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女神は微笑まなかった(1)

週一投稿(週一とは言っていない)。


 広いスペースに、多くのデスクと多目的デバイス。オフィス内では複数の人間が働いており、あるものはデバイスに向き合い、あるものはデスクに突っ伏している(徹夜続きらしい)。

 今となって骨とう品的職場環境の中で、アラキ・フミヒトもまた自らのデバイスに送信されてきた連邦航宙規約の改正案を読みこんでいた。

 改正案は私たちが強く要求した部分については反映しているものの、それ以外の勧告や注意的な具申についてはあまり取り入れられていないように思える。業界内の抵抗や政治的働きかけの影響だろう。 

 無言で読み進めていると、突然オフィス内に甲高いブザー音が鳴り響いた。オフィス内の人間が一斉にそちらに注意意を集中させたところで、ブザー音をかき鳴らすスピーカーがアナウンスを発し始める。


 「惑星サブローナ管制タワーより入電中。惑星サブローナ管制タワーより入電中。

 アンティオキア星系惑星サブローナにて墜落事故が発生。調査官は現場に急行せよ。繰り返す、アンティオキア星系惑星サブローナにて墜落事故が発生。調査官は現場に急行せよ。」


 アナウンスを聞いた私はすぐに椅子に掛けられたジャケットとデスク脇の仕事鞄を引っ掴み、隣の席の相棒テリー・コジャックと共に廊下へと走り出す。部長からの気をつけてな、との声を背に受けつつ、私たちは調査船の発着場に向かうための公用車の置かれた車庫を目指し駆けていった。






 アンティオキア星系の第4惑星であるサブローナは岩石惑星に分類され、水はほとんどないものの大気と豊富な鉱物資源存在することからマスドライバー施設を有する宇宙港が1つあり、労働者の輸送や鉱山機材等の輸送を主目的とした定期便の航路も存在する。

 事故機の目的地であり現場にもほど近いサブローナ宇宙港には調査本部が設立され、そこに到着した私たちはそのまま地上車に乗って事故現場へ向かうことにした。


 事故機はナーガ航宙3922便。貨物便で、事故当時は3名の乗員と200トンの機材を乗せてシエラ星系からHSJにてアルバータ星系を経由する航路でアンティオキア星系に来ており、サブローナ宇宙港から僅か2.5kmの地点で墜落したという。

 無人機が飛ばされ、事故現場の上空から各種探知機を用いて事故機の部品や破片、そして機体によって形成されたとみられる地表への痕跡が調査されていく。

 そのデータを私たちは集約し、事故状況図を作成していった。

 

 「機体はARJ951ですね。惑星離着陸が可能で、貨物カーゴの容積も比較的大きな機体として貨物航路でよく用いられています」

 「残骸は一方向にまっすぐ散らばっていっているな。失速とも急降下とも異なる、航空機の着陸に近い形での墜落だ」


 事故機の残骸はサブローナ宇宙港の方向に向かい、宇宙船の後部と船腹を手前に機首側の部品が奥側へとまっすぐ散らばっていた。恐らく船腹部が最初に地表に接した形での墜落だろう。

 デバイスに表示された地図に情報を書き加えつつ、機首部分の部品が散らばる部分を楕円で囲う。


 「このあたりにブラックボックスがあるはずだ。重点的に調査してくれ」

 「地表ですと状況図の作成は簡単ですが、部品の回収が難しいですね」


 宇宙空間や重力の少ない衛星やステーションでの事故と異なり、惑星に墜落した事故機の残骸は地面にめり込んでおり、しかも重力のせいで回収にもより労力を要する。

 現場には地元警察やSAIBから駆け付けた技術者たちが展開しているが、コジャックの言うとおりこの人数と装備では残骸の回収は厳しいものとなるだろう。


 「そうだな。応援がもう少し呼べないか星系政府にも打診してみよう」






 ブラックボックスを発見することに成功した私たちは残りの残骸の回収を後続の人員たちに任せることとし、先に調査本部に戻った。墜落の衝撃でボコボコにへこんだCVRとFDRのデータを抜き出してもらいつつ、事故機と最後に交信をしていた管制官に聞き取り調査を行う。


