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合理的作業(1)


 広いスペースに、多くのデスクと多目的デバイス。オフィス内では複数の人間が働いており、あるものはデバイスに向き合い、あるものはデスクに突っ伏している(徹夜続きらしい)。

 今となって骨とう品的職場環境の中で、アラキ・フミヒトもまた自らのデバイスに送信されてきた連邦航宙規約の改正案を読みこんでいた。

 改正案は私たちが強く要求した部分については反映しているものの、それ以外の勧告や注意的な具申についてはあまり取り入れられていないように思える。業界内の抵抗や政治的働きかけの影響だろう。 

 無言で読み進めていると、突然オフィス内に甲高いブザー音が鳴り響いた。オフィス内の人間が一斉にそちらに注意意を集中させたところで、ブザー音をかき鳴らすスピーカーがアナウンスを発し始める。


 「オーハレステーション管制タワーより入電中。オーハレステーション管制タワーより入電中。

 チッカーゴ星系オーハレステーション近辺にて衝突事故が発生。調査官は現場に急行せよ。繰り返す、チッカーゴ星系オーハレステーション近辺にて衝突事故が発生。調査官は現場に急行せよ。」


 アナウンスを聞いた私はすぐに椅子に掛けられたジャケットとデスク脇の仕事鞄を引っ掴み、隣の席の相棒テリー・コジャックと共に廊下へと走り出す。部長からの気をつけてな、との声を背に受けつつ、私たちは調査船の発着場に向かうための公用車が置かれた車庫を目指し駆けていった。



 


 私たちが働く銀河連合航宙事故調査局(SAIB――Space Accident Investigation Branch――)は、銀河連合内における航宙事故を調査する機関として、銀河連合の常設機関として存在する.


 人類が広大な宇宙の開発に乗り出し約100年。

 太陽系内から別の星系へと飛び出し、銀河内の様々な星系が開拓された。それらはときに広大な自治領となり、ときに独立星系国家となり、ときに巨大企業による事実上の治外法権領域となった。彼らは自らの権益を守るための独立性を欲しつつも、広大な宇宙の開発のためために一定の連帯を模索し、緩やかな国家連合として銀河連合が創設された。

 このような経緯で創設されたこともあり、銀河連合は宇宙開発における公益機関に大きな比重が置かれた組織となっている。

 

 一方で、広大なフロンティアを開発することによる膨大な利益を前に、飛躍的に進歩させた航宙技術は、未熟な技術の運用という負の側面をも生み出していた。いや、宇宙開発において人類は多くの面で未熟であった。当然、多くの事件と事故が銀河内の各所で発生し、それらはそれぞれの国家や行政機関のみでは共有も経験の蓄積も不可能であり、国家を超越した規模での事故調査機関が必要とされた。そうした経緯を経て、銀河連合の常設機関としてSAIBは創設された。


 私が働くのはその中でも実際に発生した事故を調査し、事故原因の究明と調査報告書を作成する部門に当たる。これは当直中の私が担当となった、一つの事故の活動報告書となる。







 事故の報告がなされたオーハレステーションに向かう途中、追加の連絡により事故現場の詳細な宙域が判明したことを知らされた私たちは調査船を事故現場へと向けた。

 現場はオーハレステーションから300光秒ほどの宙域で、到着した私たちは見るも無残に砕けた宇宙船と何らかの人工建造物の残骸を見る事となった。すでに生存者の捜索や搬送、遺体の輸送は完了しているらしく、現場には現場保存のための警備艦艇とメディアの小型撮影艦以外動いているものの姿はない。


 「ひどいもんだな。……事故機はBTR3000、乗員乗客78人か」

 「ええ。衝突対象はゲート計測用の監視衛星です」

 「分かった。よし、では手順通り始めてくれ」


 手元のデバイスに纏められた現在判明しているデータと、実際に確認できた現場の惨状から状況の確認をしつつ、調査船とそれに搭載された無人スキャナー機で事故現場の周囲の破片の散布状況をスキャニングし、重要部品の捜索と事故状況図の作成を開始する。

 

