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女神は微笑まなかった(2)

これは実話をもとにした物語であり、

公式記録、専門家の分析、関係者の証言を参考に構成しています。

 その日、ナーガ航宙3922便はシエラ星系とアンティオキア星系を結ぶ定期貨物航路を運航するべく、シエラ星系の工業系オービタル(惑星公転軌道上に存在する人工惑星)にいました。

 この日の機長はナーガ航宙の共同経営者にして、航宙時間500時間を超えるアレン・バーグ。入社2か月目の副機長とベテランエンジニアの機関士とタッグを組み、200トンの工作機械部品を輸送します。

 出航前、乗員の3人はそれぞれ忙しなく出航手続きを進めていました。


「機長、搭載貨物のチェックリスト確認できました」

「了解、了解。副機長、航宙計画の入力はできたかね」

「すみません、何かエラーが出ていまして……」


 航宙計画は今回の航宙における基本情報で、目的地、経由地、搭載貨客量、搭載燃料などが纏められています。宇宙船は出航前にコックピットコンピューターに情報を入力し、コンピューターをセッティングすると同時に航宙計画に誤りがないかを確認するのです。エラーが出た場合はエラーの原因を調べ、適切な対処をとることが義務付けられています。


「んんー。……ああ、搭載燃料の部分か。これはこのままでいい」

「よいのですか」

「ああ、アルバータ星系は太陽風が強くてな、必要量がずっと少ないんだ。これで問題ない」


 パイロット免許取得時に学んだこととは異なる話に、不安そうな表情を浮かべた副機長に、機長は笑いながら言いました。


「現場の知恵というやつさ。現に今まで10回以上これで問題なく飛べている。安心したまえ」


 機関士も頷いているのを見て、副機長は機長の言葉を信頼することにします。実務経験上の判断ということであれば副機長には判断できないですし、今まで大丈夫であったという言葉もあります。何より機長は上司であるというだけでなく経営者でもあり、新人の副機長が強く意見することに抵抗を感じたからです。

 その後は問題なく出航前手続きを進め、管制塔とのやり取りの後、いよいよ3922便は出航します。


『NAG3922、こちらタワー、B5カタパルト、出航支障ありません。カタパルト起動どうぞ』

『NAG3922了解』「操縦は君がやってみたまえ。私は離陸後のチェックをしよう。」

「了解。カタパルト起動します」


 副機長がカタパルト起動用の操作をすると、電磁カタパルトは巨大な宇宙船を一気にステーション外へと押し出し、3922便は無事に航宙を開始しました。






 最初の異変は、3922便がシエラ星系のゲートをHSJした直後にで発生しました。突如としてコックピット内の警報装置が鳴り響きだしたのです。


「燃料警報です」

「問題ない。燃費がずっといいことにこいつも気づいてくれるといいんだがな」


 この警報は目的地までの搭載必要量をHSJ後に再計算したことによるものだったため、機長は無視しました。燃料計の表示もグリーンゾーンであったため、副機長はそれ以上は追及しませんでした。


 2度目の警報はアンティオキア星系へのHSJ完了後に発生しました。1度目とは異なり、燃料がイエローゾーンに突入したことを知らせる警報も同時に鳴ります。


「燃料警報、イエローゾーンです!」

「ん?早くないか」


 ここで機長は異変に気付きます。これまでの経験より手前で燃料計がイエローゾーンに突入したことに気づいたためです。

 機長は何度もタッグを組んでいる機関士と相談します。


「いつもより早くないか」

「……太陽風が弱かったのかもしれません。緊急入港しますか」

「うーむ……入港先の候補地はどこだ」


 機関士による燃料補給のための航宙計画外の入港の提案に、機長は候補地の選定を副機長に命じます。予定外であるため、目的地以外の惑星やオービタルの軌道位置は調べないと分かりません。副機長はデータベースから現在のシエラ星系図を呼び出し、最も近い入港先を探します。

 ところが、副機長が緊急入港先の候補挙げるとその選択肢に難色を示します。


「ダマスクオービタルがあります。方位20-45、20分で行けます」

「ダマスクか……。他はないのか」

「ダマスク以外ですと、後はボフォスですね。40分ほどで行けます」

「他は」

「他ですと……サブローナの方が近いです」

「そうか……」


 ダマスクもボフォスもアンティオキア星系における大規模オービタルです。燃料補給も整備も十二分に可能で、本来であれば緊急入港先として有力な選択肢となりえます。

 ただし、本来であれば関係ない話ですが、大規模なオービタルであるため星系政府の航宙安全局の支局もあるため、緊急入港したとあればそこからの調査を受けることは十分あり得るでしょう。

