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短編

真実の愛とか言われたので

作者: 猫宮蒼



 あれ私もしかして異世界転生してる? そう気づいたのは、城の中庭、温室のある場所で友人と話をしている時の事だった。

 白を基調としたゆったりとした服を着ている友人は実のところ人間ではない。魔女だ。

 だが彼女は魔女であっても人に寄り添い手を差し伸べてきた。それ故に、大抵の魔女は恐ろしいものというイメージを抱かれがちだが彼女は善き魔女として知られていた。


「どうしたのミカエラ」

「えっ? あ、いや、なんでも。ちょっとぼーっとしてただけ」

「そう。疲れているのね。そうだ、もうお勉強は終わったのでしょ? それなら、お茶を淹れるから。それを飲んでから帰るといいわ」


 先程温室の中で育てていた薬草を摘み取ってきたばかりの友人である魔女――ブランは、土いじりをしていたにも関わらずその白い服を一切汚していなかった。いつ見ても不思議だなと思える光景である。


 ミカエラ・リージェ・アルミチェリ。

 彼女はこの国の王子の婚約者であった。将来は彼の隣で妃として国を支えていく事が定められている。その重責は途轍もなく重たいけれど、しかしミカエラは婚約者であるセレニスの事を慕っていたために、苦難をも分かち合っているという事実はむしろ誇らしいものでもあったのだ。


 異世界転生している事実に気付いてもそれは変わらず。



 けれども、お互いが慕いあっていると思っていたのはどうやらミカエラだけだったらしい。


 王家主催の夜会の日。

 ミカエラは大勢の前でセレニスから婚約破棄を突きつけられてしまったのである。


 セレニスの隣には、最近彼とよくいる事が目撃されていた子爵令嬢メリダ・ポーティニーが。


 この状況からミカエラが思う事と言えば――


(あっ、これ前世のネット小説でいっぱい見た展開だ)


 である。進〇ゼミじゃないんだぞ。

 仮に進研〇ミと同じようなものだったとしても、この後の展開を上手く切り抜けられる方法が確定しているわけではないのだ。

 けれどもミカエラは思わず遠い前世の記憶に思いを馳せてしまったのである。


 ミカエラ本人にメリダが紹介された事はない。正直直接真正面から顔を見る事になったのは、今日が初だ。

 王子と一緒によくいると噂されていて、そのせいで一応名前は聞いていた。その程度である。


 セレニス王子の宣言は今更なので割愛しよう。

 よくある真実の愛を見つけた、だ。


 まぁなんだ。

 今日が初めての面識です、みたいなメリダをミカエラが虐めただとか、そういう事までは言わなかっただけ王子の頭は多少賢くはあったのだろう。多少であって、結局こんな場面で婚約破棄を大々的に宣言してる時点で馬鹿にしては多少知恵は回るのね、といった程度であるが。


 ま、本当に賢かったらそもそもこんな場所でそんな宣言しないよ、というのに尽きるとしか言いようがない。


 ミカエラとしては、セレニスが夜会のエスコートに来ない時点でうすらほんのりと、無いとは思いたいけれど……といった具合にこの可能性も想像しなかったわけではない。

 メリダとの事は結婚前のほんのお遊びだと思っていたからこそ、ミカエラは放置していた、というかそもそも王妃教育もそうだけど、それ以上にやる事が沢山あってとてもそちらにまで時間を割ける余裕がなかった、というのが正しい。

 物事の優先順位を決めた時に、セレニスとメリダの事は至急解決しなければいけない案件というほどのものでもなかったのだ。そんな事よりもやらなきゃいけないお仕事だってあったし、それを滞らせたら他の――たくさんの人に迷惑がかかるものだってあったのだ。かといって、休憩時間だとかの息抜きができるほんの少しの自由時間にセレニスとメリダの事をどうにかしようとも思わなかった。だって人間休みは必要だもの。


 いくら優秀なご令嬢で未来の王妃として日々邁進しているミカエラとて、所詮はただの人間なのだ。

 完璧で究極な淑女だろうと、サイボーグだとかでは決してないのだ。

 馬車馬のように働く、とかいう言葉があるけれど、正直王国の馬車を引く馬たちだってきちんと休みは与えられている。むしろ比べたらミカエラの方が余程働いているといってもいい。

 やだ……私の生活馬車馬以下……!?


 それでも最終的にきちんとメリダとの事は遊びにしろそのうち愛妾にするだとか、そういう話し合いでもあるだろうと思っていたのに。

 セレニスの話を聞くに、ミカエラがセレニスの事を顧みる事もなくだとかなんだとか言ってたようにも思えたけれど、そりゃあお前がやるべき仕事をやらないからこっちに仕方なく回されてきたんだってーの! とミカエラは叫ぼうかと思ったくらいだ。

 でもあまり王子が無能というか、不出来というか……まぁそんな事を堂々と叫んだりしたら王家の評判がガタ落ちしちゃうからな……とセレニスの事ではなくその両親、将来的に義理の親になる現国王夫妻を気遣った結果だ。


 メリダに出会う前までのセレニスはマトモだったんだけどなぁ……女で身持ち崩すとかホント勘弁してほしいなぁ……とミカエラは内心で思い始めていた。

 将来国を背負っていかねばならない身。せめてまだ自由が許されるうちに多少、そう、ちょっとくらい羽目を外すくらいは……と甘い顔をしていたのがダメだったのだろう。国王陛下も王妃様も、セレニスの事は羽目を外しすぎないようにと、流石にこれ以上はアウトだと叱っていたのに。


 親の小言とか確かにへーへー言いながら聞き流すようなものだけど――前世のミカエラ的な基準で――それにしたって今後の人生が左右されるかもしれない内容まで聞き流していたのだろうか。


 いやうーん、セレニス様の事は好きだったんだけどなぁ……でもなんていうか、このまま今回の件が解決したとして、それで結婚したとして、またやらかさないとは限らないしなぁ……

 メリダは確かに愛らしい容姿をしているけれど、でも正直あれくらいなら他にも探せばいくらでもいるでしょ、というのがミカエラの感想である。つまり、メリダにコロッといってるセレニスが今回メリダから引き離されたとして、第二第三のメリダが現れないとも限らないのだ。

