意地
いつも読んで下さりありがとうございます。
本日二回目の投稿です。前話を見ていない方は初めにそちらをお読みください。
「ふん……守護兵だと? 魔族がこの国に足を踏み入れおって」
会議室の様な所にアレスを中心に軍服を着こんだ老若男女が集まる。ハル曰くこの国の武官と文官だそうだ。要はここにいる者は全員幹部であり、ここはアズラベル軍幹部の集まりだ。そして、セントラルタワーに到着した途端、案内もそこそこに開かれたこの幹部招集。現在この者達は翔流の処遇を話し合っているのだ。
「この者の内に秘める魔素は……確かに膨大な物ですな」
「魔王の分身とも言える守護兵など地下牢にぶち込んでおけばいいのです」
「しかもこの守護兵は不死人というではないか。それではカーンと大差ない。もしこの者がダーゼルムに渡りでもしたら、考えただけでも恐ろしい」
彼らは好き勝手に言葉を吐き、翔流に浴びせていく。
(やべぇ、心が折れそうだ)
自分が守護兵と分かっていてハル達の国に来たのだから、ある程度理解していた事だが、実際に体験してみると想像以上だった。まずハル、アレス、エルノアを除く全員に言える事として、必ず自分を蔑んだ目で見ているという事だ。そして、次に自分の扱いが厭くまで魔族と言う事だ。つまり三人以外、全員翔流の事を敵として見ているという事だ。
(どうしてこうなった)
事の発端は、アレスの一言から始まった。
『翔流少年には、我が軍に入ってもらう』
正直これを聞かされた時は翔流も驚愕したが、冷静に考えれば当然の事だった。
アレスは自分の監視下に翔流を置きたかったのである。そして、翔流本人にしても軍にいた方が情報を集めやすいと踏んでいた。つまり互いの意見が合致したのである。
「だが、もし彼を飼い馴らせる事が出来れば我が軍は飛躍的に強くなる事が出来る」
「そうだ、彼の魔素さえ利用できれば敵は一網打尽じゃないか」
「彼の魔素量は、魔王と同等だと言うしな」
と武官の数名が主張する。先ほどからこの繰り返しである。問答無用で牢屋にぶち込もうとする者と、この国の兵士として利用しようという者。既にこの論争も正直な所飽きた。
だが、翔流の意志とは無関係に言い争いは続く。
「だから、こんな危険な人物は牢屋に入れておくのが一番だ!」
「牢屋に入れるには惜しい人材だ!」
ああでもない、こうでもないと言い争っては、結局その二択に辿り着く。
一向に決まらない翔流の処遇。当然と言えば当然なのだろう。
感嘆を漏らす翔流。それを察知したハルが口を開いた。
「落ち着け、皆」
ハルの一言に会議室は静寂に包まれた。ここに向かう途中で聞いた話だが、ハルがこの国の最高司令官であり、アレスの次に権力を持っているというのは、どうやら嘘じゃないらしい。
「まず、浅葱翔流への侮辱は俺が許さん」
ハルの一言に室内は静まり返る。ここで名字をつけたのはここが正式な会議である事を示していた。
「次に、浅葱翔流の処遇についてだが、彼には我が軍に入隊してもらおうと思っている。まあ戦闘要員ではなくあくまで魔素を研究するための人員と考えてくれて構わない。彼には目的がある。そして、その目的も覚醒する前の魔王……いや深司千芹の奪還だ。まあ、奪還後は彼は軍を抜ける。言わば期間限定と言う奴だ」
「しかし……」
反論する文官を目で制す。
「彼には三尉を与えようと思う」
「……三尉だと?」
「……魔族の分際で幹部」
それぞれに口籠る文官達。この国の階級制度は、日本の陸上自衛隊と同じ呼び方をしているらしい。それの方が、翔流としては分かりやすいから有りがたいものだったが。ちなみに、この国では、アレスを将、ハルを将補、エルノアを一佐としている。日本で考えれば階級こそないもののその上に防衛庁長官と内閣総理大臣があるのだが、ここはアズラベルの軍だ。アレスは王と将を兼任しているのだろう。しかし三尉と言うとかなり上の階級になる。その扱いは三尉とは言え幹部クラスだ。他の実績から這い上がってきた幹部には堪らないものだろう。
「浅葱翔流は、この国にとって重要な役割を担っている。俺の目論見がうまくいけばこの国の勝利は約束されたも同然だ。それを考慮したうえで翔流を幹部に招いた。何か反論はあるか?」
重要な役割という言葉が翔流の胸に圧し掛かる。嫌なプレッシャーにも似ていた。だがそんな事はお構いなしにハルは話を進めていく。
「誰も反論は無いようだな」
先ほどまで反論していた反対派もハルの言葉にただ悔しそうに俯くだけだ。やはり魔族とは相当嫌われているらしい事がその行動で感じ取れた。
「なら、これで本日の幹部招集は解散だな」
「待ってください、ハルト将補」
凛とした声と、挙げられた手。その声の持ち主は、翔流よりも少し年上といった感じの女性だった。ちなみに、この国ではハルの名前は、ハルト・クロライクと言う名前らしい。とは言っても、翔流の中ではハルは穂積ハルなのだが。
「何だ? ラクア三佐」
「私には、その者が幹部入りをする理由がわかりません」
きっぱりと言い切るラクアと言われた女性。金色の髪と、ややつり目がちな眼が印象的だった。
「確かに、ハルト将補の言うとおり、その者にはこの国にとって重要な役割を担っているかもしれません。ですが、幹部とはこの軍の機密を担う者。何処の誰かも分からぬ輩がいきなり幹部入りと言われても、下の者に示しがつきません」
ラクア三佐の意見に反対派の人間が賛同する。どうやら、彼らは本気で翔流が幹部入りするのが気に入らないようだ。
