた。この錆びついた空の下で、人類最後の物語が幕を開けたのである。




