魔女たちは世界を巡り、心を贈り合う
魔女にとって贈り物は衝動だ。
箒に乗って空を飛び、北から南へ、西から東へ、各地をふらふらしながら贈り物を探す。せっせと花粉を運ぶミツバチのように、魔女たちはおのおのが執着する一つの物質から、衝動を揺さぶる贈り物を探し続けている。
たとえば装飾品。たとえば水。たとえば料理。たとえばキノコ。
端から見れば突飛がなくても、魔女からすれば真剣そのもの。そして贈り物は必ずしも、すでに世界に存在しているものとは限らない。
双子の魔女、ハレとアメ。ハレは文字を綴り、アメは絵を描いて贈り合う。自分の手で作っているものだから、二人の旅はいつも長い。けれど双子の神秘だろうか。不思議と、帰還が重なることは珍しくなかった。
◆
「あら、ハレじゃない。奇遇ね。いつ戻ってたの?」
「お、おかえり。私は一昨日帰ってきたところ」
光が差し込み、ごちゃごちゃと物が溢れるリビング。ソファでひっくり返っていたハレは、仰向けになったまま双子の片割れを出迎えた。
アメは大きなナップサックを床に下ろし、箒を壁に立てかけると、今回の贈り物を取り出した。
「それではあたしの半分よ、どうぞ受け取ってくださいな」
「ええ、喜んで。……あれ、油彩じゃん。画材はどうしたの?」
「親切な御仁が宿と一緒に提供してくれたの。おかげで快適そのものだったわ」
キャンバスに描かれていたのは陽光が降り注ぐ雪国の景色。ハレは少し迷って、イーゼルに立てかける。いつもの水彩だってもちろん心を惹かれるが、山ほどある絵画の中でも数枚しかない油彩の希少性は捨てがたい。
アメはソファを奪いつつ、テーブルに新しく積まれていたノートを手に取った。
「――『星屑の湖に霧雨が落ちる』。あら、今回はこれだけ?」
「うん。これで十分だなって感じたから」
「それは楽しみ」
アメの指先がくるりと回転して、文字をなぞる。浮かび上がるのはハレが目の当たりにして、アメに伝えるための言葉に変えた風景だった。
凪いだ夜の湖に、満点の星空が映り込む。空には雲一つなく、霧雨の気配はどこにもない。アメは静かな景色に惚れ惚れとした吐息を落とすと、笑顔を浮かべてハレを見た。
「また勝手に雨降らせてる」
「事実を伝えるためじゃないからいいでしょ。それにアメだって」
ハレの指が油彩画に触れる。アメがノートに触れたときと同じように再生されたのは、しんしんと雪が降る中、画角を探すアメの視界。
「ほら、やっぱり。人のこと言えないじゃない」
「ふふ、バレちゃった」
アメとハレはソファに並んで腰掛ける。空を飛べるようになり、世界を回るようになったそのときから、互いに積み重ねてきた贈り物が部屋には溢れている。
その光景は魔女の衝動がそのまま形になったもの。誰かを想って贈り物を探す衝動に魔女は突き動かされて、一生を飛び回る。
「アメ、次はどこへ行くつもり?」
「海を見に行くわ。ピンと来なかったらいつも通り、何も考えずに。ハレは?」
「北。あの雪国が綺麗だったから。明日には出るつもり」
魔女の衝動――あるいは本能を形容するなら、「愛」がきっと相応しい。けれど魔女の愛を受け止めるのは、普通の人間には難しい。
たとえば装飾品。たとえば水。たとえば料理。たとえばキノコ。たとえば文字。たとえば絵画。
贈り物のために旅をして、箒を数日休ませればまた旅に出る。贈り物を見つけて戻ってきたかと思えば、相手の想いに答える暇もなく次の旅に出てしまう。
だから自然と、魔女たちは結びつく。魔女からすれば、贈り物を見れば相手の心は一目瞭然。ハレとアメのように不思議と帰還のタイミングが合わなくたって、贈り物を与え合うだけで心は絡み合って満たされる。
「それじゃ、私はもう寝るから。またね、アメ」
「ええ。そのうち会いましょ、ハレ」
どうして休むことなく贈り物を探しているのか。魔女たちもその理由は知らない。けれど魔女の衝動は間違いなく、互いを幸せにするものだった。