合理的作業(2)
これは実話をもとにした物語であり、
公式記録、専門家の分析、関係者の証言を参考に構成しています。
チッカーゴ航宙911便は定期便運航としてチッカーゴ星系オーハレステーションにいました。目的地はキャリー星系エンジェルステーション。所要時間はおよそ1時間。一度のHSJと40分ほどのスーパークルーズですむ、中距離便としては比較的近い航路に当たります。
その日の乗客は73名。これを機長、副機長、機関士、そして2名の客室乗務員で運行します。機長は旅客船の航行時間が800時間のベテランで、入社8か月の副機長、入社8年目の機関士とタッグを組んでいました。
出航一時間前、マニュアル通りに出港前の外観チェックを終えた機長と副機長はコックピットに入り、各々のシートに座ります。2人で雑談をしていると、機関室での出航前チェックを終わらせた機関士がコックピットに入ってきました。お互いに挨拶をし、軽く雑談をした上で出航前チェックを開始します。
「そろそろチェックの時間だな。副機長、頼む」
「了解。エンジン始動前チェックリスト。パーキングブレーキ。」
「セット」
「スラストレバー」
「アイドル」
「指向性レバー」
「後方いっぱい」
………
……
…
「衝突防止灯スイッチ」
「オン」
「エンジン始動前チェックリスト完了」
「了解。続けてエンジン始動チェックリストも頼む」
「了解。エンジンエリア」
「クリア」
「コンディションレバー」
「ハイアイドル」
………
……
…
この後機長、副機長、機関士は出航準備チェックリストもチェックし、全て問題なしと判断。出航時間15分前に管制塔に準備が整った旨を伝えます。
『タワー、こちらCHI911、出航経路の承認を要求します』
『CHI911、こちらタワー、出航計画どおりの経路を承認します。速度制限エリアは1万km、レーダーコードは3225です』
『CHI911了解。タワー、こちらCHI911、タキシングの承認を要請します』
『CHI911、こちらタワー、ターンテーブルへ移動してください。D14カタパルトからの出航となります』
『CHI911了解』「副機長、タキシングチェックリストを頼む」
「了解。タキシングチェックリスト。航空灯スイッチ」
「オン」
「タクシー灯スイッチ」
………
……
…
機長の操作により911便は宇宙船をターンテーブルへと前進し、定められたラインで停止すると今度はターンテーブルがD14カタパルトへと911便を移動させます。
カタパルトへと到着すると、いよいよ出航前の最終手順を開始します。
「出航直前チェックリストを頼む」
「了解。出航直前チェックリスト。指向性レバー」
「後方いっぱい」
「コンディションレバー」
「ハイアイドル」
「白色閃光灯ライト」
「オン」
「主警報灯」
「オフ」
「マスターコーションライト」
「オフ」
「出港直前チェックリスト完了」
「よし」『タワー、こちらCHI911、出航許可及びカタパルトの起動を申請します』
『CHI911、こちらタワー、D14カタパルト、出航支障ありません。カタパルト起動どうぞ』
『CHI911了解』「操縦は私がやる。副長は離陸後のチェックを頼む。……よし、いくぞ。カタパルト起動」
機長が声をかけカタパルト起動用の操作をすると、電磁カタパルトは巨大な宇宙船を一気にステーション外へと押し出しました。機長は操縦桿を握り、副機長は計器をチェックし続けます。
「制限エリア外まで50……30……10……出ました」
「了解。スーパークルーズ開始。重力波エンジン、出力50。機首方位65-35」
「出力確認。指向性確認。機首方位65-35セット。出航後チェックリスト完了。ゲートまで500Ls………450Ls」
「HSJ準備。エンジン出力90。チェック頼む」
「了解。HSJチェックリスト。機首方位チェック、エンジン出力チェック……」
――ガンッ!!――
「なんだ、今の音は!?」
ゲートでのHSJに向け、いつものようにクルーが一体となってマニュアル通りの手順を進める中、突然常にはない振動と音が発生し、機長が困惑の声を挙げます。副機長がHSJチェックを中断し、それに答えようとした次の瞬間に事態は急速に変化します。
――ピー!ピー!ピー!……――