 事故を起こしたのはチッカーゴ星系所属航宙会社であるチッカーゴ航宙911便。機体は中距離貨客路線はよく用いられるBTR3000と呼ばれる機体で、当時は乗員5名と乗客73名が登場していたという。

 事故機はオーハレステーションを出港し、HSJハイパースペースジャンプによりキャリー星系のエンジェルステーションへと向かう予定であったが、何らかのアクシデントによりHSJをせず航路を逸れ、監視衛星へと衝突したようだ。

 デバイスに表示された直近の判明事実を読み込んでいたところで、コジャックが駆け寄ってくるのが見えた。調査船長の元から走ってて来るのを見るに、スキャニングは終わったらしい。


 「アラキ主任、スキャニング終了しました。こちらが簡易の事故状況図です。FDRフライトデータレコーダーCVRコックピットボイスレコーダーも発見できたそうで、現在残骸の回収作業を開始しています」

 「ご苦労。……ああ、これは事故の直接的原因がよく分かるな」


 手元のデバイスに送信されてきた事故状況図に記載された事故機の破片の散布状況は特徴的な部分が見受けられ、そこが事故と関係していることは実際に見るまでもなく明らかだった。


 「オーハレステーションがここで、HSJのためのゲートがここ。ゲートに向けての進路上に片方のエンジンが脱落している」

 「加速中にエンジンが脱落して制御不能になったということですか。いったいなぜ」


 コジャックの疑問はもっともで、それこそまさに次に調査すべきことだ。


 「さあな。調査本部に行こう。こことここの部品を中心に調査することで、謎が解ければいいな」





 調査本部は事故現場から最も近いステーションである、オーハレステーションに設置された。

 格納庫の一部を利用させてもらい、事故現場から回収された機体や監視衛星の残骸や破片を復元するような形で並べていくという根気のいる作業を行いながら、問題があったと思われる部品には集中して各種の検査を行う。

 私はコジャックとともに、ホログラム表示させた各種資料の前で今後の調査に向けての打ち合わせを行うこととした。


 「管制塔の交信、レーダー記録と、事故状況図を纏めると、事故機の動きはこうだ。

 事故機は管制塔からの指示通りに電磁射出で出航し、ステーション周囲の速度制限区域内を慣性航行で移動した。制限区域外に出た後には機首をキャリー星系方面のゲートに向け、スーパークルーズを開始し、HSJのための加速を開始した。

 しかしHSJ開始前に何らかの理由で機体から左エンジンが脱落し、機体のバランスが崩れ、予定していたであろう航路から逸れ、最後は監視衛星に衝突した」


 現在の中・長距離宇宙船は3つの方法で銀河系内を航行しており、そのための推進装置を2種類搭載している。

 1つ目はガス推進装置を用いた通常航行。推進力としては微弱であり、推進力に対し必要なガス(液化ガスを気化させて用いる)の必要量も膨大である反面、非常に細かい制御が可能であり後述の重力波エンジンと異なり重力渦も生じないため、宇宙船の発着時やデブリベルトなどの細心の注意を要する宙域を航行する際に用いられる。 

 2つ目は重力波エンジンを用いたスーパークルーズ。これは宇宙船搭載の強力なエネルギー炉からのエネルギーをエンジンで重力波に変換し、推進する方法となる。超光速での航行も可能である一方で、細かな航行制御はできず、重力波により推進装置後方の一定空間に重力渦と呼ばれる空間及び重力の乱れを生み出すことから、ステーション周辺などでは使用が制限される。

 3つ目はHSJハイパースペースジャンプと呼ばれる方法で、これも重力波エンジンを用いる。宇宙空間における4次元座標が近似となっている特異点(これをゲートと呼ぶ)にて強力な重力波を発生させることで疑似的なワームホールを生じさせ、超光速で突入することで時間の流れをほぼ停止させつつ、3次元的な意味での距離を無視して一瞬(これにより移動する宇宙船内では主観的に短いながら時間は経過する)で移動する方法である。かつてはワープとも呼ばれた方法で、超長距離を一瞬で移動できる。ただし、ゲートと呼ばれる座標を介する必要があり、かつ各ゲートはそれぞれ対応した宙域にしか繋がっていないという欠点がある。


