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黎明の黒は終わりを告げる〜虐げられてきた無自覚ハイスペ令嬢は賢者の溺愛に気付かない〜  作者: 安崎依代@「比翼」漫画①1/29発売決定!
結婚ですか? 承知致しました

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2/22

「……というわけで、こちらまで(うかが)ったのですが」


 ここまでの経緯をつらつらと説明したメリッサは、目の前にした青年を見上げると小さく首を傾げた。


「こちらはノーヴィス・サンジェルマン伯爵様のお宅ではなかったのでしょうか?」

「大丈夫だよ。ここは間違いなく、ノーヴィス・サンジェルマン伯爵邸だ」

「居間と思わしき場所のソファーで爆睡されていた貴方(あなた)様をノーヴィス・サンジェルマン伯爵だと判断したのですが、間違っておりましたでしょうか?」

「それも間違いないから安心して。ここは間違いなく居間だし、僕がノーヴィス・サンジェルマンだ」

「それでは、なぜ貴方様は私との結婚話をご存知ないのでしょうか?」

「さて。何でだろうねぇ?」


 ボサボサの黒髪に分厚いレンズが入った丸眼鏡をかけた男……自分こそがノーヴィス・サンジェルマンだと名乗る青年は、寝転んでいたソファーに崩れるように腰かけたまま腕を組んで首を傾げた。その拍子に三人掛けソファーの肘置きに詰まれていた本が雪崩(なだ)れて落ちる。


 居間だと家主が認めた部屋は、屋敷の奥深くにありながらも光にあふれていた。丸い部屋の奥側半分以上が天井から壁まで総ガラス張りになっているせいだろう。床が石材であるのと、無秩序に置かれた植物、ついでに雑多にあふれた何かよく分からない品物と書物達のせいで、雰囲気は『居間』というよりも『温室』と言った方が近い。


 そんな部屋の中央より奥側に置かれたソファーの前で、メリッサはノーヴィスと対峙(たいじ)していた。


 ソファーに書物と一緒に……というよりも書物に埋もれるようにして座るノーヴィスに対して、メリッサは石床の上に直接正座している。(かたわ)らにチョコンと置かれた革のトロリーケースと日傘、身に(まと)った魔法学院の制服だけがメッサの持参品だ。


 ──そういえば、持参金やら持参財と言える物を何も持ってきていませんね。


 通常、女性が婚家に入る際には少なくない財産を持参するものだ。貴族同士の結婚ともなれば、そもそもその持参財を目当てに婚姻を結ぶことも珍しくはないという。


 ──しかし今回は、そもそも先方は結婚話すら知らなかったという話ですから。


 そこを気にする以前の問題だなと、メリッサはふと浮かんだ考え事をそのまま彼方(かなた)へ押し流す。


 そんなメリッサの前で、ノーヴィスが傾げた首をさらに倒した。


「ところで」

「はい」

「どうして君はそんなに固い床の上に、そんなに足が痛くなりそうな形で座っているの?」

「他に座れそうな場所がなかったものですから」

「あれ? 椅子なりソファーなりがどこかに……」


 真っ先に問うべきことは他にありそうなものなのに、ノーヴィスはおっとりと首を巡らせると再び首を傾げる。恐らく自分が脳裏に思い描いた『椅子なりソファーなり』が見つからなかったのだろう。


 結果、ポリポリと頬を掻いたノーヴィスは、己の傍らの書物の山を盛大に崩しながら一番下に埋もれていたクッションを取り出した。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


『そんなに立派な革装丁の本をそんな風に(あつか)ったら、後々泣くことになりますよ』とは思ったが、メリッサを気遣ってくれた彼の厚意はありがたい。


 メリッサは両手を差し出してクッションを受け取ると、今度はクッションの上に膝を抱えるようにして座り直した。そんなメリッサに向けてノーヴィスが指を軽く振れば、クッションはモコモコと厚みを増してあっという間に簡易のソファーへ変身する。


 クッションが成長している間も平然と腰を落ち着けていたメリッサは、パチパチと目を瞬かせると相変わらず平坦な声で所感を述べた。


「便利ですね。あらかじめ術式を仕込んであったのですか?」

「ううん。これくらいなら、簡単だからね」

「さようですか」

「驚かないんだ?」


 対するノーヴィスはどこか面白がるようにメリッサを見ているようだった。伸び放題な前髪と分厚いメガネに隠されて表情こそ見えないが、声が弾んでいるのは聞けば分かる。


 ──一体何がそんなに楽しいのでしょう?


