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虚無の王  作者: 上月海斗
第一章 『終焉』と異世界
20/27

アズマリアの決意

いつも読んで下さりありがとうございます。


 日が沈み、空が漆黒に包まれた。それは開戦を意味する。


 ジャイルの村の外にある、国境の砦に集まった三〇〇名の軍勢。神魔混合術を使う戦術の場合、その威力ゆえに大人数の戦略では、逆に動き辛くなる。

それを考慮した人選と戦術を選ぶ事が、勝利の鍵となる。


「これより、作戦を説明する」


 カードリッジから、上空に映し出された一枚の地図。それはジャイルの村を中心とした地図だ。そして指揮を執るのは、ハルだ。


「まず敵は、ここから10キロ離れたルーエン荒野を、キャンプ地としている。ここに一発、神魔混合術を放つ。浅葱三尉、アズマリア二曹。二人には、最後尾から豪炎の神魔混合術『灼焔』を打ち込んでもらいたい。着弾と同時に三尉と二曹は、魔道二輪に乗ってジャイル渓谷を抜け、ジャイルの村手前の魔法障壁の前で待機。続けて着弾後、機動魔法隊は敵陣を撹乱させながら、ジャイル渓谷におびき寄せる。そして第一歩兵神技部隊、第二歩兵神技部隊が殿を務め、渓谷の出口にあたる最終防衛ラインまで敵をおびき寄せた処で、再び三尉と二曹による神魔混合術『凍夜』で、渓谷全体を氷漬けにする。そこで凍らせた魔族は、再び『灼焔』を使って粉々に粉砕しろ! 相手の数は二〇〇〇。奴らに我らの地を踏むということが、どういう事か見せてやれ!」

 

『おおーーーーー!!!』 


 ハルの言葉に軍の士気が上がる。その雄叫びが地鳴りのように鳴り響き、活気が辺りを支配する。


 その、叫びを静止させ一人の男が前に出る。ボルド一尉だ。短く切りそろえた金色の髪と、同色の瞳。無駄のない肉付きをした体はそれだけで武人を物語っている。


「作戦に着任するにあたっての注意事項だ。先ず初めに知っておく事として、敵は新兵器を導入しているという事だ。その兵器の原理は、通常の魔弾に幾重もの魔法を圧縮させ限界突破レベルまで昇華させたものだ。魔弾交換と

バレル放熱により連射はできないが、一撃で国境付近の魔法障壁を崩壊させた。我等にとってジャイルの村は、カードリッジの原料となる魔鉱石が豊富に取れる重要な拠点だ。もし、ここを抑えられる事になれば、我が国は深刻な資源不足に陥ることになる。今回偵察部隊の情報により、奴らの拠点にはその兵器が四基ある事を確認した。『灼焔』で破壊できれば僥倖だが、充分に気を払ってほしい。また、渓谷にこの兵器を持ち込まれた場合、一転して危機的状況に陥るので機動魔法隊は、この兵器の破壊も視野に入れる事だ。わかったな!」


『了解!』


「これより、一時間後作戦を開始する。僭越ながら食事も用意している。各自残された時間を有意義に過ごせ。開戦は、一時間後だ。それまで解散!」


 ボルド一尉の号令により、各々が目的を果たすために動き出す。食事を取る者、仮眠を取る者、喧騒を避け意識を高める者、人それぞれだ。それは翔流たち二人にとっても例外ではない。