 つまり、今回事故を起こしたチッカーゴ航宙911便はステーションを出港した後にスーパークルーズに移行し、HSJのために重力波エンジンをフル稼働させながら超光速に加速させている途中で事故を起こしたということである。

 

 「BTR3000は重力波エンジンを左右1基ずつの計2基搭載している。スーパークルーズだけなら1基でも可能だが、HSJは不可能だ。そしてフルパワーで動かす両エンジンのうち1つが急に失われれば、機体制御を一時的に保てなくなるのも明らかだ。ただし右エンジンのみでもある程度の機体制御は可能であり、完全な制御不能を意味するものではない。

 調査すべきは2つ。なぜ左エンジンは脱落したか。そして機体制御を失った後、なぜ機長らは復航できずにそのまま監視衛星に衝突させたかだ」


 調査すべきことをホログラムに追記していき、私とコジャックはそれぞれ手分けして調査することとした。私がエンジン脱落。コジャックは脱落後の復航だ。






 コジャックと別れた私は格納庫へと移動し、そこで脱落したエンジンとその周囲の部品の破片を調査しているエンジニアや学者に聞き込みをすることにした。


 「何か分かったか」

 「はい。左エンジンの脱落ですが、破損個所はエンジン本体とエンジンが搭載されている区画であるエンジンカーゴとの接続部分ではありませんでした。機体本体のエンジンカーゴとの接続部付近の鋼板部材が大きく断裂し、それでエンジンカーゴごと脱落しています」

 「鋼板部材だと。接続部材ではなく」

 「はい。接続部材のボルトは全てきれいに残っています」

 「……奇妙な話だ」

 

 重力波エンジンはそのメカニズム上、エンジン周辺部に通常部とは全く異なる方向に複合的かつ強力な重力を生じさせる。そのためエンジンカーゴのみならずその周辺部位の構造は特に頑丈な設計となっている。

 その一方で、エンジンの整備や交換の関係上、どうしても着脱可能な構造にする必要もあるため接続部材も用いられており、その部分はどうしても脆い構造となっている。もちろん接続部材であるボルトは多数用いられ強度計算もクリアしているが、比較の問題として他の部材より脆い。


 「断裂した鋼板部材については?」

 「現在冶金学者の先生に調査を依頼しています。ただ、通常の航行で断裂部分に極端に大きな力がかかることはないはずなんです。エンジン本体とカーゴの接続部でも、その周辺の鋼板部材というわけでもありません。エンジンの重力波の影響が特に集中する部分ではないんです。メーカー側の設計局に照会もかけましたが、同様の回答でした」

 「分かった。ありがとう」


 接続部からの脱落でないとすると、脱落というよりも破損といった話になってくる。破損の原因は破損した部材の専門家でなければ分からない。金属疲労かもしれないし、破壊的な負荷かもしれないし、或いは他の外的要因の可能性もある。件の冶金学者に連絡したところ本格調査のために研究施設に送っているとのことだったので、私はそれまで別の方法での調査をしてみることにした。






 「整備記録を見せてくれ」


 チッカーゴ航宙はその名のとおりチッカーゴ星系を本拠とする企業であり、事故機をはじめ同社の保有する宇宙船の大半もまたチッカーゴ星系内で整備・管理されている。事故機がこれまで適切に整備・管理されていたか、或いはこれまでの不具合とそれに対しどのように対処されてきたかを調べるため、私はチッカーゴ航宙整備場を訪れていた。

 幸いにも記録は全て保存されており、全て閲覧することも、担当の整備主任に話を聞くことも可能であった。


 「前回の定期点検が……事故の4日前か。この時はエンジンを外してのオーバーホールまでしているようだが、何か異常はありましたか」

 「なかった」

 「エンジンの取り付け部分周辺の点検方法を見せてもらっても」

 「いいよ」


 言葉は少ないが熟練といった風貌の整備主任に事故機と同型機の、ちょうど今定期点検中の機体に対する仕事を見学させてもらう。エンジンはすでに機体からエンジンカーゴごと取り外されており、それに何人かの整備員が群がってマニュアルに従ったチェックを行っているようであった。