 そのたびミカエラが面倒な事に巻き込まれるのは……と考えるとなんだか途端に面倒くさくなってしまった。


 浮気っていうか、それ以前に。

 女にうつつを抜かしていた結果彼の公務の一部まで自分が手伝う羽目になって忙しかったのだ。

 またやられてみろ。

 何故に産んでもいない長男の世話をせっせっとしなければならないのか。

 世話をするにしても、自分で産んだ子ならまだわかる。

 けれどもミカエラはセレニスを勿論産んでいない。産んでたら色んな意味で世界の法則が乱れる。何せセレニスの方が半年ほど早く生まれているのだから。


 将来的に王妃として、王を支えるのはわかる。

 けれども王が女といちゃこら遊んでいる時に、自分だけが仕事に追われるとかそれはちょっと違うんじゃないかしら……と思うのだ。

 これが体調を崩してしまってとにかく安静にしていなければならない、とかならミカエラだってそれなら仕方ありませんわね、ゆっくり休んでくださいとか言えるけれど。


 まぁ、でも。

 婚約破棄をしたとして、そうしたらこの男の子守はしなくていい、というわけなのだが。


 ……流石に、どうかと思う。


 だって聞こえてくる噂ではメリダ嬢そこまで優秀って感じじゃないもの。

 貴族令嬢としての作法はきちんとしているけれど、それはあくまでも子爵令嬢として、という言葉がつく。王妃として他国の王族のいる場に出るならとてもじゃないが問題しかない。

 今から王妃教育を詰め込んだとして、一体いつになったら人前に出ても問題のないラインになるかも想像がつかない。


 上が無能だと誰が苦労すると思っているのだ。

 当然下の連中である。

 下が無能すぎても上の人が苦労するのはそうだけど、けれども下の者も教育次第でどうにかできる。けれども下が上を教育するのはまず無理が過ぎる。

 だって上は自分が上だと思ってるから下の言う事なんて耳を貸さないなんてザラだもの。


 ミカエラは前世でそれをよく理解していた。

 更に上がいるならそっちに話を持っていって使えない上をどうにかするという方法もあるけれど、今現在、未来の可能性の話をするなら使えない上は次期国王夫妻となってしまう。

 セレニスの両親である現国王夫妻がまだまだ退位をせずにせめてセレニスとメリダをどうにかマシなレベルまで鍛え上げるにしても……


 ちらっとミカエラが国王夫妻を見れば、国王は顔を引きつらせ――あれは恐らく今しがた想像した未来を彼も勿論想像したのだろう。育て方を間違えたとばかりに怒りでひくひくしていた――王妃に至ってはうっすらと微笑みを浮かべているが目は一切笑っていない。いやもうあんなん完全に殺し屋の目ですわ、とミカエラは実際に殺し屋を見た事はないけれどそう思った。


 優秀な次に任せて自分たちはのんびり引退する、とかいうならまだしも、引退するまでの期間が無駄に伸びてやる事も増えるとなればそりゃまぁ、勘弁してよと思うのも無理はない。


 それに、あまりにも上が無能すぎるとそれを隠れ蓑に甘い汁だけ啜ろうとするようなのが増えるし、そうなってくると誰に皺寄せがいくのか――そう、民たちである。

 上はロクな仕事もしないくせに毎日贅沢三昧で、下々の者たちにそれらを補うべく重税を課す――そんな未来が容易く見える。

 そうなれば行き着く先は反乱であり、民が蜂起し多くの無駄な血が流れる。民が粛清されるにしろ、王族やその他の貴族たちまでもが処刑されていくにしろ。


 どちらにしてもロクなものじゃない。


 そうなる可能性がとても高いとわかっていて、

「それじゃ私婚約破棄されたんでもう無関係で~す、お疲れちゃーん☆」

 なんてノリでずらかるわけにもいかない。

 バカ一人のために自分が犠牲になるつもりもないけれど、しかし日々を精一杯暮らす民草を見捨てるのも流石に心が痛むので。


 一応今はまだそれなりに王家は支持されているのだ。けれども使えもしない上としてセレニスが王に即位したら。民は間違いなく王家に対して失望する。期待の持てない上が当たり前になってくると、民たちだって国のために、という思いもなくすだろうし、ましてや上がそんな事を言っても信用すらしなくなる。どうせ私腹を肥やすだけだろ? そう受け止めていくのが当たり前になっていくのだ。

 そうなれば税金なんてマトモに払うのも馬鹿らしいとなるのも時間の問題だ。民たちのほとんどがそう思う頃にはマトモに税金なんて払わなくなるかもしれない。強制的に取り立てるにしても、どこかに財産を隠してしまえば取り立てに行った者も無駄足だろう。


 いや、払わないだけならまだ可愛いものだ。

 そのうち金を持ってる上の人間から強奪しようと考える者も現れるかもしれない。

 なんというかどう考えてもやっぱり最終的に内乱ルートに突入してしまう。


 ミカエラがそんな事を考えている間に、国王はセレニスを叱り飛ばしていた。

 王妃も国王側について王族として相応しい行動をだとか、どうにか正そうとしているのはわかる。


 あちゃー、とミカエラが片手で目元を覆い天井を見上げなかったのは、そんな動きをして他から意味もなく注目されたくないからである。

 いやあんな……恋に溺れてるような状態の奴にそんな正論パンチしたって、反対されたらそれが障害となって燃え上がってますますのめり込んでいくって恋愛漫画の展開でいっぱい見てきたわぁ……と思ったし実際そうなりかけていた。


 いっそそこで認めてもらえないなら駆け落ちしてやる! とか言われた方がまだマシな展開だった。

 少なくともその展開なら、セレニスは次期王としての立場を放棄したとかで王族ではない扱いにしてしまえばいいし。けれどもセレニスは王族という立場を捨てるつもりもないらしく、どうやらメリダもいずれは彼の奥さんとなりお妃さまになるのだ、と思っているようだ。

 せめて王族である事をやめるとか言ってくれれば、別に二人でくっつくなり好きにしていいよってなったかもしれないけれど、いずれは王になるつもりだとか周囲を巻き込むような事は本当にやめてほしかった。