 人を不愉快にさせることは得意だが、人を愉快にさせられるスキルは残念ながら持ち合わせていないという自覚がある。


 それでもまだ意味もなく不機嫌になられるよりは良いかと思い直したメリッサは、淡々と自分が調べ上げた()()をノーヴィスに向かって述べた。


「貴方様が血で貴族の地位を継いだわけではなく、己の才能で魔法伯という貴族に(じょ)せられたということは、調べさせていただいたので知っております」

「あれ? 今朝急に結婚話を聞かされて、ここまでは自力で来たんだよね? で、今はまだお昼過ぎ。調べる時間はそんなになかったはずだ。僕の名前しか知らなかったはずなのに、よくそこまで分かったね?」


 背筋に力を入れて重心を安定させれば、座る物の高さが急に変わろうがモコモコと揺れようが体勢を崩すことはない。


 一切表情を変えることなく優雅にクッションに座り続けるメリッサに、ノーヴィスは再び首を傾げた。


 突如(とつじょ)押しかけてきたメリッサに叩き起こされてから、ノーヴィスはずっと首を傾げっぱなしだ。そうでありながら、ノーヴィスはメリッサに不快感も不信感も向けてこない。ノーヴィスの声から感じ取れるのは、ただただ状況を楽しんでいる愉快感だけだった。


 メリッサはそんなノーヴィスに内心だけで首を傾げながらも、ひとまず向けられた問いには一切変わることがない無機質な声で答える。


「慣れておりますので」


 魔法学院の生徒だったメリッサにとって、分からないことを自力で調べるというのは至極当然の行為だ。疑問を疑問のまま置いておいても誰も答えはくれないし、そのまま放置しておくことは己の好奇心が許さない。


 それに。


 ──情報は、時として剣よりも強力な武器になりますから。


 メリッサにとって、それは物心ついた時から自明の理として分かり切っていたことだった。


 知っていれば、無駄に質問しなくていい。知っていれば、失敗しなくていい。


 それは結果的に、『知っていれば無駄な叱責を受けずに済む』に繋がる。少しでも日々を平穏に過ごしたければ必須スキルだ。むしろ、なぜそうあらなくても日々を平穏に生きていくことができるのかが、メリッサには分からない。


 ──……まぁ、少々行き過ぎていたと、最近は自覚できるようになりましたが。


 ふと、その自覚をするに至った出来事が脳裏を過ぎる。


 だがその風景をじっくり噛み締めるよりも、ノーヴィスが能天気に笑う方が早かった。


「そっか。君は優秀なんだね」


 そんなノーヴィスに、メリッサは思わず目を(しばたた)かせた。


 優秀。まさか、そんな風に言われるとは。


「……恐れ入ります」


 この国では、優秀な魔法使いは金髪であると相場が決まっている。色素が薄い人間ほど生まれ持った魔力が強く、結果、優秀な魔法使いに育つ。


 昔から高名な魔法使いを多く輩出してきたメリッサの家も『カサブランカの金』と呼ばれる金髪と、金の光彩を散らした翠眼が特徴的な一族だった。実際母も、妹も、今は亡き祖父も、皆この『カサブランカの金』を見事に体現している。


 そんな中で、メリッサだけが漆黒の髪と瞳を宿して産まれてきた。幸いなことに一定以上の魔力は持ち合わせていたが、異端児であることを跳ねのけるほどのずば抜けた強さや才能はメリッサにはない。メリッサが母に『出来損ないの黒』と忌み嫌われた根本はそこにある。


 優秀、という評価は、今までのメリッサの人生には縁遠いものだった。


 ──と、いうよりも、今のこの状況でそんな(のん)()な評を私に付けていても良いものなのでしょうか?