 「事故機との交信の内容を順に話していただけますか」

 「はい。3922便は私たちに交信を入れ、惑星への進入チャートの承認と宇宙港の滑走路への着陸を要請してきました。チャートの進入は承認しましたが、3922便の前に着陸待ちの宇宙船が2隻いましたので、惑星上空での待機を伝えました」


 宇宙船が一定以上の重力を有する天体に着陸する方法は2種類ある。

 1種類目は、着陸目標の直上からガス推進装置を全開にし、減速しながら着陸する方法。

 2種類目は、着陸目標となる惑星に対して低角度で侵入し、航空機が飛行場に着陸するように行う方法。

 前者は最短距離で着陸でき、ガスの噴射により十分に減速できれば簡単に着陸できるというメリットがあるが、難点として大量のガスを消費し、しかも宇宙船の重量が大きければ大きいほど大量のガスが必要となる。

 後者は宇宙船の減速の大半を大気との摩擦で行うため、ガスの使用量が少なく済むというメリットがある。一方で宇宙港に大規模な着陸用滑走路が必要となり、着陸に要する操縦技術も高難度となる。

 3922便は貨物便であったこともあり、2種類目の着陸方法を希望したらしい。


 「待機を伝えてから5分ほどで、優先着陸の要請がありました」

 「理由は」

 「燃料の余裕が少ないと言っていました。ですので待機中の2隻目の船に対して説明し、着陸順を1隻分早めました」

 「メーデーやパンパンコールは」

 「出されていません」


 メーデーは機体の緊急事態の宣言であり、パンパンコールはその一段階下に当たる宣言となる。

 メーデーを宣言した機体には最優先での支援が与えられ、パンパンコールがあれば直近での特別な支援まではできなくとも、通信帯の優先使用などで特別な注意が与えられる。

 つまり事故機は燃料が心許ないが、優先的な支援を受けるほどではないと判断していたと思われる。


 「3922便には高度1万ftまでの降下を承認し、私は先に降下する別の宇宙船との交信をしていました。ところが、先に降りる宇宙船を遮るように先に3922便が着陸コースに進入しようとしてきたため、私は着陸進入の中止を伝えたんです」

 「3922便からの交信はありましたか」

 「いいえ、何もありませんでした。こちらからも呼びかけましたが、応答はありませんでした。そして着陸コースの途中で急にレーダーから機影が消失したと思ったら轟音がし、管制塔の窓から外を見たら黒煙が昇るのが見えたんです」

 「そうですか……。ご協力、ありがとうございました」


 管制官の話は不可解な点が多数あったものの、貴重な手掛かりとなる情報であることは確かであった。私は管制官にあらためて礼を言うと調査本部へと戻った。






 「不可解な点が多いな」

 「はい」


 調査本部に戻り、先ほどの管制官から聞き取った話についてデバイスに書き込んでいく。書き込んだ内容は小会議室のモニターにも反映され、現状判明している情報が一目で分かるようになっている。

 

 「墜落の仕方は管制官の話とあっている。急な失速でも操縦不能でもない。ギアも出ていたようだし、着陸態勢をとり、機首を上げ、なんとか被害を最小限に抑えようとした落ち方だ」

 「エネルギー炉の燃料不足が原因ですか」

 「ああ、着陸進入コースに必要な対気速度が足りなかったんだろう。着陸進入エリアの上空で待機する以上、衛星軌道を描くわけにもいかない。減速したうえで、降下しないよう重力波エンジンを起動し続ける必要があったはずだ。それで進入時に十分な加速ができなかったんだろう」


 宇宙港の滑走路に進入するにあたっては自由な方向、角度から進入できるわけではない。宇宙船は大気圏内での飛行に最適な設計というわけではないので、安全な進入方法が限定されている。角度と対気速度のいずれかに問題があり、しかも問題に対処するための燃料に問題があるとすれば墜落する可能性は十分にある。


