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見えない刺客(1)


 広いスペースに、多くのデスクと多目的デバイス。オフィス内では複数の人間が働いており、あるものはデバイスに向き合い、あるものはデスクに突っ伏している(徹夜続きらしい)。

 今となって骨とう品的職場環境の中で、アラキ・フミヒトもまた自らのデバイスに送信されてきた連邦航宙規約の改正案を読みこんでいた。

 改正案は私たちが強く要求した部分については反映しているものの、それ以外の勧告や注意的な具申についてはあまり取り入れられていないように思える。業界内の抵抗や政治的働きかけの影響だろう。 

 無言で読み進めていると、突然オフィス内に甲高いブザー音が鳴り響いた。オフィス内の人間が一斉にそちらに注意意を集中させたところで、ブザー音をかき鳴らすスピーカーがアナウンスを発し始める。


「カラマンドオービタル管制タワーより入電中。カラマンドオービタル管制タワーより入電中。

 スコシア星系にて火災発生によるメーデー宣言機の交信が途絶。調査官は現場に急行せよ。なお事故機は現地宇宙軍が捜索中。現地政府との協力と情報収集を密にせよ。

 繰り返す、スコシア星系にて火災発生によるメーデー宣言機の交信が途絶。調査官は現場に急行せよ。」


 アナウンスを聞いた私はすぐに椅子に掛けられたジャケットとデスク脇の仕事鞄を引っ掴み、隣の席の相棒テリー・コジャックと共に廊下へと走り出す。部長からの気をつけてな、との声を背に受けつつ、私たちは調査船の発着場に向かうための公用車の置かれた車庫を目指し駆けていった。






 事故機と最後の交信をしていたとの報告がなされたスコシア星系カラマンドオービタルには調査本部が設立され、そこに到着した私たちは現在判明している事故状況を整理することにした。

 事故機はクロススペイシア333便。貨客混載便で、事故当時は7名の乗員と64名の乗客を乗せてコロラド星系からスワデジ星系への長距離航路を航宙中、経由星系であるスコシア星系にいたらしい。

 未だ発見できていないものの、スコシア星系においてメーデーの宣言とカラマンドオービタルへの緊急入港を要請していたことから、機体の航宙については絶望視されており、あとは非常用装置により生存者が1人でも多く無事であることに望みがかけられているという。


「クロススペイシア333便に使用された機体はPBR2000ですね。大きさの割に座席数は少なめですが、貨物カーゴの容積が大きく地方への航路としてよく用いられています」

「メーデー宣言時の宙域がここ、最後に管制官に報告した宙域情報がここ。PBR2000でスワデジ星系を目指していたのであれば、スーパークルーズでここを目指すのは十分に可能だな。

 だが問題もある」


 ホログラムに映された宙域図に情報を書き加えつつ、問題となる宙域を楕円で囲う。


「S4惑星、ですか」

「そうだ。カラマンドオービタルへの最短航路にかすめる形である。通常の航宙ではまず問題にもならないが、操縦能力喪失後に進んだとすると問題だ」


 操縦能力喪失時に引力にとらわれて墜落となれば、まず生存者は絶望的といえる。先方もプロであるため想定済みだろうが、念のために捜索部隊にも想定航路と懸念を伝える。

 ただ、この心配は幸いにも杞憂となった。2時間後には捜索部隊から事故機と生存者発見の一報を聞くことができた。コックピット内の機長、副機長、機関士については死亡が確認されたものの、客室乗務員の4名と乗客64名全員は無事に救出されたとのことだ。

 発見現場はカラマンドオービタルから7Lhの距離に当たる、ちょうどS4惑星と中間地点付近であった。私たちは調査船に飛び乗ると、直ちに発見現場へと向かった。






 

 私たちが到着するころには生存者の救出も無事に完了し、生存者を乗せたシャトルが私たちとは入れ違いにカラマンドオービタルへと向かうところであった。現場には軍の警備艦艇が数隻とメディア企業所属の小型船、そして私たちの調査船と事故機が残っている。

