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虚無の王  作者: 上月海斗
第一章 『終焉』と異世界
16/27

歓迎会。そして、それぞれの思惑

いつも読んで下さりありがとうございます。

「どうしてこうなった」


 呟く翔流。昼食を終えて再び午後の授業に戻り、今は初めての実践である。だがその実践は翔流の思い描いていた物とはかけ離れていた。


「あのねぇ。魔素の存在を知らない人間が、いきなり魔素なんて放出できるわけ無いでしょ」


 不服そうに座禅を組む翔流にエルノアが呟いた。


「まあ、そうだけどさ」


 一応口ではそう言っているが、あまり納得がいっていない。今翔流がやっている実践と言うのは単に瞑想に過ぎない。


「いい? まずは自分の体の中にある魔素を感じるの。その感じる感覚を掴む事から始めていくわよ。はい、眼を閉じて。大きく深呼吸して精神を落ち着かせて」 


 エルノアの言葉に従い数回大きく深呼吸をする。


「……」

「……」 


 深く深く息を吸い込み、ゆっくりと吐いていく。繰り返される静かな呼吸。


「じゃあ。次は中丹田に意識を向けてみて」


 中丹田とは鳩尾の部分である。ゆっくりと意識を集中させる。


「どう? そこに何か違う感覚は無いかしら」

「違う感覚がわからない」


 ほぼ即答に近い答え。その答えにげんなりするエルノア。


「そっか。じゃあ、手を出して。本当は自分で分かってもらうのが一番だったんだけど」


 嘆息するエルノアに手を差し出す。そのまま翔流の手を右手で握るエルノア。


「今から、私の魔素と翔流君の魔素を共鳴させるわ。その共鳴した魔素の感覚を覚えておいて」

「うい」

「じゃあ、行くわよ」


 掛け声と共にエルノアの右手から魔素が放出される。そして、その魔素は翔流の身体へと流れ込んでいった。刹那、身体に疾る違和感。それは、体感した事のある違和感だった。


「ぐっ」


 鳩尾を中心に何かがある。感覚だけでしか言い表せない何かが。それは、自分が覚醒した時にも味わった違和感だった。熱く、鳩尾の所を駆け回る鼓動。恐らくこれが共鳴なのだろう。


