父さんの部屋にあった桜と撮られた幸樹の「写真」
自分の部屋から、母さんが父さんに内緒でこっそり毎月買ってくれるマンガ雑誌「eleven」を取ってきて、ソファに仰向けになって、テレビを見ながら読んだ。ついでに父さんが母さんに内緒で買ってくれたスナック菓子「チップスミート」の袋を開けて、読みながら食べた。空疎なお笑い番組と下らないギャグマンガにどっぷり浸かってくつろいでいると、あっという間に三時間ほどが経ち、父さんと母さんが帰るであろう時刻の三十分前くらいになってしまった。窓の外に目を遣ると、薄紅を溶いたような空の色をしていた。
「おっと、いけない」
チップスミートの袋を新聞紙で包んで父さんの部屋の屑入れに捨てて、elevenを自分の部屋の本棚に、背表紙を見せて縦に十冊以上並ぶ本と棚の背の内側の間に入れて隠した。テレビもニュース番組にチャンネルを変えた。
「沖縄では桜が開花しました。ご覧ください。満開の桜に、ピンクの絨毯。日本の春を先取りです」
日本には平和なニュースしかない。少なくとも幸樹には記憶にない。それにしても、さっき父さんの部屋にあった写真はどういうことだろう?
枝ぶりのいい花開いた桜の樹々と青空を背景にして、明るい屈託のない笑顔の自分がかなりのアップで写されていた。幸樹はそんな写真を撮られた覚えはない。この家に来てから、この地域ではまだ桜が開花したとは聞いていないし、周囲で桜の花を見た覚えもない。写真のように桜の花が目の中にいくつも重なり合うような場所には行った覚えもない。
幸樹の心にささやかな悪意のない疑問の芽が生まれた。
夕方、父さんと母さんが帰ってきた。幸樹は、疑問を解決しようと二階に上がる父さんの後をそっと追った。母さんのいないところで聞こうと思った。また、母さんに変な勘違いをされて泣いたりすがりつかれたりしては面倒だと思ったから。多分、父さんが自分の気付かないうちにうまく幸樹の写真を撮って、それを母さんに頼まれて桜の樹の写真と合成したとかそんなことだろうと思っていた。