転機
2030年の夏、「首都・東京」は「死都・東京」となった。
2030年8月22日 東京 新宿
「にげろぉ!」「イヤァァァ…!」
人の肉塊が飛び散り、グシャグシャと咀嚼する音まで聞こえる。突如として現れた化け物は人々を蹂躙した。
(何なんだあいつらは!なんでいきなりっ!!)
和田信太、普通の高校生、彼はもう死の間際であった。
「ヤメッ、やめてくれぇ!」
前に立ちはだかる化け物が顎が外れるのではないかというほど大きな口を開ける。
(俺ここで死ぬのか…人生十七年。楽しかったなぁ。でもスマホの検索履歴消してねぇよぉ。)
化け物の口から太い唾液?が糸を引いている。俺はそっと目を瞑った。
「グワァァァァァ」
途端に化け物の叫び声が聞こえた。
「なんだ、学生さんかぁ?」
幼げな軽い声が聞こえた。そっと目を開けるとそこには髪が目にかかり、身長は160ほどの男が立っていた。
「とりあえず避難しよか~」
服の肩を引っ張られた。その体格に見合わないくらいの力でズルズル引きずられた。瓦礫の陰になるところまで来るとようやく手を離してくれた。
「あ、あの何なんですか!あいつらは!」
「んー?妖怪ってやつかな。」
「はっ?」
思わず声が出てしまった。
「妖怪はあんたが想像する通り、一反木綿とかそこら辺の奴らだよ。まぁ、俺たちが戦ってるのはソイツらよりも何十倍も凶暴な奴らだけどな。」
「た、戦ってる?どうゆうこと何ですか!」
「説明するとかなり長くなるけど大丈夫?」
「いや、大丈夫です!」
「そもそも妖怪はなぁ…」
バゴーン!!
男がそう言いかけたところで瓦礫の山から化け物、妖怪が現れた。
「ヒッ、ヒィ!」
恐怖でうまく立てなかった。
「下手に動くなよ!死ぬぞ!」
男が手で制止をしてきた。そして男は虚空に手をかざした。
「俺たちは陰陽衆・征桜隊。悪さをしてる妖怪たちを斬ってるんだ。」
男が言い終えると男がかざした手の周りから色がかかった霧のような、北欧の空に架かるオーロラの様なものが出てきた。
「その汚ない面、真っ二つにしてやるよ!」
男が手にした、手に出したものは刀であった。その刀身には周囲の景色が鮮明に彩られる程、研ぎ澄まされていた。
「川内流・陽炎」
男はそう言い刀を振り上げた。高速で打ち出された斬撃は寸分の迷い、狂いもなく妖怪を真っ二つにした。
「どうだ?格好いいだろ?」
妖怪?が声を発する間もなく散り散りになっていった。俺は驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。目の前で起きていることがあまりにも超常的で、常軌を逸していて。
「もうこれ以上の人間は助けられねぇ。一緒に引き揚げるか。」
男は俺の手を掴み再び連れ出そうとした。
「ま、待って!俺の親は大丈夫なのか!?」
思い出したように言った。母子家庭の俺の家には母が一人で留守番している筈だ。
「お前の親?そんなのは知らねぇよ。こっちだってイレギュラーな事態過ぎて何がなんだか理解できてないんだ。」
「あんたら、陰陽衆とかなんだろ!?何とかしてくれよ!」
「落ち着けバーカ。下手に深くまで突っ込んでも何があるか分からねぇ。俺でも守れねぇぞ。」
「そ、そんなぁ…」
「安心しろ。俺以外にも征桜隊の隊員が駆けつけてる。ソイツらが見つけてくれるさ。もしかるすると、もう救助されてるかもな。」
「わ、分かった。ありがとう。」
「良いね!礼は大切だぞ!」
そう言われて俺は再びどこかへと連れられて行った。
「これで何人目ですかねー。多すぎて分かんなくなるわ。」
俺は避難所となっていた小学校の体育館に居た。居た、というのはこれまで起こったことが衝撃で軽いショック状態になっていたからだ、と思う。
「もうここも一杯ですかね。」
「そうだな。別の場所を探すか…」
さっきの男の他にもう一人、眼鏡をかけた知的な男が立っていた。
「いや、その必要はないと思います。」
「何を言ってる。まだ助けを必要としている人がいるかもしれないんだぞ。」
眼鏡さんの声のトーンが大きくなった。
「荒津さん。よく考えてください。妖術を使える僕らとはいえ、未だ妖怪に対しては未知数なことが多いんです。さらに言えば僕たち、比較的熟練な方でも死傷者が出てるなんて報告もあります。今のままでは危険すぎる。」
