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カオルノキミ  作者: 黒炭
11/12

11 越える夜

 夕食は横田のおごりで若者向けのくずし懐石となった。『なった』とは言っても、横田がすでに予約を取っていたのだが。

 若い大将が切り盛りしている店らしい、コンクリート打ちっぱなしの立方体の現代風な建物だ。申し訳程度にぶら下がった臙脂の暖簾が無ければ、店だとは気付かない。大通りに面したその店の戸に、横田はひらひらと吸い込まれていく。薫も慌てて従った。

 通されたのは、ごく普通のお座敷だ。

「ここって高いんじゃないのか? しかも個室……」

「無粋なこと言うな田舎っぺ。いいから、美味しいもを食べなさい」

「……うん。……ありがとう」

 横田は大らかな笑みを浮かべた。

 一品一品、芸術品のような料理が運ばれてくる様に、薫は感動するよりもむしろ慄いていた。しその花をものめずらしそうに箸で突いている。

「受験する大学は決めた?」

「まだ。とりあえず、東京の私立、とは思ってる」

「まだって……もう10月じゃん!」

「大丈夫だよ」

「おっかねー!」

 横田は日本酒をちびりと飲み込んだ。

「学部は?」

「……まだ」

「……大丈夫なの、それ」

「だって、みんな実際、学部なんて後回しだろ。どれだけブランド名がある大学に入るか考えてるぜ? 最終目標は就職、……っていうか、就職してもその先なんだしさ」

「それはなあ……。……色々言いたいけど我慢するわ。まあ、言えるとしたら、同じ四年間でも、楽しいもの選んだほうが良いに決まってるだろ、ってこと」

「でも先生は何選んでも変わらないって、」

 つるりとした椀物が運ばれてくる。蓋を開けると、さっぱりとしたかぼすの香りが立ち上ってきた。個性的な髪形の従業員の若い女性がにこやかに説明しては去っていった。

「適当なんだなぁ、教師ってのは。まぁ、……お前があの本を読み終わったら、決まってるかもな」

「カラマーゾフ? なんで?」

「さあね。本ってのは、時々、俺達の人生を左右するだろ?」

「そうかな。本自体そんなに好きじゃない」

「……お前、文学部だけは絶対やめろ」

 薫は、つるりとした箸と悪戦苦闘して、横田の言葉に気を払えないのだ。鮮やかに火の通された海老を取り落とすと、それはポチャリと音を立てて、透明な出汁の張った椀に再び沈む。





 良い料理を食べた後は、腹は心地よく膨れるものである。にも拘らず、電車から降り、夜風に吹かれながら歩くと僅かにメランコリックな気持ちになった。それがどこから来るものか、気付くのは恐ろしかった。

「……薫、明日何時に帰るの?」

 不意に横田が、ギクっとさせるような通る声で質問を投げかけてきた。今、まさに自分が何と無く考えていたことだった。

「……何時でも別にいいんだ。アンタは明日学校だろ? それまでには出るし心配するなよ」

「薫、」

「俺が寝てたらたたき起こしてくれよな」

 横田は電柱の傍に立ち止まる。濃い影が伸びてアスファルトに染み込む。薫は急に饒舌になる。

「なぁ、俺、アイス食いたくなった。コンビニ行こうよ。ね!」

「はぁ? さっき上等なデザート食っただろ。……仕方ないな」

 コンビニとは反対方向に進もうとする薫を捕まえた横田は、正しい方向へ足を進めた。



 家に辿り着くと、炬燵の電源を早速入れて身体を温めながら買ったばかりのアイスに噛り付く。横田は、棒アイスを咥えたまま風呂場に向かう。戻ってきたときには、それは既に木の棒になっていた。

「なぁ薫、今日で最後だし、一緒に風呂入ろう?」

「ヤダよ! どうせまた変態行為を働くんだろ。」

「違うよ、薫ちゃん準備知らないだろうし、俺が教えなきゃ、」

「何言ってんの……」

「だから、」

「みなまで言うな!」

 薫は、洗面具を抱え込むと浴室に駆け込んだ。

 横田が追ってこないのを確認すると、衣服を脱いで寒い風呂場の戸を開けた。シャワーが暖かくなるまで出しっぱなしにしてカタカタ震えた。それが薫の命取りだった。

 横田が入ってきたのだ。水の激しく滴る音にかき消されてしまった戸の音は薫の耳には届かなかった。

薫は、後ろから横田にを抱きすくめられ、耳を攻めたてられる。それは強張る暇もないほど鮮やかだった。

「……よせって、」

 薫は、横田を振り払おうと身体をよじるが、あっけなく拘束される。

「……もういいや、って思ってるだろ。もう焦らすのはやめねえか」

「んなわけーねーだろ、うぬぼれんな、」

「誤魔化すな。嫌ならあの時のオッサンにしようとしたみたいに俺のキンタマ蹴って逃げろよ」

 薫は、それが出来てもしないのだ。

「あんた……やっぱり変態だ……」

「……分かってるから。好きなんて気持ちはいらねーから、楽になってくれよ」

 膝からくず折れると、遂に横田に主導権を明け渡した。



 二人は何も羽織らずにベッドになだれ込んだ。体の水滴は毛の長いシーツに奪われていく。

 薫をベッドに押し倒して、横田は上から見下ろしている。

 息の荒くなる薫を冷静なのに深く燃えるような瞳が捉えている。

「見てんじゃねえよ」

「見ないでどうしろってんだ」

 顔の前で交差される腕を難なく解きほぐしベッドに縫い付ける。彼は距離を縮める。

 薫は、セーブの無い横田の愛撫を内心、心待ちにしていた。熱い何かが、自分と彼とが内部から入れ替わるような口付けを初めての感覚で受け入れる。


 もう薫は取り繕うこともせず、走る指や舌、落とされる唇を素直な反応でもって応えるのだ。

素敵な描写が出来なくてすみません。


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