 調査船のブリーフィングルームに技術者たちと協力してくれる軍からの連絡員に集まってもらい、事故調査開始に向けて打ち合わせをする。


「いつもの手順通りやってもらいたい。つまりスキャニングと部品の捜索、回収だ。頼むぞ」


 こまごまとした注意点などの確認をし、解散すると技術者や連絡員はそれぞれの持ち場へと移動していく。


 しばらくすると調査船から射出された無人スキャナー機が現場周辺のスキャンを終え、戻ってきた。事故機の様子から想像はついていたが、今回の事故機は爆発も衝突もしておらず、部品の脱落もほとんど起こらなかったようで、集約したスキャンデータをもとに作成した事故状況図は非常にシンプルなものになった。


「この宙域には部品も破片もほとんどないな」

「ええ、事故機周辺からわずかに発見された破片も、生存者救出の際に工作した際に生じたもののようです」

「となると、ここで今できることはもうないな。戻ろう」


 協力してくれた軍に礼を言い、事故機を曳航しつつ調査本部のあるカラマンドオービタルへと戻ることにした。





 

 カラマンドオービタルに戻った私たちは、調査本部が借りた格納庫に置かれた事故機の元に向かい調査を開始した。調査本部の一室で、コジャックと調査の打ち合わせをする。


「まず、事故機に何があったのかだな。現在分かっていることは、事故機に何らかの異常が発生し、カラマンドオービタルに緊急入港しようとしたが、操縦不能となり漂流することになったということだ。

 なぜ、操縦不能となったのか。機長らが死んだから操縦不能になったのか。それとも別の要因があり、操縦不能と機長らの死亡は関係ないのか、これを調べよう。

 FDRはどうだ」

「見つかっています」

「そこから始めよう。重要な手掛かりがあるはずだ」


 FDRに記録された膨大なデータを解析すれば、事故機のトラブルの発端から結末までが時系列に沿って判明するはずなので、私とコジャックは手分けしてデータの解析を始めた。本当に様々な種類のデータが記録されているため、事故当時の航行記録に限っていてもかなりの時間がかかった。

 膨大な時間と集中力を投入して解析した私たちは、しかし最後に困惑することになった。


「FDR、というより事故機のほとんどの機能は最後まで正常に機能しています」

「そうだな。スコシア星系へHSJしてきた直後に電気室の配電盤の一部で異常電流が発生。警報装置が起動し、すぐにクルーの操作で異常箇所への電力供給を遮断。一部の電気機材は使用不能となったが、航宙に影響はほとんどしていない」

「しかし機長はメーデーの宣言と緊急入港の要請をし、その後コックピットクルーは全員死亡しました」

「……コックピットクルーが全員死亡したことが事故機の漂流の直接的要因であることは明らかだな。

 次は、なぜ全員が死亡したかだ。死因の調査結果を待とう」






 検死の結果は意外なものであった。


「ガス中毒だと」

「はい、有毒ガスの吸引により3名とも死亡しています。本来であれば空調により問題なかったはずなのですが、当時コックピット内の空調設備は異常電流への対処として停止していました」

「ガスの原因は」

「現在詳細を特定中ですが、化学薬品の気化か、あるいは化学製品の燃焼などが原因として考えられるそうです」


 コックピットは客室とは別の空調装置があり、通常はガス中毒など発生することがない。ただし、今回は配電盤のトラブルにより一部の電気系統への電気供給を停止しており、不幸にもコックピット内の空調装置は停止していた。そのため理屈の上ではガス中毒は発生しうる。

 それでも、有毒ガスの発生に対しコックピットが完全に無防備となるわけではない。コックピット内には非常用の酸素供給装置つきのフルフェイスメットがあるからだ。

 このメットはコックピットが損傷した場合にクルーを保護するためのもので、戦闘艇やデブリベルトでの作業船などを操縦するクルーが装着を義務付けられている。航宙ルートの安全が比較的確保されている貨客船の場合は、船内火災や星間海賊の襲撃が発生した場合などに機長の判断で装着することになっている。

