座学と実践
いつも読んで下さりありがとうございます。
「まずこの世界の神術、魔術……まあ、両方をひっくるめて魔法と呼ばれているんだが、その原理って言うのは、この前説明したよな」
闘技場に不自然に用意されたホワイトボード。そのホワイトボードに書き込まれていく文字。今日、先生として教鞭を振るっているのはハルだ。昨日は、結局街に買い物に繰り出してしまったので、実質魔素の演習はこれが初めてになる。そして、今は術に関する最低限の知識を詰め込んでいる真っ最中なのだ。
「ああ、神素と魔素をエネルギーとして発動してるんだよな」
もう幾度となく聞いたフレーズ。翔流の中では既に、忘れるにも忘れる事の出来ないフレーズになっている。
「そうだ。神素って言うのは、身体の中にある神核細胞によって作られるんだ。同じく魔素って言うのは魔核細胞によって作られる。この二つの細胞は元々、この世界で人間が生きて行くうえでの防衛的進化を遂げた物なんだ。この世界の大気には、微量だが、天然の濃密な神素と魔素が漂っているんだ。その神素と魔素を神魔源素と言うんだが、その神魔源素と言うのは神核、魔核細胞を持たない人間の体には、負担をかけるものでしかない。そこで人間が進化して身につけたのが神核、魔核細胞なんだ。神核、魔核細胞は、その吸い込んだ神魔源素を分解し再構築する。それが神素であり魔素となるんだ」
「ほうほう」
「まあ、正直ぶっちゃけたことを言うと、神素と魔素って言うのは、副産物に過ぎないものだったんだ。だが、先人達はそこから知恵をつけ自分の中にある神素、魔素の存在に気がつき、神術、魔術を発展させていったのさ。これは余談になるんだが、神族や魔族の治めている国って言うのは大気中の神魔元素の量によって変わるんだ。アズラベルやルード大陸は、進化論で言えば神素の方が濃く表れていたから、神族になったってわけだ。もし、逆だったら俺達が魔族になっていたかもって事だな」
「ふぅん。なるほどね」
「どうだ、魔法を紐解いていくと面白いだろ。まあ、あっちの世界には神魔源素なんてなかったし、それに代わる物質もなかったからな。だから魔法と言う概念は衰退して、科学が発展したんだろうな。次に神核細胞及び魔核細胞についてだが、両細胞は、それぞれ神蔵、魔蔵と言うエネルギー貯蔵タンクを持ち、そこに神素なり魔素を貯め込む事が出来るんだ。そのタンクの大きさが個人の持つ許容量になる。俺や千芹、それにお前は貯蔵タンクの大きさが馬鹿でかいんだ」
「へえ」
さすがにこの世界に来て三日目ともなると大概の事には驚かなくなってくる。翔流もようやくこの世界に順応してきたという事だ。
「それで、この細胞にはもう一つ特徴があってな。個々によって所有する、神素魔素の波長パターンが変わってくるんだ。まあ、向こうで言うDNAや指紋、アイリスみたいなものだな。その波形が近ければ近いほどいろいろな事ができるようになる。念話がその一つだな。少し話はずれたが神素と魔素ができるまではこんな感じだ」
「へぇ、じゃあ、せっかくなんでちょっと質問いいか?」
「おう、なんでも聞いてこいや」
「さっき、貯蔵タンクがあるって言ってたけど、それを考えると、魔素にも使える限度があるって事だよな」
「お、考えてるねぇ。興味津津?」
嬉しそうにハルが言う。
「まあ、な」
元々自分の世界では、ゲームや小説、漫画でしか出てこない俗に言う『ファンタジー』の世界を自分で体験できるのだ。少なからず興味は湧く。
「答えはある。まあ、神素でも魔素も放出量にもよるが、当然、神素、魔素の変換量を超えれば当然タンク内の神素、魔素を使う事になる。そのタンク内の神素、魔素を使いきれば当然回復するまでは使えなくなる。逆を言えば神素魔素の無い所でも体の神蔵・魔蔵にある神素・魔素を使えば術を発動できる。だから地球でも魔法が使えたのさ」
「ふぅん。じゃあ、次の質問」
「おうよ」