 何か途中からミカエラと違ってメリダは可憐でだとか自分をいつも気遣ってくれてだとかの惚気が聞こえるようになってきたけれど、ミカエラとしてはじゃかぁしい今まで誰の尻拭いしてきたと思ってんのじゃ! と叫びたくなるのであえてそれはスルーしていた。


 なんていうか、彼女の方が王妃としての資質に溢れているだとか、もっと国のためになるような何かを言われれば王も王妃も多少考えたりしたかもしれないのに、メリダ本人の人柄だとかを言われたところで、それで国王夫妻が二人の結婚を認めるとか有り得ない事くらい、何故気付けないのか。


(いやぁね、真実の愛とか言ってるけど実際のところ浮気じゃないですか。私という婚約者がいる時点で別のお相手が欲しいならまずは私との婚約の解消が先でしょうに。そうしてフリーになってからメリダさんを連れてくるならまだしも、こんな場所であんな……)


 なんていうか浮気を誤魔化すために綺麗な表現でなぁなぁにしようとしているようにしか聞こえてこない。


「ねぇねぇミカエラ、あれは何かの出しものなの?」

「……ブラン?」


 白いローブに三角帽子の、夜会という場にはそぐわない服装ではあるけれど、魔女としてならばとてもしっくりくる姿のままブランはそこにいた。

 今の今まで気づかなかったのは恐らく周囲の認識を逸らすだとかの魔法でも使っていたのかもしれない。

 会場の、端の方に並べられている軽食あたりを満喫してきたのだろう、口の端にクリームがついていた。

 とりあえずハンカチでそっと拭いておくと、ブランは今更のように気付いたらしく「えへへ」と誤魔化すように笑って――


「で、あの茶番はなぁに?」

 と再び話を強制的に元に戻してくれたのである。


 仕方がないのでミカエラが婚約破棄を突きつけられたあたりからざっくりと説明する。

「ふぅん。真実の愛。流行ってんねー」

「流行りとかいう問題かしら?」

「え? 知り合いの魔女からもこないだそんな話聞いたよ? 海の向こうの国なんだけど、本当に真実の愛か確かめたかったから呪いをかけてみたって言ってた」

「呪い……!?」


 物騒で穏やかではない言葉に思わずぎょっとする。


「うん。真実の愛を貫き通す事ができれば呪いは解けるって感じだったから、呪いっていってもそこまで酷い事になってなかったはず」

「結局それはどうなったのです?」

「チャレンジ失敗してたよ。残念だったよね。真実の愛が証明されれば、きっととても素敵なお話として世間に広まったかもなのに」


「真実の愛……呪い……証明……っ!? ブラン、力を貸してくれる?」

「ん? 何をするの? 私あんま凄い事はできないよ」

「大丈夫、そこまで凄い事は頼みません」


 などと言いつつ、ミカエラはブランの耳元に唇を寄せて今しがた思いついた事を伝えた。




「あの、よろしいでしょうか」


 メリダとの仲を認めてほしいセレニスと、一切認めるつもりのない国王夫妻との話し合いは平行線のままだった。セレニスがメリダの家に婿入りするのであればまだしも、セレニスにそのつもりはない。彼は王となるつもりであったし、そしてその隣にいるのはメリダであるという主張を取り消さなかった。


 セレニスから見て婚約者であるミカエラは、確かに王妃としてやっていく事はできるだろう。けれどもそれだけなのだ。

 決してミカエラとはメリダのような愛など生まれるはずもない。メリダと出会う前であればもしかしたら……と思う事もあるけれど、しかしメリダという存在を知ってしまった今となってはミカエラの事を愛せるはずもなくなっていた。


 セレニスはメリダと出会ったその時に、とんでもない程の衝撃を受けたのだ。

 あぁ、自分は彼女と出会うために今まで生きていた。

 冗談でも何でもなく本心からそう思えた。


 それ程に、メリダの存在はセレニスの中で大きく育っていた。



 冷静な第三者がいたならば、そしてセレニスの心情を察していたならば。

「それはただの一目惚れですよ」

 と突っ込んだかもしれない。

 けれどもセレニスにそれを告げる者など誰もいなかったからこそ。


 彼はメリダとの出会いを運命だとさえ思いこんだ。

 その出会いが、ごく普通の出会いであったとしても。


 何としてでも認めさせてみせる……! と思っていたセレニスの話の腰を折るように声がかけられた。

 それは先程婚約破棄を告げた相手――セレニスにとっては元婚約者であるミカエラである。


 そういえば、伝えた後彼女は特に何も言わなかったけれど、今更撤回してほしいとでも言うつもりなのだろうか。両親はメリダよりもミカエラとセレニスをくっつけようとしているようだし、そうなるととても面倒な事になる。面倒も何も面倒な事態を起こしたのはお前だ、とセレニスが突っ込まれる事はなかったけれど。


「ずっと同じ話を繰り返すのも不毛ですし、一先ずその……王子、そちらの方と真実の愛だと仰るのであれば、それをせめてわかりやすく私たちに示してほしいのです」


 王命での婚約をそもそも破棄だとか勝手に言う王子相手に、実際はまだ正式な婚約者であったとしてもミカエラはあえて名で呼ばなかった。名前で呼んで王子から親し気に呼ぶなとばかりに睨まれるのも面倒だし、そこでギャンギャン吠えられても話が進まないからだ。


「示す? 一体何をさせるつもりだ」


 目の前でキスでもしてみせろ、と言われたならば別にそれくらいはお安い御用ではあるけれど、しかしメリダが受け入れるかどうか……結婚式での誓いのキスであるならばまだしも、そうではない場で、大勢の人がいる中で、というのは流石に見世物のようで嫌がるかもしれない。


「はい、幸いにも私たちの国には、私たちを導いて下さる魔女がおります。王家で薬師として働いているブラン、その名を知らぬ者はこの国にはいないでしょう」

「まぁ城間借りしてるのも長いですからね」

 専属薬師として城で生活している魔女、その存在に確かに長い間王家は世話になってきた。

 奇跡のような魔法を連発したりは決してしないけれど、しかし彼女は自らの知識を用いて様々な薬を作り出してきた。セレニスも幼い頃に罹った病気でブランの作った薬を飲む事になったし、そのおかげで特に長引く事もなくすぐに回復したくらいだ。


