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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異例の婚約が破棄される時

作者: ツツジ

よくある婚約破棄物に挑戦しました!

 




 海母神モルガーナの祝福あれ。




 オルタマレ国を含めた近隣の島国において、この言葉と共に崇め奉られてきた。

 だが、長い年月は信仰心を弱め、懐疑的な者が増えていく。



 オルタマレ国王太子であるジャレッド・ブラッドフォードもその内の一人だった。






「メイジー・フィッツ! 貴様の悪行、ここで明かしてくれる!」






 声高に叫んだジャレッドの言葉に、周りの人達が何事かと視線を向ける。

 不躾な視線を浴びながら、名を呼ばれたメイジーは無表情を貫いた。


 今現在、この場所では王立学園の卒業パーティーの最中だ。

 卒業生にとって、社交界に出る前に気を楽にできる最後の場。それを台無しにしていると、目の前の王太子は気づいていない。


 勝ち誇ったような王太子の周りには、側近候補と名高い数名がメイジーを睨む。王太子の婚約者に向ける顔ではない。

 その中で一人だけ場違いなのが、ヴェールで顔を隠した少女だ。王太子の腕に抱かれ、顔は見えないが同じ様に笑っている気がする。

 メイジーは思い切りため息をつきたい衝動を抑え、言葉を紡いだ。


「お言葉ですが殿下。婚約者でもない女性を抱き寄せ、婚約者の悪行を明かすとはどういった意味ですか?」

「そんなのも分からないのか? そのままの意味だ! 貴様のような没落貴族など、元から気にくわなかったのだ! 結婚などあり得ぬ! 婚約は破棄だ!」


 ざわりと周りの生徒がざわめく。それもそうだろう。



 ジャレッドの言う通り、メイジーは元子爵令嬢だ。

 家は財産目当ての叔父に乗っ取られており、後ろ盾も何もない。

 その爵位も叔父家族が散財した結果、借金まみれでろくでも無いものに成り果てている。今更返しても貰いたくない。

 そのような立場でありながら、王太子の婚約者というのは異例だ。





 この婚約は、海母神モルガーナのお告げが絡んでいるのだ。







 十年前、当時八歳だったジャレッドを乗せた船が転覆。

 他の乗組員は救助されたが、何故かジャレッドだけが見つからなかったのだ。


 大人数が捜索に当たったが情報は何もなく、国王夫婦は一人息子の身を案じて沈み込んでいた。

 その出来事から一週間後、日課の祈りを捧げる神官達に声が聞こえてきた。




 王子は王都の東海岸に流れ着く。

 一緒に流れ着いた少女と共に国を治めるのならば、大いなる祝福を約束しよう。




 モルガーナ神のお告げを直に聞き、神殿は歓喜に沸いた。すぐさま国王に伝えられ、大勢の兵士が東海岸に向かった。

 お告げの通り、ジャレッドは一人の少女と並んで浜辺に打ち上げられていた。

 国王夫婦は咽び泣いて喜び、お告げ通りに少女を婚約者に据えた。




 その少女こそが、メイジーである。




 素性を調べたところ、一か月前に子爵夫婦共々、馬車ごと海に落下したという。

 後釜に収まった子爵の弟家族の金使いが荒く、本当に事故だったのかと密かに噂になっているようだった。



 一か月も消息不明だった令嬢が、王太子を連れて生還した。

 その令嬢を婚約者と扱うようになってから、各地で豊漁との報告が相次いだ。





 貴族の噂にならないわけがない。




 曰く、モルガーナの子、マーメイドではないか。

 曰く、モルガーナから加護を得たのではないか。

 曰く、ただ単に運が良かっただけではないか。

 曰く、海で溺れ、化け物となって国を支配するつもりではないか。




 特に高位貴族は、悪意を持って噂していた。ぽっと出のメイジーが王太子妃というのが気に入らないようだ。

 それはジャレッド自身も同様だった。