「どう? 何か感じた?」


 ゆっくりと離された手と手。それと同時に鳩尾に走る鼓動は鳴りやんだ。


「鳩尾のあたりに、なんか熱いものを感じた。なんか鼓動を打ってるみたいだった」


 その言葉を聞いてエルノアとハルが笑みを作る。


「それが魔素だよ。翔流」

「そうなんだ」

「ええ、今度は一人でもそれを感じられるようにさっきの要領でやってみて」

「あい」


 静かに眼を閉じ集中していく翔流。大きく息を吸い全神経を鳩尾に集中させる。


「……あれ?」


 先ほどの感覚は見つからない。


「まあ、最初はそんなもんかな」

「むう」

「とりあえず、今日はずっとその練習をしてな。と言うよりも、感じるまでは次のステップにいけないからしっかりやれよ」


 ハルの言葉に項垂れる翔流。


「じゃあ、エルノア。時間になったらよろしく頼む。俺は、先に行ってるぜ」

「ええ。分かったわ」


 そう言って、ハルは闘技場を後にした。


「あれ。行っちまった」


 仮にも将補と言う立場の人間だ。いつまでもここにいるのもおかしい話だ。


「さあ、翔流君。ハルは放っておいて練習よ」

「はいはい」


 エルノアに促され、再び意識を鳩尾に集中させる翔流。だが、先ほどの熱さや鼓動は一切感じる事が出来なかった。


◆ ◇ ◆


「はい、お疲れさま」


 エルノアの声に瞼を開く。瞳孔に刺さる光が少しだけ眩しかった。瞑想を始めてどれほど時間がたったのだろう。ふと時計を見ると既に五時をさしていた。


「……結局、わからないまま終わっちまった」


 嘆息を漏らす翔流。半日かけて感覚がつかめないというのは少しばかり凹む様だ。


「別に、そんな簡単にできると思ってないわ。私だって自分の魔素を知るには一週間ぐらいかかったもの」

「そうなのか?」

「ええ。だから、気にしない事ね」


 差し出された手。つまりは立ち上がれという事だ。


「ああ。そうしとく」


 エルノアの手を掴み脚に力を入れる。


「ぐお、身体がバキバキ言ってる。腰痛ぇ。同じ姿勢で居すぎたな」


 ほぼ四時間瞑想をしていたのだ。身体が縮こまっているのだ。身体を解す様に関節を曲げていく。


「あ、翔流君。ちょっとこれから街に出るのだけどちょっと付き合ってもらっていいかしら?」

「街に? べつにいいけど、荷物持ちか何か?」


 ふいに思い出される昨日の記憶。昨日二人は、はち切れんばかりに詰まった袋をぶら下げて街を練り歩いたのだ。


「まあ、そんな所かしら。せっかくだから着替えていきましょう」


「あいあい」

「じゃあ、着替えが終わったら部屋に迎えに行くわ」

「ん、了解」


 そう言い残して二人は、闘技場を後にした。


◆ ◇ ◆


『翔流三尉! ようこそ、アズラベルへ!』


 一斉に鳴らされるクラッカー。呼び散る紙テープ。そして、何が起きたかわからないと言った間抜け面を浮かべている翔流。そこにいた面々はアレス、ハル、ラクティ、アズマリア、サイトの五人である。そして、テーブルの上に並べられた料理の数々が美味しそうに湯気を立ち昇らせていた。


「エルノアさん? これは? 確か、夕飯を食べるのにこの店に入ったんだよね」

「ええ、そうよ」


 見た限り、この店にはこの五人しかいない。貸し切り状態と言うやつだ。


「何これ?」

「歓迎会よ」

「誰の?」

「翔流君の」


 思わず、皆を二度見する。そして、ようやく合点が言った様に右手で頭を押さえた。そして思わず笑みがこぼれる。つまりは自分は嵌められたのだと気がついたからだ。だが別に嫌な気分ではない。


