閑話 千芹の野望
いつも読んで下さりありがとうございます。
千芹サイドです。そして、短めです
石造りの床に敷かれた、真紅の絨毯。その絨毯の先には、玉座があり、そこには漆黒のドレスに身を包んだ千芹の姿があった。
「それで? 貴方は私にどうしろと?」
この世界に連れてこられて早二週間が過ぎた。最初の三日間は自室に塞ぎ込んでいたが、カーンがあのエントランスに使いを出した所、翔流の姿は見当たらなかったのだという。
そこで千芹は一つの仮説を立てた。翔流はハルが助けこちらの世界に来ているのだと。そして、その仮説は一週間後に確信に変わる。
脳に直接響いた翔流の声。
そして、その声は毎朝決まった時間に響く。つまり、翔流は何らかの方法を使って千芹と連絡を取ろうとしているのだ。
「千芹様の中で魔素が循環を始めています。ですから、そろそろ魔法の習得をなさっては如何でしょう?」
「必要ない。私は体に魔素を循環できるようになればそれでいい」
膝を付き頭を下げるカーンに冷たく言い放つ千芹。
「しかし……」
「うるさい! 貴方は私の自由を奪ったんだ。それに従う道理はない」
カーンを一瞥した後、ゆっくりと立ち上がりその場を後にする。そしてすれ違い様に一言口にした。
「私は貴方を許せない」
その場に一人残されたカーンは、今日もため息をつくのだった。
◆ ◇ ◆
「ねえ、セーナ」
「はい、千芹様」
千芹の呼びかけに呼応する少女。名は、セーナ・カルディナと言う。幼さの残る顔にオッドアイの瞳。彼女の場合魔素の影響は、瞳に出たのだろう。漆黒の長い髪をアップにまとめフリルカチューシャを付け、黒のワンピースに白いエプロンに身を包んだ彼女は、千芹専属のメイドだ。この世界に来て抜け殻のようになっていた千芹を、嫌な顔をせず世話をし、身の回りの世話をこなしてきた彼女は、この世界に来て唯一千芹が心を許せる人間であった。
「こんな感じでいいの?」
千芹の周りに漆黒の影が出来上がる。それは紛れもなく肉体強化である。
「はい、さすがですわ。千芹様」
「よかった」
影が消えてベッドにもたれる千芹。
「ただ、まだ魔素の循環にムラがあります。もっと効率よく循環が出来れば、守護兵様と念話ができるようになると思いますよ」
そう言ってほほ笑むセーナ。
「カーン様の肩を持つわけじゃないですけどこれを機に魔法の勉強をなさっては如何でしょう?」
「それは嫌」
即答だった。そして腹部に両手を添える千芹。
「ごめんね、セーナ。それは嫌なの。この世界に来てから、自分の体の中に何か躍動するものがあって、それが日に日に強くなってきて、それが魔素なんだって思ったら怖くなっちゃって。自分が魔王の生まれ変わりだって自覚しちゃったんだ。だからこの力は必要以上は使いたくないの。セーナの話だと念話は、魔素がコントロールできるようになればつかえるのでしょう?」
「はい、魔素の波長が合えば使えますよ。それに守護兵様は、……翔流様は千芹様の血で守護兵になられたのでしょ? でしたら波長が合わないなんて事ありえませんもの。……それにしても千芹様と翔流様の運命的なラブロマンス。……いい。すごくいい」
涎を拭うセーナ。その姿態は腐女子そのものだった。一度携帯に保存してある翔流の写真を見せた時は『う、羨ましい。この殿方と……リア充爆発しろ』と言っていた。
「セーナ、そう言うのいいから」
苦笑交じりに再び魔素を循環させた。
「いま私にできる事を頑張ればきっといい方向に向かうよね」
千芹には一つのプランがある。それは、自分がこの国の王になり、終戦へ導く事だった。それがこの世界にどんな影響をもたらすかはわからない。だが、それは千芹にとっては希望の光であった。
武のない世界を目指してやればいい。簡単な事ではないのかもしれない。五〇〇年に及ぶ因縁はそんな簡単なものじゃないのもわかっているが動かずにはいられなかった。
「その為には念話を習得して翔流と連絡を取らないとね」
決意を固め、今日も魔素のコントロールに勤しむ千芹の姿がそこにあった。
◆ ◇ ◆
「いま私達がいるアゼストは、ここです」
地図を広げセーナが指をさす。アゼストとはダーゼルムの首都である。
「ダーゼルムの右下の方ですね。この街は地形上、海からも陸からも攻めにくい土地にあるので陥落されにくい土地となっております」
「ふぅん。別にそれはどうでもいい。ダーゼルムには幾つぐらいの都市があるの? いや、都市限定じゃないほうがいいか、町とか村も合わせて」
「細かい町や村を入れれば一〇〇ぐらいですね」
「一〇〇か。それって巡視とかってできないのかな」
「巡視……ですか?」
「うん。今の私には力はないけど知恵ならあるもの。少しでも多くの情報を集めたいの」
「なるほど。しかし急にどうなさったのです? 王政に興味がおありなのですか?」
「興味はあるね。ただ、戦争には興味はない。セーナ、この言葉の意味わかる?」
「つまり、千芹様は王になって戦争を終戦に導きたいと捉えても?」
「うん、間違ってはいないね。正し武力の方は一切使わない方向で考えたい」
「……甘いですね。五〇〇年ですよ、この戦争が始まってもう五〇〇年経っているんです。戦争の切っ掛けすら忘れてしまうほどの長い年月ですよ。そして、その年月の間、絶えず凄まじいほどの血が流れました。それを、何の責任もなしに終わりにできると思っているんですか?」
それは脅しにも似た質問だった。
「できないだろうね。ただ何もできないで無駄な戦争を続けるよりは、数倍ましだと思う」
「やっぱり、甘いですね。でも、私はその考えは嫌いじゃないです。ですがどうお考えなのですか?」
「まずはこの国の調査と、同盟国の調査、それとここ」
千芹は人差し指を地図の上に落とした。
「テイル国ですか?」
「そう、ここはアズラベルと交友国なんでしょ? それは同盟ではなく交友と言うところに付け込めると思うの」
「……なるほど。ただ、龍族は交友こそはすれど同盟は難しいと思いますよ?」
「なんで同盟に持ち込もうとするかな? 交友で充分なんだよ」
「はあ」
千芹の言葉に首をかしげるセーナ。
「さて、と。やる事も増えたし、考える事もできた。言っておくけどセーナ、この計画は綿密に行いたいの。もちろん誰にも言わないで。私は貴方を友達だと思って、信頼してこの事を話したの。そして、今はまだ動く時ではない」
「わかってますよ、千芹様」
こうして千芹はまだ見ぬ平和な世界に向かって暗躍するのであった。
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次回は四月二十三日午後六時にアップします。