「俺の恩人だの嘯いて、婚約者の座に胡坐をかいていたようだが、その不敬も今日までだ! 俺は皆の協力で、本当の恩人に巡り合えたのだ!」


 そう言いつつ、腕に抱く少女のヴェールを上げる。その下の顔に生徒から感嘆の声が上がった。


 可憐な乙女だ。垂れた翠眼は庇護欲をそそり、ぷっくりと膨らんだ唇は色気がある。流れる金の髪は波打ち、白い肌に映える。

 周りの称賛を受け、ジャレッドはさらに笑みを強めた。




「刮目せよ! 彼女こそが俺の恩人で初恋の人、俺の本当の婚約者であるペトラ・カーク候爵令嬢だ!」




 ジャレッドに合わせ、綺麗なカーテシーで挨拶をするペトラ。場が盛り上がる中、メイジーは小さく息をついた。

 燃えるように赤い髪と目を持ち、鍛え上げられた肉体を持つジャレッド。

 愛くるしいペトラと隣り合わせの姿は、巻き込まれていなければ舞台のようだと拍手物だ。







 この十年間、ジャレッドはメイジーを蛇蝎の如く嫌い、まともにお茶の一つもしたことがない。



 自分を助けたのは、金の髪と緑の目が美しい少女だった。メイジーのような白髪で気持ち悪い目ではなかった。

 恩人と結婚するのだから、お前は邪魔だ。



 その言葉を免罪符に、あらゆる嫌がらせを受けたものだ。


 人の目があろうと常に暴言。

 呼ばれたパーティーのエスコートを放置し、自分だけ友人と楽しむ。

 交流は一切なし。

 親密になる為の茶会は欠席するか、不機嫌な顔で一杯だけ飲み干し即座に立ち去る。


 初恋の人を追う気持ちは分かる。メイジーにもそういった相手がいたからだ。

 だが、メイジーはその想いに蓋をしたというのに、ジャレッドは微塵も諦める気はない。



 ひたすらに邪険にされ、憔悴していく日々だった。

 一番癪に障ったのは、髪と目の色への罵倒。メイジーは白髪ではなく銀髪で、目は明るい紫色。両親から受け継いだ大切な色だ。

 それを馬鹿にする権利など、誰にもない。



 海母神モルガーナへの謝罪を胸にしつつ、最初は事ある毎に国王に婚約解消を願い出ていた。だが、土下座までされて有耶無耶になった。

 メイジーを婚約者に据えてから、各所で豊漁と報告が出ている。それを逃したくないのだろう。

 そこまでしておいて、ジャレッドへの言い聞かせは甘い。理不尽に叱られたと八つ当たりされて行為が悪化したので、メイジーは状況の打開を諦めた。

 初恋の人を想わせる赤色だけが、唯一の救い。その色だけを目に焼き付け、全てを受け流して今に至る。





 メイジーは眼中に無いようで、ペトラとジャレッドは愛おしそうに互いを見ている。お似合いではないか。

 問題は国王や側近の説得だが、ジャレッドがやるべきだ。初恋の人を連れて見せれば、頷くしかないだろう。

 自分を育てて教育をしてくれた国王夫婦に感謝はあるが、それ以上にジャレッドを放置した怨みが強い。

 王妃教育で賜ったカーテシーを披露し、微笑を浮かべる。



「婚約解消、承りました。お二人の幸せを心よりお祈り申し上げます」



 淡々と、それでも解消という点を強調して告げる。

 そのまま背を向けてこの場から出ようとするメイジーを、ジャレッドはまたもや声を張り上げて叫んだ。


「話はまだ終わっていない! 婚約解消ではなく婚約破棄! 貴様の不敬罪による、貴様有責の破棄だ!」

「……仰っている意味がわかりません」


 本当に、何を言っているのだろうか。地獄の日々が終わるのだから、喜んで婚約解消をするというのに。

 ジャレッドはメイジーを忌々しく睨みつけた後、ペトラへ慈愛の表情を向けた。


「さぁペトラ。俺が許可する。真実を話してくれないか?」

「分かりましたぁ。あれはぁ、十年前のぉ」


 喋りが遅い。

 いちいち語尾を伸ばす話し方は、とても貴族とは思えない。

 思えば、カーク侯爵令嬢は病弱という事で、学園にはほぼ通っていなかったはずだ。

 目の前に立つペトラは健康そのものに見えるが、何かあるのだろう。




 ペトラの話を簡単に纏めれば、ジャレッドを助けたのは自分だから、お告げの少女は自分との事だ。