「それで、その……一時的に王子には魔女の呪いを受けてもらう事にして」

「待て」

「はい? 何か?」

「呪いだと!? 正気か!?」

「えぇ。呪いといっても命を脅かすようなものではございません。私たちに、王子の真実の愛とやらを見せてもらうためのものです」


 セレニスが疑い深くミカエラを見据える。ミカエラはそんなセレニスのキツイ視線を、しかし怯むでもなく笑って受け流した。


「だってどうせいくら口先だけで真実の愛だとか言ったって、この場にいる誰もそんなもの信じやしないでしょう? 現にご両親は信じていない。ですよね?」

「あぁ、そのような戯言の何を信じろと言うのだ」

「そうですよ、今の貴方は自分の思った婚約者じゃないと嫌だと駄々をこねているだけにしか思えません」

 父と母の一切隠さぬ本心からの言葉に、セレニスはほんの一瞬ショックを受けたような顔をしたが、正直二人の言葉はこれでもかなりマイルドである。


 もっと辛口に言えば王命での婚約を何勝手に破棄しとるんじゃい、と脳天に拳骨くらってもおかしくないくらいなのだ。

 これだけ大勢のいる中での婚約破棄だ。今更無かったことに……とはとてもじゃないが難しいだろう。ちょっと王子が若気の至りでしでかしただけとはいえ、せめてもうちょっと人のいない場所でやってくれれば……と国王は思ったし、王妃もまたこれどう収拾つけようかしら……と悩んでいた。

 そんな状況であったので、ミカエラの横やりはある意味で事態を動かす切っ掛けにはなったのだ。


「もうここまでやらかしたら周囲を納得させるためにはその真実の愛とやらを証明するほかないと思うのです。どうですか? 王子」

 ミカエラの言葉に、ふざけるなと言いたい気持ちはあった。

 けれども確かに彼女の言葉には一理あったのだ。


 大勢の前で婚約破棄をすれば、いくら王命であっても無かったことにするのは難しいだろう。だからこそセレニスはこの場を選んだのだ。

 セレニス様……と隣にいたメリダが不安そうにそっと腕を掴んでくる。

 そうだ、己のメリダへの愛は真実であるのだという事を証明さえすれば。両親もこれ以上とやかく言う事はないだろう。

 そう判断し、セレニスは安心させるような笑みを浮かべメリダを見つめた。

 メリダもまた瞳を潤ませながらセレニスを見つめている。


「メリダ、君への愛が真実であるという事を、私は見事証明してみせよう。

 ……それで、一体何をさせるつもりだ」


「特に難しい事ではありません。やるんですね?」

「あぁ、その方が皆を納得させるのに手っ取り早いからな」


「それではブラン、お願いするわ」

「はぁい。じゃあ一度王子様にはこの場から離れてもらうけれど、きちんと戻ってきてくださいねぇ」

「離れる? 一体どこへ」


 セレニスの言葉は最後まで続かなかった。突如としてセレニスの姿が消えたからだ。


「セレニス様!?」


 隣にいたはずのセレニスが忽然と消えてしまった事に慌ててメリダが周囲を見回す。


「大丈夫ですよ。この大広間のすぐ外にいます。すぐ戻ってきますよ」

 魔女はにこにこと人畜無害な笑みを浮かべ、メリダに告げた。

 実際扉の向こうからセレニスの「一体何だ!?」という声が聞こえてきたのでメリダはその声にホッとして肩の力を抜いた。次の瞬間、メリダは「えっ!?」と驚いて声を上げる事になる。


 ほんの少し前までいた場所からずれているのだ。

 それはメリダだけではない。この夜会に参加していた者たちのほとんどが、先程までいた場所からバラバラに移動していた。

「ごめんなさいね、皆さんの位置も移動させてもらったわ。そのまま、動かないでちょうだい」


「魔女よ、一体何をするつもりなのだ」

「大丈夫、真実の愛の証明はすぐに終わるわ。さ、王子様、入っていらっしゃい」


 ブランの言葉に従うかのように、扉が勝手に開く。扉が開いただけだというのにセレニスは驚きに目を丸くしていた。


「さぁ、それでは真実の愛を証明してもらいましょう。やるべき事は簡単よ。今から王子様は真実の愛のお相手さんの所へいって、手を取って指先にキスでもしてもらおうかしら。愛の告白なんかもあればなおいいわね」


 それだけを聞けば、とても簡単な事に思えただろう。

 魔女の魔法で先程いた場所からランダムにそれぞれが移動していたとはいえ、別にここから世界の果てにまで連れていかれたわけではない。メリダもこの場にはきちんといる。

 だからこそ魔女の言葉は真実の愛を証明するには、あまりにも簡単すぎると思われた。

 けれども。

 セレニスは困惑したように周囲を見回して――


 きょろきょろと、何かを探すように移動し始める。


「おい魔女、一体これはどういう事だ!? 何故、何故この場には奇妙な動物しかいないのだ!?」


 セレニスの言葉に周囲は何を言っているのだろう、と思った。一切動揺していないのは魔女とミカエラだけだ。


「そう見えているだけよ。皆さんきちんと人間だわ。ただ、今の貴方にはそれがそうと思えなくて、そう見えなくなっているだけ。たとえ姿が変わろうとも。

 けれどその程度で愛する者を見失うなんて、そんなの真実の愛じゃないものね。貴方ならきっとわかると思っているわ。さぁ、見せてちょうだい真実の愛とやらを」


 くす、と笑う魔女だけはセレニスにも普通の姿に見えていた。だからこそ、相手を間違って魔女を選ぶという事だけはなさそうだが、それ以外は――果たして、どれがメリダなのか。


「あぁ、名前を呼んでも構わないけれど、その時点で貴方には真実の愛の相手など見分けすらつかなかった、として真実の愛はなかった、という事になるわ。呼ぶのは最後の手段にしておきなさいな」


 思わず「メリダ、どこだ」と声をかけようとするも、直前で魔女にそう言われてしまってはその声を飲み込むしかない。



 忙しなく周囲にいる者たちを見ては、セレニスは愛しのメリダであろう存在を探して移動する。

 ブランとミカエラはただその様子を見守るだけだった。



 セレニスの目には、先程まで大勢いたはずの人間の姿が一切見えなくなっていた。かわりにそこにいるのは、二足歩行の動物である。牛や馬、犬や猫。そういった動物たちが後ろ足だけで立ち上がり人のように振舞っている――ようにしか見えなかった。

