過去。追想と罪と~その三
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軽く、難産です。
毎日アップできるのがいつまで続く事やら。
開戦から一年がたった。国境近くの町は両国とも壊滅状態。その惨状は悲惨なものだった。街は焼け、焦土と化し、幾人にも及ぶ死者が出た。
だが、それでも戦い続けた。互いに譲れぬ理由を糧に。
「酷いものだな」
「ああ」
散乱する資料とそれを見る武官達。そしてその資料には三人のクローンの事が書かれていた。ルカとシエル。それにもう一体加わった新型のクローン『カーン』の存在だった。
「それにしても、不死身とは信じられませんな」
「しかし、我等の兵の情報だと確かに致命傷を与えたはずだが、まるで逆再生をかけたように傷が回復していったと言う報告を受けている」
「もしや、何らかの魔法を使っているのか?」
「いや、でもあそこには残留魔力は検知されていないぞ」
飛び交う意見。そして、ゆっくりとハルが口を開いた。
「おそらくあれは時空魔法だな」
「時空魔法……ですか?」
聞いた事のない魔法にそこにいた全員が注目する。
「ああ、まだ俺も研究中だが情報としては合致する。時空魔法と言うのはその名の通り時間と空間を操る魔法だな。これはまだ推測の域だが、おそらくカーンは作られてからすぐにその魔法をかけられその時の姿を維持するように作られているのだろう。逆再生をかけたようにって言うのはそういう事だ」
「そんな事が可能なのですか?」
「難しいが理論上できなくはない。ただそれをやるには膨大な情報量を持った構築式と神素、あるいは魔素の存在が必要となる。ただ、すべての条件や環境がクリアできれば世界の時間すら止める事が出来る」
ハルの言葉にざわつく武官。
「姉さん……いや、ルカとシエルのクローンにはそれが確認されていない。恐らくキドウ国の試作的な物なのだろう」
「それでは、もしその魔法が完成してダーゼルムにその技術が持ち込まれてしまえば……」
「勝ち目はないだろうな。たださっきも言った通り、この魔法は条件や環境に左右されやすい魔法でな。神魔元素が安定しない以上使いこなすのは難しいんだ」
「……なるほど」
「それに妙な点もある」
「妙な点ですか?」
「ダーゼルムにカーンが来てからダーゼルムの周りでは禍族を見なくなった。約一年その姿を見ていない。技術提携もそれっきりだ」
「つまり……」
「……親父に報復を果たして満足したという事か」
アレスだった。
「まあ、そうなるな」
「くそったれ、いつかあいつらにも責任を償ってもらう。その為に一刻も早く、この戦いを終わらせるぞ。ハル」
「ああ」
そこにはアレスの並々ならぬ決意があった。
◆ ◇ ◆
あれからどれ程の月日と血が流れたのだろう。両国の被害は甚大で壮絶を極めていた。
互いの防衛ラインを優に超え、侵略を繰り返す。その戦いはまさに修羅そのものであった。
だが、最近になって戦況に大きく揺らぎが出始めた。将であるダルクスが戦場に出始めたのだ。その鬼神のような強さは今まで拮抗状態にあった状況を一変させた。
それに相まって三人のクローンの存在。たった四人で状況はここまで覆されたのだ。その出来事は神族の中に陰りを落とすには十分すぎるほどだった。
広がる不安と下がる士気。国の三分の一は焦土と変わり果てた。そして……。
会議室。そこに集められた武官達。
「ダーゼルム軍。クーラル近郊まで進軍。指揮官はダルクス。その数四万。総力戦です」
諜報部隊からの伝令にその場にいた面々に激震が走る。
「畳掛けに来たか……アレス。俺が出る。その間の指揮を頼む」
「大丈夫なのか?」
「さあな。ただ、このままじゃやられるのを待つだけだ。だったらあがいてやるさ」
「大賢者らしくない台詞だな」
「大賢者ねぇ。俺はそんな大層なもんじゃねぇよ」
ハルはそう言って肩をすくめた。
「第一機動魔道部隊から第四機動魔道部隊、及び第一神技魔道部隊、第一歩兵神技部隊。これより出兵準備に入れ。一時間後に出兵する」
『はっ!』
「第二歩兵神技部隊から第四歩兵神技部隊、及び第二神技魔道部隊は臨戦態勢に入りクーラルの死守に当たれ」
『はっ!』
「各隊隊長は早急に各位に通達せよ。以上、解散!」
ハルの号令に集められていた武官が散っていく。
「さて、と。そろそろ溜めてたツケも払ってもらおうじゃねぇの」
「ハル、死ぬんじゃねぇぞ」
突き出された拳。
「ばーか、そう簡単に死なねぇよ」
合わさりあう拳と拳。
「これは、王命だ。奴らを追い払え!」
「ああ、やってやるぜ。お前はそこで高みの見物でも決め込んでな」
