過去。追想と罪と~その一
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「ハル! 構築式の展開が遅い! 展開速度をカードリッジに頼らないの!」
「わかってるよ!」
荒野を疾走する二台の魔道二輪。一台にはハルが、もう一台にはアレスと一人の少女が乗っていた。ショートボブの銀髪と碧眼。その大きな瞳は若干のあどけなさを残す。華奢な体で清楚な格好をさせれば誰もが振り向くようなそんな美少女だ。だが、彼女の今の服装はその服装は黒革のジャケットに同色のパンツ姿。まるで戦闘服と言う言葉が似合う、そんな恰好だった。
彼女の名前はルカ・クロライク。ハルの姉である。
「くそっ! すばしっこい!」
つぶやくアレス。目の前には砂煙をあげて疾走する一匹の魔獣がいた。その姿は優に五メートルに及ぶ巨体。虎のような四肢に、額に生えた凶悪な角、それとトカゲにも似た強靭な尻尾。危険指定生物、魔獣ジャグロ。それがその生物の名だった。
「ハル! この先は国境が近い、逃げられると厄介よ! アレス、貴方は右から回り込んで。ハル、貴方は左から回り込みなさい。挟み撃ちにするわ!」
「「了解」」
左右に分かれジャグロを追う。そしてジャグロ、ハル、アレスが平行になった時、アレスがアクションを起こした。
水色と茶色の二つの構築式が展開されジャグロの走っていた場所が沼地へと化す。ジャグロはその沼地に足を取られ、失速を始める。
「頼むぜ、二人とも」
「おっしゃ! 行くぜ!」
同時に構築式を展開する。ハルは赤い構築式を、ルカは緑色の構築式を展開させた。
「タイミングを合わせなさい。いくよ、ハル!」
「おうよ!」
同時に発射される炎と風。互いの魔法が同時に着弾し、その場で相乗効果を起こす。炎は風にあおられ業火へと姿を変えた。巻き上がる爆炎。立ち上る炎を帯びた竜巻。熱風が辺りを占める。
「やったか!?」
炎はゆっくりと消えていく。そして開けた視界には氷壁を展開しているジャグロの姿があった。再び走り出すジャグロ。
「魔獣の分際で生意気な」
「ここで仕留められないのは痛いわね」
「この辺はもうダーゼルム領に近い。神魔元素も魔素の方が濃いはずだ。ったく、こりゃ参ったね」
お手上げと言わんばかりにアレスが呟く。神獣、魔獣は基本的に神魔元素の濃さでその時の強さが変わってくる厄介な生き物だ。
だが、まだ諦めたわけではなく、アクセルは緩めていなかった。見え始める国境ライン。
「あれは……」
尚も驀進を続けるジャグロの前方に数人の人影が見える。数からして一〇人程度。小隊と言ってもいいその人影。その中で指揮を執る一人の男が見える。
腰まで伸びた真紅の髪に同色の瞳。筋の通った凛々しい顔つきと立ち振る舞いは、見る者を引き付けてやまない。漆黒のロングジャケットを羽織り、腰には一本の剣を携えていた。
そして、男はゆっくりと柄に手を添え構えた。向かい来るジャグロ。男とジャグロの距離が猛烈に縮んでいく。そしてその距離がゼロ距離になった時。
「剣技、閃」
引き抜いた刀身に魔素を絡ませ、すれ違い様に切りつける。尚も疾走するジャイロ。ジャイロに一瞥し男が納刀した。その瞬間ジャイロの姿が三分割された。
「……相変わらずすげぇ。そして気障だ」
魔道二輪をその男の近くに止め男のもとへ向かう三人。
「久しいな。アレス、ハル」
「ダルクスこそ久しぶりじゃねぇか。前にあったのはいつだったっけ?」
その男の名は、ダルクス・ソルビット。魔族を統べる王だ。
「こら、ハル! ダルクス義兄さんでしょ?」
「つってもねぇ。昔からこいつを知ってるんだぜ? 実感がわかねぇよ」
「なあ」
アレスとハルが顔を見合わせる。
「ハル。アレス。冒険者の真似事もいいが人の婚約者を連れ回すな。怪我でもしたらどうするつもりだ」
「そんなヘマしねぇよ。それに、今回の討伐のリーダーは姉さんだ。つまり、これは姉さんの暇つぶしに付き合ってたって事だ」
「あ、ハル! ばらすんじゃないよ」
始まる姉弟喧嘩を尻目に深い嘆息をつくダルクス。
「はあ、ルカ。あまり心配をかけさせないでくれ。ギルドの方からジャグロが暴走していると聞いて出向いてみれば討伐しているのがお前たちと来たもんだ。婚約者がそんな危ないことをしているなんてこっちとしては寿命が縮む思いだよ」