 いや、本来ならば二足歩行が難しいだろう動物もいるが、それらは自然と二本の足で立っているのが普通なのだとばかりで、本来の四つ足状態になった方が逆に違和感のある見た目になるのかもしれない。


 自分から呼びかけずとも、向こうがこちらに声をかけてくれたら男女の区別くらいはつくのではないか。そう思ってみたものの、周囲はひそひそと小声で何やら話をしているようだがそれらの言葉は一切セレニスには理解できなかった。

 しかもその声も、声というよりは単なる音としてしかセレニスには認識できない。


 メリダが一体どんな動物の姿になっているかもわからないからこそ、セレニスはじっくりと一人一人確かめるように凝視していく。



 この場にいた者たちは、セレニスの目には人間以外の何かに見えている、という事は理解できた。だがあまりの顔色の悪さに近くにいた高位貴族のご婦人が「大丈夫ですか……?」と心配し声をかけたもののセレニスは何を言われているのかわからない、という顔をしてそれを見るだけ。


 突如、この場にいたセレニスを除く全員の脳内に魔女の声が響く。


『今皆さんの姿は人として見えず、また声もそうです。話しかけても遠い異国の言葉よりもわからない何かとしか思えず、それ故に何を話しかけても彼が理解して言葉を返してくる事はありません。

 彼が真実の愛を証明するべく相手を選んだ時点で戻りますので、今しばらく見守ってあげてくださいな』


 そんな魔女の声が脳内に聞こえてしまっては、周囲の者たちも何を言えるはずもない。

 つまり今、セレニスは真実の愛と宣言したメリダがどんな姿をしているのかすらわからずに、一人一人この会場の中で探し回る事になってしまったわけだ。

 これが例えば、顔だけが何か別の動物に見える、だとかであればドレスなどで見分ける事ができたかもしれない。けれどもセレニスの目にはそのドレスすら見えない状態になってしまっているのだろう。じっと見つめている相手が女性ですらない時点でそう察するしかなかった。



 この場の一同、魔女の言葉に従ってただじっと見守るだけかと思っていたが、ただ一人、そうしなかった者がいた。


「セレニス様、私はここです!」


 そう叫んで彼の目の前に飛び出したのはメリダであった。言葉すら別の何かにしか聞こえない現状、その言葉をセレニスが理解する事はない。だがそれでも、目の前に現れ必死に何かをアピールしている様子を見れば、彼もきっとわかってくれるとメリダは思っていた。

 私がそうなのだと訴え、そうして彼の目の前に手を差しだす。愛の言葉と指先へのキス。指先だなんて、どうして、とメリダは一瞬でも思ったけれどしかし万一間違えた相手に唇へのキスをしようとしてみろ。大惨事である。


 相手が男性であったなら、流石に王子を殴り飛ばしてでも拒否するとまではいかずともお互いとても不快な事になるのは言うまでもないし、仮に女性であったとしても既婚か未婚かで結果は大きく異なってくる。

 もし未婚の女性であるならば、婚約者がいるならその時点で王子が手を出した事になってしまうし、婚約者がいないのであればあのような大勢の前で真実の愛だとのたまったのだから、責任をとれと言われてもおかしくはなかった。


 いや、普通に考えてこんな王子に責任をとなっても、正直ごめん被りたいのだが。



 セレニスは目の前にやってきて何やらぎゃあぎゃあと喚くうるさい動物を、なんだこいつは……という目で見ていた。やかましい。何を言っているかさっぱりわからない。愛らしさの欠片もない動物に詰め寄られても、癒される事もなくそしてそれがうるさいとなればうんざりもしよう。今はとにかく愛しのメリダを探し当てなければならないのだ。まかり間違ってもこのようにうるさく喚きたてるようなのがメリダであるはずがない。

 彼女はもっと可憐で、仮に自分であると主張するとしてもこんなけたたましく騒ぎ立てたりはしない。

 それに、メリダが動物になったとしてもきっと愛らしい姿である事にかわりはないはずだ。まかり間違ってもこんなもさもさしているはずがない。


 セレニスはそう思って、目の前にいるうるさい生き物を邪魔だとばかりに押しのけてその場を移動した。


「あっ……」


 殴り飛ばしたりしなかったのは、いくら見た目が動物になっていても相手がきちんとした人間であると伝えられていたからだろう。そうでなければ蹴飛ばされていたかもしれない。

 けれども今。

 セレニスは邪魔だとばかりにメリダを押しのけたのだ。

 この時点で真実の愛などとてもじゃないが言えたものではない、と周囲に知らしめてしまったが、しかしセレニスはその事実にすら気付けない。




 あーぁ、と冷めた目でミカエラはその一連の光景を眺めていた。

 ブランの気遣いによってか、ミカエラにはこの場の人間は普通に人として映っているのだが、ちょっと切り替えようと思えば今セレニスがどういう風に見えているのかも見られるようになっていた。

 折角メリダが自分から私はここよ! とばかりに来てくれたというのに今しがた押しのけてしまったが、まぁ無理もないかなと思わなくもない。

 何せセレニスの目に映っているメリダは、決して可憐な子猫だとかウサギだとかではないのだ。


 前世で言うならオールド・イングリッシュ・シープドッグという大型の、これまた毛がもっさもっさしている犬に見えているのだから。


 とはいえこの世界にイギリスは存在しない。

 だからこそこちらの世界では別の名称で呼ばれていたはずだ。毛がもさもさしすぎていて、でっかいモップか何かか? と思ってしまいそうになる。

 メリダはそんな姿の犬が二足歩行しているようにしかセレニスには見えていないのだ。


(いやそこはたとえイボガエルだろうと真実の愛って言った以上見破ってみせなさいよ)


 割と無責任にミカエラはそう思う。

 いやでもあれだけ豪語しておいて、全然わかってないとかさぁ。もうちょっとこう、本人の前で違うかもしれないと思ってもそれでも一瞬悩むくらいの素振りは見せてほしかった。