 部品の交換期限を調べるのみならず、エンジン周りの部材にガイガーをあて、細かな傷などがないか丁寧にチェックしているようだ。


 「交換期限がきていなくともガイガーで問題があれば交換するんですか」

 「そうだな。重力波エンジンは一定の範囲内にかなり複雑な負荷をかけるようで、交換期限以前に問題の出る部品も多い。一番負荷のかかる部分だから細心の注意を払っている」


 整備主任が言うように、整備記録にも4日前の定期点検で多くの部品が交換期限前に交換されていることが記録されていた。


 「その一定範囲の外、例えば機体本体の鋼板部材なんかもガイガーをかけたりは」

 

 そう問いかけると、事故のことは聞いているのか複雑な表情で、整備主任はこちらを向いて言った。


 「重力波の特殊な負荷がかかるから厳重なチェックをしているんだ。負荷がかからない部分にまで全部厳重なチェックはできない。マニュアルにも厳重なチェックを必要とする部分と、構造計算学に基づいた部品交換期限のチェックのみでいいとする部分がある。ただでさえ整備は人手が足りていないのに、そこまではできないな」

 

 整備主任が再び点検中のエンジンへ顔を向けたのにあわせ、私もそちらを向く。たしかに、無数の部品で構成された宇宙船を点検するには十分とはいいがたい人数で、それでも懸命に宇宙の安全を守ろうと働く整備員たちの姿がそこにはあった。






 数日すると、断裂した鋼板部材の調査を依頼していた冶金学者から調査結果の連絡がきた。その結果は驚くべきものであった。


 「結論から言えば、断裂の原因は金属疲労ではない。断裂部分の周辺に細かい傷や歪みが多数付いていた。これらがこの鋼板を当初の強度よりずっと脆くしていたと思われる」

 「傷や歪みだと。そこは宇宙船の外部や内部の露出部材じゃないんですよ。エンジンカーゴと機体本体が接している部分です」

 「そうだ。つまり通常の航行とは関係なく、しかし何度も傷をつけるような行為があったはずだ」


 思わずそう答えると、向こうも自身の検査結果が不可解な事実を指摘していると思っていたのかその推論を述べた。


 「例えば製造時の組立て手順であったり、整備手順であったでの出来事だ」


 私はその言葉を聞いた瞬間、一つの光景が脳裏に思い浮かび上がった。






 「すまないが、もう一度エンジンの点検手順の最終段階を見せてくれ」


 冶金学者からの連絡を聞いた次の日、私はまたチッカーゴ航宙整備場へと戻っていた。いぶかし気な整備主任に重ねて頼むと、先日とは別の同型機の点検後のエンジンの取り付けがあるというので見学させてもらうこととなった。


 格納庫から出てきた、整備とともに洗浄も済ませてピカピカになった宇宙船本体の下に、ワイヤーでしっかりと固定されたエンジンカーゴを運ぶリフトがやってくる。

 リフトが宇宙船の足元で止まると、整備主任はエンジンカーゴが取り付けられるのであろう宇宙船の空洞部分の真下に移動する。

 それを見てリフトの操縦士はエンジンカーゴを載せたリフトのアーム部分を持ち上げ、空洞部分へエンジンカーゴを近づけていった。


 「上げろー、上げろー……ストップ!待て!ちょい右、ちょい右、ストップ!待て!ちょい左!そうだ、ちょい上!」


 整備主任の掛け声に従って熟練の操縦でリフトのアームが操作され、宇宙船の空洞部分へエンジンカーゴを器用に収納させていった。とはいえ、リフトのアームは本来細かい作業をするためのものではない。当然のようにエンジンカーゴやその接続部材は宇宙船側の接続部周辺の鋼板部材を何度も擦り、叩いていた。遠目から見る分には分からないが、エンジンカーゴも数10トンする重量物だ。鋼板部材には大きな衝撃や傷が加えられていることだろう。

 