 翔流とアズマリアが、食事を取っていると数人の兵士から声をかけられる。


「頼むぜ。浅葱三尉、アズマリア二曹。お前らがミスったら俺達負けちまうかもしれねぇからな」

「そう思うならサポートしっかり頼むぜ、なんせ俺は初陣だからな」

「へっ、図太い事をよく言うぜ。俺なんか初陣の時なんて泣きべそかいて玉が縮こまっちまったぐらいだよ」


 豪快に笑う兵士に「違いない」と他の兵士も笑う。だが、それは一部の兵士だ。


「ふん、あんた達! アズマリアに変な影響が出るだろ! これだからうちの兵士はゲスだっていうんだよ」


 やはり女性はどこに行っても強い。まして女兵士となれば気の強さは、鉄壁である。


「なんだと?」

「なにさ、やるのかい?」

「おいおい、これから魔族相手に戦うのにこんな処で喧嘩しても仕方ないだろ? 大丈夫だって、俺とアズマリアがあんな連中吹っ飛ばしてやるぜ!」

「お、言うじゃねぇか。クソガキ」

「いいねぇ! あたしはあんたの事が気に入った。生きて帰ってきたら一発ヤラせてやるよ」


 髪をもみくちゃにされ、肩をバンバン叩かれる。これが兵士のノリと言う奴だろう。そんな中一つの視線に気が付いた。


 バズー准尉だ。私怨の込められた、そんなような眼光。視線が合うと、如何にもと言いうな下種な笑みを浮かべてこちらへと歩いてきた。


「よう、あの時は世話になったな。おかげで俺は、自分の部隊で笑い者だ」

「ぁん? 勝手に絡んできて逆恨みかよ? お前学習能力がねぇのか? またのしてやろうか? クソゴリラ」

「なんだと! クソガキが!」


 バズー准尉の叫びと共に体を包む光の膜。そして光が軌跡を描く。肉体強化を使った証拠だ。


「お、やるって言うのか? 悪いけどお前は俺に勝てねぇよ?」


 息を深く吸い込み、体中に魔素を巡らせる。膨大な量の魔素の膜が、翔流の体を包み込み黒い軌跡が描かれた。


「俺も強くなってるんだよ、バズー准尉。恥かきたくなければ失せな!」


 一瞬の睨み合い。だが、二人の視線には膨大な殺意が込められている。気を抜けば、即殴り合いに発展する一触即発な状態。その状態がどのくらい続いただろう。一瞬だったかもしれないし、十分続いていたのかもしれない。だが、その拮抗状態は一つの号令で幕を閉じる。


「では、これより作戦を開始する。各自持ち場に付け!」


 ハルの号令により、それぞれが動き出す。


「ちっ! 覚えておけよ、クソ魔族が」


 椅子をけっ飛ばし、自分の持ち場へと向かうバズー准尉。


「ふん、てめぇの事なんていちいち覚えてられっかよ、行こうぜ、アズマリマ」

「……はい」


 用意された翔流専用の魔道二輪に跨り、電源を入れ魔素を送る。液晶には『Magic Gear All Clear』と表示された。この乗り物は、基本操作はバイクとあまり変わらない。問題なのは神素、魔素を安定して供給できるかにかかってくる。この点は少し練習も必要だったが、翔流も一日足らずで問題なくこなす事ができた。


「私、喧嘩する人嫌いです」


 そういいながらタンデムシートに乗るアズマリア。そのまま翔流の腰に手を回す。


「いや、……すんません」

「でも、素直に謝れる人は嫌いじゃないです。頑張りましょう」

「おう!」


 にこやかに笑うアズマリアに軽く答えて魔道二輪を発進させた。


◆ ◇ ◆


「さて。やるか」


 神妙な面持ちで持ち場についた翔流とアズマリアは、地面に杖型の大型カードリッジを突き刺した。


「私が術式と神素のバランスを取ります。翔流三尉は、できるだけ多くの魔素を放出してください」

「おう」


 翔流の返事を合図にアズマリアが、カードリッジに向かって手を翳した。浮かび上がるオレンジ色の構築式。『灼焔』は神魔混合術の中で最も破壊力のある炎系の魔法だ。


 これが着弾すれば敵の絶命は避けられない。初めて人の命を奪うことになる行為。それを思うと自然と体が震えた。ゆっくりとアズマリアの手に自分の手を重ねる。それが、術式の合図でもあり作戦の開始を意味する。


「……怖いですよね」

「え?」


 不意にかけられた声。見ればアズマリアの手も震えていた。


「私も、最初は葛藤しました。魔族だって人なんです。私にその人の人生を奪う権利なんかないんです。でも、それよりも大切な人が、傷つくのが嫌なんです。……ひどいエゴなのはわかっています。……でも、私にも守りたいものはあるんです」

