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摩耗(2)

これは実話をもとにした物語であり、

公式記録、専門家の分析、関係者の証言を参考に構成しています。



 ユナイテッド・インターナショナル080便は貨物機らしい航宙をしていました。つまり長時間、長距離、そして合理的な運航路の航宙です。

 今日も出発地からここまで6か所の宇宙港に寄港し、それぞれの地で貨物を積み下ろし、そしてまた次の宇宙港を目指して出航しようとしています。宇宙港に着くたびに貨物の積み下ろし時間を利用した短時間の休憩こそあるものの、人にとっても宇宙船にとってもハードな仕事です。


「さすがに疲れてきたな」

「そうですね。でも、これで明日は1日オフですよ」

「私は休みでも、子供が休ませてくれないからな」


 コックピットではステーションからの出航を前に、クルー達が雑談を交えながら出航前のチェックリストの確認をしています。

 機長、副機長、機関士の3人は全員ベテランで、これまでに何千回と繰り返した作業をよどみなく進めています。


「主警報灯」

「オフ」

「マスターコーションライト」

「オフ」

「出港直前チェックリスト完了」

「了解。準備はいいか」


 チェックを終え、機長が2人に確認をとると副機長も機関士も頷き返します。出発前のこの最後の確認で事故を防げたこともあるため、3人ともチェックを軽んじることはありません。

 問題がないことを確認した機長は管制塔へと交信します。


『タワー、こちらUIN080、出航許可及びカタパルトの起動を申請します』

『UIN080、こちらタワー、B3カタパルト、出航支障ありません。カタパルト起動どうぞ』

『UIN080了解』「操縦は私がやる。副長は離陸後のチェックを頼む。……よし、いくぞ。カタパルト起動」


 機長が声をかけカタパルト起動用の操作をすると、電磁カタパルトは巨大な宇宙船を一気にステーション外へと押し出しました。機長は操縦桿を握り、副機長は計器をチェックし続けます。

 ステーションはゲートの近くに建造されているため、重力波エンジンの出力が必要値に達すればすぐにでもHSJは可能となります。


「制限エリア外まで50……30……10……出ました」

「了解。スーパークルーズ開始。重力波エンジン、出力50。機首方位65-35」

「出力確認。指向性確認。機首方位65-35セット。出航後チェックリスト完了。ゲートまで500Ls………450Ls」

「HSJ準備。エンジン出力90、セット。チェック頼む」

「了解。HSJチェックリスト。機首方位、チェック。エンジン出力、……70……80……90、チェック。速度、チェック。HSJ準備完了」

「了解。HSJ開始」


 機長が操作をすると080便は3次元空間に歪みを生じさせ、一瞬にしてそれまでいた星系からその姿を消しました。そして次の瞬間には目的地であるカリビアン星系のゲートに到達します。


「ゲートアウト確認。HSJ完了」

「エンジン出力30、セット」

「セット確認。スーパークルーズに移行します」

「了解。操縦は君がやってくれ。私はHSJ後チェックを行う」

「了解しました」


 無事HSJが完了すると機長は副機長と操縦を交代し、マニュアルに基づくチェックを始めます。重力波エンジンによるHSJはまだまだ技術的に未成熟な部分も多く、こまめなチェックなしに安全を担保することはできません。

 機長にとって幸運なことに、副機長も機関士も安心して背中を預けるに足る経験と技術を併せ持つ人間だったため、安心して操縦桿を預けることも重要な計器の監視を任せることも出ました。


「……チェック終了。異常なし。……ふわっ」

「お疲れですね」

「君もだろう。さっき首を回していたときに結構大きな音が鳴っていたぞ」

「聞こえましたか。最近肩こりが酷くて……ああ、通信波セットします」

「了解」『タワー、こちらUIN080。HSJ完了。入港コースを申請したい』


 チェックをした後、目的地であるガンタモステーションに通信を入れます。ステーションへの入港コースの要求をし、不許可となれば別のコースを選びなおす必要があります。ガンタモステーションは混雑することのない辺境のステーションですが、緊張状態にある宙域ということもあり一部のコースが閉鎖されている可能性は十分にあります。


『UIN080、こちらガンタモステーションタワー。そちらを確認した。入港コースの申請をどうぞ』

『こちらUIN080。シャスール・コースを申請する』

『こちらタワー。シャスール・コースですか?』

『そうだ』

『UIN080、こちらタワー。申請を許可します』

『UIN080、了解』


「シャスール・コースにするんですか」

「ああ。難しいとは聞くが、一度どんなものか飛んでみないか」


 ゲートからステーションまでの距離こそ短いものの、周囲に機雷原あり航宙禁止区域あり、電波干渉宙域ありと悪名高いコースを選択されたことに副機長が疑問の声を上げますが、機長が茶目っ気たっぷりに返したため、副機長はそれ以上追及する気が無くなりました。機関士も機長と副機長の腕を信頼していたため、何も言いません。

