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虚無の王  作者: 上月海斗
第一章 『終焉』と異世界
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戦争

いつも読んで下さりありがとうございます。

 深い呼吸。精神が集中していく。酸素が全身の血管を隈なく駆け回る。


 そして、翔流の身体を魔素が包みこんだ。


「……出来た」


 静かに告げる声。それを聞いたエルノアが頷く。


「いいわ、そのままを維持して」


 エルノアはそう言いながら茶色い構築式を地面に向かって発動させた。隆起する石畳。そしてエルノアの目の前に分厚い壁を作りだした。


「これを殴ってみて」

「あいよ」


 大きく振りかぶり渾身の右ストレートを放つ翔流。まるで発泡スチロールを割る様に簡単に石壁は砕けてしまった。


「完璧じゃない、翔流君」

 

 歓喜するエルノアの声に魔素の循環を止める翔流。


「それにしても、すげぇな。肉体強化って言うやつは」


 粉々に砕けた石壁の欠片を手に取り翔流が呟く。思いっきり握っても砕けそうにはない。そこにあるのは固い石。身体に魔素を通せば、それすらも簡単に砕く事が出来る。


「別に大した事ないわよ。でも、翔流君がここに来た時に比べれば大きな進歩ね。これは」


 確かに目に見てとれる進歩だ。翔流がこの世界に来てから一週間。ようやく魔素を操っているというレベルまでに達したのだ。


「まあ、それなりに苦労したしな」


 溜息を洩らす翔流。自分の中の魔素を探すのに三日、そこから魔素の循環イメージを作るのに三日、そしてようやく今日成功したのである。


「試しに念話でもしてみたらどう? もしかしたら千芹ちゃんと念話出来るかもしれないわよ。ねぇ、ハル」

「……え? うん? あー、悪い。聞いてなかった」


 不意に振られた会話に慌てるハル。


「聞いてないって、あのねぇ。翔流君が魔素を操れるようになってきたし、念話が出来る様になったんじゃないかって話」


 魔素を操るという言葉がハルの胸を締め付ける。今の翔流は、身体の中に魔素を流すぐらいのコントロールは出来るようになっているのだ。つまりそれはこの前の様に暴走する事が極めて低いという事だ。


「ああ、そうだな。もしかしたら出来るんじゃないか?」 


 二人に悟られない様に明るく話す。自分がこの話を切り出したら翔流はどんな反応をするのだろう。誰だって戦地なんてに足を運びたくない。ましてや、戦を体験した事のない平和に慣れた人間なのだ。戦地に赴けば翔流は確実に人を殺す事になる。はたして、翔流はその罪悪感に耐える事が出来るのだろうか。


「出来るんじゃないかって簡単に言うけど念話ってどうやるんだよ」

「魔素を身体に循環して喋りたい事を念じてみなさい」

「了解」


 再び魔素を身体に循環させる翔流。翔流の身体が魔素に包まれていく。


(千芹! 聞こえるか、千芹!)


 言われたままに念じてみるが返信は無い。


「駄目か?」

「ああ、何のリアクションも無い」

「う~ん。翔流の伝達がうまくいっていないのか、千芹の伝達がうまくいっていないのか、いまいち原因がわからんな」

「そもそも、念話なんてあっちの世界ではまずあり得ないしな」


 苦笑する幼馴染。やはり、この世界に翔流を連れてくるべきではなかったのだろうか?

 自分は簡単に事を決めすぎたのだろうか?


 様々な思案が、ハルの枷になっていく。自分は最善だと思う事をした。翔流を監視下に置く為に軍に入れた。戦闘が起きても一番安全な所に配置したはずだった。


 だが、それはこの国にとってしてみれば翔流の存在は道具でしかない。翔流の存在は、使い方次第では最強を誇る道具なのだ。


「まあ……そうだよな」


 一瞬だが、返信が遅れる。


(言えねぇ。駄目だな。俺)


 ゲルツ大臣の言葉が頭をよぎる。


(俺だってわかってるんだよ。ちくしょう、嫌な役ばっかり回ってきやがって)


 心の中で呟き、久しぶりに自分の役職を呪った。


「どうした、ハル? 何かあったのか?」

「あ。……いや、なんでもない。ちょっと考え事してたんだ」


 どうやら翔流には伝わってしまったらしい。やはり、幼馴染なのだ。ハルの微妙な動作も見逃さなかった。見抜かれて慌ててごまかすハル。


「おいおい。しっかりしてくれよ、ハル」

「ああ、わりぃ」

「いいよ、別に。それで、話を戻すけど、魔素が使えるようになっても念話が出来ないとかいう可能性は?」

「それは無いわね。現に波長の合う人間同士は念話が出来るもの。私とアズマリアがいい例よ。私の神核細胞ととアズマリアの神核細胞は構成が似ているの。だから念話もできるし、神素の共有もできるわ」

