小姓少女月丸
夜も更けた頃。
人里離れた街道を、一人の少女が歩いていた。
女の身ながらも裃に袴を着けて男装をしている。
それでも隠しきれない可憐さを漂わせていた。
それだけならそこまでおかしな姿でもないのだが、その手に持っているものが、少女を一風変わった様子にしていた。
何を持っているのかと言うと、一振りの刀だ。
袱紗越しに鞘を持ち、うやうやしく立てて捧げ持っている。
一言で言うと、太刀持ち小姓がひとりで歩いている。
街道に三人の男が現れ、少女の行く手をさえぎった。
後ろにも二人現れ、道をふさぐ。
「へっへっへ、上等なもん見せびらかして歩いてると俺たちみたいなのを呼び寄せるんだぜ」
「おやぶん、こいつ女ですぜ!」
「ほー、こりゃありがてえ。おい娘、その刀は俺がもらってやる。身包みもちゃんと剥いでやるからな。なに、大事なお荷物とのお別れはもうちょっとあとだ。たっぷり遊んでやるからよ」
少女はなんの動揺も見せず、静かに山賊を見据える。
「刀を渡せだと……? きさま、殿か?」
「は?」
「殿かと訊いている!」
「あ、ああ、オレは殿さ。ほれ、早く刀も着物もぜんぶ渡しな。可愛がってやるからよォ」
「そんなムサい殿がいるかああああああ!!!!」
少女は一瞬で距離を詰め、その左拳が山賊の親分の顎を凄まじい勢いで突き上げた。
顎の骨が粉々に砕け、親分の体は高く宙に舞う。
「おやびーーーーん!」
十間ほども飛んでべしゃっと落ちた親分はもうピクリとも動かない。
「きさまら!」
「ひいいいいい!」
少女が残りの山賊を鋭く睨む。
「きさまらは殿なのか!」
「ちちちちがいますううううう」
「なら私の前に出てくるなああああああ!!!!」
「ぎゃあああああああ」
暴虐の嵐が吹き荒れ、あとにはズタボロの山賊だったものが転がるだけだった。
少女は切なげな表情で月を見上げる。
「ああ、殿、いったい殿は何処に。必ずお見つけ申し上げます。私の仕えるべき殿よ、たとえ天竺、黄泉の国、高天原においでであろうと、この月丸がきっとお側に参りますぞ」
きらりと光る涙がひとつ、草葉に落ちて露となる。
可憐だ。
月丸は再び歩みはじめた。やがて街道を外れ、山の中に分け入っていく。
ああ、月丸よ、いずこにさ迷う運命なのか。
殿に見える時はいつの日か。
とある山村。
「てえへんだー! 月丸だ! 月丸が出ただ!」
「なんじゃと……」
「山向こうの街道で山賊がやられてただ! それと山で熊がバラバラになってたっていうだ!」
「そんなことは月丸にしかできん……場所はどこじゃ」
秘伝の絵地図を広げる。
「山賊がここで、熊がここか。奴は真っ直ぐしか歩かん。街道はたまたま重なっただけじゃな」
「どうなんじゃ、おじじ」
「ギリギリこの村は外れていそうじゃが……熊をやった時に進路が変わっとるかなあ」
「村を捨てて逃げるか」
「間に合わんかもしれん。騒いどるところで出くわしたらお終いじゃ。ここは平伏し、『殿ではありません』と唱えるしかないじゃろう」
「なにで怒り出すかわからん月丸じゃぞ。それで大丈夫か」
「ほかに手はないわい。村のもんに知らせい」
『邪魔だどけええええええええ!!!!!』
山の方から怒声が響き、村からも見える大岩がバカっと割れた。
「急げ! 来おった」
「あ、ああ」
村のものはみな道の脇に控えて平伏する。
月丸が、山から出てきた。
「殿ではございません。殿ではございません」
額を地面につけたまま村人が唱える。
「むむ……殿ではないのか。そこの娘、殿を知らぬか?」
月丸が村娘に尋ねた。
「も、もうしわけございません、存じません」
「そう恐縮せずとも良い。私でも見つけられぬのだ。そなたが知らなくとも無理はない」
月丸がやさしげな言葉をかける。
「は、はい、ありがとうございます」
「む?」
何かが月丸の目に止まった。
村人の肩がびくんと跳ねる。
月丸は村の神様のそばに立つ御神木へと足を向ける。
「おい、きさま、殿か?」
月丸は御神木に話しかけた。
答えはない。
「違うなら偉そうに立ってんなあああああ!!!!」
月丸は御神木を蹴り上げた。
巨木が根っこから引き抜かれて天高く舞い上がる。
村人は必死に悲鳴をこらえた。
御神木は十里ほども飛び、山の奥に落ちてそこにいた悪鬼を潰したということだ。
「殿おおおおお! どこじゃああああ」
月丸は山に駆け入っていった。
バキバキと何かが壊れる音が響いてくる。
しばらく身を固くしていた村人も、だんだんとほぐれてくる。
「行ったんか? もう大丈夫じゃろか」
「まっすぐしか歩かん奴じゃ。戻っては来まい」
「はー、助かったー」
「御神木は大変なことになったが」
「命あっての物種じゃ。御神木が身代わりになってくれたと思えばええ」
「おじじ! これを見てくれ!」
神様の様子を見てきた村人が呼びにきた。
御神木が抜けた穴に、黄金の詰まった瓶が埋まっていた。
「これは……埋蔵金か。埋めた後に御神木を植えたようじゃな。百年以上前のものということになるのう」
「これ、村でもらっていいんか?」
「もらえるはずじゃ。公儀の出しとる『月丸次第』に月丸のもたらした利益は受け取ってよしとあるはず」
「やったのう」
「じゃが近隣の村で分け合った方がいいじゃろうな。村一つでは使いきれんて」
「殿おおおおおお!」
村に幸運を残し、月丸は山を走る。
走りながらも太刀を捧げ持つ手はぶれることはない。
行け、月丸。この世のどこかで待つ殿を求めて。
走れ、月丸。その剣の主人にふさわしい殿を求めて。
さえぎるもの全てを打ち砕け!
「きさまは殿かああああああああああ!!!!」
おわり