 今回の場合のように有毒ガスが発生している場合、機長の判断でクルーはメットを装着しているはずで、またそうしていれば事故機は無事緊急入港に成功しているはずであった。


「機長らクルーは全員メットを装着していなかった。そうだな?」

「はい、安全規則によりメットは3秒以内に装着できるような構造、配置となっていますので、間に合わなかったという可能性も低いです」

「となると、無臭であったか、或いはごく微量の吸引でも致命的な作用をもたらす有毒ガスだったということだ。

 船内のどこかに有毒ガスを生じさせた何かがあるはずだ。コジャックは貨物カーゴを見てくれ。私はコックピット周りを中心に調べる」


 可能性として最も考えられるのは貨物内。次にコックピット及びそことダクト等によって繋がっている箇所となる。

 私はコジャックと手分けしてガスの発生源を特定することにした。





 

「コックピット周りは異常なし、か。……ん?」


 コックピットに入り、電子装備や計器、予備としての紙媒体などを収める収納スペースなどをチェックしてみるが、どこにも異常はない。クルーが身に着けていた制服や私物にも特段変わったものはなかったとのことなので、空振りかとあきらめようとしていたその時だった。コックピットシートの上部に目をやったとき、何か違和感を覚えたのだ。


「これは……煤か」


 コックピット内の空調装置が備わる換気ダクトの入口に、僅かに煤が付着していたのだ。コックピット内は周囲のランプが目立つように黒系統の色合いとなっているため煤は目立たず、最初の事故調査の際には気づかれなかったようだ。

 空調装置が作動していなかったにもかかわらずダクト周囲に煤があるということは、ダクト内ないしはダクトで繋がるどこかの部屋で空気の対流を生み出す何らかの現象が生じていたということである。この場合最も可能性が高いのは物の燃焼だろう。


 事故機の構造図を取り寄せると、コックピットからの換気ダクトは空調室の他に電気室にも通じていることが判明した。電気室はFDRにも記録されていた、異常電流が発生した配電盤の存在する場所でもある。

 その電気室を確認すると、一見すると何も異常はなさそうであったが、配電盤を中心に一部煤にまみれていることが判明した。

 更にエンジニアを入れて調査を進めると、燃焼したものの正体も明らかになった。


「主任、配電盤周辺と、束ねられていた部分の電気ケーブルが燃えたようです」

「何。……確かにこの部分のケーブルだけ色が違うが、しかし被膜はしっかり残っているぞ」


 異常電流が生じた配電盤本体を除き、電気ケーブルは全て被膜に覆われており、燃焼した様子は見られない。そもそも宇宙船内の電気ケーブルは高圧の電流が流れることもあるため、絶縁、不燃材材質の被膜を使用することが義務付けられており、これが燃焼するとは考えづらい。


「いえ、確かに燃えています。どうもこのケーブル被膜は2重構造になっていたようでして、内側の絶縁目的の被膜は不燃材料なのですが、外側の擦過防護と種類識別のための塗料付きの被膜は難燃材料だったようです」

「つまり外側の被膜のみ燃えたと」

「ええ、ショートを起こさないようにケーブルを直接覆う被膜には基準がありますが、外側の防護被膜や塗料は無制限な延焼さえ防げれば問題ありませんから。それに内側の被膜さえあれば外側の被膜が多少燃えてもほとんど問題はありません」


 難燃材料とは、温度が高温となる出火元や燃焼物が集中する部分では延焼するが、出火元や燃焼物の集中する部分から距離が離れれば自動的に火が衰え、徐々に鎮火する材料を指す。今回の場合でもショートによりアーク放電を生じさせた配電盤や、そこから引火したであろうケーブルが集中している区画のケーブルは外側の被膜が消失しているが、ケーブル間が密着していない部分になると外側被膜が残っており、火が自然鎮火したことをうかがわせた。

 この規模の火災であれば、本来は全く問題とならないはずである。そう、本来であれば。


「問題はこの外部被膜の燃焼が有毒ガスをどの程度発生させたかだな。調べてみよう」

 


 

 


 貨物カーゴの調査を終え、異常がなかったことを報告したコジャックと共に電気ケーブルの外側被膜に使用されていた物質の燃焼実験をした結果、事故結果につながる事象が確認された。比較的低温での燃焼時に強力な有毒ガスを生じさせたのだ。


「アーク放電を生じさせた配電盤付近はともかく、ケーブルが集中していた部分の燃焼温度では大量の有毒ガスが生じますね。しかも無臭で、少量でも意識障害を引き起こします」

「つまりこのガスがダクトを通じてコックピットにもたらされ、吸引したクルーが全員意識を喪失し、死亡したと?