「それは神核細胞だからっ出来るって事は?」

「恐らく無いな。言ったろ、神素と魔素の違いは自己発火の有無だ。それ以外の構成は同じなんだよ。だから細胞の違いという事は無い」

「それに、翔流君の魔核細胞は千芹ちゃんの血液から生まれたものでしょ。波長が合わない筈は無いもの」

「となるとだ。やっぱり考えられる原因は俺か千芹のどっちかなんだな」

「そうなるわね」

「まあ、暇な時に念話を試してみろよ。もしかしたら千芹は受信できてるかもしれない。ただ返し方が分からないだけかもしれないしな」

「ああ。分かった」

「じゃあ、俺はこれから会議だから。エルノア、後よろしく」

「分かったわ」

「じゃあな、翔流」


 そう言い残してハルは会議室を出る。


(くそ、言えねぇよ)


 会議室に向かう足取りが重い。ハルは小さくため息を吐いた。


◆ ◇ ◆


「そう。ゆっくり、落ち着いて。魔素を手に流すイメージを作るの」


 エルノアの言葉に従い、深い呼吸を繰り返す。丹田から腕に魔素が流れる様に意識を集中させる。


「いい? そしたら、その手に集まった魔素を一気に放出して」

「……」


 翔流の手から大量の魔素が放たれる……はずだった。


「あ、ドンマイ」


 言葉を失いながら苦笑するエルノア。翔流の手から放出されたのは、か細い数本の黒い魔素の糸だった。例えるなら納豆の糸と言った所か。一応、火をイメージしてみるが蝋燭の炎程度の火が申し訳なさそうに揺らめいていた。