 「しかし、事故機はメーデーを宣言していません」

 「そうだな。今言ったような状態にあったとするならばメーデーが宣言されているはずだ。クルーが着陸に問題ない程度の燃料だと誤解するような何かがあったのか。それとも何か他に問題があり、そちらが墜落の直接的なのか。

 そのあたりに注目しつつ、FDRを解析しよう」


 私とコジャック課題の確認をすると、無事に解析することができるようになった膨大な量の航宙記録を手分けして調べることにした。






 FDRに残されたデータは、私たちの推測が正しいことを証明していた。つまり、墜落の要因が燃料不足にあることを端的に示していたのである。

 ただし、それとは別に新たな疑問点も生じさせた。


 「やはり、事故機にはエネルギー炉の燃料不足以外に問題ありません」

 「警報装置もか」

 「はい。すべて正常に作動しています」


 3922便のエネルギー炉の燃料であるトリチウムや重水素は、出発地であるシエラ星系の出航時から必要量を下回る量しか搭載されていなかったのだ。

 エネルギー炉は船内で使用される電力のみならず、重力波エンジンの運用に必要なエネルギーも生み出す、まさに宇宙船の心臓であるため、その燃料の搭載量は出発前に慎重に計測され、かつ残存量が一定以下になるとコックピット内に警報が鳴り響くようになっている。

 事故機のFDRでも燃料の警報が3度にわたって起動したことが記録されていた。


 「最初の警報はシエラ星系をHSJし、アンティオキア行きのゲートにスーパークルーズで向かっている途中か」

 「この時点でゲート前のステーションで燃料補給することは可能でした。しかし、していません」

 「……時間が遅れるからか。機長には現在の燃料でも問題ないと判断する根拠が何かあったのか」

 「アルバータ星系からアンティオキア星系へのHSJ後も、警報が2度なったのを無視して最寄りの宇宙港に寄らずにサブローナに来ています」


 明らかに、機長は警報装置とは別の根拠をもって燃料の過不足を判断しているようだった。警報側が間違っているのかと考え、シエラ星系からサブローナ宇宙港への標準的に必要な燃料を計算してみたものの、それに比べて出港時の燃料は明らかに少なかった。


 「なにか、他の基準があったんだ。マニュアル以上に信じられる何かが。……経験か。コジャック、事故機の過去の航宙計画書を調べてくれ」


 コジャックに事故機の航宙記録の調査を指示し、私は事故機の運航路と同じ宙域を飛んだことのあるベテランパイロットに話を聞くべく、当該星系の航宙会社に片っ端から連絡を入れてみることにした。





 

 「主任、見てください。事故機はこれまでに10回以上、同じ燃料の搭載量で運航に成功しています」

 「やはりか」

 

 航宙計画書は貨客船が航宙を開始する際に作成する計画書で、出発地と目的地、及びその予定時間、搭載燃料、乗客数又は搭載貨物量などが記載される。定期航路であっても航宙のたびに作成し、一定期間保管することが義務付けられたデータで、ナーガ航宙にも当然このデータが存在した。

 コジャックが見つけてきた事故機のこれまでの航宙計画書によれば、ここ15回ほどの航宙計画書において記載されている燃料搭載量が今回と同じ、すなわち必要量と比べて明らかに少ない量が記入されていた。そしてそのいずれでも事故は発生させていない。

 そのカラクリについて、私はアルバータ星系を主に航宙するベテランパイロットから聞くことができた。


 「アルバータ星系の恒星アルバータは活動が活発らしく、かなりの頻度で太陽風が発生しているらしい」

 「太陽風、ですか。……それを前提に燃料搭載量を減らしたと」

 「恐らくな」


 太陽風は比較的若い恒星が発生させる所謂宇宙気象の一つで、恒星から通常時以上のプラズマや電磁波が放出される現象を指す。大気の無い宇宙空間においてこれはなかなか無視できない要素であり、スーパークルーズ中の燃料消費量を変化させることも多いらしい。