 本当にそんなことがありうるのか」


 仮説としては筋が通っているが証拠はないため、事故機と同じ構造の電気室、換気ダクト、コックピットを建造し、ガス濃度や温度などの計測機器やカメラを設置して実際に調査をしてみることとなった。

 仮説が正しければ同型機を含め電気ケーブルに同じ材料を使用している多くの宇宙船に影響が発生するため、モニター室にはSAIBの関係者だけでなくメーカーや航宙関連企業の多くのエンジニアが集まる。


『ショート発生5秒前、4、3、2、1、点火』


 火災の原因と目されるショートを再現するため配電盤はショートを生じさせる細工がなされ、これに電流を流すことで事故当時を再現することとする。更にFDRの解析結果をもとに実際にクルーがとった対処も再現されるようになっている。 

 

『異常電流検知、警報作動………電流遮断』


 警報が作動して5秒後、機長による操作を再現し、配電盤への電力の供給が遮断される。しかし既にショート時のアーク放電により配電盤に接続されていた複数の電気ケーブルは引火しており、火は周辺のケーブルにも燃え移っている。


『電気室にて有毒ガスの発生を検知』


 電力供給の遮断後、電気ケーブルの火の勢いは弱まったものの延焼は続き、更に燃焼温度の低下により煤交じりの煙と有毒ガスの発生が確認された。有毒ガスの成分が無色であり、燃焼物の量が少ないため煤や煙もすぐに希釈され、電気室内の空気の見た目はほぼ無色である。

 しかし有毒ガス自体は結構な勢いで排出されているらしく、電気室内のガス濃度計は上昇し続けている。


『ダクト内にて有毒ガスを検知』

『コックピット内にて有毒ガスを検知』


 暫くすると有毒ガスは電気室から換気ダクトを通じてコックピット内に流れ込み、パイロットシートに設置されたガス濃度系は意識障害を引き起こす数値を示し、更に後に致死濃度を示した。恐ろしいことにその頃には電気室の火災は自然鎮火しており、宇宙船内の異常を示す警報も一切作動していない。

 ガスによる意識障害には多少の個人差があるため、コックピット内では同僚が意識障害の症状を示しだし、自らの異常にも気付くもほとんど何もできずに意識を喪失する、という事態が生じていただろう。


 その後、火災鎮火により有毒ガスはそれ以上濃度を上昇させず、救助船の到着後、船外作業服を着こんだ救助隊員の操作を再現し、コックピットの気密扉を開いたことにより一気に希釈される。機長らの遺体の搬送作業が終了する時間が経過するころには、ガス濃度はほぼゼロを示していた。


「事故原因はこれで明らかですな」


 映像を停止させその場にいる関係者に話しかけると、異論は上がらなかった。



  

 


 実験終了後、私は事故機の調査報告書を纏めた。

 今回の事故は宇宙船の製造メーカーを含め、航宙産業に携わる多くの人間に警鐘を鳴らすこととなるだろう。もともとの部品に関する安全基準も人命を守るためのものであり、それも過去の事故をもとに定められたものであるが、今回の事故はその基準をさらに厳格性を求めるものであった。

 

 規則は血をもって書かれる。

 今回の事故により、その規則は3人分の血をもって加筆がなされるだろう。

 

 

 




 調査報告書

 「クロススペイシア333便漂流事故に関する報告」

 事故機は電気ケーブルの外側被膜に燃焼により有毒ガスを生じさせるものを使用していたため、配電盤における偶発的なショートでの小規模な火災において有毒ガスを生じさせ、ダクトを通じて乗員を死亡させ、結果として操縦者不在による漂流事故を生じさせた。

 我々は以下の点の改善を強く推奨する

 1.電気ケーブルに関する、外側被膜を含めた高温、燃焼時における安全性の徹底

 2.空調装置停止時におけるコックピット内の気密性の確保


 SAIB主任調査官 アラキ・フミヒト 


 


 




 

 




題材:スイス航空111便墜落事故


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