 「よーし、オッケー!ボルトつけっぞ!」


 その様子を記録媒体に収め終わったところで、そんな掛け声が聞こえてきた。私は整備主任の元に駆け寄り、尋ねる。


 「これがいつもの手順ですか」


 そう尋ねた私に対し、彼は全く悪びれる様子も見せず頷いた。


 原因は分かった。






 その後調査本部に戻り整備マニュアルなどで気になった部分を調べたところ、メーカ側からの正規の整備手順としては、エンジンの点検時にはエンジン本体をエンジンカーゴから取り外して点検するよう記載されていることが判明した。

 しかしエンジンとエンジンカーゴの接続部は特に厳重な接続方法がとられており、取り外しと取り付けだけで250時間分の工程が必要であること。今回整備主任が見せた手順であれば取り外しと取り付けが10時間でできる事。そしてチッカーゴ航宙が近年急速に事業を拡大し、保有宇宙船数が急増しているのに対し、整備部門の拡充が全く追いついていないことが判明した。

 整備員たちは限られた時間とリソースで求められた結果を出すための合理的手段を編み出したが、そのことがどれほど重大な結果をもたらすかについては予想できていなかった。


 エンジンの脱落理由について最終的な結論に問題がないか反証作業を行ったところで、エンジン脱落後の機長らの行動について調査していたコジャックが調査本部に戻ってきた。彼も調査結果を纏められたようで、デスクに私がいることを確認するとすぐに報告を始めた。


 「結論から言えば、機長らに復航は不可能でした。エンジンカーゴが脱落する際に機体側の鋼板部材ごと脱落していますが、その際にエネルギー炉からのメインケーブルも引きちぎっていて、電気制御が停止しています。予備の油圧制御に必要な油圧パイプも破損していました。FDRの記録でもエンジン脱落直後に操縦系統が完全にロストしています」

 「予備電源は。あれは別ケーブルだろう。」

 「予備電源は起動に最低20秒かかります。事故機はエンジン脱落から衝突までおよそ27秒。事実上復航は不可能かと」


 全ての貨客宇宙船に搭載することが義務付けられているFDRフライトデータレコーダーは、宇宙船の起動後の主要な航行状況がすべて記録されている。記録内容は速度、対地接近距離、エンジン出力のみならず、エンジン温度、動力炉の使用状況、各電子機器ごとの電圧状況など多岐にわたり、宇宙船の航行記録といえる。

 コジャックがホログラムに映し出したFDRの記録は、彼が述べたことと同様のことを物語っている。

 事故機は正常に出港し、HSJに向けてエンジン出力を上昇させている途中で左エンジンの出力が急にゼロを表示する。それと同時に電気系統の大半の電圧もゼロになり、電気制御装置は停止し、コックピットは機体の電気制御ができなくなる。油圧も急激に低下しているため、油圧制御もほとんど不可能だろう。機体の機首方位が急速に変化しているが、これはエンジンの出力バランスが崩れたことによるもので機長らは何もできていないだろう。

 24秒後に予備電源が起動できたらしく電気制御装置が作動し始めるが、この時点ですでに衝突2秒前。ガス推進装置の全開とエンジン角度の変更が記録されていることから、機長が最後まで最善を尽くそうとしていたことは分かるが、衝突を避けることは不可能であった。


 「よし、答え合わせといこう。CVRの復元はできたか」

 「はい、今朝メーカーから戻ってきました。音声も問題ないようです」


 CVRコックピットボイスレコーダーは宇宙船のコックピットにおける音声、すなわちパイロットの会話や管制官との通信記録、更にはコックピット内で聞こえるスイッチ音や警報音、空調装置のファンの音まで記録される音声記録装置であり、これも全ての貨客船に搭載が義務付けられている。パイロットはコックピットに入ると第一にCVRの起動をすることが義務付けられており、FDRと共に事故調査における最重要な装置とされる。

 事故調査に用いられることが前提のため、磁気嵐や放射線の被爆でも影響がしづらいよう音声を数値データに変換し、テープ状の金属に直接刻み込む録音形式をとられており、再生には専門の機会を要する。


 これまでに纏められた事故機のデータを時系列順でホログラムで表示し、CVRを再生する。事故機の最後の航行状況が復元された。



題材:アメリカン航空191便墜落事故


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