ポツンと一軒家へのお届け物
これは、家紋 武範さまの『牛の首』企画参加作品です。
大村 益美
栗原村の一応商店街と呼ばれる道を通り過ぎ、まばらに点在する農家を過ぎ、山間いの道路に入った。
思うと、一台の対向車も無かった。『辺ぴ過ぎる』『こんな所に住む物好きだから、変人なんだろう』
今度の用件を引き受けたことを、少し後悔し始めた。
「大村さん、簡単な配達があるんだけど頼まれてくれないか」
いつも取り澄まし顔の所長が、やけにニコニコと声をかけてきた。
「ただ、少しばかり遠いんだ。家まで車が入れなくてね、歩くようになる」
「どこなのですか」
「栗原村の先の山の中。荷物はこれ」
所長は背負い籠をドンと目の前に置いた。かなり重そう。
「早めに出た方がいいよ。遅くなるかもしれない。その時は直帰ね、出先に泊まってもいいよ」
所長は、うら若き乙女に宿泊を勧める。どういう感覚をしているのだ。事故があったら、どうしてくれるのだ。それとも、私なら、事故などあり得ないとでも思っているのか。いや、むしろ事故が起こって欲しいと思っているのか・・・・。
柔道なんてやったのが、そもそもの間違いだったのだろうか。この頃はやけに横幅が目立つし、178㎝80㎏(非公表)も女にしてはイカツイ感じが自分でもする。
陰で、西郷どん(風貌が西郷さん似)とか関取とか大局さまとか呼ばれているらしい。まったく、ふざけた後輩たちだ。
親も親だ。「お前を襲ってくれる人が居たらなあ」などと言っている。益美をじゃなく、お前をと言っているのも失礼じゃないの。
あれはもう何年前かなあ。言い寄った長谷川を投げ飛ばしたのが、ケチの付きはじめかな。
変なかっこうで、胸を触るからとっさに投げ飛ばしたんだけど・・・・。男運まで投げ飛ばしてしまったのだろうかなあ。
山間いの雑木林や杉林のくねくね道を、かなり走った。薄暗く、時間の感覚も地図感もあいまいな感じになっている。まるで、辺ぴな一軒家を訪ねる歩くテレビ番組のようだ。
どれ程走ったのだろう。日が暮れて、やっと目印の少し広い駐車場らしき所に出た。
その先に、未舗装の細い杣道らしいのが続いている。
「ここだな」
私は籠を背負い杣道に足を踏み入れた。目印みたいなものは無いが、結界に足を踏み入れたみたいな感じがした。
所長が「暗くなった方が良くないか」と言っていた。
「いうだろ、夜目、遠目、笠の内って」
「何それ」
「夜目は暗くて分からない。遠目も良く見えない。笠の内は全然見えない。だから美人かブスか分からない。女らしいことは分かる。粗忽者が劣情にかられて、言い寄って来るかもしれないだろ」
「何言ってんですか、私には言い寄る男も居ないとでもいうんですか」
「いや、そうじゃないが」
「それって、セクハラですよ」
「ん~」
言うことが古い。粗忽とか劣情とか、死語に近いじゃない。
籠が重い。杣道は何処までも続く。もう、陽は没したのだろうか。時おり、ぼ~ぼ~とかぐるる~ぐるる~と不気味な獣なのかウシガエルなのか分からない鳴き声がする。私は可憐に怯えながらも用意の電灯を頭に付け、籠を背負い杣道を歩いた。うら若き乙女がこんな格好して、こんなシュチュエーションは、いかがなものかとも思うなあ。
籠が重い。肩に食い込む。まったく、何が入っているんだろう。
どのくらい歩いたのか、分からない。だいぶ歩いたような気がする。
と、見ると前方に平べったい苔むした岩があった。腰掛けるのに、丁度いい。
「やれやれ、一休み」
何か年寄りっぽくないかなあ。そんな気分がしてきた。雑木林の山を削ったように杣道が続き、崖下にはさらさらと小川が流れていた。
「いったい、何が入ってんのよ~」
一息つくと、私の好奇心がむくむくと鎌首をもたげてきた。荷物の中身の正体が、気になって気になってしょうがない。むしょうに、中身を見たくなってきた。
「少しだけなら・・・・」
私は背負い籠を降ろし、中身を取り出した。かなり、重い。それは黒い二重のビニール袋に包まれ口のところを紐で縛られていた。
私は紐を解き、一気にビニール袋をずり下げた。