「俺が、覚醒した時にあそこのエントランスに魔素があふれたよな」
「ああ」
「あの魔素は何処から生まれたんだ? あっちの世界には神魔源素なんてないんだろ? 当然俺は守護兵に成りたてだ。さっきの話に当て嵌めると、魔素なんてあるわけがねぇ」
「おお、鋭い所を突いていくねぇ。まあ、理由は簡単さ。翔流がカーンの魔素をそのまま吸収したんだよ。後は、お前のタンクが空になるまで一気に放出したんだ」
「なるほどね。ちなみに聞くけど今は俺の魔素って言うのはどうなってるんだ?」
「まあ、神魔源素の変換って言うのは呼吸と共に自然に行われてるものだ。大体一日もあれば全回復してるよ」
「ふぅん」
納得したようにノートにメモをしていく翔流。その姿はまるで受験生の様だった。まあ、この世界で生きていくための知識なのだから当然と言えば当然だろう。
「んじゃ、次な。今度は神素と魔素についてどう違うかを説明していくわ」
「おう」
「まず、神素と魔素は術の発動エネルギーである事は変わらないが、神素と魔素には明確に違う点が一つある。それは自己点火の有無だ。自己点火って言うのは、起爆スイッチみたいなもんだな。俺達が使う神術と言うのは、必ず魔法陣を必要とする。それは、神素には自己点火能力がなく、神素単体では神術を発動することが出来ないからなんだ。だから神術と言うのは、術の発動イメージを練り上げた構築式という魔法陣に神素を流し込む事で、初めて行使する事のできる技術なんだ。ちなみに、構築式はカードリッジに入れてある物だから俺達、神族はカードリッジを手放す事が出来ない。対する、魔術は、自己点火能力を備えている。魔素を放出し、行使したい魔術のイメージを作るだけで発動する。あの時、翔流の魔素が魔術にならなかったのは、放出しかしていなかったからなんだ。もしあそこで爆発なんてイメージしてたら、俺達は今ここにはいないだろうな」
「なるほどね」
「まあ、こんな事口で言われても理解しにくいと思うんだ。翔流も俺達の戦いを一度見てるけどあの時は何も理解してなかったもんな」
「まあ、そうだな」
「だから、これから神素と魔素を理解してもらう為に、エルノアと俺で模擬戦を行う。そこで神術や魔術がどんなふうに発動するのをよく分析してみてな」
「ああ。うまくいくかは分からないけどやってみる」
「大丈夫だって、特徴だけとらえればいいだけだから」
「ああ」
「あ、ホワイトボード片づけてね」
「……あいよ」
コロコロとホワイトボードを片づける翔流。何もなくなった闘技場にはエルノアとハルだけ残された。翔流は、その様子を控え席から見守る。
「ハル。これは実践と思ってやっていいのかしら?」
「ああ、問題ない。俺も手加減なしで行く」
「あら、怖いわね」
刹那、エルノアの身体を薄い魔素の膜が出来上がる。薄黒い魔素の膜。それはエルノアの影となり、エルノアが動くたびに軌跡を描いた。
対するハルは、神素を身体に纏わせていた。エルノア同様、それは膜となり光の軌跡を描く。二人が何らかの術を使ったのは間違いないが、翔流にはそれが何かは分からなかった。
「さてと、始めるか。制限時間は五分でいいか?」
「そうね、どうせ勝負は決まらないのだからそれでいいわ」
ハルの案に肯定するエルノア。つまりはそれほど拮抗した勝負になるという事だ。
「よし、翔流! 今から五分だ。悪いけど時間図っててくれ」
「あいよ!」
持っていた携帯に時間をセットし、五分後アラームが鳴るようにセットした。
「準備できたぜ。いつでも始めてくれ」
「あいよ」
二人の間には結構な距離が空いていた。静寂が闘技場を包む。
「いくぜ!」
静寂を打ち破ったのはハルだ。エルノアに向かって手を翳し、エルノアを軸に円を描く様に疾る。刹那、青色の構築式が浮かび上がり無数の氷の矢がエルノアに放たれた。
「まったく、何も考えないのね」
溜息と共に魔素を放出するエルノア。魔素は波紋の様に放出されていく。