「主警報装置作動!左エンジン出力喪失!機首方位維持できていません!あっ、計器画面が全部落ちました!電気制御不能!右エンジンも制御できません!」
「HSJ準備中止!ガス推進装置起動!機関士、左エンジンの再起動!副長は電源再接続手順!クイックリカバリーリストを使え!」
「了解、航行中の電源再接続手順……予備電源、起動。主電源装置スイッチ確認、ブレーカー確認……」
「了解、左エンジン停止確認、エンジン再始動スイッチ、オン」
コックピット内は突然の事態に見舞われるも、機長の機敏な指示で秩序だって対応しようとしています。また、コックピット内への電力供給が途絶えたことが検知されたことで非常用電源がコックピット内の小型バッテリーから供給され、ごく一部の計器と無線が使用可能となりました。ただし、この時点では誰もエンジンが停止ではなく脱落であり、電気制御も油圧制御も物理的に不可能な状態にあるとは分かっていません。
『メーデー、メーデー、メーデー!こちらCHI911、左エンジン停止、電気制御装置使用不能。オーハレステーションに緊急入港したい』
『……CHI911、こちらタワー、緊急入港を了承する。機首方位115-215。セントラルゲートを全開にするのでそちらからどうぞ』
『方位115-215,了解』
機長はメーデー、つまり非常事態の発生を宣言し、機体制御を取り戻した上でのオーハレステーションへの帰還を計画します。しかし、それは不可能でした。
「ガス推進装置が動いていない!油圧制御もないのか!まずい、このままの航路だと先に人工衛星がある!副長、予備電源の起動まで!?」
「あと20秒です!」
「間に合うのか……!」
電気制御装置と油圧制御装置の双方が働かなければ、操縦席にある装置の大半は用をなしません。重力波エンジンの指向性制御も、出力の制御も、ガス推進装置の点火すらもできません。
911便は左エンジンの喪失によりその航路を左へと曲げ続けており、本来であれば航行する宇宙船のほとんどいない宙域として建設された人工衛星へと突き進んでいます。
『CHI911、航路を変更しろ。その先に監視衛星がある』
911便の航路が危険であることに気づいた管制官からも警告の声がよせられますが、機長には何もできません。
そしてついに、操縦席の窓からも監視衛星がくっきりと確認することができるようになります。
「まだかまだかまだか!」
「予備電源起動!機長!」
「ガス推進装置起動、フルパワー!指向性レバー右いっぱい!曲がれ曲がれ曲がれ……!」
衝突の3秒前に予備電源装置が起動し、電気制御装置が回復。機長と副機長は回避軌道をとるべく最大限の努力をします。
しかし、無駄でした。
「あー、あー、あー!ぶつかる!!」
回避軌道は監視衛星との衝突を避けるにはあまりに遅すぎました。
CVRの再生とホログラムに映るFDRの時系列でのデータ推移が停止すると、調査本部は静けさに包まれた。
職業柄、CVRの悲惨な最後を聞くことは何度もあるが、それでも慣れることはできない。
「……運が悪かった。監視衛星がそこに無ければ、機長は復航できただろう」
「ですが、監視衛星の所在自体は銀河連合の航宙安全規則に基づいた位置に存在します」
「そうだな。ステーションを発してゲートを目指すのであればあの宙域を航行することはない。片方の重力波エンジンのみが全力で起動している状況で一切の制御を失った宇宙船の航行しうる範囲まで規制するなどナンセンスだ。……機長にも、監視衛星にも落ち度はない」
結論はまとまった。私は主任調査官として、SAIB本部に提出するレポートを作成した。
調査報告書
「チッカーゴ航宙911便衝突事故に関する報告」
事故機は不適切な整備方法に伴う想定外の部品損傷により航行中にエンジンが脱落し、また同時に制御装置を含む重要部品を多数損傷したことにより制御不能となり、衝突事故を生じた。
我々は以下の点の改善を強く推奨する
1.整備士への正規整備手順の教育の徹底
2.航宙企業に対する、整備能力に応じた運航機数の規制
3.BTR3000型機の、各種機体制御装置の集中配置の見直し
SAIB主任調査官 アラキ・フミヒト
題材:アメリカン航空191墜落事故
週一で一題材分の話を投稿する予定です
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