表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

おまじない

こちらは「夏のホラー2024」の為に書いた短編です。

「ねぇ、智子(ともこ)〜。確か好きな人いたよね?」


 学校のホームルームが終わり、放課後になった瞬間、クラスで仲の良い『月那(るな)』が勢いよく話しかけて来た。そのあまりの勢いに私は気圧されてしまい、月那から一歩だけ退いた。


「えっ?…あー、まぁ、居るには居る、けど……」


 私がしどろもどろになりながらも答えた。すると、月那は目を細くさせながら、ニヤリと口角を上げた。

 何やら嫌な予感がする…。


「そうだよね、そうだよね!あのさ〜、ちょっと試したい事があるのよね」


 私の嫌な予感は的中した。


「もしかして、また変な噂?」

「変な噂って言うな!おまじないよ、お・ま・じ・な・い」


 月那が腕を組みながら、頬を膨らませて怒った。その顔を見て、私はクスリと笑ってしまった。この顔が好きで、私は少しばかり意地悪をしてしまう事がある。

 気が済んだ私は、月那の話を聞いてあげようと話を促した。


「分かってるわよ。それで今回はどんなおまじないなの?」


 月那の顔がパッと明るくなった。まるで花が咲いたかの様である。


「えへへっ、今回は一個上の先輩から聞いたんだけどね、智子って『鏡池』って知ってる?」

「『鏡池』?もしかして、あの森の奥にある小さな池の事?」

「そうそう」


 鏡池。それはこの町にある森の奥地にあり、鏡の様に澄み渡っている池の事である。昔は神事の際、その池の水が使われていたという逸話があったりする。しかし逸話は逸話であり、本当にあったかは定かではない。


「でね、その池の水を飲みながら、好きな人の名前を思い浮かべるとその人と恋が成就するっておまじないなの」

「へぇー。……でも、あの森って──」


 私が言い切る前に、月那は再びニヤリと笑った。今度のそれは不気味であり、私の背中に冷たい汗が滴った。

 また、嫌な予感がした…。

 何故なら、現在の森は熊や猪が出没する為、猟師以外は立ち入り禁止となっている。


「まさか、入るって言うの!?」

「うん、そのまさかよ」

「あ、危ないよ!」


 私は月那の両腕をガッチリと掴んだ。しかし、それも虚しく、月那は私の腕を振り払った。


「分かってるよ!でも、やってみないと分からないじゃん!」

「でも──」

「いいよ、あたし一人で行ってくる!」


 そう言って、月那は自分の鞄をバッとぶん取り、怒りながら教室を後にした。

 残された私はその場に(くずお)れ、ポロポロと涙が溢れ出ていた。

 止められなかった。もし月那に何かあれば、私の責任だ……。




 翌日。

 私は一睡も出来ず、ただひたすらに月那が無事である事を願っていた。いつもより早く学校に来て、月那が教室に入ってくる事を願った。

 朝のホームルームが始まる一分前、月那が教室に入って来た。その顔は昨日と変わらず、いつも通りの月那であった。


「月那っ!」


 私はクラスメイトが居るにも関わらず、脇目も振らずに月那に抱きついた。一瞬驚いた月那であったが、泣きじゃくる私を見て「よしよし」と頭を撫でてくれた。


 ホームルームで先生に心配されてしまったが、無事にホームルームは終了した。

 私はすかさず月那に昨日の事を聞いてみた。


「月那、昨日は本当に行ったの?」

「うん、行ったよ。池の水がちょっと苦かったけどね」


 月那はこっちを向いてニコリと笑った。その可愛らしい笑顔を見て、私は胸を撫で下ろした。

 良かった、何事も無く月那は無事であった。


「それでね、今日、仲村君に告白してみようかなって思ってるんだ」

「そっかそっかー。てか、月那って仲村の事が好きだったんだ」

「えへへ、実はそうだったんだ」


 私たちは恋バナに花を咲かせていたが、無慈悲にもチャイムが鳴ってしまった。仕方なく、昼休みまでお預けとなった。




 放課後。

 月那は体育館の裏に仲村を呼び出した。どうして体育館の裏なのか聞いてみると、月那は「ベタだけど私調べでは一番成功する確率が高い」との事であった。

 私は気付かれない様に、木の影から月那を応援していた。これもベタだな、と思いながら……。


 数分後、仲村がやって来た。何を話しているのかは分からなかったが、少し話をしてから月那が告白をした。

 どうしてか、私までも心臓の鼓動が速くなっていた。


 結果は、成功した!