「……アズマリア」

「だから翔流三尉。力を貸してください」

「……」 


 真剣な眼差し。思わず言葉を飲んでしまう。


「……そうだな。俺にも守りたいものがある。一緒に守ろう。アズマリア」 

 翔流がアズマリアの手を握る。その握られた手も力強く、翔流の手を握り返した。


「始めます」


 その声に合わせ、二人は瞳を閉じアズマリアは神素を、翔流は魔素を注入していく。練習通りに注がれる魔素。白と黒のコントラストが、カードリッジを包む。


「充填率四〇パーセント……五〇パーセント……六〇パーセント」


 アズマリアの声が、死へのカウントダウンのようにあたりに響く。


「八〇パーセント……九〇パーセント……一〇〇パーセント。発射準備完了しました。最終構築式を展開。座標指定終了。『灼焔』発射します!」


 一際大きな構築式が展開されたと思うと、天空から一筋の赤い閃光が生まれた。その光は吸い込まれる様に敵のキャンプ地に堕ち、そして爆ぜた。


 轟音と熱風、熱を帯びた波動がキャンプ地を焼き尽くし、波動が通り過ぎた後には爆発が巻き起こる。業火という言葉が、生温く感じる強烈な一撃。至る所で挙がる爆音。その爆音の一つ一つが叫びのようにも聞こえる。地獄絵図とはまさにこの事だろう。それを、自分たちがやったと理解するまでに数秒かかった。


「っつ、アズマリア。行こう!」


 放心状態のアズマリアの手を掴み、魔道二輪に跨る。目的地は渓谷を抜けたジャイルの村。アズマリアが乗ったのを確認するとアクセルを絞り、すぐにその場を後にした。


 必死だった。気が付けば、アズマリアの体も震えている。当然だ。さっきの攻撃で何人の人間を屠ったのか、見当もつかない。腰に回されていた手に力が入った。後ろからアズマリアに抱き着かれる形になった翔流は、ある事に気が付いた。呼吸の乱れ。伝わる鼓動。アズマリアが泣いているという事に。


「……守りたいんです。私は皆を、この国を」

「アズマリア」


 強く握れば壊れてしまいそうな小さな手に、翔流は自分の手を重ねた。


「大丈夫だよ。アズマリア。お前はちゃんと守れているよ」


 どのくらいそうして魔道二輪を走らせていたのだろう。魔道二輪の走行音以外が、聞こえなくなる。アズマリアも落ち着いたのだろう、腰に回された手の力が抜けた。


 魔道二輪のモーター音とアズマリアの鼓動。不思議な感覚だった。まるで第三者的な視点で、その場を見ているようなそんな錯覚に陥る。だからこそある異変に気が付いたのだろう。


「……っ!」


 視界に捉えた土煙。ふと上を見上げると、僅かに上がる土煙を翔流は見逃さなかった。


「なんでだよ! なんで奴らがいるんだよ」

「翔流三尉!?」


 不意にあけられたアクセルに、驚愕するアズマリア。そしてアズマリアも上を見上げた瞬間、絶望の淵に立たされた。その目に映った大砲のような兵器と魔族。アズマリアは瞬時に理解したのだ。この作戦の失敗を。


