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虚無の王  作者: 上月海斗
第二章 外の世界へ
24/27

過去。追想と罪と~その二

いつも読んで下さりありがとうございます。


 

 セントラルタワー周辺が人混みに包まれる。その中心ではアレスとカロテが王位継承の儀を行っていた。

 カロテからアレスへと王冠が授与される。


「これにて王位継承の儀を閉幕する。新たなる王に盛大な祝福を」


 新たなる王に湧き上がる歓声。


「そして、ここにお集まりの諸君。王族としての意見ではなく私事ですまないが、今日は我が息子アレスとシェルティ・ソルビット。先日、将補に就任したハルト・クロライクの姉、ルカ・クロライクとダーゼルムの王、ダルクス・ソルビットの合同挙式が控えている。場所はここ、セントラルタワーのエントランスで行う。願わくばそちらの方にも参列していってほしい」


 再度湧き上がる歓声。誰もが今日と言う日を心から祝福している。そんな心地よい歓声を背に、民衆の前から立ち去る、アレスとカロテ。

 

「お疲れ、アレス」

「おう。っつってもまだ終わりじゃないから休めないけどな」

「そうだな。これから合同挙式だもんな。ハードな一日だよ。まったく」

「ダルクスはどうした?」

「あそこにいるぜ、花嫁サイドに追い出されたんだと」 


 ゲラゲラと笑うハルの視線の先にはタキシード姿のダルクスがいた。と言いつつも、実はハルも追い出された一人だったりする。姉のルカ曰く、こっちはいいから王位継承の儀に行けと追い出されたのだ。どこまでも厳しい姉である。


「マジか、ってやべえ。俺もさっさと準備しねぇと」


 慌てて新郎控室へと走るアレス。その場にハルとダルクスだけが残された。


「ふん、好き勝手に笑いおって」

「怒るなよ。今日ぐらい大目にみてくれよ。義兄さん」


 ダルクスが腰かけているソファーの対面に腰かけるハル。


「ぬかせ」

「それにしても、弟としては複雑なもんだぜ。あの姉さんがねぇ。……幸せにしなかったぶっ殺すぞ」

「……善処する」

「善処ってお前、もっとほかの言い方あるだろ。俺、身内だぞ」

「その、……なんて言っていいか分からないんだ。結婚が決まって、碌に挨拶もできないで今日まで来てしまって、お前とルカの生い立ちも知っているから余計にな……」

「馬鹿野郎。余計な気を使ってんじゃねぇよ。いつも通りでいいんだよ」

「いや、それはわかっているんだが、柄にもなく緊張している」

「ったく。頼むぜ、義兄さん。いや……」


 ハルの顔から笑みが消える。


「ダルクス。姉さんをよろしく頼みます」


 真摯に頭を下げる。嘘偽りのない本心。その一言でダルクスの余計な力が抜けていく。


「ああ、どんな事があっても幸せにして見せる」


 その言葉を聞いたハルが右手を差し出す。


「やりゃできんじゃん。頼むぜ、ダルクス」

「ああ、心配をかけた。すまない」


 ぶつかり合う拳と拳。誓いにも似たそんな挨拶だった。


◆ ◇ ◆


「ああ、ドキドキする」


 新郎の控室。その中を右往左往するアレスとそれを呆れを顔に張り付けたハルがいた。


「おちつけアレス。ほら、景気付けに一杯どうだ?」

「いらねぇよ。あー、ダメだー。緊張する。正直、王位継承の時より緊張する」

「それはそれでダメな気がするぞ。でも、あれだけベタ惚れだったんだ。緊張もするか」


 アレスとシエルは共に一目惚れだったらしい。そんな二人の恋愛はまさに溺愛そのものだった。


「そうなんだよ。もう、シエルが可愛くってさぁ」


 途端にデレ始めたアレス。


「誰も可愛いなんて言ってねぇよ。なんだ、この面白生き物」


 すでにこの問答を何回しただろう。普段の冷静なアレスはそこに見る影もない。そこには王としての威厳は皆無だった。


「それにしてもおせぇな」


 時間を確認するハル。予定よりも二〇分押している。

 その時だった。

 突如開かれた扉、一人の魔族が弾丸のように飛び込んできた。その顔は二人とも見知った顔だった。シエルがいつも連れている侍女だ。優しそうな印象を持つ彼女。だが、今はその様子は微塵もない。