 海辺で倒れていた王太子を家で看病していたが、気が付くと消えていたという。




 病弱なペトラがわざわざ看病したのかとか、人がそう簡単に消えるはずないだろうとか、ツッコミどころが満載だ。

 それでも、ジャレッドと側近候補達は感激したように頷いている。


「ああ、ペトラ。よく話してくれた。感謝するよ」

「ジャレッド様ぁ……!」

「さて、メイジー・フィッツ。ペトラから婚約者の座を奪い取り、十年にもわたって王族を欺いたその所業! 万死に値する! よって死罪を言い渡す!」


 指を突きつけ、ジャレッドは叫ぶ。それをうっとりと見つめるペトラ。にやにやと笑う側近候補達。急な事態に動揺する生徒達。

 それをぼんやりと認識しながら、メイジーはこめかみを押さえる。頭痛がするのだ。


 裁判もなく、物的証拠もなく、片方の言い分と自分の記憶を信じて、極刑を言い渡す。

 暴虐のあまり、裁判官が軒並み大口を開けて呆れかえるだろう。


 何も言わないメイジーに対し、都合のいい解釈をしたジャレッドの高笑いが響く。ペトラも共に笑い合い、側近候補達は拍手を送る。

 全員、正義の自分達が悪を裁くという状況に酔っている。さすがに冤罪による死罪は受け入れられない。



「お言葉ですが」

「煩い! 貴様の言い訳など聞かぬ! あの罪人を牢へ!」


 メイジーの言葉を遮り、側近候補達の一人が前に出る。確か、近衛騎士を目指している令息だ。

 迷いなくメイジーに近づく令息の手には、いつの間に用意したのか武骨な鎖がある。罪人を捕縛する為の物だ。



 自身に近づく鎖と、その奥でほくそ笑む王太子一行。

 最初から、メイジーを牢に入れる手筈をしていたようだ。

 恐らく、逃げても何か策があるのだろう。それ以上に、この馬鹿馬鹿しい茶番から逃走して、図星だったと笑われる方が嫌だ。




 海母神のお告げを蔑ろにし、反論を許さず牢屋に閉じ込めた王太子。

 それはそれは、面白おかしい噂が駆け回るだろう。




 メイジーの前で鎖が広げられる。そのまま巻き付かれるのだと思った時。

 唐突に、強い磯の香りが漂い始めた。同時に、メイジーの前の床から、水が湧き出した。

 船底に穴が空いたように、徐々に勢いを増していく。床を伝って広がる水に、辺りの生徒が濡れまいと急いで離れていった。



 湧き水は天井まである水柱となり、部屋を水浸しにしていく。

 異常事態と濡れた事に周りがパニックになる中、メイジーは水柱に釘付けだった。




 懐かしく、愛おしい気配がする。




 やがて、大きな会場全体に水が広がると、湧き水が急激に止んだ。少し遅れて水柱が消える。

 そこにいつの間にかいた存在に、メイジーは目を開いて驚いた。

 二メートルはある、線の細い大男だ。長い緑髪にそれより濃い緑の目、温和な雰囲気を持つこの青年を、メイジーは知っている。





 幼き頃に恋焦がれた、初恋の相手。





「レク……レクテュムなの……?」

「久しぶり、メイジー」




 一言交わした直後、甲高い悲鳴が轟いた。

 その存在に、ある者は顔を青ざめ、ある者は腰を抜かして水溜りに尻もちをつく。




「ば、化け物!? 貴様、化け物と通じていたのか!?」




 ジャレッドが困惑を隠しきれず、声を震わせながら叫ぶ。情けないジャレッドの姿を一瞥し、レクテュムに改めて向き合う。


 整った顔から胸元まではどんな物よりも真白、それよりも下は鮮やかな赤色の肌。

 腰から下は人のソレではない。上半身よりも長い八本の赤い触手が蠢き、一本一本に大小の吸盤が乱雑に並ぶ。

 その内の一本は、先の混乱で盗んだらしい鎖を締め上げている。





 化け物ではない。人と魚の身体を持つ者。海母神モルガーナの息子、マーマンだ。





「化け物なんて失礼だね? 可愛いメイジーをこんな物で拘束しようとした、キミの心の方が酷いと思うよ?」


 にっこりと笑いながら、レクテュムは触手の力を強めた。鎖が金属音を鳴らして締め付けられ、耐え切れなくなった鎖が弾け壊れる。

