新入隊員 和田信太
俺は寺間さんに連れられていた。どうやら征桜隊の本部がある「冥閣府」というところに向かっているらしい。
「どうだ?速いだろ?」
寺間さんの頬は太陽のように輝いていた。
「でもこれ何です?鳥?」
そう、俺たちは鳥?のような物に乗って移動していた。これも妖術の一種なのだろうか。
「これはなぁ、『式神』っていうんだ。影法師とか聞いたことないか?妖力を練って動物の形に具現化するんだ。」
シキガミ?グゲンカ?今まで聞いたことのない言葉が耳の中に入ってくる。
「難しいよな。まぁ、日が経てば覚えるよ。」
俺の顔を見て慰めるように言ってくれた。どうやら、寺間さんは優しいみたいだ。
「とうちゃーく。」
あっという間に流れる景色を見ていたらピタッと式神が止まった。
「ここですか?」
そこは以前の大災害によって瓦礫の山と化していた住宅街であった。寺間さんは式神から降りると瓦礫の山をサッカーボールの様に蹴り飛ばした。相変わらずの馬鹿力であろうか。
「あった、あった。」
寺間さんの視線の先には小さな魔方陣のような物があった。
「ここに立ってくれ。」
そう言われ足を踏み入れた途端、魔方陣のような物がピカッと光った。寺間さんが狭い魔方陣?に押し入ってきた。
「狭いけど我慢しろよ。」
寺間さんはそう言うと胸の辺りで人差し指と中指を立て、小さく唱えた。
「万転」
目の前がフッと白く光った。眩しさから目を細めた。白い光が絶えるとそこは外であったが、目の前には巨大な平等院鳳凰堂のような和風の木造建築が建っていた。
「寺間さぁーーん!」
遠くから若い声が聞こえ、段々と近づいてきた。ギュッ!勢いよく抱きついたためか、大きな音が鳴った。
「ったく、いちいち痛いんだよ。」
「いやいや、昨今は何があるか分からないでしょう!!みんな心配なんです!」
かなり興奮気味のようだ。
「ん?」
目があった。栗のように丸っこく、可愛い眼だ。
「寺間さん、もしかして?…」
「あぁ、そうだったな。こいつはな…」
寺間さんが言いかけた。
「隠し子!?寺間さん??子供いたんですか!?」
「「はぁ?」」
思わず俺も声が出てしまった。
「なんで、なんで、一番弟子の俺に!!伝えてくれなかったんですかぁ!」
「いや、子供じゃねぇし。てか一番弟子って何だよ。お前を弟子に取った記憶はねぇぞ。」
「嘘だぁぁぁ!!寺間さんは俺と結婚するのにぃ!うわぁぁぁ!!」
大空に響くような大声で叫びだした。
「もうああなったら放っておくしかねぇ。さっさと行くぞ。」
そう言われ手を引っ張られた。
「寺間さぁぁぁ…」
どんどん彼の声が遠くなるほど自分たちがどれほど移動しているかが分かった。
「ここだ。」
そこには『征桜隊 参謀本部』の文字が扉の横の木の板に刻まれていた。コンコンコン。寺間さんの三回ノック。
「失礼します。」
寺間さんはそう言って中に入る。
「し、失礼します。」
自分も釣られるように中に入った。入った瞬間、目に入ったのは大きな半円の机にきちんと並べられた椅子に人形のように背筋良く座る老人たちだった。あまりにも厳かな雰囲気に少し後退りした。
「こいつが今回、特別入隊させたい者か。」
「はい。」
寺間さんは短く答えた。
「申し訳無いけど、強そうには見えないなぁ。」
心無い言葉が耳に刺さった。
「まぁよい。取り敢えずこっちに来い。そして立て。」
指示がハッキリしている。こんな上司の下で働いてみたいものだ。誘導された場所は半円の机の真ん中であった。
「さっき、この馬鹿が貴様のことを侮辱したがな、我々も今回の『大妖事変』で戦力に手痛い打撃を喰らった。その為、君の入隊を許可したんだがな…。」
「だぁーかぁーらぁー。何回も言ってますよね?その人の入隊には反対です。」