 自分が知らない間に見ず知らずの人間が家に上がり込んでいて、自分は相手のことを一切知らないのに相手はある程度自分のことを知っていて、そんな相手が『結婚相手です』などと名乗っていたら、普通は気味が悪いと思うのだが。


 状況が状況だっただけに仕方なく強行でお屋敷に上がり込んだメリッサだが、もしも自分がやられる側の立場だったら、目覚めた時点で相手の首筋に短剣を突き付けて交戦待ったなしだと思う。


 ──普通の貴族令嬢だったら、『短剣を突き付ける』は、ないんでしたっけ?


 そもそも相手が部屋に入ってきた時点で気付ける自信はあるのだが、それはそれ、これはこれ。


「まぁ、この部屋に自力で辿り着けたって時点で、君が魔法使いとしてとても優秀で、用心深い子だってことは分かってたんだけどね」


 そんなことを考えるメリッサの前で、ノーヴィスは穏やかに笑ったまま続ける。何やら賛辞の嵐のようだが、メリッサとしては何がそこまで褒められる要因となっているのかが分からない。


「門の鍵も、玄関の鍵も開いておりました。私は開いていた門を通り、呼び鈴を鳴らし、返答がなかったから勝手に玄関に入り、この部屋から漏れてくる光を頼りにここへ辿(たど)り着いただけです。無作法なことをしたとは思いますが、この程度のこと、やろうと思えば子供でもできることだと思いますが」


 結果、メリッサは無表情のまま素直にそれを口に出すことにした。何となくここまでのやり取りで『この程度のことならばストレートに言っても怒られはしないだろう』と読み取った結果である。


 現にノーヴィスはメリッサのストレートな物言いに怒ることはなかった。


 それどころか首を傾げて、今度は楽しんでいることを一切隠していない笑みを口元に広げる。


「ここが普通のお屋敷なら、ね?」

「普通のお屋敷ではない、と?」


「一応、防犯用に色々仕掛けはしてあるし、独り暮らしをいいことに、厄介な魔法道具をそこら辺に適当に放置している自覚はあるから」

「……ああ」


 ノーヴィスの物言いに数秒記憶を掘り起こしてみたメリッサは、心当たりを得て小さく納得の声を上げた。


 ノーヴィスは結婚話を知らなかったというのだから当然だが、屋敷を出たメリッサの元に迎えの馬車は来なかった。


 唯一の手がかりであった『ノーヴィス・サンジェルマン伯爵』という名前からお屋敷の住所は調べてあったし、それが同じ都の中でも乗合馬車を乗り継げば自力で辿り着ける場所であることも調べてあったメリッサは、『迎えを待っていても望み薄』と判断して自力でこの屋敷の前までやってきた。


 ──そこまでは、ごくごく普通のお使いと大して変わりはなかったのですが。


 門の前に立っても出迎えはなく、門の鍵は開いていたが普通に開くと落とし穴に落ちる仕様になっていた。


 門の隣の使用人通用口は普通に使えるようだったので、ヘアピンで鍵を開けて中に入り玄関まで進んだわけだが、呼び鈴の取っ手には握った瞬間仕込み針が刺さるように細工がされていた。


 臭いや仕込まれた針の材質から『仕込まれているのは麻酔薬の(たぐい)だろう』と簡単にだが特定したメリッサは、『これを仕込んだ人物はひとまず来訪者を殺す意図はない』ととりあえず安心したものだ。


 結局、仕込み針を解除して呼び鈴を鳴らしても返答はなく、開けると隣に積まれた本の山が崩れるようにワイヤーが張られていた玄関にも鍵はかかっていなかったため、メリッサは勝手に屋敷に上がり込むことにした。