 手放した破片が落下する様子に、顔色を変えるジャレッド達。鎖の強度を知っているからこそ、それが粉々になった事実に慄いている。


 その様を一瞥し、レクテュムは優しい笑顔でメイジーに向き直る。

 そのままメイジーの手を優しく包み上げ、その手の甲に優しく唇を落とした。


「メイジー……暫くの間、辛い思いをさせてごめんね。すぐに助け出したかったけど、成人するまでは様子を見るようにと母さんに言われてて……逆らえなかった」

「謝らないで、レク。それよりも、貴方にまた会えた方が嬉しいの」

「本当かい? 良かった……キミがいなくなってから、僕は胸にぽっかりと穴が空いたような日々で……母さんも後悔していた。まさか、自分を信仰する国の王子が、お告げを蔑ろにしてキミを虐げるなんて思わなかったって……」

「レク……」

「メイジー。キミが好きだ。この十年、キミへの想いは褪せるどころか強くなっていくばかりなんだ。僕と一緒に、生きてほしい」




 真剣な表情のレクテュムに、感極まって涙が零れた。嬉しすぎて言葉が出ない。

 代わりに、笑顔で首を縦に振る。

 心の片隅に仕舞っていた、幼い頃の淡い思い出。

 ジャレッドの赤に重ねて想い描いていたレクテュムの色は、昔よりも鮮やかで美しい。断るわけがない。




 ふと、ざわめきが耳に入る。そこで、メイジーはこの場所と先程までの事を思い出した。



「おいメイジー! 何をほざいている!? 貴様は不敬罪で処刑の身の上だ! 化け物相手でも婚姻など許され」

「おめでとお兄ちゃぁぁぁぁぁぁん!」



 ジャレッドの叫びをかき消す、歓喜の声。同時に、レクテュムの隣から何かが飛び出してきた。まるで、水中から飛び出したかのような動きだ。

 それは真っ直ぐ跳躍した後、その場に綺麗に着地する。ふわりと、金の髪が揺れた。


 周りから息を呑む声が聞こえる。だが、当の本人は気にせずにメイジーに抱きついた。


「メイジー久しぶりぃ! 元気そうでよかった! 辛い日々だったのはまじ許さん!」

「ラフィアも相変わらずね。会えて嬉しい!」

「アタシも!」


 感情を抑えることなく、メイジーに抱きついて頬ずりするラフィア。メイジーの友人であり、レクテュムの妹。


 彼女は海母神モルガーナの娘、マーメイドだ。

 胸元から尾鰭までは落ち着いた桃色。美しい翠眼に色気のある唇、白い肌に波打つ金髪。

 改めて見れば、ペトラと色合いが似ているとメイジーは思った。だが、ラフィアの方が気品や色気、愛嬌が溢れ出ている。

 ラフィアの頭を撫でていると、何かが倒れる音と小さな悲鳴が聞こえた。

 見れば、ペトラが床に膝を突いており、ジャレッドが怒りの形相で見下ろしていた。


「痛いですぅ……ジャレッド様ぁ、酷ぉい」

「黙れ嘘つきが! 初恋の人を騙りやがって! 貴様も処刑してくれる!」

「何でぇ? ジャレッド様がぁ、私をぉ、初恋の人ってぇ、言ったからぁ。私ぃ、嬉しくてぇ、運命だってぇ」


 ぐすぐすと泣き出したペトラに、ジャレッドはもう見向きもしない。

 爛々と輝かせた目はラフィアだけを映している。





「その髪、その目……今度こそ間違いない……! 初恋の人……! ずっと、貴女を探し求めて……やっと、俺の物に……!」

「は? ぶぁっっっかじゃねぇの?」





 ジャレッドの言葉をぶった切り、ラフィアが毒を吐いた。ぴょんとメイジーから離れ、ジャレッドを冷ややかに見降ろす。

 硬直したジャレッドを見る目は、汚物を見るそれよりも酷い。


「ぶっちゃけさー。意味わっかんないんだよね? 恩人で初恋の人がいる。うん、それはいいよ? その人と結婚したいからってメイジー虐げる理由になんないよね? 馬鹿なの? 気に入らないって素直に言うよりないわー。この世界で初恋の相手と結婚できる奴とか、ほとんどいないでしょ? 政略結婚の意味、考えたことないの? あ、お兄ちゃんは叶ったわ。しかもその恩人がアタシ? ないわー百パーないわー」