 そうこうしているうちに、セレニスは何かに気付いたように顔を上げ、そうして一直線に、悩む事なくしっかりとした足取りである場所へと向かっていく。

 ミカエラはこの時点で笑いをこらえるのに必死だった。


 確かに、セレニス視点ではそこにいるのはとても愛らしい猫がいた。猫といっても二足歩行だし、思ってる以上に大きいのだけれど。実際の身長と二足歩行の動物の姿との大きさが一致しているわけではないので、セレニスの目にはこの可憐な姿は間違いないと確信してしまったのだろう。


 そこにいるのはミヌエットと呼ばれる種類の猫だった。ちょっと短い手足がかわゆいネコチャンである。

 まぁ実際の姿はかわゆいとかいう以前の話なのだが。

「いやまて」

 とネコチャンはセレニスが近づくのを止めようと声を上げてしまったのだが、セレニスにはその制止の言葉さえも理解できない音としてしか認識できず、普通に「ニャァン」というかわゆいネコチャンの声にしか聞こえていなかったのかもしれない。

 ミカエラはセレニスがどういう風にこの場を見ているのか、を見られるようになっているが、音声までは共有できていなかった。


「あぁ、ここにいたんだね。私の最愛。我が運命……どこにいたって僕は君を見つけ出してみせるとも。愛しているよ、我が真実の愛……!」


 熱に浮かされたように頬を紅潮させて、セレニスはかわゆいネコチャンの前足をそっと手にとり相手が止める間もなく指先に唇を落とした。

 この時点で、ミカエラは堪えきれずに「ぷっ」と笑いを漏らしてしまった。


「え……」


 そしてその瞬間、呪いは解けた。


 セレニスが手を取っていた相手は、渋面を浮かべている。それはもう凄い表情だった。

 無理もない。

 実の息子に愛を説かれたのだ。それも真実の愛だなどと言って。


 家族としての愛情はあったと思う。

 だが、そういう愛情は向けられたところで困るのだ。


「息子よ……お前の言う真実の愛、しかと見届けた。実に、実にくだらん茶番であったな」


 ぺっと凄まじい勢いでセレニスの手から自分の手を引っこ抜くようにして、国王はその手を思わず自分の服で拭っていた。あなた、とそっと小さな声がして王妃がハンカチを差し出してくれたのでありがたくそれを受け取る。


 まだ幼い頃の息子に父上大好き! とか言われてぎゅーっと抱きついてきた時に頬にちゅっとされた事ならあった。まぁあの時一度だけ、という思い出で頻繁にあったわけではないが。

 その時のような家族としての親愛であれば父親として「はっはっは、父さんも大好きだぞ」とか言えたのだ。


 けれど流石に愛の告白はない。


 いくら呪いで一時的に誰が誰、という判別ができない状況だったとしてもだ。


 状況の把握が追い付かなかったのだろう。セレニスはやや呆然としたまま父を見ていた。

 え、今、自分が愛の告白をした相手は……父上……!?

 理解がどうしたって追い付かない。


「良かったじゃありませんか、母親相手だったらとんでもないマザコンの称号を手にしていたところですよ」


 堪えきれなかった笑いをどうにか抑えつつも、思わずミカエラがそんな事を呟く。しんと静まり返っていた会場で、その小さな声は思っていたよりも広範囲に聞こえてしまっていた。


「そんな……それじゃ、メリダ、メリダは!?」


 慌ててセレニスが視線を巡らせ最愛の女性の姿を探す。


 メリダはセレニスに押しのけられたその拍子に尻もちをつく形で座り込んでいた。


 セレニスも気付いてしまった。位置的に、先程やたらとうるさい動物がいたあたりであるという事に。

 そして邪魔だと押しのけた動物こそが、最愛の女性であったという事に。



 ――さてその後。


 王家主催の夜会は当然だがなんとも言えない空気で終わりを迎えた。

 いや、流石に本人たちの前で堂々と笑いものにはできなかったけれど、しかし充分に滑稽な見世物であったのだ。恐らくは、この後の噂がとんでもない事になる。口止めをしようとしたところで、魔女がしれっと暴露する可能性もあるのだ。

 魔女は王家に身を寄せているけれど、別段王家に忠誠を誓っているわけではない。ただ長い人生気まぐれに人に手を差し伸べているだけで、その先がたまたまこの国の王家であるというだけだ。

 他の貴族たちの口止めをしたとしても魔女からぽろっと暴露される可能性がある以上、口止めは全くの無意味であった。


 あんなことをやらかしたセレニスを、将来この国の王とするのは流石に難しい。

 それ故に、廃嫡まではいかずとも彼はどこぞの貴族の家に婿入りさせる事が決まった。

 将来的にこの国の王となるべき相手は、国王の少し年の離れた弟に任せる事となった。

 もう少ししたら彼は臣籍降下する予定だったのだが、直前でその予定が撤回された形となる。


 王妃として隣に立つ事になるのは、ミカエラである。

 王弟との年の差がそこまで離れていない事は救いだったのかもしれない。


 本来ならば真実の愛というのだから、とセレニスを貴族の家の婿としてメリダの家で迎えさせるべきかと思っていたのだが、メリダが泣いて拒絶した事でそうはならなかった。


 真実の愛できっと呪いにも負けずセレニス様は私を見つけてくださるわ! とか思っていた気持ちはあの時木端微塵に砕けたのだ。押しのけられただけで済んだものの、魔女が事前に説明をしていなければ蹴り飛ばされたり拳で打ち払われていたかもしれない、と考えるとどうしてもメリダはセレニスに今までのような感情を抱けなくなってしまった。


 王子を誘惑し将来的にこの国の王妃となって好き勝手してやろう、というよりは、メリダは王子に愛を囁かれのぼせ上って恋に恋する乙女のように夢を見ていただけ――とりあえず、周囲はそう結論づける事にした。

 メリダが婚約破棄をそそのかしたり、はたまた彼女を追い落とそうとしてやってもいない悪事をでっちあげたりだとかしていたら結末はまた違ったかもしれないが、メリダはただ王子と恋をしていただけでミカエラに直接何かをしたわけでもない。しかもあの夜会で、メリダは自分からセレニスに自己主張までしたのに結局気付かれず邪魔とばかりに押しのけられるというのを大勢の人に見られている。