 動機は分かりませんが、機長は緊急入港に否定的となりました。


「現在の燃料でサブローナへ直行できないか。サブローナでは優先着陸するとしたらどうだ」

「サブローナまでのスパークルーズで巡航速度を維持し、宇宙港上空の待機が最低限であれば、ぎりぎり行けるかもしれません」

「ぎりぎり行けそうか」


 今まで問題なく航宙できていたという成功体験からか、機関士は楽観的な予測を立てます。ただし、機関士はエンジニアではあってもパイロット資格は有しておらず、燃料消費量の計算をその場で正確に考えることはできません。

 副機長は不安げですが、最終的な機長の判断には異を唱えませんでした。






 3922便は燃料計と速度計をに細心の注意を払いながら航宙し、サブローナを目視できるようになったところで遂に3度目の警報が鳴り響きました。航宙に深刻な問題が生じたことを知らせる、主警報装置です。


「主警報装置作動!燃料レッドゾーンです!」

「了解。本当にぎりぎりだな」


 かつてないほど深刻な事態に、流石の機長も冷や汗を浮かべます。しかし声音だけは冷静に聞こえるよう努力し、サブローナ宇宙港へ惑星への進入チャートの承認を要請します。


『タワー、こちらNAG3922、滑走路25への進入チャートの承認と着陸許可を要請する』

『NAG3922,こちらタワー、進入チャートを承認します。現在2隻の船が着陸準備中ですので、高度30万ftで待機してください』

『NAG3922了解』


 管制塔とのやり取り後、機長は副機長らと顔を見合わせます。管制官の応答は彼らが望んだものとは違っていたからです。


「2隻分待機できるか」

「無理です。メーデーを宣言して着陸しましょう」

「メーデーか……」


 メーデーを宣言すれば確実に優先着陸は許可されるでしょう。ただし、着陸後航宙安全局による立ち入り調査と報告書の提出は必須です。機長は何か懸念材料があるのか思案顔となりますが、その間にも燃料のリミットは刻々と近づいており、副機長は気が気ではありません。機関士が顔をこわばらせて妥協案を言います。


「機長、燃料の余裕が少ないとだけ言って優先着陸の要請をしてはいかがでしょう」

「……そうだな」

『タワー、こちらNAG3922、残存燃料が心許ない。優先着陸を要請する』

『NAG3922、こちらタワー、1隻分早められるかもしれません。緊急事態を宣言しますか』

『あー、宣言はしません』

『タワー了解。では高度1万ftにて待機してください』

『NAG3922了解』


 管制との交渉により着陸順は早まりましたが、それでもまだ1隻分待機しなければなりません。しかもこれから着陸のようなので、時間はかかりそうです。燃料計の針はゼロを指しており、いつエネルギー炉が停止してもおかしくありません。


「機長、燃料が……!」

「やむを得ん。着陸する!」


 一刻の猶予もないと判断した機長は着陸の強行を宣言し、着陸コースに進入しようとしている先行機を押しのけるようにして急降下し、強引に着陸コースに進入します。

 しかし、遅すぎました。


「エネルギー炉停止!予備電源装置起動できません!電気制御装置ダウン!」

「油圧制御を使え!ギアダウン!推進ガス噴射!機首を上げろ!」


 燃料が完全に尽き、エネルギー炉が停止し、電気制御機能が喪失します。予備電源は燃料がなければ起動できませんし、非常電源はコックピット内の最低限の計器を動かすもので電気制御装置には用をなしません。

 機長はガス推進装置でなんとか対処しようとしますが、低重力下ならともかく惑星の地表付近まで急降下した直後ではほとんど焼け石に水です。


『Terrain, Terrain』『Pull up, Pull up』

「上がれ、頼む、上がれ!!」


 墜落目前を警告する対物接近警報と、機長らクルーの祈りとも叫びともつかぬ声がコックピット内に響き渡る中、次の瞬間には3922便は地表へと墜落しました。

 強引に着陸するため急降下していたため、墜落の衝撃はすさまじく、機体は完全に崩壊し、その轟音は管制塔にも届きます。


 

 機長が賭けていた女神は、この日ナーガ航宙3922便に微笑みかけなかったのでしょう。


 






 

 



 




 

 




題材:ラミア航空2933便墜落事故


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