 翌日に月那が告白に成功した事を報告してくれた。私は自分の事の様に嬉しく思い、思わず月那の手を握って喜んだ。そして、


「やっぱり、あのおまじないは本当だったんだね!」




 それから月日は流れた。

 高校を卒業し、私と月那は大学が違う為、離れ離れとなった。しかし、会おうと思えば会える距離ではあるし、SNSで繋がっているからいつでもやり取りは出来た。

 年に一回だけある同窓会にも仲村と一緒に参加しており、その姿は誰よりも仲睦まじかった。月那曰く、大学を卒業したら結婚するとの事である。


 更に時は流れた。

 私は大学を卒業して、何処にでもいる会社員になった。日々の業務は大変で、毎日上司に怒られる事もあった。今では業務に慣れ、毎日をなんの気なしに過ごしていた。




 ある日、仕事が休みだというのに雨が降っていた。外に出るのも億劫だと思った私は、撮り溜めていたアニメでも消化しようと、テレビの電源を付けた。

 その時、


 ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンッ!


 チャイムがけたたましく鳴り渡った。驚いた私は身体をビクッとさせながらも、勢い良く立ち上がっていた。何事だと思いながら玄関へ行き、「ど、どちら様?」と聞いてみた。

 返事は返って来なかった。

 恐る恐る玄関ドアの覗き穴から覗いて見たが、相手は髪が長くて顔が分からなかった。

 心臓の鼓動音が早鐘を打ち、今にも口から出そうであった。

 意を決して、私は玄関ドアを開けて見た。すると、相手が物凄い早さで(なだ)れ込んで来た。私は思わず「うわーっ!」と叫んでしまった。が、相手の顔を見た途端、私の感情は恐怖よりも心配が勝った。

 相手は月那だったのだ!


「る、月那っ!どうしたのよ!」


 月那の身体を触ってみると、全身がびしょ濡れで氷の様に冷たかった。よく見てみると、身体のあちこちに傷が付いており痛々しくもあった。

 嫌な予感がした……。


「月那、月那っ!」

「コワイ……タスケテ……コワイ……タスケテ……」


 何度も名前を呼んでみたが、私の言葉は月那には届いていない様に伺えた。目を見てみると焦点が私ではなく、何処か遠くに合っていた。仕方なく、私は月那の身体を大きく揺さぶってみた。


