『終焉』
ある程度までは毎日アップされると思います。
落ち着いてきたら三日ペースぐらいで考えてます。
「よう! みんな! 終末は如何お過ごしかな?」
ラジオからDJの軽い声が流れる。だがBGMは無い。純粋に声だけを届けているラジオ。
「はっはっは~! ついに終焉まであと一日になっちまったなぁ。ついに、このラジオの製作スタッフも俺っちだけになっちまった! でも、俺っちは最後まで皆に声を届けるぜ! どうせどこに逃げたって終焉はやってくるんだしな」
なんとも見上げたプロ根性とでも言うのか。だがその通りだった。例え、どこに逃げても終焉は迎えるのだ。それが例え核シェルターに逃げ込んだとしてもそれは変わりのない事だ。
「……終焉か」
ラジオに耳を傾けながら少年は呟いた。
終焉。
それは、政府が発表したものだ。
まるで都市伝説の様に言われていた地球消滅の危機。
『二〇五八年十二月八日、四〇〇キロメートルクラスの小惑星衝突により地球は滅亡する』
一年前、それはアメリカ政府の発表により、現実化するという。
現在地球の技術では、とても回避できないらしい。そもそも地球にまだ恐竜が居た時代、地球の全生物の七割を死滅させた隕石でさえ約十キロメートルだ。地球が滅亡するのに必要な隕石の幅は二十キロメートルもあれば十分だという。
今回落ちてくる隕石は、約四〇〇キロメートル。確実にそれは『終焉』と呼ぶ事ができた。
「……おきてるの? 翔流」
「わりぃ、起しちまったか?」
蛍光灯の光が室内を照らす。
部屋の中には二人。少年と少女がシングルのベッドで横になっていた。
少女の手にはリモコンが握られていた。少女が部屋の電気を点けたのだ。
「いいよ、別に……うわっ、もう十一時じゃん」
ベッドの横に置いてある時計を一瞥した少女が、ため息をついた。
「起きてたのなら起してくれてよかったのに」
少女の非難に少年は苦笑で答えた。
「何か気持ちよさそうに寝てるからさ、そのまま起こさないようにしてたんだ」
少年の名前は浅葱翔流。
線の整った顔立ちと、小柄だか、華奢と思わせない引き締まった筋肉。幼い頃から続けている空手で培ったものだ。そして、人の目を引く彼の最大の特徴である、染色では出す事のできない赤茶けた髪の毛の色と同色の瞳。三年ほど前、事故により瀕死の重傷を負い、その日を境に徐々に変化していったのだ。本人曰く、染める手間が省けて良いと漏らしている。
「いつから起きてたの?」
そして、少女の名は、深司千芹。
童顔で柔らかい印象を与える輪郭。すらりと伸びた足に、引き締まったウエストが胸の丸みを強調させている。そして、真紅の瞳と真っ直ぐに伸びた紅い髪。翔流とは違い千芹は、最初から紅い瞳と同色の髪を持って生まれた。昔は、その事がコンプレックスだったが、今は実は気に入っている。
燃えるような紅髪と、純白の様な白い肌。その対比は、少女をより幻想的なものに変えていた。
「確か八時頃かな? なんか寝てるのが勿体なくてさ」
ラジオのスイッチを切り呟く。あと数時間後には、世界は終焉を迎える。そのような気持ちになるのは当然の事だろう。実は、これは夢でしたなんて展開を何度となく期待した事だろう。だが、それは月日が流れていくにつれ、明確なものになっていき、『終焉』はついに明日と迫っていた。
「……何か損した気分」
不貞腐れる千芹。子供の様に頬を膨らませる。幼い頃からずっと見てきた千芹の悪癖。子供の様な仕草が翔流の悪戯心を掻き立てる。
「へへ~、俺は千芹の寝顔を堪能できたし問題なし!」
「ずるいよ、翔流だけ」
不貞腐れていた千芹が、不意に翔流を覆いかぶさるように押し倒す。
「……ずるいよ」
首に回された手。塞ぐように合わさる唇。伝わる温もり。数秒後、ゆっくりと唇が離れていく。
「これで許してあげる。それとも、このままエッチする?」
悪戯っぽく笑う千芹。どうやら悪戯心が逆手に取られてしまったらしい。翔流は千芹の頭にそっと手を置き、そっとなでる。くすぐったいのか千芹はそっと目を細めた。
「それも良いな」
「……翔流」