 以降この部屋に至るまで、物理的・魔法的・心理的トラップや適当に置かれた魔法道具の暴発をかわしながらメリッサは屋敷の中を進んできたわけだが。


 ──なるほど。あれは防犯目的だったのですね。


 てっきり、自分は歓迎されていないのだとばかり思っていた。結婚に乗り気でないから迎えを寄越さなかったわけでもなく、押しかけてくるであろう花嫁を撃退したかったわけでもなく、この状態がサンジェルマン伯爵邸の『日常』ということだ。


 ならば、メリッサが言うべきことはひとつだけ。


「あの程度では防犯になるとは思えません。現に私は貴方(あなた)の寝込みを襲おうと思えば襲えました。たかが小娘に突破できるのですから、プロならばもっと簡単であるはずです。防犯意識をもっと高く持つことを強くお勧めいたします」

「ブハッ!!」


 ひとまず玄関と門の鍵を閉じるという基礎基本的な所から、と続けようとした瞬間、ノーヴィスは噴き出した。何事かと目を(しばたた)かせればノーヴィスはケラケラと実に楽しそうに笑っている。


 ──やはり不思議な方、ですね。


 ボサボサの適当に伸ばされた黒髪。ヨレヨレのシャツは白でズボンは黒。シャツの襟元には瞳と同じ深い紺色の石が輝くループタイ。その上から夜空の色に似たローブを適当に羽織っている。足元はどうやら革のショートブーツを履いているらしい。


 レンズが分厚い丸眼鏡と長い前髪のせいで顔はよく見えない。声は少年のようにも聞こえるが、体格は細身ながらも明らかに成人を迎えた男性のものだし、(まと)う空気はどこか浮世離れしていて、すごく歳がいっているようにも、すごく年若いようにも感じる。


 ──人間観察は、得意なはずなのですが……


 そんなメリッサをしても、見ているだけでは何も分かってこない。喋ってみても、よく分からない。


 ──とりあえず、穏やかそうな方ではありますね。


「ご、ごめんね。まさかそんな風に言われるとは思ってなくて……」


 ひとしきり笑い終えたノーヴィスは、眼鏡の下に人差し指を突っ込みながら口を開いた。どうやら笑いすぎて涙まで出ていたらしい。


「君は優秀な上に、面白い子なんだね」

「恐れ入ります。そう言われたのは初めてです」

「言われたことないの?」

「『優秀』とも『面白い』とも、本日初めて言われました」

「おや、そうなの?」


 今度はノーヴィスが目を丸くした。メリッサは数少ないノーヴィスのプロファイリングデータの中に『感情が豊か』『表情に出やすい』というデータも書き加えておく。


「僕はすぐに気付いたのに。周囲のみんなは君の何を見ているんだろうね?」

「そこまでは、私の主観では分かりかねます」

「うん、それもそうだ」


 案外、そんなことを思う彼がただの変人なのではないだろうか。


 ふとメリッサはそんなことを思ったが、さすがにそれは心に留めておく。面と向かって『変人』と言われるのは気分が良くないことだと、実際に言われたことがあるメリッサは身を以って知っているので。


 それでも、彼が変わり者であること自体は、間違いのない事実なのだろう。


 ──黒髪の、魔法伯。私を『優秀』だと言う、ちょっと変わった人。


 彼が伯爵は伯爵であっても『魔法伯』であることを知った時、メリッサは勝手に金髪碧眼の美丈夫をイメージしていた。


 国に名を刻むような優秀な魔法使いに与えられる一代限りの爵位が『魔法伯』だ。そんな彼がメリッサと同じ黒髪で、黒とは言わないが暗い色の瞳をしているのだと知った時、メリッサはひそかに驚いたものだ。


 ──髪色が全てではないと、思ってきたつもりではいたのですが……。きちんと認識を改めていかないと、私のことはさておき、ノーヴィス様に失礼ですね。


 そこまでつらつらと思ったメリッサは、ふと我に返った。


 当初の話題であった『結婚』から、かなり話がそれてしまっている上に、まったくもって話が進んでいない。


「あの」

「うん?」

「ご迷惑ならば、出ていきますが」


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