Scene 15. 地下1階で蠢くもの
地下一階は広い空間だった。私がこの世界で目覚めた基地の内部に似ていなくもなかった。床はコンクリートのようなもので出来ている。ただ、表面が滑らかで、等間隔で格子柄の浅い溝が掘ってある。歩行時の滑り止めのようなものではないかと思った。
エレベータに付いている台座を正面に立つと、後方はすぐに壁が迫っている。左右は薄暗いが壁があるように思う。そして正面は数十メートル先から暗くて見えない。
エレベーターから降り、地下一階の床に降りた。義体が履いているブーツで歩くとコツコツと音が鳴る。
まず右手の方向の壁に向かった。特にこれといって特徴の無い壁だ。まっすぐ垂直に上へ向かっている。
数十メートル上の天井にある照明が床をぼんやりと照らしていた。壁の最下部にも照明が等間隔で埋められていた。5メートル間隔ぐらいだろうか。緑色の蛍光灯のような明かりがある。それは奥に向かって続いているが、20m先ぐらいで終わっていて、その向こうの景色は薄暗くてぼんやりとしている。
壁沿いを奥に向かって進んだ。10メートルぐらい進むと、奥に向かって照明がつき始めた。私が前に進むとともに壁下に埋められている照明の明かりが先まで点灯していく。人を察知すると、照明が点く仕組みなのだろうと思った。
奥に向かって200メートルぐらい進んだ。進むごとに奥の照明が点灯していく。そして、後方の照明は遠くから消えていった。
振り返ると、エレベーターがあるあたりの照明は、壁下も天井も消えていて、エレベーターの周囲のみが明るかった。
(これといって気になるものはないようだね。センサーの様子からすると、数キロ先までこの空間が伸びているようだ。)レオの声が頭の中で響いた。
「そうね。いったいなんのための空間なんだろう。」と私は呟いて応えた。
義体の視界の右下にレーダーが表示され、そこに3Dのマップが表示されている。とにかく進むしか無いようだ。
30分ぐらい奥に歩いたころだろうか、レーダーの表示に乱れが出てきた。
「レオ。なんかレーダーがおかしいみたいだけど。」
(うん。そうだね。2キロ先ほどで、なにかがあるみたいだ。磁場が乱れているのか、通常レーダーが効かないようだ。魔素レーダーも乱れているね。)
私はガトリング砲を両手で抱えながら、いつでも速射できる構えを解かずに、前進を続けた。
進むうちに、次第に壁に綻びが見えるようにった。ところどころ、壁が剥がれていて、岩肌や、地層が見えている部分があった。奥に進むほど、壁が崩れた箇所が目立ち始める。
等間隔で設置された壁下の照明がところどころ点灯していない箇所が目立ち始めた。私は肩に付けていた照明を点灯した。身体の正面方向が強い光で照らされる。地下水だろうか、壁を伝う水なども見られるようになった。
レーダーが効かない地点が近づいたころには、壁下の照明は全て消えていた。天井にも明かりはなく、私のライトだけが頼りになった。とこどろこ天井が崩落したと思われる瓦礫の山があり、高さが2メートルを越えるものもあった。それを迂回したり、登ったりしながら前に進んだ。
さらに奥に進むと、前方が青く光りだしているのが感じられた。近づくうちに、それは透明な青い壁のようなものに見えた。魔素レーダーに三角印が表示される。
「レオ、これ、何かしら?」
(もう少し近づかないとわかりませんが、この魔素の状態、密度から推測して結界のようなものかもしれません。)
「結界?結界って、人が入ってこれなくなるようなやつ?」
(そうだね。侵入を防いだり、逆に外へ出るのを防いだり。いずれにしても、魔力で出来た壁というとこだね)
近づくと、それは青く光る壁のようだった。その結界の先が暗いせいか、向こう側の様子を見ることが出来ない。私は大鎌の柄で軽く結界に触れてみた。それは、硬い金属のように高く、そして透き通った音を発した。