老人の中に一人だけ若者がいた。さっきの馬鹿者とはこいつのことだ。サラッサラの金髪にピアス、片腕にはタトゥーのような模様まで入っている。
「葛目よ。貴様、今の征桜隊が置かれている状況が分からんのか。『大妖事変』により首都は妖怪の手に堕ち、我が隊も損害を受け、日本全土が混乱している最中には猫の手も借りたいのだ。」
「東雲さんこそ、頭を冷やして考えてくださいよ。素性の調査が充分調査出来ていない一般人、しかも相当量の妖力を持っている。確かに都合は良いかもしれない。だが、仮にだ。もし、そいつがスパイだったら?はたまた人間に化けた妖怪だったら?そんな事含めて僕は反対だと述べているんです。」
もちろん、俺は東雲さんやらに頑張ってほしいのだが葛目とやら馬鹿者も筋が通っているので中々の大論戦になりそうだ。
「ケフン!!」
奥のお偉いさんが座る席にいたかなりの老人が咳き込んだ。みんなが一斉に彼方を向いた。空気が一瞬にして変わった。恐らく、席の位置、この雰囲気から考えるにコイツらの長で間違いない。一体どんな発言が口から出るのだろう。
「下関(しもの"せき")で儂が咳き("せき")込
む。」
?
どこからか冷たい風が肌を撫でた。失礼極まり無いが、全く面白くな…
「入隊確定!!面倒は寺間っちが見てね!」
?
「なっ、総隊長!毎回の事ですが、貴方の意見を中心にこの会議を行ってはそれはもう意味は成さないでしょう!何のために我々がこの場に集まっていると思うんですか!」
葛目は反論する。しかし、誰も彼には同調しようとしない。いや、総隊長に反対しないというのが正しいのだろうか。
「安心せい。葛目よ。この者が成果を出さねばそれ相応の処置を与える。」
「し、しかし!」
「葛目よ…。今日はこれでいいな?」
「……分かりました。」
葛目は退いた。何だか、年功序列社会の縮図のような気もした。
「良かったな。」
寺間さんが肩を叩いてきた。
「あの、さっきの駄洒落って?」
「あれはな、有賀総隊長が発言をする前に発する、枕詞みたいなもんだ。」
寺間さんは落ち着いている。
「とにかく、お前は今日から歴とした征桜隊の隊員だ。おめでとう。」
「ッチ。お前らいつか痛い目見るぞ。」
葛目が口を刺してきた。
「そうならないように、俺が見るよ。」
寺間さんが返すと葛目は知らんぷりした。
「ちょっと待て。」
寺間さんと退室しようとすると後ろから声をかけられた。
「どうされました?」
声の主は先程の有賀総隊長だった。
「いや、寺間くんは大丈夫じゃ。新入りの君だけ残ってくれ。」
「分かりました。あまり粗相のないようにな。」
優しい目で語られた。ガチャっと音をたてて、扉はしまった。いつの間にか皆、退出したようで室内には有賀総隊長と俺だけが残っていた。
「君はどこまで我々、あるいは妖怪について知っている?」
「すみません、あまり分かりません…。」
正直に答えた。
「そうか、では説明しよう。」
ニコッと有賀総隊長は微笑んだ。愛想のある心地の良い笑いであった。
まずは我々、征桜隊の事から説明をしよう。征桜隊が結成、成立したのは江戸の中期であった。その頃は立て続けに天明の大飢饉、浅間山の大噴火などが起こっていたんじゃ。その為、民衆は大混乱。この大災害をもたらしたのは妖怪たちであったが、こやつらはこれだけでは収まらなかった。飢饉に苦しむ民衆の宅を襲い、町を破壊し尽くした。ついには幕府から討伐隊が出動するも、人知を凌駕した妖怪には敵わなかった。この状況を問題視した幕府が「悪しき妖怪を征伐する若き桜たち」として陰陽師を集めたんじゃ。これは征桜隊の名前の由来にもなっとる。結成当初の征桜隊はまさに無敵であった。永らく江戸という大きな戦乱のない時代に陰陽師たちは飢えていたんじゃ。