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拾い子  作者: usamunk
7/11

父さんの嘘 町に行く約束

「父さん」

 父さんはぎくっとして振り向いた。

「ん?何だ」

「今日父さんの部屋に入ったんだ」

「何!?」

父さんは一瞬何か思い当たるような顔をしてからそう言った。

「それでさ。実は父さんの部屋に入るのは初めてだったんだよね。父さんからもらったスナック菓子の袋がもし母さんに見つかるなら、僕じゃなくて父さんが食べたことにしておいた方が父さんもいいかなと思ってさ。それなら父さんの部屋のゴミ箱に捨てて置けばいいやって。僕が食べたって母さんにばれると、また栄養がどうのこうの添加物がどうのこうの言われて大騒ぎになりそうだし。それで、父さんの部屋に僕の写真があったのを見つけたんだよね。机の端に。すごく趣味のいい感じの写真立てに入れられて。僕写真を撮ってもらった記憶がないから、あれはどうやったのかなって……」

父さんは低く唸った。その唸りには困惑をとそれをごまかす怒気が少しこもっている気がした。

「幸樹。人の部屋に勝手に入るものではない」

父さんは努めて優しく言おうとしているのはわかったけれど、押し付けるような断固たる感じと苛立ちを隠しきれずに言った。

 僕は戸惑いとショックで父さんが部屋の戸を開けて中に入ろうとするのを茫然と見ていた。父さんは立ち止まってこちらを見ないで言った。

「どうか、写真のことは忘れてくれ。これ以上……私たちにお前に嘘をつかさせないでくれ」

 うつむいてそれだけ言うと、逃げるように部屋に入っていってしまった。

 パタンと閉められたドアの向こうで父さんは何を考えているのだろう?あの写真は何なのだろう?

 翌日、僕は寝坊して十一時に起きてしまった。

 しまった。一時までにネット授業の課題を終わらせなければいけないのに。

 昨日の夜は、写真のことと父さんが言っていたことが気になってなかなか寝付けなかった。

 父さんは、僕に対して母さんと嘘を共有しているということだろうか?そうだとして、まだ三か月も一緒に暮らしていない居候に対してつかなければいけない嘘で、父さんがあんな深刻な態度になるほどの嘘とは何なのだろうか?まさか僕がこの家に来る前に何か重大な事件や犯罪がここであったとか?ならば、あの写真との関わりはどうなるんだ?わからないことだらけだ。

 僕が、記憶を失う前に父さんたちと関わりがあったのだとしたら……?そうすると、僕がこの家に来たことも偶然ではないかもしれない。僕が目を覚ました場所からこの家までは行き止まりからの一本道で、その途中に他に家も建物もなかった。まず目につく頼れる場所はここだけだ。

 考えを色々と巡らせながら時間をかけて服を着た。なんてことだ、宿題がまだなのに。でも、これこそすごく重要な問題な気がして気になって仕方がない。

 幸樹は階段を降りて、食卓でレシピ本を熱心に読む母さんに顔を合わせる前に、顔を洗ってきた。洗面所から居間に戻ると、母さんが本から顔を上げた。

「あら、幸樹。今朝はゆっくりなのね。三十分後くらいにお昼ご飯にするから、朝ご飯はいらないわよね?」

「うん。いらないよ。宿題を早くしなくちゃいけないから、お昼ご飯もその後に食べたい。僕の分は取っておいてくれる?」

「あらそう。わかったわ。勉強がんばってね」

幸樹は自分の部屋に戻って課題に集中した。そろそろけりが付くというところで、ノックの音が聞こえた。

「幸樹。入っていいか」

 父さんの声がした。

「うん」

父さんが戸を開けて入ってきた。

「幸樹……すまん。すまん、勉強中に……、すまん」

「そんなに謝らないで」

「明日は日曜日だな」

「うん。そうだよ、父さん」

「授業はなかったよな?」

「うん。そうだよ。父さん」

父さんは僕から目を逸らしながら言った。

「明日、町に行かないか?」

「えっ?」

幸樹は思わず聞き返した。

「本当?父さん」

「ああ」

幸樹は目を輝かせた。山から下りたことはなかった。父さんと母さんは幸樹を連れていこうとはしなかったし、幸樹も自分からそんな我儘は言えなかった。道も勝手も知らない幸樹に一人で山を下りることは考えられなかった。物の名前や生活に関わる一般常識はもともとあるのに、それが実際にどこにあるのか、自分とどう関わるのかわからないことが多かった。様々な物事を自分と卑近したものとしての実感は、ここでの生活の中で少しずつ手にしていったものだった。

「まあ、それでだ。十時までには起きてきなさい」

 父さんはおたついたように足踏みしながら部屋から出ていった。

 幸樹は椅子から飛び上がって大きく手を振り上げて一人で喜びを表現しようとした。しかしそんな幸樹に時計の針が目に留まった。中腰になった幸樹の前で時計は一時十分前を示していた。

「うわっ。やばい。後十分だ」

 幸樹は普段の三倍ほどの集中力を発揮して三分で宿題を終わらせた。


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