この結界がどういう仕組で構築され、維持されているかはレオでもわからなかった。人がつくったものではなく、魔力を持ったアイテムか、魔力を操作できる装置があるのだろうとレオは推測した。結界の魔力量が均一なので、人間がつくるもののようには思えないということだった。
私は結界に沿って、歩いてみた。どこかで切れ目が合ったり穴が空いていたりするかもしれない。けれど、結界が開いている箇所は無かった。数十メートル上まで高く伸び、横幅も数十メートルある。
「ねえ、レオ。この結界の先って、なんだろうね。」
(うーん、何も無いってことはないでしょうね。なにか空間があるでしょうね。)レオは答えた。
試しに大鎌を思い切り壁に振り下ろした。かなり力を込めたから、本体の脚ぐらいなら真っ二つになるような勢いだった。けれど、鎌は弾かれてしまい、高い金属音が残す余韻が周囲に溶け込んだ。刃が当たった場所から、波紋のような振動が結界全体に拡がったように感じられた。
一瞬、ガトリング砲を構えたけれどレオに止められた。跳弾が生じて危険だからやめておけということだった。代わりに、大鎌のカスタマイズを提案された。そうだ、武器もカスタマイズ可能だった。
大鎌の刃先を魔法で強化するカスタマイズを行った。これで、物理攻撃だけでなく、魔力そのものにも作用する刃先になったようだ。
魔力強化した鎌を振り下ろすと、ザクッという手応えがあった。めちゃめちゃ固いけど、ウエハースを切ったような感覚だった。結界に鎌の刃が食い込んでいた。私は、力を込めて、鎌の刃を地面まで降ろした。結界に縦一本の切れ目をつくることができた。
続けて鎌を振り下ろし、横に薙ぎ払い、人が二人ほど通れるぐらいの穴を開けることができた。
穴の向こうは暗い闇が拡がっている。照明は無さそうだった。それに、穴の向こうの地面は人工物ではなかった。手前に見える地表は岩場のようだ。
「ふーん。結界ってこういうものなの?穴が自然に閉じたりしないのかな?」
(うーん、どうやら動的な結界というより、静的な結界のようだね。)
「静的な結界ってなに?」
「許可したものだけが出入りできるような結界ではなくて、魔力がその場で固まってできた結界という感じかな。いわば、魔力の結晶化が生じていて、魔石みたいになっているというか。魔石でできた壁というか。いずれにしても、穴はこのままの形で残ると思うよ。」
私にはよくわからないけれど、とにかく穴が閉じないのであれば、向こうに行ってみようと思った。前方に足を進めた。
突然、音もなく、何かが穴の向こうの闇から飛来した。
気配に気づいた瞬間に時の流れる速度が遅くなったのを感じた。自分の呼吸がゆっくりになったのを感じる。といっても、義体の人工的な呼吸だけど。
斜め下から、黒い鉤爪のようなものが向かってくる。先端は赤黒い。それは人の腕の3倍ぐらいはありそうな太さで、いくつもの節目があるなにかだった。見るからに甲殻だけれど、表面に毛が密集している。
軽く身体をのけぞらせながら、下から眼前を過ぎるそれを見送った。それの尖った赤黒い先端には更に針が付いているのが見えた。その針先が濡れていることも気づいた。
私はバク転をして後ろに下がり、結界に開けた穴から距離を置いた。両手でガトリング砲を構えた。
穴の向こうの暗闇には対になった赤く丸い点が2つ見えた。蠍のような魔獣なのかなと思った。そう思った時には自然とガトリング砲を撃ち込んでいた。悲鳴とも思えるような鳴き声が聞こえた。
生憎と倒せなかったようだ。ガトリング砲から放たれた銃弾が火花を散らして、魔獣の外殻から弾かれているのがわかった。
「ちぇっ。徹甲弾を装備しておけばよかった。」私は呟いた。
しばらく、その場でガトリング砲を構えて待った。