Scene 12 私、最強の美女!!
メタモルフォーゼで女性の容姿になって、私はとにかく気分がよかった。何をするにも気持ちが勝手にのってくる。こんなに気分がいいのは生まれて初めてかもしれない。望んで転生したわけではないけど、今は転生して良かったのかもと思い始めている。人間のときは容姿にコンプレックスがたくさんあって、正直怖いけど、整形とかも興味はあった。だから、こうして見るからにナイスバディで美人に自分がなったのが嬉しくて仕方ない。私、ほんと最高の気分。
義体の皮膚は精巧に人間のそれを模倣していて、やわらかく、温かい。自分の身体がつくりものであることを忘れてしまうほどだ。毛穴もあるけれど、無駄に拡がってることなんてないし、きめ細かくて美しい陶器を思わせる肌だ。温かい陶器のように滑らかで艶があって、けれど、簡単に傷がついたりはしない。刃物などで攻撃を受けると、瞬時に皮膚が硬化するので、簡単には損傷しない。どんなに激しい戦闘をしても切り傷も擦過傷も生じない。ナノなんとかという技術らしい。
汗はかかなかった。だから、皮膚がべとつくといった不快な思いをすることはなかった。どれだけ身体をうごかしても、しっとりすべすべのお肌のままだ。当たり前だけど、化粧水なんて要らないし、保湿クリームも要らない。なんにもお手入れしなくても、この美しい肌を維持できる。
眠くたって、面倒になったって洗顔やらパックやらなんてしなくてもいい。常に最高のコンディションの人肌を手に入れたのだ。
髪も好きなパーツだ。肩の下まで伸びた赤い髪は、最初は色のせいか、ぱさつきそうだなと思ったけど、手ぐしが気持ちよく通る。滑らかでしっとりして、くせっ毛に悩んでいた私からすると夢のようなさらさらストレートヘアだった。
戦闘訓練は一時中断にして、私は自分の容姿を上から下まで鑑賞した。
男性の形態よりやや小柄なので、義体の感覚は以前よりもさらにしっくりきているように思う。それでも、170センチくらいあるから、以前の私よりもかなり上背だ。ずっしりと重力を感じる胸元も新鮮な感覚だった。
手脚がすこしだけ短くなった分、骨格組織が密になったのか、男性の容姿のときよりも一段速度を上げて動かしても義体に掛かる負担が少なくなったように感じた。手脚の動きがイメージからずれるタイムラグもかなり改善した。
「いやー。気に入った!わたし、この容姿、すごく気に入った!」私はそう言って、操縦席の中でモニターに映る自分の姿を確かめた。鏡というものが無いので、操縦席の中で右を向いたり、左を向いたりして、モニターに移される全身のを確かめた。細い腰のくびれが美しかった。こんな体型は奇跡のようだ。欧米人のように腰が高く、脚がすらりと伸びて、お尻の上側に筋肉質な膨らみがあってめちゃめちゃカッコいい。日本人のそれとは違う。なにより嬉しいのは、何も努力しなくてもこの体型を維持できることだ。そして、これが機械であるなんて1ミリも実感が無い。私は人間の身体を取り戻した気分だった。
私がいつまでも自分の身体を確かめていると、しびれを切らしたレオがモニターに現れたけれど、何も言わずに苦笑していた。
「ねえ、レオ。着替えって無いのかな?この黒の、なんていうかレザーっぽいボディースーツもいいけど、可愛い服とか着てみたいよ。この体型なら、わたし、何を着ても似合うよね?」
「可愛い服?うーん。無いねぇ。だって、この義体は戦闘用だからねぇ。」モニターの中のレオが少し呆れたように答えた。
「わかってるよ。言ってみただけ。レオもさ、ちょっとだけでも、のってくれればいいのに。ノリ悪いよ。」
「ごめん、ごめん。待望の女性の容姿だもんね。おめでとう。かわいいよ。そうね、容姿はもちろん素敵だけど、姫のその嬉しそうな姿を見ると、かわいいなって思う。はしゃいでる身振りがとってもキュートだね。」
「うん。ありがとう!レオ、好き!そういうのを待ってたよ。」
私はひととおり満足するまで自分の新しい容姿を確かめた。お洋服が欲しいなと心の底から思った。この容姿なら、なんでも似合うだろうし、鏡に映る自分の姿を見るだけで一日中ずっと気分があがると思った。
容姿を確かめていたのは1時間が2時間ぐらいだったと思う。夕方が近づいていた。影が長く伸び始めていた。
さてっ、と自分に気合を入れて、トレーニングに戻ることにした。この容姿はこれから毎日ずっと自分のものだ。焦ることはない。
私はレオの手ほどきを受けながら、本体の機体から、ガトリング砲を取り外す方法を教えてもらった。機体の頭部に埋め込まれていたガトリング砲は想像以上に大きく、銃身は3メートルはありそうだった。それでも、今の義体なら鼻歌を歌いながら軽々と扱える。
私はガトリング砲を構えながら、廃墟の市街地跡を走りまわり、ミッキーやローズがところどころに設置してくれた的を撃ち砕いた。時に連射で、時に単射で的を撃ち抜いた。的を正確に撃ち抜く度に大きく叫び声をあげた。いつの間にこんな陽キャになったんだっけ?って思いながら、思い切り駆け回った。
ガトリング砲は連射が前提の武器だけれど、一発ずつ撃つこともできた。1キロ以上先に的を置き、風を読みながら、撃ち抜くといったトレーニングもした。深く静かに腹式呼吸を行い、的に集中する。トリガーを絞るのはいつも無意識だった。息を吸い、息を吐き、息を吸い、息を吐く。吐いたあとに呼吸を止める。すると何も聞こえなくなり、ただ目標の的だけが見えた。自分の中にある振り子と世界の振り子が中心で重なり合ったような感覚を覚える時、引き金に掛けた指にいつのまにか力が入り、1拍の後に、的は粉砕された。
「いやー。姫。射撃もすごいね!天才だよ!」ミッキーは両手を拡げながら大げさに言った。なんだかお調子者感がどんどん増してくる。ミッキーの容姿は初期のままにしていた。
「うーん。レオのおかげかなぁ。周囲の風の動きを義体にフィードバックしてくれるから、感覚的にわかるというか、射線がイメージできちゃうんだよね。」
(うん。これはもう、実戦に進んでも大丈夫そうだね。)そうレオが言ってくれた。
夕暮れの中、初めての実戦トレーニングを始めっることにした。昨日も今日もずっとトレーニングをしているけれど、疲労はまったく感じない。むしろハイになっている気がする。
自分の手脚が思い通りに動く。自分の意志のままに正確にコントロールできる。戦闘ではミッキーやローズにひけをとらない。むしろ圧倒する。射撃もお手のものだった。私は今、なんでもできるんだと思って嬉しくて嬉しくてたまらなかった。
たぶん、この世界で最強と言ってもいいくらいだろう。しかも美人だった。