意気揚々。会議室を後にするハル。その背中には一つの覚悟を背負っていた。
◆ ◇ ◆
「おいおいおい、がっかりさせるなよ!」
焦土に響き渡る怒声。元々あった街は激戦により、街としての機能をなしていない。そこにあるのはただただ瓦礫の山だった。その事が怒りを増長させる。
無数に展開される構築式。そのすべてに神素を流し込み術式を展開させていく。
「限界突破だろうが何だろうが、押し返してやるぜ! てめぇら如きの魔素量じゃ俺の足元にも及ばねぇんだよ!」
一斉掃射。戦場に出たハルはまさに悪鬼羅刹だった。
「第一歩兵神技部隊。俺に続け! 第一第二機動魔道部隊は右翼、第三第四機動魔道部隊は左翼に回り込め!」
ハルの号令で一斉に展開される陣形と構築式。
「おら! 派手なの行くぜ!」
ハルの目の前に五つの紅い構築式が出現する。
「受け取っときな!」
薙ぎ払われる様に閃光が放射される。描かれる軌跡。その後を爆発が追いかけて行く。爆発の後には魔族の亡骸だけが残された。
それでも何かに取りつかれたように向かってくる魔族。どのくらいの魔族を屠ったのだろう。見当もつかない。漂う死臭と血の匂いが戦場を染め上げた。
「好き勝手にやってくれるではないか。ハルト・クロライク」
軍勢の中から現れる三人の影。カーンとルカとシエルのクローンだった。
「大将はどうしたよ? まさか、俺が出てきたからビっちまったのか?」
「ふん、貴様如きに恐れをなすダルクス様ではないわ」
「ああそうかい。なら炙り出してやるさ!」
黄色い構築式が複数展開される。放たれる雷。黄色い閃光が三人に迸る。
だが、その閃光が三人に届く事はなかった。現れた氷壁。ルカが魔素を放出して防いだのだ。
「危ないじゃない、ハル」
「ハルって呼ぶなよ……」
小さく呟く。ルカのクローンから放たれたのは間違いなく魔素だ。それはダルクスによって作られた証。
「その顔で……その声で! 魔素なんて放出してんじゃねぇよ! クソ野郎が!」
神素を纏い剣を引き抜く。
走る、走る、走る。その姿は疾風怒濤。
「姉さんを愚弄してんじゃねぇよ!」
迸る剣戟。その一撃一撃に明確な殺意が込められている。
「まあ、怖いわね」
嘲笑うかのように、ルカのクローンは剣筋を躱していく。
「私達を忘れていません事?」
その声と同時に変化する地形。ハルの足元が複数の槍へと変化する。
「っち」
舌打ちと共にバックステップ。それと同時に氷壁を展開させ追い打ちに備える。直後、視界が真紅に染まる。爆ぜる世界。
「あら、防ぎますの? 生意気ですわね。でも、これはどうかしら?」
迸る魔素はシエルのクローンの前で漆黒の球体となり、その姿を赤く染め上げていく。
「くっ! 限界突破かよ」
反射的に地面を蹴り、フェイントを織り交ぜながら距離を詰め軸を逸らす。
「お逝きなさい!」
超至近距離から放たれる限界突破。その風圧が、威力がハルの動きを鈍らせる。
真横を通り過ぎる閃光に冷や汗を流しながらも、その足は止めない。
「死ね、ハルト・クロライク!」
カーンがその手に剣を持ち、飛び掛かってくる。繰り出される連携。
「いちいちフルネームで呼んでんじゃねぇよ!」
地面に展開する複数の青い構築式。無数の氷槍がハルを中心に地面から生える。
「逝っちまいな!」
無数の氷槍が三人を貫く。
「うおぉぉぉぉぉ!」
咆哮と共に一際大きな二つの構築式が展開され重なり合う。その構築式の色は赤と緑。刹那、真紅の竜巻が一帯を飲み込んだ。立ち上るすべてを燃やし尽くす焔。その炎はすべてを焼き尽くし、その姿を徐々に消していく。
「っつ。……はあ、はあ」
消費した膨大な神素と体力。剣を杖のようにして辺りを見渡す。そこには体の半分以上を炭に変えながらも、再生を始めるカーンと、四肢が吹き飛んだクローンの姿があった。
「わりぃな。天国で姉さんとシエルによろしく言っておいてくれ。偽物さんよ」
力を振り絞り、懐から一つのカードリッジを取り出す。
「このカードリッジは姉さんが俺の為に作れってくれたとっておきの物なんだよ。お前らにはちょっと勿体無いが餞別代わりにくれてやるぜ。取っておきな!」
浮き上がる金色の構築式。自分の持てるすべての神素をその構築式につぎ込む。そして、術式が展開された。
迸る電撃。幾重にも重なった電撃はプラズマを帯びたレーザー砲となり、すべてを呑み込んでいく。
「神族を……なめんなよ」
ハルの呟き。消失した電撃の後には一筋のクレーターが出来ていた。
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次回は四月二十七日午後六時にアップします。