「燃やしてあげる!」
エルノアの言葉に呼応するように炎の輪が出来上がり闘技場に広がっていく。広がる炎。エルノアを中心に広がる炎はハルの打ち出した氷の矢を呑みこみ消滅させた。そして、その輪はハルをも飲み込もうとしている。全体攻撃と言うのにふさわしい攻撃。
「ったく、えげつない攻撃してくれるじゃねぇか」
呟き、地面に手をつけ構築式を展開する。現れたのは茶色い構築式。その瞬間、地面が隆起し、ハルの眼の前に文字通り壁を作った。
壁に阻まれ霧散する炎。
「甘いわよ」
呟かれたエルノアの言葉。その瞬間、エルノアが地面を蹴る。拳を作り、壁に拳を放つ。閃光の様な右ストレートは、ハルを守る壁を簡単に吹き飛ばした。
それを見ていた翔流が思わず目を丸くする。
(エルノアさんは怒らせない様にしよう)
壁を吹き飛ばしたエルノアの姿は翔流に軽くトラウマを与えるには十分すぎるものだった。
「ったく、予想通りの行動してんじゃねぇよ」
待ち構えていたようにエルノアに手を翳すハル。展開される黄色い構築式。一筋の閃光がエルノアに走る。エルノアに放たれたのは雷だった。
「そっちもね!」
対抗するように放たれた一筋の魔素。そして、その魔素は雷へと変化していく。ぶつかり合う光と光。衝突した部分は一際強い光を放ち光の筋は消滅した。電気と電気がぶつかりあってショートしたのだ。
「くそっ!」
バックステップで距離を取るハル。だが、その間にも構築式の展開は忘れない。発生した緑の構築式。そして、そこから疾風が生まれる。
「おら! 避けれるもんなら避けてみやがれ!」
眼に見えない攻撃がエルノアを襲う。疾風は大気を震撼させ衝撃波へと生まれ変わる。
「見えなければ、消せばいいのよ」
それと同時にエルノアから火球が放たれた。そして、エルノアから少し離れた所でナパームの様に炸裂する。炎によって暖められた空気が上昇気流を作り衝撃波は、それに刈り取られていった。
「そろそろ本気になったら? ハルト将補」
からかう様に、床に魔素を放つ。刹那、ハルの足元から無数の棘が出現した。地面を変化させたのである。
「危なっ!」
寸前で棘を躱すハル。だがエルノアは、その隙を見逃さない。
「さて、と。そろそろ本気でいくわ」
そう言ってハルに向かって突っ込んでいく。左のジャブから右のストレート。どうやらエルノアの攻撃スタイルはラキートではないらしい。どちらかと言えばボクシングによく似ている。蹴りもある事を考えればキックボクシングの動きが妥当だろう。
「接近戦かよ!」
即座にエルノアの拳を底掌で弾く。だがエルノアの攻撃は止まらない。ローキックから身体の回転を利用して後ろ蹴りへとつないでいく。だが、それだけではなかった。蹴りと同時に放出される魔素が一本の鋭い氷の槍を作る。
「くそったれ」
毒づきながらバク転で避ける。別に恰好をつけてバク転をしているわけではない。術を発動させるためだ。両手が地面に着いた瞬間、青い構築式が展開された。同時に立ち上る氷の壁。
エルノアの放った氷の槍は氷の壁によって弾かれる。その氷槍はグルグルと回転して、空中を舞い、ハルの数センチ先に落ちた。
「っと、あぶねぇ。ったく、今度はこっちから行くぜ」
そう言ってその氷槍を拾い上げる。長さは大体六尺と言った所か。正直ハルの身長よりも数センチほど長い。
「いい感じの武器じゃねぇか。ちょっと冷たいのが玉に傷だけど」
ヒュンヒュンと氷槍を振りまわすハル。その姿は薙刀を扱う様子に似ていた。
「さあ、行くぜ!」
気合いと共に、地面を蹴る。一瞬にして詰められるエルノアとの距離。そして氷槍が振り下ろされる。だがエルノアもそれは読んでいた。冷静に体を反らし軌道を反らす。
「まだまだ!」
連続で放たれるハルの攻撃。下上げ、横薙ぎ。さまざまな攻撃がエルノアを襲う。だがエルノアは冷静さを欠いてはいない。その一つ一つを丁寧に捌いていった。
(かかった!)