しかし、そんな無敵の征桜隊も長くは続かなかった。君も知っておるじゃろ。新政府軍と旧幕府軍がぶつかった戊辰戦争が勃発したんじゃ。征桜隊の中にも色々な思想を持っている者もおる。そこで征桜隊は真っ二つに割れてしまったのだ。無敵の陰陽師同士が戦った為、征桜隊はボロボロになってしまった。だが、征桜隊の歴史はこれでは終わらない。明治時代、ある二つの戦争が起こった。日清・日露戦争じゃ。特に、日露戦争では兵力の不足を補うために征桜隊が本格的に動員された。君は聞いたことがないか?日露戦争において、日本軍と共に戦った軍隊狸の話を。あれも陰陽師の妖術の一つじゃ。これらの実戦を踏まえて、再び征桜隊は力をつけたように思えた。しかしな、盛者必衰の理とでも言うのであろうか。この栄光も長くは続かなかった。1941年、真珠湾攻撃を契機とした太平洋戦争が勃発した。緒戦は快進撃を遂げた日本軍及び征桜隊であったが、太平洋の島々において防衛戦を行う際、陰陽師も食事が無ければ生きることは出来ない。しかしながら、日本軍の物資輸送船は次々と海に沈んでいった。小さな島に孤立した日本軍以下征桜隊はほとんどが餓死していった。それでも生き残った隊員は征桜隊を復興させていった。それで今に至る。
「すまんな。少し、いや。かなり長くなったな。ハッハッハ。」
まるで分厚い辞書を頭に叩き込まれたような感覚だった。
「随分長いんですね。」
こんな言葉しか出てこなかった。
「そうじゃな。それと、次の説明に移ってもよろしいかな?」
「わ、分かりました。」
次は今の日本の状況じゃな。まぁ、簡単に言えば東京は妖怪の手に堕ちた。今では危険区域となっており、政府及び我々征桜隊が管理しておる。さらに元々、我々は秘密裏に活動していたんじゃが昨今の大事によって首都機能が機能不全に陥ったのと、政府との首都機能復旧を図るために首都が新しく京都になったんじゃ。多分お主は転移術「万転」で移動してきたじゃろ?だから分かんないかもしれんが、ここ京都ね。征桜隊の本部、そして妖怪関連の事象を対応、研究、調査する為に設立された行政機関「冥閣府」。これらが置かれた京都は今や妖術師の多さから「妖都」なんて呼ばれとる。さらには冥閣府の最高指揮官として征桜隊から「妖務大臣」が入閣したんじゃ。それが、儂じゃよ。儂はお偉いさんじゃぞ!頭が高い!なんつってな。以上が征桜隊隊員として知ってもらいたい事じゃ。
とにかく長かった。いつの間にか窓から西日が射し込んでいた。
「まぁとにかく、儂が言いたいのはこれから頼むぞ、ということじゃ。」
「は、はい!頑張ります。」
咄嗟に背筋がピンと伸びた。
「良い返事じゃ。退室して良いぞ。」
「失礼しました。」
外に出るとさっきの馬鹿者…じゃなくて葛目が立っていた。
「遅いぞ。何十分待たせたと思ってる。」
相変わらずの喧嘩腰だ。
「いや、有賀総隊長の話が長かったので…」
「言い訳は要らねぇよ。さっさと来い!」
怒り気味の顔に乱暴な手振り。これは友達少ないな。そう思いながら葛目の背中を追った。
「外に出るぞ。迷子になるなよ。」
大企業のようなエントランスから外に出ると、征桜隊の本部に夢中になっていたからか、さっきは見られなかった景色がたくさん散らばっていた。映画やドラマで見るような江戸時代の小さな木造建築が果てしなく続いていた。
「ここって本当に現代?」
「あぁ?何で敬語じゃないんだ?俺は先輩だぞ?敬語は?け・い・ご!」
顔を大きく歪ませて言ってきた。本人は怒り顔のつもりだろうが、俺には変顔にしか見えないので笑いそうになった。
「ココハ現代デゴザイマスカ?」