「アズマリア! 本部に連絡を入れてくれ!」

「それが……電波妨害が酷くて通信機が応答しないんです」

「くそっ!」


 だが、翔流はまだあきらめたわけではない。作戦は変わってしまうが、まだ守るだけの力を、翔流とアズマリアは持っているのだ。


「しっかり捕まっていてくれ」

「はい」


 返事を聞くや否や、アクセルを限界まで開ける。疾走、渓谷を抜けるまでの時間がとてつもなく長く感じる。


「アズマリア! 渓谷を抜け次第『凍夜』の準備を!」

「はい!」


 漸く、目の前に明かりが見えてくる。渓谷が終わりを告げる。弾丸のように渓谷を抜けた魔道二輪は、自分のキャンプ地の前で強烈なタイヤの跡をつけて停止した。


「翔流! どうした!?」


 ブレーキの轟音と予定よりも早くに到着した翔流を見て、慌てて出てきたハルが真っ先に状況をうかがう。


「ハル! この作戦は失敗だ! 上から砲台を持った魔族がこちらに向かっているんだ!」

「なんだと!?」

「ここもすぐに戦場になる。アズマリア!」

「はい!」


 再びカードリッジを地面に刺し術式を展開させる。


「そうか、『凍夜』で奴らの足を止めるのか」

「ああ、『灼焔』だと崖全体が崩れて味方も巻き込んじまうからな」

「わかった、至急作戦を変更する。各員迎撃態勢に入れ。翔流、そっちはそっちで任せるぞ」

「おう!」

「充填開始します。翔流三尉、お願いします」


 アズマリアの声に、魔素を放出する翔流。白と黒のコントラストがカードリッジを包んだ時、ついに奴らは姿を現した。


「くそっ! 先陣隊か! 兵器の数は!」

「黙視できません。ここより後方にある模様」

「それだけが救いか、全軍迎撃態勢に入れ!」


 ハルの号令によりキャンプ地に残っていた兵が、一斉に攻撃を開始した。そして、魔族もそれを皮切りに魔法を放つ。


「少しの間でいい! 奴らの足を止めるんだ! 術式が完成すれば奴らを一掃できる!」


 ハルの両手の指に挟んだ六つのカードリッジ。それぞれが違う色の構築式を描く。赤からは焔、青からは氷槍、緑からは真空波、茶からは地面を隆起させ地槍、黄からは雷、白からは熱線。すべてが的確に敵陣に向かって放たれた。


 鳴り響く轟音。味方の援護も容赦なく降り注ぐ。


 だが敵も黙って攻撃を受けているわけではない。同じように無数の攻撃が降りそそいだ。


「いいか! アズマリア二曹と翔流三尉を死守するんだ! そうすればまだ勝ち目はある!」


『おう!』


 轟く号砲、そして攻防は熾烈を極めていく。


「充填率六〇パーセント……七〇パーセント」


 白と黒のコントラストが一層強くなり、蒼い構築式が展開されていく。


「充填率八〇パーセント……九〇パーセント」


 そして一〇〇パーセントを目前とした時、翔流は背筋に嫌な気配を感じた。ネットリと纏わりつくような視線。そこには私怨に顔を歪めたバズー准尉が、蒼い構築式を展開していた。だがその角度は明らかに低く翔流を捉えていた。そして小さく『死んじまいな』と呟く。刹那、氷槍が放たれた。


