11羽
「はあ、はあ、はあ、」
「いいわ・・・もっとよ・・もっと強く」
「はあ・・・ふぅっ!」
「ああ!・・・すごい・・すごいわ・・」
ただただ広いだけの何も無い空間。かつて『実験施設』として扱われていたその場所でラストと妙齢の美女『紫翼』ことアザイアは2人きりで
「ぜえ・・ぜえ・・もう・・・無理・・」
「あら?もうへばっちゃったの?」
「これ以上・・・羽ばたくのはキツイです」
飛行の練習をしていた。
「だいぶ滑らかに翼を動かせるようにはなったけど、ただ羽ばたくだけでこんなに消耗するなんて・・・かといって魔力を込めて羽ばたこうものなら・・」
ちらっとアザイアが壁の方を見る。そこには非常出口のマーク・・・ではなく翼の出力を間違えたラストが壁に激突した跡が刻まれていた。それもひとつではなくいくつも。始めは屋外で練習していたが苦情が来てこの地下室で練習せざるを得なかった。
「なんてピーキーな性能なのかしら。少しでも魔力を多く込めると暴走したかと思う程加速してしまうなんて。逆に魔力が少なすぎるとゆっくり羽ばたくだけでこんなに消耗するなんて」
「体力には自信あるんですけどね」
「ええ、それはわかっているわ。まあ、まだ翼を動かす事に慣れていないだけかもしれないし、それよりあなた身体は大丈夫なの?この間から何度も壁に激突してるし、検査はしてるけど普通あの勢いであんなぶつかり方をしたら骨の二、三本は折れてもおかしくないのに」
最初の検査でアザイアは十何年ぶりに悲鳴をあげて腰をぬかした。悪魔との戦いを思い出しながら翼に魔力を込めたラストが一瞬消えたかと思うと中庭の大木をへし折り、その向こうの壁に激突したからだ。それでもラストはけろっとしていた。何事もなかったかのように立ち上がったのだ。
「実は身体も頑丈なんですよ」
「頑丈ですむレベルではないと思うのだけど・・・」
ラストの身体を調べてさらに驚いた。長年何十kgという重い翼を背負って生きてきた彼の身体は常人の何十倍という強度があった。骨や皮膚、筋肉や内蔵も常人とは比べ物にならないほど丈夫にできていた。
「君は本当に何者なの?」
「それは俺が一番知りたいことですね」
「・・・・今のところ飛ぶことはできても速度やホバリング、急旋回・・細かな調整が難しいところね」
「真っ直ぐに急加速しかできませんね」
「あなたブレーキはどうしてたの?報告では悪夢の目の前で急停止して攻撃を加えたって聞いたけど」
「あれは殆ど飛ばずに翼の推進力で加速して足でブレーキをかけていたんですよ」
ラストがその場で急加速する。翼を少しだけ動かして短い距離を高速で移動し足でブレーキをかける。
「つくづく身体能力に任せた動きね。0から100への急加速と急停止なんて瞬発力のある黄色系統の翼の持ち主にもできないことだわ」
「黄翼様はどうですかね?」
『黄翼』ラジエルは雷光のごとき速度で飛ぶことができ、瞬間的な飛行速度なら他の翼を凌駕する程だがそれでもアザイアは首を横に振る。
「ラジエルにもたぶんできないわ。似たような加速はできても急停止するのは難しいはず」
「まあ、細かい調整はこれから身につけていきますよ」
「ずいぶん落ち着いてるわね」
「・・・・今までずっと飛べずにいたのが急に飛べるようになったんで。実感があまり湧かないからだと思います」
「・・・そう、なにか困ったり思いついたことがあったらいつでも相談してね。私がつきっきりでじっけ・・・検査してあげるから」
「ハハハ・・はい、そのときはぜひ」
そういってラストは地下室を後にした。
その足でミカエラの病室へ行く途中見知った顔に会う。
「おや?ラストじゃないか!」
「キリュウ先生!」
そこにいたのはラストとミカエラの育ての親であるキリュウだった。孤児院を出てから会うのは初めてだった。
「前みたいにお父さんと呼んでくれていいんだよ?」
「はは、・・先生もミカのお見舞いか?」
「うん。話は聞いているよ。無事で良かった」
キリュウがラストの肩を叩きながら心底安堵したかのように言う。
「・・・それにその翼・・・それが君の本当の翼だったんだね。実に雄々しく立派な翼じゃないか」
「ありがとう先生。でもまだ上手く飛べないんだ」
「なに気にする事はないよ。いずれ上手く飛べるようにもなるさ。君がどれほど努力家なのは僕もよく知っているからね」
「はい・・・あ、ここです先生。ここがミカの病室・・」
「あ、ラスト、ちゃんとノックを」
ガラッと扉を開ける。ノックも無しに。
「へ!?え!?」
「おーい、ミカ、キリュウ先生が・・・あ」
キリュウが止める間もなく病室の扉を開けてしまったラストの目に飛び込んできたのは驚いたように見開かれた瞳と陶磁器のように滑らかで女性的な膨らみや柔らかさを感じる白い肌。それに映える美しい金髪と金色の翼。幸い肝心な部分は翼で隠れているがそれがより扇情的に見えてしまう。
「な!・・・なななな・・・」
みるみるうちに着替え中のミカエラの顔色が真っ赤に染まり、その表情が羞恥から怒りに満ちていく。
対照的にラストの表情はみるみるうちに青く染まっていく。
キリュウがそそくさと病室を後にした瞬間
「なにやってんのよバァカあああああ!!!」
「ごめんなさい・・・って謝っただろ!ちょっまて!なんだその光る拳はぐあああああ!!?」