「アレス様! シェルティ様が!」


 泣き崩れた彼女から告げられた言葉。


「お亡くなりになりました」

「……ぇ」


 突然の訃報に声を出す事が出来ない。掠れる声。


「うそ……だろ」


 部屋を飛び出すアレス。


「おい、アレス!」


 追いかける様に新婦の部屋に向かうハル。だがその目に飛び込んだのは地獄だった。


 無残に転がる何人もの死体。すべてシエルに付き添っていたはずの者だ。この瞬間にハルは理解する。シエルは誰かに殺されたのだと。そしてシエルの部屋にたどり着いた時、ハルを出迎えたのは、泣き崩れるアレスと首のないシエルの遺体だった。


 純白のウェディングドレスは赤く染まり、まるで自分の首をブーケのように持たされていた。


 そして、純白の壁には彼女の血で書いたと思われる血文字が描かれていた。


『我等は魔族の妃など認めない。これは神罰だと思え。そして裏切り者には報復を』


「うう、うあぁぁぁあああぁぁぁ」


 嗚咽、鼻腔に突き刺さるような血の匂いの中でアレスの声だけが空しく響く。


 衝撃。あまりの衝撃に脳が理解しようとしない。


「シエル!」


 遅れて入って来たダルクス。そして変わり果てたシエルの姿をその目に映す。


「何故だ、……なぜシエルが死なねばならん!」


 震える声。怒りと悲しみが満ちたそんな様声だった。


「許せん。許せんぞ」


 ダルクスの髪が逆立つ。魔素を身に纏う。


「シエルをこんな目に合わせた奴を必ず見つけ出して同じ目に合わせてやる。何が、認めないだ。何が……神罰だ」


 壁に書かれた血文字を見てダルクスが呟く。だが、そこまで言ってそこに続く文字に気が付く。


『裏切り者には報復を』


 シエルの遺体と、神罰と言う言葉に気を取られていたが、逆を返せばこれは予告でもある。


 犯人は、魔族の妃は認めないといって今回の犯行に及んだ。そして、裏切り者には報復をと言うフレーズ。それは魔王に嫁ぐルカの事だろう。


 頭の中でガンガンと警報が鳴り響く。


 もしも、それが予告であるなら次に狙われるのはルカである。


「嘘……だよな」


 湧き上がる焦燥感。それはゆっくりと二人の足を動かし始める。そして部屋から出る頃には全力で走り出していた。

喉が焼けつくようなそんな感覚を覚え、必死で駆ける。神素を纏い肉体強化をしてもその速度が遅く感じられた。焦りに駆られ、無限にも思える廊下を疾走する。


 そして目の前に広がるデジャブ。ルカに付いていた部下の無残な遺体がそこらじゅうに転がっていた。


 絶望が心の中に広がる。そしてドアを開けた時ハルの目に飛び込んできたのは心臓を一突きにされて絶命したルカの姿だった。


◆ ◇ ◆


 二人の死から半年が経った。ルカの葬儀にダルクスの姿はなかった。正確に言えばどちらの葬儀にも姿を現さなかったのである。あれ以来、ダルクスはハルとアレスに会おうとしなかった。正直、連絡もちゃんと届いているのかも怪しい物である。


 そして、アズラベルの抱える問題は山積みだった。文章を紐解くに、犯人は自国の者だ。そして、妃とは言えダーゼルムの主要な人物だ。それにシエラはその性格から民衆にとても愛されていた。当然、その訃報にダーゼルムの民衆がだまっているはずがない。


 国境付近ではシエルの死後、幾度となく争いが起きていた。


「くそっ」


 積まれた書類はすべてダーゼルムとの争いによって出た被害届だ。


「酷いものだな」


 嘆息するアレス。辛さを噛み殺しながらも印を押していく。いつ戦争に発展してもおかしくない状態だ。


「なあ、アレス」

「なんだ?」

「ダルクスの件なんだが」


 ハルはそう言って一枚の紙を取り出す。

 そこにはダーゼルムの国内情勢が記してあった。


「……キドウ国だと」


 そこに記されていたのはダーゼルムがキドウ国に技術提携を依頼したと記されていた。


◆ ◇ ◆



 最近ではダーゼルムからあまり良い噂は聞かなくなった。そしてダーゼルム周辺でよく、禍族を見かけたという知らせが頻繁に耳にするようになった。


 あの日以来豹変したと言うダルクス。当然だろう、嫁と妹の二人を同時に失ったのだから。だが、事態はそんな事も言ってはいられなかった。民衆同士の争いが激化してきたのだ。私兵を投入し、争う姿は既に私闘の域を超えている。両国で多数の死者も出ている。ここまで情勢が悪化すると国としても動かざる状況へと追い込まれていったのだった。そして、そんな時ダーゼルムから外交の話が来たのである。外交人の指定としてカロテを指名していた。