 機長と副機長の態度に、副機長は表面上は肩をすくめる仕草をしつつもいそいそとガンタモステーションのチャートを呼び出しました。シャスール・コースはその悪名で有名なため名前こそ知っていますが、副機長も航宙経験がありません。チャートに記載されたシャスール・コースに関する航宙方法を読み込む必要があります。


「それでは頼りになる副機長、私たちを先導してくれたまえ」

「やれやれですね。……機首方位を210-270に変更。速度そのまま、機雷原を左手に見つつ航宙」


 副機長のナビゲートのもと、ユナイテッド・インターナショナル080便はシャスール・コースへと進入しました。




 


「……ふう、聞きしに勝る、なかなか難しいルートだったな」

「監視衛星も機雷原も、目視どころかちょくちょくレーダーにも映りませんでしたね」

「まったくだ。チャートと睨めっこでこんなにグネグネするなんぞもう二度とごめんだ。……次で最後の進路変更だったな。場所はどこだ」

「えーと……左前方に青色点滅灯を確認できた時点で減速を開始し、推力を35に。その後、ポイント5-3-2で機首方位0-45に変更」

「了解。青色点滅灯か」


 悪名どおりの難所を超え、コックピットでは穏やかな空気が流れます。普段の航宙ではめったに経験することのない緊張感に晒され普段以上の集中力を要したクルー達も一息つき、入港コースの終盤を航宙していました。

 ところが暫くし、機長が異常に気付きます。


「減速のタイミングは青色点滅灯の視認だったな」

「そうです」


 副機長の答えにレーダーに加え目視でも捜索する機長ですが、そのようなものは見つけられません。


「青色点滅灯とはどういったものだ」

「衛星の一つらしいです。そこに誘導目的の青色点滅灯が付いているとか」

「……見えるか?」

「あれではないですか」


 機長の問いかけに副機長がコックピットガラスの一点を指さしますが、それでも機長には見つけることができません。

 ただし、副機長に加え後部座席の機関士も見えているというので機長は自分の観察が足りないと判断し、更に探します。


「どれだ」

「あれですよ、あれ」

「あれはその先の恒星だろう。点滅していないじゃないか」

「いえ、あれですよ」


 更に探し続けているうちに副機長と機関士が指している対象が別のものであることまで判明し、クルー達は混乱しつつ青色点滅灯を探し続けました。当然、減速することもなく航宙を続けた宇宙船はチャートに記載された減速ポイントを超え、更には機首方位の変更ポイントまで通過してしまいます。

 暫くしてふとチャートとレーダーレンジを見比べた副機長が現状に気づきます。


「き、機長。通り過ぎてます!機首方位変更遅れています!」

「な、なに!?」


 減速ポイントを探しているつもりだった機長、機関士は状況を暫く呑み込めず混乱しましたが、まず機長が復帰します。


「機首方位変更!0-60にセット。推力45!」

「機首方位0-60、推力45」


 もともとの緩やかな弧を描く入港コースに戻すべく、重力波エンジンの指向性を急角度にしつつ推力を増します。

 副機長も機長のしようとしていることの意図を組み、指示に忠実に従います。






 暫くし、宇宙船の操船補助装置がステーションとの距離に対し現在の速度が速すぎることを知らせる警報が鳴りだしました。

 ところがこのとき、宇宙船は通常の入港コースから外れてしまったためにデブリが多く漂う宙域を航宙しており、機長はそちらと入港コースへの復帰に集中しており警報に気づきません。


「機首方位0-5」

「了解、方位0-5」

「デブリ23……通過。ガス推進切ります」

「了承」


 ようやくデブリ帯を抜け、本来の入港コースに戻れたときにはもうステーションは目前でした。この時ようやくクルー達は速度超過に気づきます。


「速度超過!推力切ります!」

「ガス推進、逆噴射目一杯!」


 入港が絶望的なのは明らかなのですが、機長らクルー達は速度を落とそうと懸命になり入港をやり直そうとはしません。


「ガス目一杯!」

「やってます!」

「だめだ。……ぶつかる!衝撃に備えろ!」


 次の瞬間、宇宙船は強大な質量をもつ宇宙建造物に高速度で衝突し、その衝撃で船体を完全に崩壊させました。

 船内の動力炉で生み出されていた高エネルギーが一瞬大きな光を生み出し、衝撃と閃光がガンタモステーションで生み出されました。



 ユナイテッド・インターナショナル080便を動かしていたクルー達の摩耗は、パイロットの技量と安全性を完全にすり潰したのでした。






 

 



 




 

 




題材:アメリカン・インターナショナル航空808便墜落事故


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