「い、いや、そんなことはないはずだ! 横たわる俺を、心配そうに見つめていたではないか……!」


 ラフィアの早口に必死に食らいつくジャレッド。それをラフィアは鼻で笑った。


「え、やだ、アンタ起きてたの? 確かにベッドに寝かせたけどさー、アンタが勝手に海中にあるアタシらの国に流れて来ただけじゃん。あ、メイジーはアタシが連れてきたけど。だって、先に助けてくれたのはメイジーで、そっから大切な友達だし。アンタを見たのは一回、栄養状態をチラ見しただけ。ペットのマーティンに変な物食べさせたくなかったし」

「ペット……」

「そ、ウツボのマーティン。でも、メイジーの住んでた国の王子だからって、ママがメイジーと一緒に返すって言うんだもん。お兄ちゃんとメイジーがいい感じだったのに、大人になれば考え変わるかもって。ママ酷いよねー。ま、その分、仕返しは上乗せするって言ってたけど、メイジーの十年どうしてくれるって感じ」


 砕けた口調で文句を言い続けるラフィアに、ジャレッドが青ざめた表情でその場に膝を突いた。

 それを見て、更にラフィアが顔をしかめる。


「何その顔。被害者面? 初恋の人フィルターが外れた? アホくさ。アタシの性格で傷つくくらいなら、そこのお花畑女とくっついてればよかったじゃん。一人娘で甘やかされた結果、妄想ばっかでまともな考え出来ないって、療養という名の隔離中だったとか。解き放ったんなら責任持ったら?」

「妄想なんてぇ、してないですぅ」

「王子に初恋の人だって言われた瞬間、脳内で設定を練って王子様と結婚ーなんて考えが妄想以外何でもないでしょ。ママ通して全部知ってんだから。ってか、王子にくっついてる魚の糞も役立たず過ぎない? 普通なら諫める立場なのに、一緒になって初恋の人探しにメイジー迫害とかありえない! ホント馬鹿馬鹿しい! 不敬不敬騒いでるけど、アンタら全員がママに対して不敬すぎるっつーの!」