ハルに笑みがこぼれる。
そして、繰り出した突き。その瞬間エルノアの表情が変わる。攻撃の軌道が線から点に変わったのだから当然である。そして、それはハルの作戦でもあった。その為にわざとスイング系の攻撃をし、線の攻撃にエルノアの眼を慣らさせたのだ。
エルノアの胸元に氷槍が疾る。
「ちっ」
小さく毒づき身体を捻る。空を切る氷槍。だがハルはその瞬間を見逃さない。展開される一際大きい青い構築式。
「にがさねぇよ!」
発動する神術。刹那、地面が凍りついていく。まるでスケートリンク様に凍りつく石畳。勿論、エルノアも例外ではない。氷はエルノアの黒いブーツを呑みこんで行く。
「もらった!」
再び繰り出される突き。凍りついて動けないエルノアにとっては致命的だった。魔素を展開して氷を溶かすにも突くと言う一瞬秒の勝負では明らかに時間が足りない。
勝利を確信するハル。
次の瞬間、ボキっと言う鈍い音が闘技場に響き渡った。
「甘いわよ。ハル」
エルノアが氷槍をへし折ったのだ。空手で言う中段受けの要領で氷の先端を掴みそのまま梃子の原理でへし折ったのだ。そしてその瞬間、翔流の持っていた携帯からアラームが鳴った。
「そこまで!」
闘技場に翔流の声が響く。五分が経過したのだ。
「……くそ、やっぱり五分以内には倒せなかったか!」
「残念ね。倒す所か有効打も無いわよ」
しれっとしたエルノアの言葉に本気で悔しがるハル。
「ぐぞぉ。……まあいい、翔流。感想は?」
「うん? ああ。一言で表すとすげぇな」
神素と魔素の戦い。それは本当にファンタジー物の映画を見ているようだった。そして、改めて感じた事として、この世界では自分は弱い。カーンの時で実感していた事だが、先ほどの模擬戦を見ても自分にあるのは空手のみだ。一度戦闘がおこれば、一瞬にして自分は行動する事も叶わなくなるだろう。それが翔流の胸にそれが強く圧し掛かった。
「別にすごい事なんか一つもねぇよ。この国の奴らはさっきの動きは大体出来る。まあ、お前はもう体術はほとんど完成しているんだ。後は魔素の使い方さえ覚えればこんな動きは簡単にできるようになるよ」
「マジか? 俺、素手で壁なんて割れないぜ。エルノアさんって華奢な風に見えて怪力だったんだな」
翔流の言葉に喉を潤してたハルが盛大に噴き出した。
「はははは。怪力だってよ、エルノア。よく分析してるじゃないか、翔流」
大爆笑するハル。翔流の一言はよほどツボだったらしい。
「あのねぇ。私を化け物扱いしないでくれる? 私は怪力でも何でもないわよ」
「でも、壁を殴って壊したじゃん。俺にはあんな事どうやったって出来ないぜ」
壁を破壊したエルノアの姿を思い出す翔流。間違いなく普通の人間にはあんな事出来ない。
「そりゃ、普通の状態で壁を殴り飛ばすなんて無理に決まってるわよ。見なかった? 私の身体の周りに影が出来てたでしょ」
「ああ。ハルにも似たようなのがあったな」
もっともハルの場合は光の軌跡だったが。
「あれは、肉体強化って言って神素や魔素を自分の体の内部に流すの。そうすると身体の細胞が活性化して膨大なエネルギーを得る事が出来るのよ。まあ、持ってる神素、魔素の量で強さも変わってくるんだけどね。翔流君なら私なんて目じゃないわよ。勿論、身体の硬度も変化させる事が出来る。だからあんな事が出来るのよ」
「へえ。じゃあ魔素が操れるようになれば俺にもできるのか?」
「勿論。っていうか肉体強化は基礎だぜ。翔流」
「そうなのか?」