「ほう。では、どうすればいい? 率直な話し、翔流の実力を示せというのだろう?」
嘆息をつくハル。ラクア三佐にストレートに答えを突き付ける。
「はい。下の者も納得がいくように筋を通していただきたい」
ラクア三佐は短く答えた。
◆ ◇ ◆
「どうしてこうなった」
眼の前には広い空間が広がっている。石畳を敷き詰めた正方形の闘技場。ここはセントラルタワーの地下演習室だ。そして翔流達はその控えにいる。その闘技場を囲むようにいるギャラリー達。結構な人数がそこには居た。
「悪い、翔流。あいつ等を言いくるめる事が出来なかったのは俺のミスだ」
「ミスってそりゃ当り前だ! そもそも、いきなり幹部とかありえねぇし。俺は三士から始まったって全く問題なかったんだ」
先ほどのハルの発言では、自分の階級は三尉。普通に始まれば三士から始まるのだから、周りの幹部が驚くのも無理はない。
「馬鹿いうな、俺はこの国では将補という立場にある。もちろんお前の世話は見るつもりだけど、手の回らない時もある。それが、士ならなおさらだ。だから最低でも幹部として扱おうとアレスと決めたんだ。それに士が俺やアレスの部屋を出入りしてみろ。それこそ軍法会議物だ」
「……そうなのか」
軍事に措いて階級とは絶対的な権力である。例え、任務とは言え、将や将補の部屋に士が出這入りすること自体が異常なのだ。
「しかもラクアの奴、よりによって、武級特進試験を選びやがって」
武級特進試験とは、この国に措ける階級を上げるための試験である。通常、階級を上げるには、それなりの実績が必要になる。戦場で手柄をあげる者も居れば、兵法を考え指揮を取り、軍に有益をもたらすなどの実績を考慮したうえで階級は上がっていくのだ。だが、この国には特別な制度がある。自分の実力を存分に発揮できればそれに見合った階級を与えると言う制度だ。そしてその実力を示す方法とはガチンコの殴りあいである。
その試験を翔流はこれから受けに行くのだ。そして、翔流の狙う階級は三尉。対戦相手は三尉がやってくるという事だ。
「しかも相手はソニア三尉かよ」
頭を抱えるハル。反対側に立っている兵士を一瞥した。一八〇は優に超える長身と、引き締まった筋肉。栗毛色の髪を肩まで伸ばし、一見遊び人にも見えなくはないが、こちらを覗く、冷やかな眼光は明らかに死線を潜り抜けてきた兵士の物だった。
「あいつら本気で翔流の幹部入りを拒絶してやがるな」
「あの人、そんなに強いのか?」
「強いね。俺も、神術無しの純粋な勝負じゃ勝てる気がしない」
翔流から漏れる嘆息。
「ったく、めんどくせぇな。で? ここの体術のメインは?」
「基本的に足技メインだな。ラキートと言って、この国は武器を持って戦う事を想定した体術が発展したんだ。下段攻撃のあるテコンドーだと思っていい。蹴り技で隙を作り、隙を武器で突くってのが主流だな」
「ふぅん。テコンドーねぇ」
今回の試験は翔流が一般人と言う事とハルとアレスの贔屓と言う事もあり、神術と武器の使用は認められていない。その二つが無くなるだけで少しだけ翔流も戦いやすくはなっている。
「ちっ、始まる前にどんな動きするかを見てれば攻め方も変わるんだろうけどな」
ぶつぶつと呟く翔流。その表情がどんどん変わっていく。翔流が集中した証拠だ。頭の中でイメージトレーニングをしているのだ。高まる意識。自分の体験してきた経験を眼の前の男に当て嵌めていく。
(身長は樹と同じぐらいか)
長身の対戦相手は、樹で慣れている。身長差の面は問題ないだろう。となれば、残るは足技とその威力である。
(テコンドーねぇ)
テコンドーとは、もともと空手と韓国の古武術テッキョンがベースの格闘技である。多彩な蹴り技は勿論、突く、叩く、受けるなどの手技もある。おそらく、手技の部分が武器技になるのだろう。だが、これは厭くまで翔流の想像でしかない。実際翔流もテコンドーの試合は見た事があるが、その足技の多さに舌を巻いた経験がある。
今回は武器を持っていない試合なのだ。間違いなく手も使ってくるだろう。
「……ったく、めんどくせぇな」
二回目の同じ台詞。嘆息を吐き、ハルから借りたジャケットを脱ぎ、ストレッチを始める。開脚から前屈。自分の関節可動域を入念に解していく。
(足技メインって事は体幹もぶれないだろうな)
体幹とは、腹筋と背筋を中心とした胴体部分の事を差し、この筋肉が発達している人間は基本的に重い攻撃を放てると考えていい。そして、眼の前のソニア三尉の体幹も素晴らしい筋肉をしていた。だが、一つだけ救いもある。蹴り技と言う事は無拍子ではない。必ず拍子があるのだ。それが、どんなに素晴らしい体幹を持っていてもだ。つまり予備動作が必ずあるという事だ。
(だけど、攻め方を変えれば何とかなるか)
「なあ、この試合って基本的にはバーリ・トゥードだよな」
「ああ、金的意外なんでもありだ」
「そっか」
(なら戦法を変えるか)
翔流の顔に不敵な笑みが浮かぶがそれを見た者は誰一人いなかった。
「ハル。この試合勝たないとだめか?」
「まあ、出来る事なら、勝ってもらいたい」
「仕方ねぇ。意地って奴を見せてやるよ」
翔流はそう言い残し闘技場へと駆け出して行った。
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次回は四月十三日、正午に、一本目をアップします