呟き、細めていた目を翔流から外す。照れ隠しなのだろう。いつも通りの恋人同士の日常。
雰囲気も最高潮に達し、今度は翔流が千芹を抱きしめる。だが、その瞬間に翔流の腹が鳴いた。
「……」
「……」
雰囲気を全力でぶち壊した腹の虫に、千芹が小さく微笑む。
「おなか、すいたよね。私、何か作るよ。最後なんだし食材も余ったら勿体ないしね」
そう言って千芹は、ベッドから降りる。白いYシャツを一枚だけ羽織るその姿は、翔流の理性を揺さぶるには充分過ぎるほどの破壊力を持っていたが、再び腹の虫が鳴く。どうやら、性欲は空腹には勝てなかったらしい。性欲と食欲は、同時にはおきないとはよく言ったものだ。
「待って、千芹。一緒に作ろう」
三度鳴る腹の虫を聞き、翔流はベッドを降りた。
――数十分後。
テーブルに並べた料理の数々。カルボナーラ、サラダ、バタートーストにコーンスープ。既に朝食というよりも昼食といってもいい時間なので、差し詰めブランチといった感じで昼食と出されても違和感のないラインナップ。個々の料理から発する匂いが食欲をそそる。
「「いただいきます」」
礼儀良く一礼をして食事を始める。
「うん、おいしい」
フォークにカルボナーラを巻きつけ、口に運んだ千芹が笑みをこぼす。
「そうだな」
「そういえば、昨日翔流が寝た後にお母さん達からメール来たよ。今、グランドキャニオンに居るんだって。終焉はグランドキャニオンで過ごすってさ」
携帯を操作する千芹。空中にホログラムが投射され一枚の写真が映し出される。其処には赤茶けた大地に、笑顔で写る四人の中年が居た。翔流と千芹の両親だ。
翔流と千芹は、家が隣で俗に言う幼馴染という間柄だった。両親も学生時代からの付き合いだったらしく、家族ぐるみと言うのは昔から多々あった。
そして、それは二人が付き合うようになってからも変わることは無く、現在にいたっている。
「そっか」
終焉から逃れる術は無い。それは、わかっている事だ。それでも逃げる人間もいる。だが、それと同時に終焉を迎える場所を探す人間も少なくは無い。翔流と千芹の両親もその中に含まれている。もしかしたら、最後ぐらいはと翔流たちに気を使ってくれたのかもしれない。
「また、凄い所をえらんだな」
苦笑する翔流。
「……まあ、私は翔流と終焉を迎えられればそれでいいかな」
「そうだな、俺もそうしたい」
ゆったりとした時間。心地よい空気が二人を包む。
だがその空気は、場違いな音によって消滅した。
聞きなれた電子音。テーブルの横に置いてある携帯に着信が入ったのだ。
液晶にはハルと書かれている。
「誰?」
「うん、ハルだ。ちょっと待ってて」
フォークを口に咥え携帯を操作する。
刹那、ホログラムが投射され空間に一人の少年の姿が映し出された。
『よう! 翔流……と、やっぱ千芹も一緒か』
ホログラムの少年はニヤニヤしながら応える。
「何だよ、ハル。俺達、今食事中なんだけど」
『お、旨そうじゃん。千芹の手料理? 俺も食いてぇ』
「残念、ハル君にはあげないよぉだ」
『ケチ』
「何とでも言ってよ」
そう言って千芹はカルボナーラを口に運んだ。
『はいはい。まあ、冗談はこれぐらいにして、二人ともちょっとこれから出てこれないか?』
「どうした?」
『ああ。あのさ、二年前に埋めたタイムカプセルって覚えてるか?』
「ああ、中学の桜の木の下だろ?」
『二年しかたってなくて開けるのもカッコ悪いかもしれないけどさ、事情が事情だし、今から掘りに行かないか?』
「梓と樹は?」
『ああ、来るって。後は、お前らだけだよ』
「そうか」
翔流は千芹の方をチラッと見る。うなずく千芹。
「分かった。場所は、現地集合でいいのか?」
『おう、じゃあ岸中で待ってるぜ』
「あいよ」
翔流の返事を聞いたか聞かないかぐらいで通信が切れた。それと同時にホログラムも消える。
「ったく、タイミングの悪い奴だ」
「ふふ、そうだね」
二人で料理にラップをかけ部屋を後にした。
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次は四月八日、正午にアップされます