 心から叫ぶラフィアの姿を見て、メイジーは胸のすく想いだった。この十年の鬱憤をラフィアが代わりに発散してくれた気分だ。

 唖然とする一同をもはや見向きもせず、ラフィアは笑顔でメイジーへ抱きつこうとする。


 受け止めようと腕を広げる前に、メイジーはレクテュムの胸に引き寄せられた。

 半身に伝わるひんやりとした冷たさに、逆にこちらが熱を帯びてしまいそうだ。

 ラフィアはレクテュムの触手で阻まれ、不満げにレクテュムを見ている。


「お兄ちゃん、独占禁止ー。心せまーい」

「狭くて結構。僕のメイジーなんだから、僕が独占して当然さ」


 兄妹の談笑を聞いていると、ボコボコと水音が聞こえてきた。

 それはメイジーの、マーメイド達の足元から湧き上がり、今にも先程のような水柱を上げそうだ。


「メイジー。さっき言った通りに、心が狭い僕なんだ。キミをその身一つで攫ってもいいかい?」

「ええ、勿論」

「よかった。愛しているよ、メイジー」

「私もよ、レク」


 残して未練がある物なんてない。

 愛の言葉と共に重ねられた唇は、今までにない程の幸福の味がした。




 水柱がメイジー達を包む。

 周りの人間など、もはやメイジーの視界にも意識にも入っていなかった。











 海母神モルガーナの子、マーマンとマーメイドが現れた。その事実は即座に国王の耳に入り、同時にその場で起きた全ての内容が明るみに出た。

 知らせを聞いて、みるみる顔色を失う国王や役職に就く高位貴族。すぐさま事の中心にいるジャレッド達が呼び出された。




 当事者達の醜い自己弁護中に、それは起きた。




 ジャレッドと側近候補の令息達が、急に喉を押さえ苦しみだしたのだ。

 何事かと身構えている内に、変化は瞬く間に起きる。



 眼球が零れ落ちそうな程に飛び出し、酸素を求めるように大きく開いた口からは何らかの臓器だろうピンク色の塊が塞ぎ出る。

 同じ事が起きているのか、臀部が衣類越しに膨らんでいく。



 異常な光景に、その場は阿鼻叫喚と化した。落ち着くまでにどのくらいかかったか分からない。

 令息達を別室に運び終えた時には、全員が疲労困憊していた。





 それから何日経っても、ジャレッド達は元に戻らない。

 内臓で口が塞がれ、虚ろな眼球は何を映しているか分からず、言葉にならない苦痛の声を上げ続けていた。

 食事が摂れないというのに、身体が衰える気配はない。


 あまりの惨たらしさに国王は慈悲を与えようとしたが、命を受けた者が振り下ろした剣は首を落とせなかった。

 受けた傷は癒えず、次第に化膿してより状況を悪化させた。







 モルガーナの怒り。







 国王達を含めた誰もが認めざるを得なかった。

 もはや、ジャレッド達は自分達の手から離れた存在となり果てた。神の怒りが鎮まり、命を落とす日を待つ他ない。

 幸いといえるのか、漁獲量はお告げによる恩恵を受ける前より若干少ない程度だ。急な変化に混乱はするだろうが、国を治める上では問題ない。



 国王達の議題は、ペトラ・カーク侯爵令嬢の処遇に移った。



 ペトラがジャレッドの勘違いを受け入れて嘯かなければ、ここまで大事にはならなかったはずだ。

 だが、神の怒りを間近に見たペトラは精神に支障をきたし、現実と空想の境目が曖昧となってしまった。

 罪の落としどころが難しく、関係者は頭を抱えた。だが、この件はすぐに解決することとなった。




 パーティーから僅か一か月後。ペトラは鍵をかけた自室で、亡くなった。

 それも、保管されていた斧で自らの両脚を落とすという、痛ましい方法で自死したのだ。

 残された日記には、こう書かれていた。



 自分がマーメイドになればジャレッドが戻ってくる。だから、マーメイドになる。



 それを証明するかのように、血の海で眠るペトラの顔は歪んだものの満面の笑みだったという。







 一方、ジャレッド達は相変わらずだった。事態が動いたのは、丁度一年後。

 婚約破棄を叫んだその日、横たわる全員が異様な姿のまま、大きな呻き声と共に身体を跳ねさせる。

 激痛に苛まれているのだろうと、予測はできるが見守るしかできない使用人達。


 そのまま日付が変わったその瞬間、糸が切れるように一人の令息が命を落とした。メイジーへの迫害が一番少なかった者だ。

 息子が解放された喜びと最後まで苦しんだ悲しみで、親は静かに泣くしかなかった。




 それから一年経つごとに、一人ずつ解放されていく。だが、ジャレッドだけはいつまで経っても終わりが来ない。




 十年。




 国王達は、ジャレッドの解放は十年後だろうと予測していた。ジャレッドがメイジーを虐げた年月と同じだ。



 この件は海母神モルガーナを信仰する国々に伝えられ、後世に残すべき事柄だと歴史に刻まれた。

 オルタマレ国でも、国王夫婦の養子となった遠戚によって、改めて海母神モルガーナへの信仰を強める事柄となった。







 そして、あのパーティー以降、メイジーの姿を見た()()は誰一人としていない。






人外の中では人魚が一番好きです

婚約破棄物が溢れる昨今、書いてみて難しいなと思いました。



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[一言] お話上手ですね‼️ どのお話も面白いです‼️
[一言] なるほど、海面に打ち上げられた深い所にいる魚みたいな状態か…… 神の恩恵を忘れて「有頂天に達した」連中なので痛烈な皮肉と言えるかも?
[一言] >神の怒りを間近に見たペトラは精神に支障をきたし、現実と空想の境目が曖昧となってしまった。  元々現実と空想(妄想)の境目が曖昧な奴だったんじゃ?  なので、曖昧となってしまったじゃなくて…
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