「ああ。それも基礎中の基礎だ。自分の中の神素や魔素に気がつけるようになれば、ほぼ使えるぜ」
「へえ」
「まあ、頑張ってくれとしか言いようがないけどな」
「ああ」
「さて。じゃあ、さっきの模擬選前の捕捉すんぞ」
そう言ってハルはホワイトボードを引っ張り出し、要点を箇条書きしていく。
「模擬戦の前に行ったけど、神素と魔素の違いを説明したよな」
「ああ、自己点火の違いだろ?」
「そう、それだ。これはお前には直接は関係ないかもしれないけど神術と言うのは、構築式の特性のおかげで、誰が使っても同じ形なんだ。つまりAと言う神術を使いたい時、Aと言う構築式を使えば、全員がその術を行使できる。ただし、その必要な分だけの神素が流し込めなければ神術は発動しない。まあ、簡単に言ってしまえば汎用性が高く、誰でも同じ術を使えるというわけだ」
「へえ」
「そして、構築式は何度術を行使しても消える事は無い。だから、同じ術を何回も使う事が出来るんだ。まあ、早い話が連射が効く。ほら。おれも氷の矢を連続で出したろ? ああいう事が出来るんだ」
確かに序盤に氷の矢を無数に出現させていた。
「それと、一応神術に分類されるんだが神魔混合術だな。神魔混合術は、その名の通り神素と魔素を掛け合わせる事により行使する術なんだ。濃密な神素と魔素を融合させると、神素と魔素が互いの力に反応しあい、過剰エネルギーが生まれる。そのエネルギーを神魔対素といい、神魔対素は通常の神素や魔素とは比べ物にならないエネルギーを持っている。そして、その神魔対素を原動力に生かした術式を用いる事で初めて神魔混合術が出来上がるってわけだ」
「ふぅん。俺達の世界の時間を止めているのも神魔混合術だよな」
「ああ、その通りだ」
「ふと思ったんだが、あの術式ってこっちの世界じゃ使えないのか? こっちの世界の時間を止めてその間に魔族倒せば済む話じゃね?」
若干のドヤ顔で意見を出す翔流。
「却下。それが出来れば苦労はしねぇよ。さっきも説明したと思うが、この世界には神魔元素と言うものがある。毒素こそあるが、分解してみれば濃密な神素と魔素だ。一時的な神魔混合術なら影響はないが永続的な神魔混合術は自然界の神魔元素により暴走しちまうんだよ。あれは神魔元素のない地球だからできた芸当なんだ」
「ちっ、いいアイディアだと思ったんだがなぁ」
「そんなこと誰もが最初に考えてるよ。次に魔素だ。これは完全に魔素を放出し、その放出した魔素にイメージを注ぎこみ発動させるんだ。だから一回一回発動する魔術は異なる物となる。すべては放出する魔素の量と術のイメージを動力源としているから高威力で広範囲なんて魔術を使うやつが多い。エルノアも俺の氷の矢を無効化する時全体に炎の波を放ったろ。あんな攻撃がメインになる。魔術は威力はあるが、一度放つと次に発動するまでに放出、イメージの作業を作らなくてはならない為にラグタイムが発生する。魔術のネックはそこだろうな。ただ、このイメージって言うのも慣れてくるとかなり曲者でな。魔法の溜め撃ちをする限界突破なんて芸当もできるんだ。神魔混合術は、……っと、構築式がめんどくさいな。限界突破でいいか。エルノアちょっとやってみてくれ」
ハルはそう言って一つの起動式を発動させ地面にはしらせる。
数十メートル先の地面が隆起して、徐々に壁になっていく。
「あれを限界突破で破壊すればいいの?」
「ああ、思いっきりやってくれ……っと、こっちまで被害が来ると嫌なんでちょっと結界を張る。闘技場の狭さを考えると、エルノアにもかけておかないとまずいな」
