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明日を待つ男

作者:

 夕焼けに向かって吹く風は、俺の今日への絶望を、きっと世界中へ伝えてくれるだろう。


 電車のなかは換気をしているのに、ストレスと疲労を凝縮した臭いが毒ガスのようにただよっている。誰もが、ガタンゴトンと揺られながら、スマートフォンの画面を無機質に見つめながら、最小限の呼吸をマスクの中で済ませながら、次の駅への到着を待っている。与えられた半径数十センチから動くことを自分に禁じているのか、ひとりも微動だにしない。


 俺は虚空に魂を預け、意識を停止した。何が起きようと何が起きなかろうと、世界は俺を否応なしに包み込み、有無を言わさず受容を迫る。ならば俺はありのままに受け入れるだけ。朽ちて死ぬまでただ受容するだけ。


 どこかで誰かが咳をした。その音は世界中に響き渡った。方々をさまよっていた目つきが一転鋭く変貌し、その瞳は一様に真っ赤に燃えている。みんな太陽の沈む先を、西を向いているのだ。しかし時が経ち太陽が沈むと、赤い瞳たちは闇に塗られて黒く染まった。窓の外の闇夜に目を凝らすと、コウモリが飛んでいる。見えたのは一瞬で、たちまち消えてしまった。


 終点で俺は電車を降りた。夜道を歩くと、ゾンビたちが路上で酒を飲んでいる。何が楽しいのかバカ騒ぎをしているが、俺にはゾンビの気持ちは分からない。彼らの祭りは朝日が昇るまで続くのだろうか、それともその前に土に還るのか。どちらにせよ、俺は彼らに噛まれさえしなければどうでもいい。人間には人間の、ゾンビにはゾンビの生き方があり、互いに殺しあう必要はないはずだ。


 無事に家までたどり着くと、俺はアルコール風呂に飛び込んで、体中に纏わりついた絶望を殺菌する。汚れた脳みそをアルコールで洗うと、精神がふわふわと宙に浮かび上がって気持ちがいい。俺は光り輝く酩酊のなかで絶望的な今日を忘れ、希望に満ちた明日を夢見る。夢の中で俺は、柔らかな朝日の下で生命に感謝し、涼やかな風に吹かれながら健やかな空を見上げ、鳥が歌い花が舞う色鮮やかな世界で生きていることを力の限り叫ぶのだ。


 希望は明日にある。俺は酩酊のなかで確信を抱く。どんなに今日に絶望したっていつかは明日がやってくるだろうと、固く信じて今日を過ごしている。

 俺は今日も、明日を待っている。

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