「……ごめんなさい」
「わかってくれればそれでいい」
交わる視線。どちらでもなく二人の距離は縮み熱い抱擁を交わす。
「なあ、こいつら俺等がいるの忘れてないか?」
「ああ、俺もそう思うわ」
ふと二人の後ろを見ると苦笑いを浮かべた魔族軍の兵士の姿があった。
◆ ◇ ◆
机の上に並ぶ大量の料理。四人は、アズラベル領にほど近いダーゼルム領のアクスと言う町にある酒場で酒を酌み交わしていた。周りを見れば、神族や魔族が同じようにして楽しそうに酒を飲んでいる。
「にしても、ダルクス自ら討伐なんてどうしたんだよ」
「最近、魔獣の動きが活発でな妹と調査に出向いていた所、ギルドから連絡を受けたんだ」
「妹? じゃあ、シエルも来ているのか?」
「ああ、今兵士に呼びに行かせている。そのうち来ると思うぞ」
アレスの問いにダルクスが言うのとほぼ同時に、酒場のドアが勢いよく開いた。
「お兄様! アレス様がいらっしゃるというのは本当ですか!?」
ダルクス同様の真紅の髪と同色の瞳。ダルクスとは違い、ややたれ目がちだが笑顔が似合う、優しそうな雰囲気を持った少女だ。漆黒のドレスから覗く、真っ白な絹のような肌が黒いドレスを際立たせている。そして、ハーフアップに纏めた真紅の髪は、いかにもお嬢様と言う印象を受けた。
彼女の名前はシェルティ・ソルビット。シエルと言う愛称で親しまれている彼女は、魔王ダルクスの妹にして、アレスの婚約者でもあった。
「シエル! こっちだ」
右手を上げるアレスを発見して駆け寄るシエル。
「アレス様」
まるで小動物のように駆け寄るシエルにアレスは、椅子を引きエスコートする。
「ありがとうございます。それより、今日はどうなさったのです?」
「「この人の討伐(暇つぶし)のお供」」
ハルとアレスは同時にルカを指さした。
「こら、人を指さすんじゃありません! 仮にも貴方達はアズラベルの幹部でしょ。下品な真似はするんじゃありません」
「それを言ったら、魔王妃になるルカには討伐なんて危険な真似を即刻やめていただきたいのだが?」
「まあ、相変わらずお義姉様は、ギルド遊びをなさっていたのですか」
「おとなしくしているのが苦手なのよ。新しく作った構築式とかも試してみたいしね」
ルカはそう言って笑った。アズラベルでの彼女の役職。それは神技研究部隊隊長と言う地位にある。そこでは新しい神術の開発実験等を行う技術部隊であった。
「結婚まで後半年だもの、独身でいられるうちに色々と楽しみたいのよ」
「シエル、酷いじゃじゃ馬だろ。このバカ姉貴は。お前はこうなっちゃダメだぞ」
「この先はかかあ天下って事か。シエル、お前はそうなっちゃダメだぞ」
「お兄様の尻に敷かれてる姿が目に浮かびますわ」
「ほっとけ」
ダルクスは、そう言って酒を煽った。
「それより、アレス。聞いたぞ? 合同挙式に合わせて王に就任するんだって?」
「ああ、親父がそれに合わせて王を退くって言ってな。面倒だが継ぐ事になったよ」
「それで? ハルは?」
「俺か? 俺はその一ヶ月前に将補就任の儀がある。うちの国も世代交代って事だな」
「ほう、ハルが将補ね」
「まあ、この馬鹿はこう見えて、神術と科学だけは得意だからね。二つ名が大賢者とか言われてるし」
実際ハルがアズラベルに貢献した技術は、凄まじいものがある。カードリッジの原理を作り上げたのもハルだ。
「別に、ただの理系なだけだよ。神術に関しては昔から姉さんに叩き込まれてたしな」
科学と神術の融合。それがハルの理想だった。生まれながらにして、体に宿した膨大な神蔵と、技術力。その功績を認められ、将補の座を獲得したのだ。
「何はともあれ、順調そうだな。そっちは義弟達が頑張っているようだし、両国とも安泰だな」
「相変わらずな、平和主義だな」
「まあな。戦争なんてだれも望まんさ。俺達が結婚すれば両国の絆は一層深くなる」
「確かにな。っと、もうこんな時間かよ」
「ちょっと深酒が過ぎたな」
久しぶりの友との再会に時間を忘れ飲んでいたという事だ。
「今日は泊まっていくといい。義父も俺達と一緒なら咎めはしないだろ。それに今日はまだ飲みたい気分だ」
「とか言って、姉さんと一緒にいたいだけだろ」
ハルの言葉に若干だが頬を染める二人。
「否定はしない」
「ダルクス」
寄り添いあう二人。
「私はアレス様とまだまだ居たいですわ」
「俺もだ、シエル」