カードリッジを取り出し光の壁を展開させる。
「よし、後は撃ったと同時にエルノアにかければ大丈夫だな。一応撃つときに合図をくれ」
「了解」
ハルの言葉に答えるようにエルノアが胸の前に両手を合わせた。静寂が辺りを占める。だが、それは一瞬だった。
エルノアの両手を中心に濃密な魔素が放出される。そして、それは大気にも影響を及ぼし始めた。エルノアを中心に突風が吹き荒れる。濃密な魔素はいつの間にか漆黒の球体へと姿を変えた。そしてその球体を右手で掴み上げ
ゆっくりと壁に右手を翳した。
「さて、行くわよ」
エルノアがイメージするは業火。すべてを焼き尽くす焔の閃光。
球体が徐々に赤くなり、真紅に変化した瞬間、一筋の紅い閃光が壁に向けて放たれた。
視界を埋め尽くす赤。閃光は焔なり、焔は爆炎と化す。至る所で爆発が起き、灼熱の風がとなり闘技場を駆け抜けた。
「こんな感じかしらね」
振り向いたエルノアの後ろには壁の痕跡は一切なく、そこに壁があったと思われる場所には大きなクレーターができていた。
「ったく、やりすぎだっての。結界張っておかなかったら黒焦げじゃねぇか」
「全力でやれって言ったのはハルでしょ」
「まあそうだが……って翔流? どうした?」
「いや、すげぇな。魔法って」
クレーターを呆然と見つめつぶやいた。
「まあ、これが魔族の使う限界突破って言う技だな。神族も使えない事はないんだが、神族の場合はカードリッジを複数使って同じ魔法を重ね掛けして限界突破を起こしているに過ぎない。術の起動は早いが、がやはり威力的には魔素の限界突破の方が上だな」
構築式を利用し、安定と速度を重視した神術。魔素を放出し、イメージを具現化させる魔術。どちらにも有利な点もあれば不利な点もある。戦闘になればどちらが有利と言う事は無いのだ。やはり戦闘で一番大事になってくるのは戦術なのだろう。
「まあ、神素と魔素の知識はこんなもんかな。って、そろそろ時間か。もっと詳しく知りたいならまた教えていく。とりあえず、ここまで知っておけば午後の授業には支障はないはずだ。最後に、ほかに何か聞きたいことはないか?」
「聞きたいことねぇ。……そうだ。話が若干ずれるけどカーンの事なんだが」
「ああ? カーンがどうしたんだ?」
「あいつ……不死身なんだよな。あいつも死者傀儡で動いてるのか?」
「いや、あいつは、クローンなんだ。どうやって作ったのは分からねぇが作ったのは禍族だ。名のある魔族の死体をベースに死なない体と、膨大な魔蔵を持ったクローン。それがカーンだ。転生する前の魔王と親交のある禍族が魔王への忠誠の証として送ったそうだ」
「へぇ、でも禍族もクローンなんだろ?」
「元をただせばそうだな。でもあいつらはあいつらで好きに研究してるから長寿の禍族も最近ではよく見るようになった」
「ふぅん」
謎が解けてすっきりしたのか、腕を頭の上で組み身体を伸ばす翔流。
「ほかに聞きたいことは?」
「ねぇな。聞きっぱなしで疲れたわ。早く体を動かしたい」
勉強も大事だが翔流にとっては、勉強よりも身体を動かす事の方が望ましいのだ。
「午後は実践だったか。じゃあ、それに備えて飯いくぞ」
「あいよ」
闘技場を後にする三人。心なしか翔流の足取りは軽くなっていた。
いつも読んで下さり、ありがとうございます。
感想、御意見、誤字脱字報告など、ありましたらご一報いただけるとありがたいです。
次回は四月十七日、午後六時にアップします