黒くぬめった目があった。黒毛に覆われた牛の顔、黒光りする鼻、禍々しく曲がった角、それは牛の首だった。
「おぎゃぁぁ~!」
私は驚愕し、尻もちを付き、崖を転がった。幸か不幸か私はとっさに柔道の受け身のくせが出て、ころころと崖を転がりボッチャンと小川にはまった。
「もおぉ~!」
これは、ホラーだ。美女が恐れ慄くホラーの世界だ。美女というところは響きが良いかな。「あ~ぁ」美女がビジョビジョだ。
「何だって、こんな気味の悪い物を・・・・悪趣味だ」
どうしよう。こんな荷物ほっといて、帰ろうか。どうしよう。
私は躊躇ったあげく、杣道を目的地まで行くことにした。
灯りが見えた時は正直ホッとした。ようやく、たどり着いた山の中の一軒家。この後、どんなホラーな展開が美女を待っているのか。怖いような、わくわくするような自分でも不思議な気持ちだ。いきなり襲われたら、どうしよう。
平屋の建屋は、黒々と静まりかえり小さな灯りだけぼんやりと灯っていた。
「夜分、おそれいりますぅ~。ごめんください~」
私はトントンと戸を叩いた。中で微かな応答があった。
柏田 満男
「こんな夜更けに」といっても、まだ夕方の時間帯だが、しかしここは山ん中の一軒家なんだから夜は早い。
「はい、はい、今出ますよ」
ガラリと引き戸を開けると、真っ黒な顔に目玉をぎょろりと光らせた大男が立っていた。髪の毛がちじれ気味に長く乱れて、なまはげみたいだ。
「わわわ~化け物おぉぉ~!」
私は、恐ろしさのあまり悲鳴をあげてしまった。
「ももぉ~!」
なまはげが吠えた。
「どすこいー!」
突然、なまはげが突っ張りをかました。
私はなまはげの突っ張りをまともにくらって、囲炉裏の鉄瓶をひっくり返し、急須、湯呑を転がし、いろいろぶら下げた衝立をひっくり返しその後ろの納戸まで転がって止まった。
湯気がもうもうと上がっている。私は修羅場から逃れようと納戸を開けると、そこに完成まじかの牛の首があった。私はとっさに牛の首を被り、そこにあった立て帚をもって応戦。
「ぶおおぉ~」と気合を入れると、なまはげは「きええぇ~」と化鳥のような雄叫びをあげた。
「ミ、ミノタウルス!。化け物おぉぉ~!」
なぜか、なまはげはクルリと向きを変えると、敷居につまずき転倒し、そのまま動かなくなった。
敷石に頭をぶつけ気絶したみたいだ。
私はおそるおそる近づいた。つんつんと、突いてみても動かない。ごろんと転がして、あおむけにした。
「あれえ~」
このなまはげ、妙になまめかしい白い乳してる。
「あやりゃ~りゃ~」このなまはげブラジャーをしてやがる。んんん・・・・。何かおかしいなぁ?。「ややや・・・・」こりゃ女だぁ。
ううう~ん、紛らわしい。ううん、どうしたものか。
私は、転がった背負い籠からはみ出た黒い物を見た。「ははぁ」このなまはげは配達員らしい。はて、どうしたものかなぁ。
大村 益美
「はっ!」と気付くと、私は囲炉裏の脇に寝かされていた。
起き上がると、はらりと額にあったらしいタオルが滑り落ちた。
「気が付いたかい」
見ると、初老の男がニコニコとこちらを見ていた。怪しい気色も、ケンタウルスの化け物も居ない。あれは、夢だったのだろうか。あの悪夢のような・・・・。
「配達、ごくろうさん」
そうだ。牛の首だ。すました顔をして、この老人は変人、ヘンタイだ~。
老人は私の気持ちを察したかのように、「待て」と手を突き出した。
「俺は、注文で剥製を作っている職人なんだよ。あんたが気味悪がっている牛の首は剥製の材料なんだ。分かるかい」
「そお~なの~」
このオヤジは、只の変人じゃなかったんだ。変人の職人だったのだ。
私は、やっと納得した。
それにしても、お尻がひりひり痛い。どうして、痛いんだろう。
家紋師匠には、もう尊敬しかありません。
私なんか、単純な投稿でも「えいやー!」っと気合を入れなければ動きません。
PCも動きがトロくて、ワードなんてしばしば『深刻なエラーが発生しました』と告知があります。
その度に『ドキッ!』っとするのです。
この度の『牛の首』企画に参加できたことを、大変嬉しく思います。