「どうしたものかね」


 その呟きは誰に届く事もなく霧散して消える。机の上に散乱している書類はどれもダーゼルム関連の物だ。諜報部から届いた資料。そこには新型のクローンを導入したと言う報告もあった。


「……まさか」


 思考を巡らせ資料を読み返すハル。禍族と言えば独自に発達した科学と魔工学が有名である。そして一つの憶測にたどり着いた。


「……まさか、な」


 ハルの行き着いた思考。それは、ダルクスがシエルとルカのクローンを作成しようとしているのではないかという事だった。だが、それはまだハルの憶測でしかない。


『プルルルルル』


 そんな思考をうち砕く鳴り響く電話音。


「もしもし」


『将補。カロテ宰相がお見えになっています』


「カロテ様が? 通せ」


『かしこまりました』


 電話を切って数拍後。将補室の扉が開かれた。


「どうなさいました? カロテ様。ご連絡いただければ、もっとましなおもてなしも出来ましたのに」


「よい。王を退いた儂は、ただの老いぼれだよ」

 将補室に備え付けられた来客用のソファーに腰かけるカロテ。


「ダーゼルムの事で悩んでおるようだな」

「そう……ですね。各地の反乱と暴動。そして、ここに来ての外交。正直きな臭い感じも否めません」

「ふむ。やはり気が付いているようだの。流石とでも言っておこう。それを踏まえた上でこれを見てはくれぬか?」


 カロテは懐から一枚の写真を取り出した。


「これは?」


 その写真には一人の男が映っている。痩せた体つきと真っ白な白髪。見方によっては老人にも見えなくもない。


「ハルよ。最近ダーゼルムはキドウ国と繋がっているという事を知っておるか?」

「……はい」

「この写真はその禍族をとらえた写真だ。お前はこの事態をどう推測する?」

「私は……恐らくダルクスは姉とシェルティのクローンを作ろうとしているのだと思います」


 先ほど自分の中で行き着いた結論を口にした。


「そうだな。恐らくお前の考えている事は正しいと思う。では、質問の切り口を変えてみるか。ハルよ、あの鉄壁と言ってもいい機密国家のキドウ国がたかがクローンを作る事でダーゼルムと繋がりを持とうとしている。おかしいとは思わぬか?」

「……」

「おそらく、今回の外交はブラフ。本命は戦意表明であろうな。すでに状況は避けられぬ状況まで来ている。それを影で操っているのはおそらく禍族だ」


 深いため息をつくカロテ。


「ハル。儂はな、今回の事件はキドウ国の仕業と考えておるのだよ」

「……どういう事です?」

「なに、手口が似ているからさ。儂の教えた兵法にな」

「兵法を……教えた?」

「ハルは知らぬか。禍族を作ったのは儂なんだよ。儂は当時クローン研究のの第一人者だったからの。もう二千年も前の話だ」


 昔を憂うカロテの言葉。カロテ・レオハーツは禍族を作った張本人だ。そして、彼は一つの種族として技術と知恵、そして兵法を叩き込んだのである。


「奴ら禍族は儂を恨んでおる。この世界に産み落とされ、その存在を認められぬ種族を作り出してしまったこの儂をな」


 カロテの手に力が入る。握られた拳。


「おそらくダルクスはキドウ国の連中に操られておる。実はな、この男とは昔に所縁があってな。儂はこいつに精神系の魔法を叩き込んだのだよ」

「……」

「ハルよ。外交の件、儂に預けてくれぬか?」

「……よろしいのですか?」


 王位を退いたといってもその役職は宰相。その地位の人間が動くのだ。その選択に緊張も走る。そして、その外交は罠とも言っていい。


「大方奴らは儂をそこで殺そうとしておる。だが、そこが狙い目でもある。この術式は精神暗示だ。ネタが分かってしまえばそれまでよ。キドウ国のたくらみごと炙り出してくれる」


 そう言ってカロテは将補室を後にした。


◆ ◇ ◆


 数日後、アズラベルにダーゼルムからの外交の日取りが決まったと知らせが入った。場所はダーゼルムの首都、アゼストで行うというという知らせと共に。


 そして、外交当日。その外交にはダーゼルムサイドの要望で報道中継が入るという異例の物となった。その報道はアズラベルとダーゼルムの両国に中継されるのだと言う。


 王室に設置されたモニターにカロテの姿が映る。


 食い入るようにその中継をみるハルとアレス。アズラベルの明暗が分かれているだから当然と言えば当然である。そして、ハルは先日のカロテとの事をすでに打ち明けている。カロテには策があるのだという事も。