「ぐおおぉぉぉ。魔口の開き方がいまいちわからねぇ!」


 悶える翔流。


「でも、ちゃんと魔術は使えてたみたいね」

「ああ、肉体強化が出来るようになってから魔素って言うのがちょっとだけわかるようになってさ、その感覚でやったら出来た」

「ふぅん。感覚で出来るなんて大したもんじゃない」

「まあ、結果がこれだけどな」


 翔流はそう言って炎を消した。


「まだ翔流君の魔口は広がってないのよ。そのまま使っていけばどんどん魔素が放出できるようになるわ。焦らないでいいのよ。ゆっくりいきましょう」

「まあ、……そうだな」


 昨日、あれから何度か魔素を使い念話を試してみたが、一向に伝わる気配がなかった。その為、翔流の導き出した結論は、魔素をもっと使いこなす事だった。

 今行われている訓練は、その為の放出訓練なのだ。


「別に、自分の中にある魔素をコントロールできるようになれば念話は出来ると思うのだけどね。別に無理に魔術まで覚えなくても」

「嫌だ! だって面白そうじゃないか。ファンタジーだぞ、ファンタジー。俺魔術使えるんだぜって感覚に浸りたいじゃん」

「ファンタジーねぇ」


 むしろ、この世界では術自体が、日常だからファンタジーも減ったくれもないのだが。


『ピピピピピピ』


 突如なる電子音。エルノアの携帯が鳴り響く。


「うん? メール?」


 携帯を操作するエルノア。


「ちょっと。何よ、これ!」


 メールを見るなり激怒するエルノア。


「何だ? どうしたんだ?」


 エルノアが怒りだした訳もわからずオロオロする翔流。


「翔流君! ちょっと来なさい!」


 腕を掴まれ引っ張られる。逃げられない様に肉体強化のおまけ付きだ。


「うわっ! ちょっと、エルノアさん。どうしたんだよ!」

「うるさい! いいから一緒に来なさい!」

「はい」


 あまりの迫力に圧倒される翔流。こんなに怒ったエルノアも見た事がない。

 これは、ただ事ではないと判断した翔流は、無難に従う事にした。


◆ ◇ ◆


 蹴り破られるドア。エルノアが蹴り飛ばしたのである。


「ハル! これはいったいどういう事!」


 室内に響くエルノアの怒声。エルノアが押し掛けた部屋はハルの部屋だった。


 机に指と指を交差させ祈るような姿勢でエルノアに視線を送る。


「すまない、エルノア。そういう事だ」

「そういう事だ、じゃないわよ! 私はともかく翔流君は関係ないはずでしょ?」

「この国を守るためなんだ!」


 一際大きい声。その唇は強く噛み締められていた。


「ちょっと、なんだよ! いきなり連れてこられて説明も無しか!」


 蚊帳の外だった翔流が痺れを切らせた。


「翔流君。貴方に出兵命令が出たのよ」

「出兵命令?」

「ええ、そうよ。貴方に戦争に参加しろって言う御達しが私の携帯のメールに届いたわけ。差出人はハルト将補。つまりハルよ!」


 エルノアの鋭い眼光がハルを捉える。


「翔流君は非戦闘員じゃない。神魔混合術を使いたいのだったら私を使えばいい。どうして翔流君の力が必要になるの? 理由を説明しなさい、ハル!」

「それは、私が説明しよう」


 突如後ろから、発せられた声。振り向くとそこには一人の老人がいた。ゲルツ総務大臣である。


「……ゲルツ大臣」

「いま、我が国はサイランの町とジャイルの村が同時に攻め込まれている。相手は総力戦でこの二つの町村を潰しにきている。今のままだとエルノア一佐が出向いた所でどちらかの町村は陥落してしまう。この二つの町村の陥落が我が国にどれだけの被害を与えるかはわかっているだろう? エルノア一佐。それにこの作戦にはもう一つの意味がある。神魔混合術でいかに多くの魔族を凄惨に屠れるか、そこがポイントになるのだ。凄惨な死に方は、奴らにとって楔にになる。易々と我が国に足を踏み入れさせないためのな」

「……でも」

「まさか、そなたも私情を挟むのではあるまいな。これは戦争なのだよ。そして浅葱三尉はこの軍にいる以上、駒なのだよ」


 エルノアと翔流を捉える眼光。


「浅葱三尉。出兵は六日後だ。出兵先はジャイル。三尉には、ボルト一尉の率いる第一歩兵神技部隊の援助に回る事だ。分かったな。エルノア一佐はその翌日、サイランに指揮官として出向いてもらう。詳しい詳細は、第二神技研究部隊宛に書類を送る」


 そう言ってゲルツ大臣は部屋から出ていった。

 取り残された三人。


「……そういう事」


 小さく呟く。すべてを理解したエルノア。


「すまない」

「すまないじゃないわよ。分かってるの? これは戦争なのよ? 翔流君も何か言いなさいよ。貴方の育った国では戦争はなかったんでしょ? 戦争は殺意の塊なのよ。言ってみれば殺し合いなのよ。貴方は死なないけど、戦争はそんな簡単なものじゃないの」


 確かにその通りだ。翔流は死なない。だが、それだけだ。決して心が強いわけではないのだ。


「人を……殺すのか」


 エルノアの言葉に鳥肌が立つ。手に湧き上がる嫌な感覚が蘇る。肉を裂く感覚。そのあまりにもリアルな感覚に思わず吐き気を催す。


「おい。大丈夫か、翔流!」


 真っ青になった顔。全身が小刻みに震えていた。


「……マジなのか。俺が、戦争に」

「ああ」


 ハルの作った握りこぶしがギリギリと音を立てる。


「すまない、翔流」

「……」


 沈黙。静寂が三人を包んだ。


「わりぃ。ちょっと気分悪い。ちょっと部屋に戻っていいか?」

「……ああ」


 ハルの言葉を聞いてから翔流はハルの部屋を後にした。残された二人。


「やるせないわね」

「ああ」

「私は翔流君とは別の隊につくのね。翔流君のパートナーは?」

「アズマリアだ」

「……アズマリアか。あの子もあの時以来戦闘らしい戦闘はしてないわよ」


 あの時とは、アズマリアが孤児になった時の事だ。アズマリアはもともと他の村の出身だった。二年ほど前、その村は魔族の襲撃に合い、村は壊滅。アズマリア以外全員を惨殺されたのだ。


「それに、メンタル面も弱い」

「……わかってる」

「やるせないわね。貴方の立場も。二人に与えられた任務も」

「……」

「……」


 二人の間に沈黙が走る。


「甘かったんだ、すべてが。ゲルツとラクアが手を組みやがった」


 今回の翔流の推薦。その陰にはゲルツ派とラクア派の面々が目立つ。やはり、翔流の存在は邪魔なのだろう。だが迂闊に消す事は叶わない。ならばその存在を存分に利用しようという魂胆なのだろう。


「犬猿の仲でも手段は選ばないか。まあ、いいわ。私はこれからアズマリアの所に行ってくるわ。どうせそろそろメールが届いている頃でしょ」

「余計な手間をかけさせてすまない」

「いいわよ。大事な部下だしね。その代わり、きちんと翔流君にフォロー入れなさいよ」


 エルノアはそう言ってハルの部屋を後にした。



いつも読んで下さり、ありがとうございます。

感想、御意見、誤字脱字報告など、ありましたらご一報いただけるとありがたいです。


次回は四月十九日午後六時にアップします

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