 恥をかくには充分であった。


 あの状況でああまでアピールしていたのだから、気付かれたっておかしくなかったのに。

 ああまでしてそれでも結果がアレ、となれば流石に滑稽だと笑う者も多かったが、ちょっと哀れだな……という感情もあったのだ。だからこそ、メリダの恋心があの時に壊れてしまったとしても周囲はそれを堂々と嘲るような事はしなかった。流石に、哀れに思えてきたのだ。


 全くのお咎めなし、とは言えないがそれでも。

 恋心も壊れてしまったまだ年若い乙女に、ただちょっと夢を見てしまっただけの少女に。

 実害が出たわけでもない状態で多くの責を背負わせるのは……とミカエラも王妃も同情した結果であった。


 実害としてはまぁ、出てないわけじゃないけれど別に他国との関係が悪化だとかの問題しかないような状況ではない。セレニスが王としての資質無し、と判断される結果になったくらいだ。

 国内で、ある意味内々で済んだようなものだが――国内中に恥を振りまいたけれど――もしセレニスがのぼせ上った相手が他国の相手であったなら。流石にこんな結末にはならなかった。

 もっと本格的に罰を与えなければならなくなるところだったのだ。

 いや、セレニスが王になってからあんな事をしていたら、下手をすれば流さなくていい血が流れるところだったかもしれない。

 そういった最悪の事態を考えれば、今回の件など実害はほとんどなかったと言ってしまえるものだった。


 まぁ、それ以外の実害……と呼べるかはわからないが、しいて言うならミカエラと王弟は別段そこまで親しくもない、という点だろうか。一応お互い歩み寄るつもりはあるけれど、いずれ王妃となる女だったミカエラと、いずれ臣籍降下する予定だった王弟に接点などロクにあるはずもない。

 なのでまぁ、当面はお互い人間関係をマトモに構築するところから始める事になりそうだった。



 真実の愛だとのたまってまさか実の父に愛の告白をする羽目になったセレニスは、それはもう取り乱して今のは間違いだ、などと叫んでいたがそりゃ間違いだろうよ、としか思われなかった。むしろこれが正解だとか言われていたら、間違いなく国王は息子をぶん殴っていたに違いない。真実の愛の相手を見誤った事も、何もかもが間違っている。


 セレニスはその後メリダに謝罪をしていたけれど、一度壊れてしまったものはそう簡単には直らない。

 呪いで別の何かに見えていた、というのはメリダもわかったけれどそれにしたって。

 いくら何でも間違えるにしても、もっと他に相手があったでしょう! メリダは思わずそう叫んでしまっていたのだ。


 しかし間違えた先が実の母である王妃だろうと、婚約者であったミカエラだろうとメリダはきっと心情的に許せなかったと思っているし、それ以外の相手であったとしてもきっと複雑な気持ちになっていた。

 例えば自分に似ていない事もないような相手であったなら、まぁ、多少は……と思えなくもないけれど、そもそも真実の愛と宣言した以上は自分を選んでほしかったというのがメリダの本心である。まぁその恋心はバキボキに壊れてしまったが。


 唯一認めてもいいかな、とメリダが思ったのはここで二人の仲が壊れ、そしてセレニスが王になれないとされた時点でミカエラに縋りつかなかった点だろうか。

 メリダは恋に恋するような乙女でもあったので、市井に出回っている恋愛小説に目がなかった。色んな本を読んではこんな素敵な恋がしたい、なんて胸ときめかせていたくらいだ。


 だから、こういった――王子が次期王から外れる事になる、という展開でかつての婚約者とよりを戻せば自分はまた元に戻れる、なんて思いこんで自分から捨てたはずの婚約者に縋りつくなんて展開も何度か目にしていた。


 バキボキに壊れてしまった恋心だけれど、もしそんな事になっていたらきっともっとぐしゃぐしゃになっていたに違いないのだ。

 恋が消えて、セレニス様なんてもう知りません! で済んでるものが、下手をしたら死ねクソ野郎!! という罵倒レベルまで成長していたかもしれない。


 今回の一件にメリダも無関係というわけにはいかなかったので、とりあえずしばらくは孤児院などに寄付をしたりそれ以外でもボランティアなどの慈善活動をする事が下されてしまった。

 王子が婚約者に贈り物をするための予算だとかからメリダにプレゼントなどをしていたら、こんな軽い罰で済まなかった。王子との仲を認めてもらって自分が王妃になったら……なんて夢を見てその時に色々おねだりしちゃおう、とか思っていたのが上手い方向にいった結果だった。


「やっぱり、地に足をつけた生活が大事なのね……」


 夢見るふわふわ乙女であったメリダは、こうして一つ現実を知ったのである。




「――ところで、あんな呪いよく短時間で思いついたものね?」

 城の中庭。温室がある場所とはまた違うところにあるガゼボにて、ブランが淹れてくれたお茶を飲んでいたミカエラは、「あぁ、あれね」と何事もなかったかのように頷いた。


「これは私の偏見なのだけれど。

 真実の愛を謳う人って実際真実の愛じゃない事が多いと思うの。

 勿論全部が全部そうってわけじゃないと思うわよ? でもね、そういう人達は声高に叫んだりしないとも思うの」


 恋だの愛だの、そもそも周囲から持て囃されるためのものではない。

 お互いがお互いに想いあうものであり、わざわざ大衆に見せつける必要が果たしてあるのだろうか。いや、王子の立場を考えればある程度必要な事だったのかもしれないけれど。

 だが、やっている事はほぼ不貞。浮気である。婚約者がいるのだから。


 その事実を指摘されたら立場的に不味いのはセレニスだ。

 だからこそ、真実の愛、なんて素敵な言葉で取り繕ったに過ぎないのではないか。ミカエラはあの時そう思ったし、そういう相手に限ってその真実の愛のお相手に何か、自分に不都合な事がおきたら平然と捨てたりするのよね……とも思ってしまった。


 前世でも、一生きみを愛する事を誓うよ、なんて言ってた男がいざ女が病気になったり事故で今までのように動けなくなったりした途端、平気で捨てるという事をやらかすのを目撃したくらいだ。そして平然と男は次の――自分にとって都合のいい相手を探そうとしていた。まぁ悪評が広まりまくってマトモな女に相手にされなかったようだけど。