 ただし、太陽風は常に吹いているわけでも一定の強さで吹いているわけでもないため、これを航宙計画に組み込むことなど正気の沙汰ではない。実際、事故機が航宙した日は珍しく太陽風がほとんどなかったそうだ。これが命取りになった。


 「燃料搭載量を多少減らすために、不安定な太陽風に自分の命を賭けたというんですか。何のために」

 「分からん。とにかく動機となりそうなものを調べるしかないだろう。コジャックはパイロットの人事記録を調べてくれ。私はナーガ航宙自体について調べてみる」






 不合理としか思えない機長の判断についての調査は困難を極めた。

 コジャックの調査により、機長がナーガ航宙の経営者でもあったこと、ナーガ航宙の経営状態はこの数年間で悪化していたことなどが判明したものの、それだけで今回のような無茶をする理由としては弱いと思われた。

 当然のことだが、燃料搭載量を減らして多少軽くしたところで、ほとんど燃料消費量は変わらないのだ。無駄に危険を冒す必要などなく、必要量を搭載して実際の消費量が少なければよかったね、で済む話に過ぎない。

 事態が急展開を見せたのは、事故機の部品の調査を担当していた部署からの報告だった。


 「燃料カーゴ付近からMMBAが検出されただと。貨物カーゴではないんだな」

 「はい。明らかに場所が違います」

 「なるほど。話が見えてきたな」


 MMBAは多くの星系において非合法とされる合成麻薬であり、その闇価格は非常に高額である。ただし当然星系政府の監視の目も厳しく、宇宙港の離発着時や航行量の多いゲート周辺の検問所では特殊な装置を用いて貨物カーゴのスキャニングが行われており危険物などに加えて非合法品などが搭載されていないか厳しくチェックされている。

 しかし、トリチウムや重水素を収容するため分厚い金属で覆われた燃料カーゴまではスキャニングの目も届かないのだろう。


 「ここ半年ほどアンティオキア星系ではMMBA使用者の逮捕数が増えていたようです。恐らく無関係ではないかと」

 「メーデーを宣言すれば着陸後に調査官が来て宇宙船を調査されることになる。MMBAを密輸する機長がメーデーを宣言しなかった理由にもなる、か。

 船長の不可解な判断にもうまく理由付けができるな」


 燃料などとは比べ物にならないほど高価な合成麻薬を搭載するとなれば、たかだか数トン程度の燃料の有無も機長には大きな判断要素となったのだろう。

 恐らく密輸を始めた当初は燃料は必要量を搭載していただろう。しかし何度も航宙し、燃料の消費量が計算より少ないことが分かったある時、機長は自らの命を幸運の女神に預ける判断を下し、その賭けは10回以上成功した。ただし、事故当日は女神は微笑まなかった。


 「信じられない話です。正規のパイロット資格を持つ人間が、宇宙船の無事を太陽風に任せるなど」

 「……機長が経営者だったのも要因かもしれないな。彼が会社の経営者で泣ければ、安全が最優先だっただろう。だが彼には経営者としてのプレッシャーもあり、それが機長としての判断基準に影響を与えた可能性は高い」


 当然のことながら、MMBAについてはCVRに記録されたコックピット内の会話でも言及はされておらず、これ以上の調査は不可能となった。

 しかし実際に発生した事故の状況と、過去の航宙記録。そして燃料カーゴ付近から検出されたMMBAという証拠から報告書は纏められた。







 

 調査報告書

 「ナーガ航宙3922便墜落事故に関する報告」

 事故機はマニュアルに記載された計算方法による燃料の必要量を搭載せず、不安定な宇宙気象を前提とした少ない燃料を搭載し日常的に航宙しており、結果として燃料不足による墜落事故を生じさせた。

 我々は以下の点の改善を推奨する

 1.宇宙港及び検問所における燃料カーゴを含むスキャニングの厳格化

 2.経営者によるパイロット業務の制限


 SAIB主任調査官 アラキ・フミヒト  

  

 

 

 

 


 




 

 




題材:ラミア航空2933便墜落事故


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