「ねぇ、どうしたの!?月那、月那っ!」


 すると、言葉が届いたのか、月那の目の焦点が私に合い始めた。そして、月那の目から大量の涙が流れ落ちた。


「智子……智子ぉ〜!」


 月那が勢い良く私に抱きついて来た。あまりの出来事に私は驚いたが、瞬時に抱きしめ返し、月那の頭を優しく撫でてあげた。




 暫くしてから、私と月那は一緒にお風呂に入った。月那のあまりの怖がり様に、一人で入ってとは言えず、私も一緒になって入った。

 月那の身体の傷は至る所にあった。本当に痛々しい。一体、何があったのか。何が彼女をここまで至らしめたのか。

 私と月那は一言も喋らずにお風呂から出た。


「ごめん、私の服、大丈夫そう?」

「……うん」


 月那の返答は素っ気ないものであった。しかし、その顔は何処か安心している様な、柔和な顔立ちであった。良かった……。


「智子、なんだか大人っぽくなったね」

「何言ってるの、三ヶ月前に会ったばかりじゃん?」

「えっ?」「え?」


 二人して小さく驚く。沈黙が座した。

 喉に何かがつっかえる感覚を覚えた。…何か、何かがおかしい。

 私はその原因を探るべく、月那にいくつか質問してみる事にした。


「月那、仲村君と結婚した事は覚えてる?」

「……し、知らない。あたし、仲村君と結婚したの?」

「お、覚えてないの?」

「……覚えてない。というより、知らない」


 記憶喪失。

 私の頭に(よぎ)った単語である。もしかして、月那は記憶を失ったのではないかと私は考えてみた。


「それじゃあ、大学は?大学に行った事は覚えてるよね?」

「ううん…知らない」

「そんな……」


 月那の記憶喪失は私が思っていたよりも相当重症らしい。私は悲しかった。あまりにも悲しくて、思わず月那の身体を抱きしめていた。お風呂に入ったばかりの月那の身体には温かさが残っていた。


「ねぇ、智子」


 子供が囁く様な声で、月那が口を開いた。


「何、月那?」

「あたしね、高校を卒業したのも知らないの」

「それって、どういう……」


 月那の突然の告白に、私は月那の身体からゆっくりと離れた。それはあまりにもおかしな話である。だって、一緒に卒業したはず……。


「智子は鏡池のおまじないの事、覚えてる?」

「……うん、覚えてる。私が変な噂って言ったやつでしょ?」

「そう。あたしね、鏡池に行った後、家に戻ってないの」

「!?」


 もう何がなんだか分からなかった。月那が何を言っているのか理解出来なかった。私は頭が混乱し、月那から少しだけ離れた。

 月那は一呼吸を入れてから、これまでの経緯を話してくれた。


「あのね、池の水を飲んで仲村君の名前を思い浮かべてたの。そしたら、池の中から何かが私の足を掴んで、池の中に引き摺り込まれたの。その後は記憶が無くて…気が付いたら森の中で、ずっと何かに追われてたの。身体の傷はその時に出来たものよ」

「……」


 月那の話は想像を遥かに超えており、私は言葉を失ってしまった。記憶喪失なんてまだ生温いものである。

 しかし、月那の話を聞いて喉につっかかる原因が少し分かった気がした。それは常軌を逸しており、とても常識では計り知れない事であった。

 確かめなければ……!


「月那、一つ聞いても良い?」

「……うん、良いよ」

「ありがとう。じゃあ聞くね。あなたは今、()()()()()()()()?」


 私が質問をすると、月那は顔を(しか)めた。そして、静かに答えた。


「……2019年」

「やっぱり。月那、今は2024年よ」


 私の予想は的中した。月那は高校時代から時が経っていなかったのだ。だから高校の卒業や大学時代、仲村との結婚の事を()()()()()()ではなく()()()()と言ったのだ。これで私の喉のつっかえは無くなった。


 しかし、分かった途端、私はある事に気付いてしまった。それはこれまでの出来事を否定しなければならない。嘘であって欲しいと思うのと同時に、目の前に居る『月那』が全てを物語っている。

 急に薄ら寒くなり、全身から嫌な汗が吹き出る。私がスマホを取ろうとすると、その手が異様に震えているのが分かった。

 目の前の『月那』が頭を横に傾ける。どうやら私の状況を理解していないと見た。

 スマホを手に取り、私は連絡先からある人物に電話を掛けようとした。指先が震えていて上手くタッチが出来ない。

 ようやく電話を掛けたその時、ずっと付けっぱなしであったテレビが目に入った。テレビではニュースを放送している。


『昨夜未明、○○市在住の仲村 俊樹(としき)さん23歳が遺体となって発見され──』

『お掛けになった番号は現在使われておりません』

最後までお読み頂き、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] けっしてハッピーエンドでは無いのですが、行動を読み返すとまた別の楽しみ方ができ2度楽しめました。実際にそのうわさの真相が何だったのか想像の余地がある点も楽しめましたね。 池に引きずり込まれ…
[良い点] 池の水飲むって強すぎるっ、とおののいていたらの 本人が数年越しに現れる展開 痺れました、もううわぁどうなるんコレとドキドキでした [気になる点] 連絡先に掛ける、より 掛かって来て終わる、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