 カロテが入室してから数分後、会場のドアが静かに開く。そして、ダルクスがゆっくりと姿を現した。


『よくぞ参られた。カロテ殿』


 発せられた言葉。その声はハルとアレスの良く知る、ダルクスの声だ。


『此度は外交に応じていただきカロテ殿には深く感謝する』


 頭を下げるダルクス。


『構いませぬ。それと、こちらとしても、シェルティ殿とルカ殿の事について謝罪をさせてもらおう。此度の事は大変遺憾に思う』

『ほう、それは自分の国に非があるという事か?』


 射抜くようなダルクスの視線に真摯に答えるカロテ。


『……それは分からぬ。今も捜査中でな。だが、シェルティ殿とルカ殿に関していえば、こちらの落ち度にすぎん。本当にすまなかった』


 深く頭を下げ謝罪をするカロテ。


『……』

『……』


 しばしの沈黙が会場を支配した。


『それで許されると?』

『許してもらおうとは思っておらんよ。ただ、物事にはけじめと言うものがあるのでな。そんな所に隠れてないで出てきたらどうだ?』


 カロテから紡がれた言葉。その言葉の数拍後、突如空間が歪みだした。そしてゆっくりとその男は姿を現した。華奢な体つきと長い髪を一本に縛り上げたその姿は、兵士と言うよりも博士と言う言葉がしっくりくる。


『まさか、見破られるとは。流石と言うべきか』

『ふん。悪知恵ばかり身に着けおって』

『……悪知恵ね。あんたには言われたくないね』

『ふん、ほざけ。貴様らの悪だくみを潰す為に儂は今日ここに来たのだ。大方あの事件も貴様らが起こしたのだろう!』


 懐から取り出された二つのカードリッジ。


『何を言うかと思えば……』

『幸いな事にこの事はアズラベルとダーゼルムに報道として流れておる。ダルクスを操っておるのだろう? 諦めるのだな』

『酷い言いがかりだね』

『よかろう。ならば証拠と行くか』 


 展開される白と紫の二つの構築式。


『暗示と治癒の構築式ですか』

『ふん、貴様に魔法を教えたのは誰だと思ってる。貴様の術式も見抜いておる』


 その言葉と共に淡い光がダルクスを包み込む。展開される魔法。


『その魔法は精神暗示。ならばより強力な暗示でその暗示を解くまでよ』


 眩しく輝く構築式。


『無駄だ』


 小さく紡がれた声。だが、その声は凛と会場に響き渡る。


『それは俺の意志だからな』


 ダルクスはそう言って歪に笑う。


『ふふふ、あははははは。残念だね。操るも何も、それが彼の本心さ。外交なのに人を狂人扱いだ。殺されても文句は言えないね』

『貴様らは『神罰』と言って私の妹と妻を奪った。今日、私がカロテ殿をここに呼んだのは戦意表明を伝えるためだ。そして……』


 剣を引き抜く。抜刀、そして。


『これがこの国の戦意表明だ』


 一瞬の出来事だった。護衛についていたアズラベルの兵士とカロテを切り伏せる。そしてとどめと言わんばかりにカロテの心臓に剣を突き立てた。

『アレス・レオハーツよ。見ているか? 我々は今日から敵同士だ。我々ダーゼルムはここに開戦を宣言する』


 告げられた開戦宣言。衝撃的だった。


「……なんだよ。なんでだよ!」


 ハルの慟哭が響き渡る。そして、目の前で起きた事が信じられないのか、放心状態のアレス。だが、衝撃はそれだけでは終わらない。

 会場のドアが開き二人の女性が入ってくる。もう会う事はかなわないはずの二人。その二人がダルクスを囲む。その二人はルカとシエルだった。

『ハルト・クロライク。アレス・レオハーツ。愛する者に殺されるがいい。これが俺からの神罰だ』

「……狂ってる。狂っていやがる」


 ハルの言葉は空しく消えていく。


 この瞬間からアズラベルとダーゼルムの争いの火蓋が落とされたのだった。


 

いつも読んで下さりありがとうございます。

ご意見、ご感想、誤字脱字等の指摘、ございましたら励みになりますのでよろしくお願いします。


次回は四月二十六日、午後六時にアップします。

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