第10羽
あの後保護されたラストとミカエラはそのまま病院へと担ぎ込まれた。ミカエラの力でほぼ無傷で済んだラストはともかくミカエラ本人は悪魔に喰われかけたこと、何度も悪魔の攻撃を受け全身傷だらけでさらに魔力枯渇と肉体的にも精神的にもボロボロだっため、しばらく療養することとなった。
「改めて思うと新卒一発目からとんでもない職場にあたったよなお前」
「ホントだよ!上司の司教が実は悪魔だったとかとんだブラック企業だよ!」
ぷりぷり怒りながらラストが剥いてくれたリンゴを口に頬張るミカエラ。包帯や点滴が痛々しいがとても元気で日中は殆ど起きてラストと喋っている。
「あの司教さん、悪魔に殺されてなり替わられてたんだってさ。ミカに合わせる顔がねえって家族の人達が言ってた」
連日ミカエラの元には殺された司教や聖女見習いの少女達の家族から謝罪や心配する手紙が届いていた。それを読んで夜1人で泣いていることもラストは気づいていた。
「・・・・なんであたしなんだろ・・?」
「狙われた理由か?それはお前が特別強い力を持っていたかららしい。聖女の力は悪魔にとっては天敵であると同時に力の源でもあるんだってさ」
「・・・・・」
「自分を責めるなとは言わん。ただその特別な力のおかげで俺は命を救われたんだ。助けに行ったはずが逆に何度も助けられた」
「それを言うならもしラストが来てくれなかったらあたしだって・・・」
「だから今はお互い生きてることを喜ぼう。俺はお前が生きてて良かったとしか今は思えねぇよ」
「私だってラストがもう助からないと思って凄く悲しくて、でも元気になって本当に良かったって・・・・」
そこでお互いの顔が近い事に気づき2人とも顔を真っ赤にして顔を背ける。奇妙な雰囲気が病室に漂う。
「・・・・リンゴ食うか?」
「・・・え?あ、うん食べる!」
雰囲気に耐えきれずラストはせっせとリンゴの皮を剥いてミカエラに食べさせる。
「意外と器用だよねラストって」
「冒険者ギルドの一般枠に登録してから色んな仕事に駆り出されたからな。掃除洗濯子守りにもの探し、建物の修復に解体、この間なんてペットの猫を探す依頼なんかあったな」
「なんか楽しそう」
「その代わり収入は安定しないぞ。他の冒険者とも競争になるし」
「あれ?でもさ・・・」
ここでふとミカエラは疑問に思う。ラストのこれからについて。
「もう翼、『錆色』じゃないよね。今まで清潔感がどうたら~とか飛べないからって理由で就職できなかったけどそんなに綺麗な翼ならどこへ行ってもむしろ歓迎されるんじゃ・・・」
「俺、学校中退してんだぞ」
「あ・・」
「それにいくら錆色じゃなくなっても金属の翼なんて前例がないしな」
学歴不十分、飛べるようになっても不自然な見た目。奇異の目で見られる事は避けられなかった。
「そしてまだ俺自身この翼の扱いに慣れてない」
「そ、それはしょうがないよ!急に飛べるようになったわけだし、たくさん練習すれば・・」
「その練習で民家の屋根と病院の壁に穴を開けちまった」
「それはすぐに謝ろう」
「とにかく、俺も今『初めてのケースだ』って上の連中に目つけられて毎日検査と言う名の実験に付き合わされてんだ・・・なにニヤニヤしてんだ?」
「だってだって!やっと飛べるようになったんだよ!嬉しいじゃん!」
「・・・お前のおかげだよ。本当にありがとう」
急に真面目な表情で素直に感謝を述べられ、ミカエラは顔から火が出そうなほど熱くなるのを感じた。
「そ、そそそんなきゅうにありがとうだなんて・・・もう!ラストってばもう!」
「だから、まともに飛べるようになったら一緒に空を飛ぼう。ミカと同じ景色がみたいんだ」
「・・・うん!楽しみにしてるね!」
その後も他愛のない話を続けているとコンコンっと誰かが病室の扉をノックする音が聴こえる。
「看護士さんかな?はーい、どうぞ」
「失礼しますね」
入ってきたのは以前ラストとミカエラを保護した金髪にサングラスをしたパンクファッションに身を包んだ『黄翼』と呼ばれていた男ともう1人は白衣の女性だった。紫がかった長めの黒髪におっとりとした表情を浮かべる紫色の翼の美女。
「よう、お前ら相変わらず仲良いな。坊主を探してたからここにいると思ったぜ」
「ラストを?・・・ねえ、ラスト、この人は・・?」
「『紫翼』様だよ。・・・俺を実験台にしてる人」
「ええ!?このおねーさんがあの『紫毒姫』!?」
「あらやだおねーさんだなんて」
ミカエラが驚いてその女性を見る。それ程彼女は有名人だった。数十年前、紫色の翼の持ち主は疫病をばら撒くと迫害を受けていた。近年こそ差別の規制によりなりは潜めたものあまり良い印象は持たれなかった紫の翼の評価をたった15年で覆したとんでもない人だ。
かつては冒険者として第一線で戦い、味方に癒しを、敵には猛毒を振り撒き、ついた異名が『紫毒姫』。現在は一線を退き、小さな町医者でしかなかった実家の病院を何百人も収容できる大病院にまでしたのも彼女の功績だ。それゆえミカエラを始め、若い女性達の憧れの的となっている。
「あなたがミカエラさんね。ラジエルから話は聞いているわ。本当に綺麗な黄金の翼ね」
「ラジエル?」
「そこに立ってる最近『七翼』になったばかりでいきがってる愚弟よ」
「ちょ!姉貴、なんだよその雑な紹介の仕方は!」
「そう言えば、テレビで見たことありますよ」
紹介こそ雑だがラジエルも若くして『七翼』の一角に数えられる『黄翼』の称号を持つ男だ。『電光』と呼ばれる飛行速度と大型の魔物すら一瞬で感電させる雷魔法の使い手として有名だ。
「あの時はどうもお世話になりました」
「いやいや、君達があそこまで追い詰めてくれたお陰で貴重な悪魔を生け捕りにすることができた。これで長年人類を苦しめ続けてきた悪魔の謎をつかめるかもしれねぇ。いやあマジ感謝だわ」
「ど、どうも」
ラジエルがラストの手を取りブンブンと振る。イカつい見た目に反してかなりフレンドリーな人だとラストは思った。
「それで俺に用ってまさか・・」
「そうそう、そうなのですよ。楽しい楽しい『検査』の時間なのですよ。さあ、いらっしゃいラスト君」
「・・・・はい」
「ええ!?いいなラスト!紫翼様に翼を診てもらえるなんて!ああでも美人だからって鼻の下伸ばしちゃダメだからね!」
「・・・ああ、うんワカッテイルヨ」
「?」
「くくっ、諦めな坊主。姉貴の好奇心を刺激する翼なのが悪い」
こうしてラストはなんとも言えない複雑な面持ちで連行されていった。