 前世で少なくとも二度、そういうのに遭遇してしまったのでミカエラはふと思ったのだ。

 王子ももしかしてそういうタイプなのかしら……? と。


 セレニスは王族で人の上に立つ人間だ。

 彼のために動く人間がいる。そしてそれを使う事に彼は何の疑問も抱かない。当然だと思っている。

 だから、自分にとって不都合な事態が起きた時、周囲が自分のために動くのは当たり前だと思っているのではないか。


 最愛だと言っていたメリダと結ばれるために、ミカエラが邪魔になった。

 流石に亡き者にしようとまではしなかったようだけど、けれども真実の愛などと謳えば。

 きっと皆が自分を祝福してくれる、そんな、甘い幻想を抱いていたとしてもおかしくはなかった。

 もしかしたらミカエラさえもが二人を祝福すると思い込んでいたのかもしれない。

 冷静に考えればいやまさかそんなぁあっはっは、と笑い飛ばせるようなものだが、しかし今までセレニスの尻拭いもしていたので。

 彼が、そう思いこむ要素が一ミリもないとは言い切れなかった。


(そう考えると人生適度に挫折って必要なのかもしれませんわね。何もかも思い通りに行く事はない、と思っていればそもそもこんな頭の悪い行動に出なかったでしょうし)


 などと思いながらもミカエラは言う。


「あの二人、というかあの人の真実の愛がそれこそ本当なら、きっとすぐに想い人を見つけるだろうなと思っていたの。見た目に惑わされずにね。だって魂の形までは変えていないのでしょう?」

「それはそうね。流石に魂の形をいじるのは魔女であっても難しいわ。

 えぇ、確かに、魂で惹かれあう――そんな関係であれば見た目がどう変わったところで気付いたはずだもの。

 だから余計に思うのよ。あの短い時間の中でそう思いつけた事に」

「あ、はは。あの時はまぁ、咄嗟だったのよ」


 笑って誤魔化す。

 ブランはふぅん? と首を傾げていたけれど、言えるはずがない。


 ミカエラが転生した事に気付いた時真っ先に思ったのは、この世界娯楽少ないなぁ、である。

 いや、そもそも将来王妃となるべき自分に娯楽まみれになる時間はなかったのだけれど、それでもあってもそれをする余裕がないのと、最初からないのとでは大分違う。

 あーぁ、もう休日に朝っぱらからお酒飲みつつ映画鑑賞とかもできないのかぁ……と落胆したくらいだ。そもそも朝っぱらから酒を飲むなと突っ込まれるかもしれないが。


 そしてその中で、映画は勿論、テレビで放送されるたびについ見てしまうものがあった。


 少女が不思議な世界に迷い込む話である。

 引っ越してお友達と離れ離れになってしまった少女が、新しい家に向かう途中両親とともに不思議な場所へ迷い込み、なんだか美味しそうな料理を両親が勝手に食べ始め――そうして豚へと変わってしまう。両親を戻すために少女は不思議な世界で様々な事を体験し――そうして日常へと帰ってくる。


 ラスト間近なシーンでは複数の豚の中からお前の両親をこの中から見つけてみせな、と言われるが、少女はしかしこの中にはいないと言うのだ。実際その豚の中に両親はいなかった。そうして正解を引き当てたからこそ、少女の両親は人間の姿に戻り無事に元の世界に帰ってくる事ができたのだ。


 ミカエラは婚約破棄を突きつけられた時、まさしくその映画の事を思い出していた。王子の言い分があまりにアレだったので、つい現実逃避がてら大好きな作品を思い返していたともいう。

 真実の愛って、むしろああいうのを言うんじゃないかなー……なんて。

 勿論恋人に向けるものと家族に向けるものとでは、方向性が若干違うと言われてしまうかもしれない。けれども、相手を想う気持ちというのはそこまで変わらないはずだ。


 いくら二次元のキャラが実年齢より精神的に達観している節があろうとも、というか二次元の内容だからそもそも現実と一緒にするなと言われようとも。

 そこまで言うのならきっと彼は真実の愛を見つけてくれると思いたかったのだ。


 もしあの時、二足歩行の動物たちの中から真実の愛の相手であるメリダに気付いて、彼女を押しのける事なくその場で愛の告白をしてくれていたのなら。

 良い物見せてもらったぜ、の気持ちでミカエラは潔く身を引くつもりであった。メリダに王妃が務まらない? まぁそこは愛の力で。契約内容次第では自分が王妃のかわりに仕事をしたっていいとすら思っていたくらいだ。無償労働は勿論お断りするけれど。


 けれども結局はセレニスにとってメリダは真実の愛と言えるものではなかった。いや、彼の中ではそうであったとしても、周囲にそれを認めさせるだけのものとまではいかなかった、なのだろうか。

 結果としてセレニスは王弟のかわりに臣籍降下する事が決定された。王弟が行く予定だった家に婿入り――ではなく、他のもう少し身分の低い家が選ばれてしまった。その家にとってはいい迷惑かもしれない。

 けれども、その家の娘はセレニスの事を悪く思っているようではなさそうではある。


 なのでまぁ。


「次のお相手が本当に真実の愛とやらのお相手になれるとよいですわね」

 なんて、本人に決して届くことのない言葉を送る。

「一応元婚約者なのに随分と他人事なのね」

「だって他人ですもの」


 それに、と続ける。

「嘘も貫き通せばいずれ誠となるやもしれませんし。いつかそのうち本当に愛が芽生える可能性は無きにしも非ず、でしょう?」

 そう言ってカップを傾ければ、ブランはその目をぱちくりと瞬かせ、そうして一呼吸程の時間を置いてから笑ったのである。

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― 新着の感想 ―
自分がこの場面にいたら 「そこは当てろよ!」 「誰がどんな動物の姿をしてるかなんてどうせ魔女が自由に決めれるんだから外見は仕草以外参考にならないし元々誰がどの辺りにいたか位は何となくわかるだろうし何よ…
[良い点] 某国のように子供が出来る前でよかった…!不幸な子供は可哀想なので… ミヌエット可愛いよね、抱きしめなかっただけ駄王子はえらい [気になる点] なんでや!オールド・イングリッシュ・シープド…
[一言] 子供まで作ってああなったあの国よりはましだけど、ここの王子も王子で国王夫妻が気の毒だなぁ。
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