酔っぱらっているのか、人前にも拘らず、抱擁しあうアレスとシエル。この場で空気なのはハル一人だけだ。
「ったく、みんなでイチャコラしやがって。いいよ、俺がクーラルに連絡入れておく」
そう言って席を後にしたのだった。
◆ ◇ ◆
セントラルタワーの前にある中央広場。そこに設けられた式典会場。紅い絨毯が敷かれ、祭壇には白髪の髪と長く蓄えた顎鬚の老人が立っていた。優しそうでもあるが、どこか威厳のある顔つき。アレスの父、アズラベルを統べる王、カロテ・レオハーツである。そして、その前に片膝を付くハルの姿がある。
「ハルト・クロライク。この国の未来を頼むぞ」
「はい! 必ずや、カロテ王やアレス王子の右腕になれるよう尽力に努めます」
カロテ王はハルに一本の短剣を差し出した。装飾の施され、短剣としての実用性はあまりない、儀式的な短剣である。
「これより、将補の証である覇剣を授ける」
短剣を受け取り、静かに鞘から短剣を引き抜くと、黄金の刀身がハルを映しだす。刹那、剣を中心に黄金の構築式が展開される。
「我、ハルト・クロライクは、将補としての役割を担う事をこの覇剣の前に誓う。願わくば、天命を迎えるその時まで。我の魂はアズラベルと共にあらん」
右手に持った覇剣で左手の親指を切り、その血を刀身に流す。血の契約。覇剣に自分が持ち主だと認めさせる為の行為だ。王以外で軍事的に最高権力である将補と言う階級。覇剣に認められて初めてその階級につく事ができるのだ。
黄金の構築式が光を放ち、ハルを包み込む。そして、一際眩しく発光した後その光は収束していった。
引き抜いたように静かに覇剣を鞘に戻した。
「これにて、ハルト・クロライクの将補就任の儀を終了する。皆の者、新たなる将補に盛大な拍手を!」
カロテ王の言葉に盛大に沸く広場。文官、武官はもちろん、そこに集まった民衆がそれぞれにハルト・クロライクと言う人物を称えた。
その中にはアレスとルカの姿も見る事ができた。
「さて、これより細やかながら将補就任を祝う食事を酒を用意した。皆、存分に楽しんで行ってくれ」
カロテ王の一言に、会場が一層湧き上がる。
新たなる将補を祝う祝賀会は兵士、民衆を巻き込んで、深夜まで続いた。
◆ ◇ ◆
「帰ってたんだ、姉さん」
漸く祝賀会から解放されたハルが部屋に戻るとリビングにルカがいた。ソファーに座り、テーブルには写真立てが置いてあり、ルカはその写真を眺めながら葡萄酒を煽っていた。
「うん。おめでとう、ハル」
「ありがとう。でも、来月は姉さんの番だ」
「うん。……そうだね」
「うまそうじゃん。俺も飲もっと」
キャビネットからグラスを取り出し、ルカの横に腰かける。ふと目についた写真。その写真には幼い頃のハルとルカそして優しい顔で二人を見つめる両親が映されていた。
精霊の母とマトレ族の父。姉は寿命を受け継ぎハルは、寿命の代わりに膨大な神素を受け継いだ。どちらが良いとは一概には言えないがハルはその現状に満足していた。
「母さん達が生きてたらどんな顔してたんだろうね」
「将補に王妃か。まあ、大出世過ぎて普通な神経じゃ軍にはいられないわな」
二人の両親はアズラベルの軍に所属し、魔獣討伐の際、討伐失敗により命を落とした。ハルが一〇歳の時である。
「でもまあ祝ってくれたんじゃないか?」
優しかった二人の面影を思い出し、グラスに葡萄酒を注いだ。
「あ、私にも一杯頂戴」
「あいよ」
差し出されたグラスに瓶を傾ける。注がれる葡萄酒。
「ハルの将補就任に乾杯」
「姉さんの結婚に乾杯」
ぶつかり合うグラス。小気味のいい音が部屋に響く。
「……結婚か。ねえ、ハル」
「うん?」
「私、幸せになっていいのかな。母さん達が亡くなって、必死でハルを育てて……気が付いたら、旦那様が魔王様なんて実感がわかなすぎるよ」
「いいんじゃねぇの? 姉さんはそれだけ苦労してんだ。それぐらいご褒美として受け取っておけよ」
「ふふ、凄いご褒美だね。……ハル」
「うん?」
「ありがとうね」
穏やかに流れる姉弟の時間。だがハルはまだ知らなかった。この時間が二人で過ごす最後の時間になる事を。
いつも読んで下さりありがとうございます。
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次回は四月二十五日、午後六時にアップします。