「そうだ。只、普通の街中ではないからな。この奥まで征桜隊及び冥閣府の土地なんだ。こんなに木造建築が多いのはズバリ言えば対妖怪に適しているからだ。木造建築は破壊されやすいイメージがあるが、日本古来から使われてきた建築材料、建築方法は耐久性を高める妖術を練り込みやすいんだ。」
ふざけて聞いたが、思った七万倍為になる答えが返ってきたので思わず感心してしまった。
「やるやん。」
「あぁ?」
「スバラシイ説明デゴザイマス。」
「うんうん。」
やっぱこいつ面白い。しばらく歩くと、葛目は四階建ての横に長く伸びた旅館のような所で止まった。
「今日からお前はここで寝泊まりしてもらう。水道代、光熱費、その他諸々政府負担!税を払ってくれている全国民に感謝して暮らせ!」
そう言って自室の鍵を渡された。そこには307と書かれていた。昔ながらの横引きの戸を開けると、まさに温泉旅館のような大きなロビーが広がっていた。どの人も腰に刀をさしていた。
「あら?新しい人かしら?いらっしゃい。」
小さな竹製の柵?のような物で仕切られた簡易的なカウンターのような所にお婆さんがちょこんと立っていた。
「こいつが例の特別入隊のガキです。」
指で顔を強めにツンツンしながら紹介された。
「あら?話には聞いていたけれど、可愛いじゃない。」
可愛い?そんなことを言われたのは赤ん坊ぶりだった。
「挨拶しねぇのかぁ?えぇ?」
隣から葛目の尖った声が聞こえた。
「よろしくお願いします!」
「よろしくねぇ。それじゃ、早速案内させてもらうよ。」
お婆さんはカウンターから出てきた。背はかなり小さく、すぐ横に並べば視界に入らない程であった。階段を何回か登って広い廊下についた。外から見た通り、延々と続くように思えた。
「ここが貴方の部屋よ。」
しばらく歩き、扉に掛けてある木の板に307と粗く掘られた部屋についた。
「綺麗に使うのよ~」
そう言ってお婆さんはスタスタ去ってしまった。
(……)
「葛目さんは帰らないんですか?」
しばらくの沈黙があった。
「なに言ってんだ。俺はお前の教育係だ。今から明日から始まる俺様特製のトレーニングメニューについて説明させてもらうからな。」
(な、なに!?)
こいつが教育係とは誤算だった。
「あ、あれ?寺間さんは?」
「あぁ?あいつはなぁ、お前みたいな雑魚に構ってられるほど暇じゃねぇんだ。」
「僕の面倒見てくれるんじゃないんですか!そんなに忙しいんですかぁ!」
「あったりめぇだ。なんたって、あいつは征桜隊の一級隊員が集う第一部隊の副隊長だからな。」
「まじ!?」
「あぁ?」
「誠デゴザイマスカ。」
「うんうん。」
それにしてもあの何とも言えない浮遊感?を持つ寺間さんが征桜隊の重要なポジションとは思わなかった。
「とにかーく。お前は明日五時起きな!」
「へ?」
「ご存知の通り征桜隊の戦力も不足している今、上層部は一刻も速くお前を育て上げたいそうだ。その為に、これから一ヶ月。お前には超ウルトラハードな訓練を課す。」
「いっ、一ヶ月!?」
「こんなんで驚くな。普通は何年もかけて育成するんだ。只、お前がずば抜けた妖力量の持ち主っていう理由だからだ。」
そういえば忘れていた。俺はお遊びで征桜隊に入隊した訳ではない。これからは妖怪たちと戦うために実力をつけなければならない。もしかしたら、死ぬかもしれない。そんなことが頭によぎる。
「やれないなら、ここで辞めろ。弱音を吐くような弱いやつはいらねぇからな。」
俺は逡巡した。
「やるよ。」
葛目は驚いたような表情を見せた。彼の瞳にはどんな俺の顔が映っていたのだろうか。
「そうか。じゃあ、最後までついてこい。手加減はしねぇからな。」
「もちろん。」
俺は間髪いれずに返事をした。
「じゃあ、明日朝起きたらランニング十キロ三十分な。」
「へ?」
「やるんだろ?」
葛目の顔には悪魔のような笑みが浮かんでいた。