さっきの男の人は冷静に話した。一方の眼鏡さんは悔しさからか、歯を食いしばって言った。
「…そうだな。命に優先順位があるとは言いたくはないが…仕方ない。」
―三日後―
『本日入りましたニュースです。8月22日、東京にて原因不明の大災害が発生した件について、内閣府及び各省庁の発表によればあれらは科学の領域を大きく逸脱した「妖怪」による攻撃であると発表しました。』
避難所に置かれていたテレビからそんな声が聞こえた。「妖怪」…避難所は混乱しているようだった。俺も同じく心の整理ができていない。両親との連絡が未だについていないのだ。
「やぁ。ちょっと良いかな?」
不意に後ろから声をかけられた。昨日の男だ。
「はい?」
「報告、というか、何と言うか…」
「何かあったんですか?」
「君の、母親らしき遺体が見つかったんだ。」
「な、母さんが…?」
「あぁ…。」
「ひ、人違いでしょう!!」
頭が文字通り真っ白になった。言いたいことはたくさんあった。なのに、声が出なかった。
「科学的な鑑定、俺たちの能力を用いた鑑定でも君の親族だと断定された。遺体の身体的特徴から見て女性で間違いはない。」
「そ、そんな……」
「すまない。俺たちがいながら…。只、能力を用いた鑑定で君の親御さんから常人の何十倍もの妖力を感知した。」
「よ、妖力?」
「俺たちが妖怪に対抗する術、『妖術』その妖術を発動するための力の源となるのが『妖力』。つまり、その妖力は君にも受け継がれている可能性がある。というか、受け継がれている。」
『妖術』、『妖力』。漫画でしか見たことの無い言葉ばかりが聞こえてきた。まるで御伽話のような気がした。
「俺の中にそんな力があるんですか?」
「そうみたいなんだ。そこでだ。お前、征桜隊に入らないか?」
「俺が、ですか?」
急な誘いに驚きのあまり目を大きく見開いてしまった。
「あぁ、君の妖力量なら征桜隊の熟練たちにも匹敵する。もちろん、訓練は必要だけどな。お前も、人を助けることが出来るんだ。」
「人を、助ける…?」
「やるか?」
『人を助ける』俺はその言葉を目を瞑り、反芻した。母が死に、帰る場所を無くした。そんな俺に出来ること、『人を助ける』。
「少し時間いいですか?」
俺は尋ねた。
「もちろん。無理はしなくていい。ゆっくり、時間をかけて決めてくれ。」
「ありがとうございます…」
そう言って俺は場を離れた。
―――ここ最近、色々なことが起きた。しかし、頭の中は母のことでいっぱいだった。母の記憶が思い出される。懐かしい、嬉しい、そんな匂いがしてきた。でも、もう戻れない。帰れない。視界がぼやけた。
『人を助けなさい。』
………!!。母の言葉だ!どこからか聞こえた。必死になって辺りを見回した。しかし、見えるのはいつも飴を分けてくれるおばさんと、子守りに忙しい家族連ればかりだった。。でも、確かに聞こえた。母の声。
(もしかしたら見てるのかな……、母さんはどんな俺を望むのかな…)
今はそんなことで頭が埋め尽くされていた。
―翌日―
いつも通り周りの騒音で起きた。避難所生活では避けられないことだ。
『人を助けなさい。』
昨日聞こえてきた、この言葉。昨日の夜は色々思い出せた。母さんの好きな食べ物、好きなテレビ番組、そしてなによりも、母さんの口癖の『人を助けなさい。』ということ。この言葉の意味が今なら分かる気がする。家を、家族を、友人を失った人々が暮らしているこの避難所にいることで…。目を瞑れば、鮮明に思い出される、あの懐かしい日々。母さんの笑顔。パッと目を開け、立ち上がり、歩き出す。
「あの、すみません。」
探し歩いて十分やっと見つけた。あの男の人。
「お、決まったか?」
「…はい。」
一呼吸置いて言った。
「あの後、色々考えたんです。僕に今出来る、すべき事は何かって。そうすると、思い出すんです。母の言葉を。『人を助けなさい。』って。」
「それはつまり?」
スウッと深呼吸をする。そして、言う。
「征桜隊に入隊させてください!!」
「…その答えを待ってたよ。」
男の人はギュッと手を握ってくれた。
「俺は寺間蔵澄!よろしく!」
「和田信太です!よろしくお願いします!」
こうして、和田信太は齢十七にして「陰陽衆・征桜隊」に入隊した。