「翔流三尉~、主役がそんな場に立ってんなよ。そこに座んなよ」


 サイトが空いてる席を指差す。


「ああ」


 ラクティが椅子を引きその場に座れとアピールする。


「ありがとう、ラクティ准尉」

「いえいえ」


 そう言って微笑む。相変わらずこの人は紳士だ。


「料理何食べます? 私、取り分けますよ」

「あ、……料理の名前分かんないから適当に取り分けて」

「了解」


 そう言って皿に料理を取りわけていくアズマリア。気配りの効くいい子だ。


「どうよ、翔流。お前がこの国に来てからやたらとドタバタしてたから歓迎会が遅れちまったけどこの国でやっていけそうか?」


 右手に葡萄酒の入ったジョッキをそのまま翔流に手渡す。


「ああ。まあ、やっていくしかないんだけどな。ってこれ酒じゃねぇか」

「別に、この国は酒の規定は無いからな。別に飲めなくはないんだろ?」

「まあ、な」


 翔流の家は結構放任主義なので、正月でもなればよく親父と酒を酌み交わしていた。今更酒にビビる様な性格は残念ながら持ち合わせていない。


「じゃあ、全員飲み物行きわたったな」


 全員が右手に葡萄酒の入ったジョッキを持つ。


「それじゃあ、翔流のこの世界での健闘を祈って! 乾杯!」


 ぶつかり合うジョッキ。小気味な音が店内に響く。


「今日は無礼講だ! 皆、どんどんやってくれ」


 アレスの言葉に全員のテンションが上がる。


「ぷはっ~!! 仕事の後の一杯は最高だね」


 サイトがジョッキの中を一気に飲み干し、店員にお代わりを頼む。


「サイトさん。呑むのはいいけど、明日にお酒を残さないでくださいね」

「わあってるって。なぁ翔流三尉~」


 既に出来上がっているのか、それとも本当に階級を忘れた無礼講なのか実際はよく分からないが、とりあえず頷いた。


「大丈夫よ、アズマリア。明日酒臭かったら半殺しにするから」

「姉さん、それだと仕事に支障が出るから、一日みかん箱で過ごしてもらいましょう。後、一日その存在は空気扱いで」

「あら、優しいのね。アズマリアは」


 二人の言葉に滝の様な涙を流すサイト。


「よかったじゃないか。サイト曹長。皆に愛されてて」

「嬉しくない。嬉しくないよ、この愛情は! どうせ愛してくれるならベットの上で愛してくれ!」


 そう言って着ていたシャツを脱ぎ棄てる。上半身裸で決めポーズ。変態一号さんの完成である。


「却下」

「姉さん。やっぱり一度痛い目を見たほうがいいね。やっぱり、明日お酒が残ってたら魔法で作った氷の上で仕事してもらおうか」

「あら、優しいのね。アズマリアは。私は軽く殺意が湧いたわ」

「はあ。うちの軍また人が減るのか」


 とアレス。


「でも、あれは仕方ねぇんじゃね?」


 とハル。


「四面楚歌とはこの事ですな。サイト曹長」


 とラクティ。


「な、全員敵かよ。いいさ、やけ酒してやるよ」

「ちょ、お前。それ死亡フラグ」

「かまわねぇよ、翔流三尉。俺が死んだら、お前にこのポジション譲るぜ」

「いらねぇよ! 全力でお断りだ」


 あほなやり取りに笑いが起きる。心地よい空間。どうやら少なくてもこのメンバーには自分は歓迎されているのだと心の中で思い、葡萄酒を流し込んだ。


◆ ◇ ◆


「馬鹿を言うな! 翔流三尉は、戦闘要員目的でこの軍に入れたんじゃない! 魔族の手の内を探るために入れたんだぞ!」


 怒声が会議室に響き渡る。黒を基調とした軍服に身を包んだ老若男女がその怒声を静かに聞き入れる。だが、その中で一人口を開く者がいた。ゲルツ総務大臣だ。文官にして武官として、階級も一佐を持っている実質ハルの次の権力者である。


「ハルト将補。今の状況をわかっておられるのですか? サイランの町とジャイルの村が同時に攻め込まれているのですよ。例えエルノア一佐がどちらかに赴いても、一つ守っている間に、もうひとつが陥落してしまいますぞ。ならば同じ隊にいる浅葱翔流三尉の魔素の力を使うのは道理でありましょう?」


 腰まで伸びる真っ白な髪と髭。痩せ細った四肢と皺だらけの体。だが、眼光は鋭く、そこにいる者すべてを威圧していた。


「ゲルツ大臣よ。そなたの言い分もわかる。だが、その作戦にはまだ無理がある。翔流三尉はまだ魔素のコントロールが出来ていない。魔口もまだ自分の意志では開くことができない。魔素を放出する事が出来ないんだ」


 堪らず、助勢をするアレス。


 魔口とは魔道神経から魔素を放出する際に魔素が通るの事を指す。同じく、それが神素だった場合は神口と言う。魔口神口は、汗腺の様に手に無数に放出口がありそこから魔素なり神素を放出するのだが、翔流は魔族に覚醒して日が浅い。当然、自分の意志では魔口を開くことができない。


 だがゲルツ大臣はその意見に表情を変える事無く口を開く。


「ならば強制的に魔素を流出させればいいではないのですか? 魔道神経は体中に通っている。魔口を開けないのであれば腕を切り落とすなりして、強制的に魔道神経をむき出しにすればいいだけの事ではないですか。幸い、彼は不死人だ。腕の一本や二本切った所でまた繋げれば問題ない」

「っ! ふざけるな!」


 再び、会議室に怒声が響く。


「ふざけているのはどちらですかな? この国で魔素を放てる人間はエルノア一佐と浅葱翔流三尉だけなのですぞ? 神魔混合術が使えなければ魔族の限界突破には到底及ぶ事が出来ない。サイランかジャイルが陥落すれば戦況も苦しくなるでしょう。大賢者と謳われた貴方がそんな事も分からなくなったのですか?」

「くっ!」

「一人と一国。貴方はどちらを取るおつもりで?」


 突き付けられた詰問。言葉が詰まる。


「答えられないようですな」


 小さく呟く。その表情は笑みていた。その笑みは小さく、そしてドス黒い物を感じさせるそんな笑みだった。そして鳴り響く轟音。ゲルツ大臣が机を叩いたのである。


「私情と戦、しかと弁えよ! 貴方の采配がこの国を左右するのだ!」


 返す言葉が見つからない。そして追い打ちをかける様にその言葉は放たれた。


「ハルト将補。浅葱三尉に出兵命令を。出兵は一週間後。彼の力はこの国に貢献してもらう」


 ゲルツ大臣はそう言い残し会議室を後にした。ざわめく会議室。その中には、ゲルツ大臣に賛同する声も多数挙げられていた。


「くそっ! わかってるんだ、そんな事」


 戦争と言う逃げようのない事実。翔流がこの国に来て初めての大きな決断が下されようとしていた。

 例えそれが翔流の望まない結果だとしても。


◆ ◇ ◆


「駒が揃いましたね」


 凛と響く声。


「ラクア三佐か」


 暗闇の中に端末の明かりが灯る。そしてそれを操る老人。ゲルツ大臣だ。ディスプレイには翔流の写真が映し出されていた。


「思ったよりも簡単に計画が進みそうだ。……堕ちてもらうぞ。ハルト将補、アレス王」


 ディスプレイの放つ無機質な明かりにゲルツ大臣の顔は酷く歪んでいた。


「貴方も悪い人だ。すべてに便乗して、こんな計画を立てるとは」

「ふん、当然だ。またと無い機会だ、これを逃す手はない」

「すべては我らの復讐のために……」 


いつも読んで下さり、ありがとうございます。

感想、御意見、誤字脱字報告など、ありましたらご一報いただけるとありがたいです。


次回は四月十七日午後六時にアップします

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