「親切な」父さん、母さんと「幸福な」命名
「それでは、今のところ君に行き場所はないのだね?」
「はい」
もう一度「ふうむ」と唸った。
「では、ここで暮らすといい」
「えっ?」
あまりに親切な申し出に少年は驚いた。
「でも、ご迷惑ではないでしょうか?血も繋がっていないし、親戚でも子供でもないのに……」
「何構わん。私と母さんの二人暮らしだ。寂しくてならなかったんだ」
「でも……」
婦人が椅子から立ち上がって少年のそばに駆け寄り、すがるように手を取った。
「いっしょに暮らしましょう。放ってはおけないわ」
訴えかけるような目で少年を見た。少年は戸惑ったが、しかし実際他にどうしようもなかった。男が少年を上から下まで眺めて言った。
「それにしてもその格好で寒くはなかったかい?今は十二月だぞ」
少年は初めて自分の身なりに気付いた。状況が状況だけに、全く気にする余裕もなかったらしい。
「取りあえず風呂に入って暖まってきなさい。着替えを脱衣所に用意しておくから。ところで本当に自分の名前も覚えていないのかい?」
「はい」
男は思案顔になった。
「コウキというのはどうだい?」
「コウキ?」
「ああ、幸せの樹と書いて幸樹だ」
「とてもいい名前だと思います」
男は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、私たちのことは『父さん』『母さん』と呼んでくれ。いや息子が欲しかったんだが、どうも私たちにはできないようで。さっき『母さん』と呼んでいたのはちょっとした慣習なんだ」
「はい。よろしくお願いします」
幸樹も嬉しそうに元気よく笑って言った。
評価よろしくお願いします。