 すべてがスローに見えた。怒りと焦りが極限まで翔流の神経を研ぎ澄ましていく。そして自分にあたると覚悟を決めた瞬間、翔流の体に前に一つの影が割り込んだ。


「……なんでだよ」


 その影の正体はアズマリアだった。胸を貫いた氷槍。崩れ落ちるアズマリア。バズー准尉の奇行に気が付いたアズマリアが、襲い来る氷槍から身を挺して翔流を救ったのだ。


「……アズマリア!」


 翔流の腕の中で抱かれアズマリアは小さく微笑む。


「……よかった。無事なんですね」

「ああ、アズマリアのおかげで無事だよ。だけどなんで……なんで、俺なんか助けたんだよ」

「……言ったじゃないですか。守りたかったんですよ。気が付いた時にはもう体が動いていたんです。翔流三尉を守りたいって、思った時にはもう動いていたんです」


 咳き込み、大量の血を吐く。


「アズマリア! もう喋るな! 俺が回復させればまだ間に合う!」


 ハルが白いカードリッジをアズマリアの上に置く。それと同時アズマリアの体を光の膜が覆う。


「……ハル、助けられるのか?」

「当たり前だ! 俺を誰だと思っていやがる」

「そうか……」


 未だ続く攻防と、霧散した神魔混合術の構築式。状況は絶望的だ。

 だが、方法がないわけではない。翔流は、一回それを経験しているのだから。


「ハル。剣を貸してくれないか?」

「剣を?」


 翔流の意図が理解できないながらも一本の剣を召喚し、翔流に差し出す。


「何をするんだ、翔流」

「いいからアズマリアを回復させろよ。けじめは俺がつけてやる」


 そういって翔流は、自分の左手首を切り落とした。頭をよぎるのは、あの日のエントランス。そしてちぎれた右腕。


「ぐうぅ!」


 悶絶する痛みが、翔流の脳を直撃する。気を抜いてしまえば意識を刈り取られそうな激痛。


「俺はさ、まだ魔口をうまく開けないから、こうするしかないんだよ。あの時もそうだった。今思えば失った右腕から大量の魔素を放出してたんだ」


 魔口がボトルネックになるなら直接開けばいい。そう思い、翔流は自分の左手首を切り落としたのだ


「お前、その方法に気が付いてたのか」

「一度やった事は忘れねぇよ。この魔素の放出量だったらできるんだろ? 『凍夜』と同等の威力の限界突破がさ」

「限界突破ってお前、一度見ただけだろ!? 無茶だ」

「無茶でもやるんだ。『凍夜』は練習で何回も見ている。イメージだったらここにある」


 右手で左手を抑え、手首を崖の上へと向けた。


 崖の上ではいつの間にか合流した魔族の砲台が、ジャイルの村へ向けられていた。


「やらせるかよ!」


 極限まで放出した魔素が漆黒の球体を作り始めていく。以前エルノアが作ったものよりも数倍の大きさの球体。そして、その魔素は何人たりとも近寄らせない暴風を巻き起こした。


 イメージするは氷。それもただの氷ではない。永久凍土のような、砕ける事のない氷。『凍夜』の作りだす氷壁だ。球体の色が黒から青へ、青から蒼へと変化していく。


「くたばりやがれ!!」


 翔流の限界突破が発動したのと、砲台が発射されたのはほぼ同時だった。交差する紅と蒼の閃光。紅い閃光は砦を崩壊させながら、ジャイルの村を焦土に変えた。蒼い閃光は崖の上にいた魔族を飲み込み、すべてを凍らせた。


「クソが」


 誰の呟きだかわからない。投げられた声は、行く当てもなく霧散していった。

「敵兵力、九割が浅葱三尉の魔法により死滅。後方にいる魔族が撤退していきます」


 偵察兵による状況の報告が空しく響く。


「っ! アズマリアは!」


 ハルの手に抱かれたアズマリアに駆け寄る。


「大丈夫だよ。気を失ってるが、ちゃんと傷は塞がった。生きてるよ、アズマリアは」

「そうか、よかった」


 息が抜けるのと同時に、怒りがこみ上げる。忘れていたのだ。この現況を作り出し張本人を。ゆっくりとそいつに目を向ける。丁度拘束されているところだった。周りの兵士も、明らかな反逆行為と認めたのだろう。あれは決して誤射などではない。明確な殺意だ。


「バズー……! てめぇ!」


 体に魔素を纏い、肉体強化をした状態で思いっきり顔面を殴りつける。吹き飛ぶ巨体。


 砂埃を巻き上げ、五メートルほど吹き飛んでその巨体は止まった。だが、翔流はそれでも容赦しない。マウントポジションを取り、右腕だけで殴りつける。何度も、何度も数人の兵士が肉体強化を使い、翔流を止めに入るが、翔流の魔素に比べれば脆弱に過ぎない。


「こいつがいなければすべてうまくいってたんだ! アズマリアだってあんなケガしないで済んだんだ!!」


 何度殴ったのだろう。痙攣を起こすバズー准尉に、これで終わりと言わんばかりに拳を振り上げる。


「これで終わりにしてやるよ!」


 渾身の力を籠めて右腕を振り下ろす。だが、その右腕がバズー准尉に届く事はなかった。


「やめておけ、翔流」

「……ハル」


 肉体強化をしたハルが、翔流の腕をつかんだのだ。


「こいつは法で裁かせる。お前が手を汚す必要なんてないんだよ」

「……だけど」

「わかってくれ。翔流」

「……っ、わかったよ。くそったれ!」


 ハルの手を振り払い燃え盛るジャイロの村を尻目に、自分の切り落とした左手を回収した。


 作戦の失敗。アズマリアの負傷。限りなく敗戦に近い引き分け。


「くそったれ」


 誰に聞こえるわけでもない翔流の呟きが、空へと霧散した。



いつも読んで下さり、ありがとうございます。

感想、御意見、誤字脱字報告など、ありましたらご一報いただけるとありがたいです。

次回は四月二十二日午後六時にアップします

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