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 森の奥の小さな一軒家に、ソマリはひとりで暮らしていた。

 亡き祖母から引き継いだ薬草畑の世話をし、それを街の薬師に売って、生計を立てている。

 その生活は裕福と呼べるものではなかったけれど、食うに困ったことはないし、これといった贅沢を望んでいるわけでもないソマリには、これくらいののんびりした暮らしがちょうど良かった。

 薬草の世話が終われば友人とお茶をしたり、お昼寝をしたりと自由な時間が待っている。ソマリには、それだけで十分だった。天候に左右されて、薬草が育たない時期は多少焦るけれど、祖母がいくらか遺してくれた蓄えもあるので、なんとか暮らしていけていた。


 ただし、悩みがないわけでもなく――。


「ソマリも、そろそろ良い人を見つけないとね」


 そらきた、とソマリは身構えた。

 友人宅でお茶をしているソマリに、友人の母親がそんなことを言ってきたのだ。

 友――サーシャの結婚が決まり、その式の段取りを打ち合わせしているところだった。とはいっても、小さな村であるので、しきたり通りに婚礼衣装を用意し、酒と料理を振る舞い、夜通し歌い踊るくらいのものなのだが。


「そうね。 ソマリも十六だものね。 そろそろ恋人のひとりでも見つけなくちゃ」


 サーシャまでそんなことを言い出して、ソマリは「うーん」と答えあぐねる。


「恋人ね」


 考えないわけでもないけれど、ソマリには、いまいちその手の感情がわからなかった。

 村人たちはたいてい皆、結婚相手を、同じ村の者か、近隣の村の者から見繕う。大人たちが縁談を持ってくることもあるけれど、サーシャは幼馴染のトーヤと結婚を決めた。ふたりは家が近く、子供の頃から仲が良かったから、ソマリも「良かった良かった」と心から祝福した。しかし一方で(はて、いつの間に)といった感覚もあった。

 ソマリには、恋愛というものが、よくわからなかった。


「よかったらおばさんが良い人紹介してあげようか? ソマリはどんな男が好みなんだい?」


 隣村の出身であるサーシャの母は顔が広い。そして、大変な世話焼きで知られている。二年前にソマリの祖母が亡くなった時も、彼女には葬式や埋葬のことやらで大変世話になった。泣きじゃくるソマリの横で、テキパキと指示をし、あれこれと手配をしてくれた彼女には今も大層感謝している。彼女が仲介してくれる男性なら、おかしな人はいないだろうとも思えた。けれど。


「ありがとうおばさん。 でも、わたしはまだいいや」


 ソマリは、この生活に満足しすぎていた。

 友人がいて、生活にも困っていなくて、誰への気兼ねもなく、のんびりした生活。

 いずれは結婚するにしても、急ぐことはないとぬるくなったお茶をすする。

 サーシャが、呆れたように息を吐いた。


「本当にマイペースなんだから」と。


 


 その帰り道、ソマリは森に分け入った。

 この時期にしか生えていない薬花を摘むためだ。


「ここかなどこかな」


 ソマリは鼻歌を歌いながら、木々の生い茂る獣道を、迷うことなく進んでいった。村人が嫌がる深い森でも、ソマリにとっては庭も同然だ。日の明るいうちであれば、絶対に迷うことはない。


「あ、あったあった!」


 木々の間にひっそりと生えていた白い花を見つけ、ソマリは駆け寄った。解熱剤にも鎮痛剤にもなるその花は、しかし栽培が難しく、ゆえに今のところは天然物しか手にいれることが出来なかった。つまりは、高額で売れるのである。


「ひとつにしとこ」


 乱獲して、花が絶えては困る。

 ソマリは三つ生えていたうちの一株をスコップで丁寧に掘り返して、持っていた籠に入れた。これで良いお肉でも買って、サーシャ達へのお祝いにしようと思った。大柄なトーヤもきっと喜ぶだろう。ふたりの笑顔を思い浮かべて満足し、ソマリはスカートに付いた土を払いつつ立ち上がった。


 その時だった。

 低く、唸るような声が聞こえてきたのは。


「……?」


 聞き間違いかと思ったが、声のした方をようく見てみれば、そこには白と黒っぽい何かが倒れている。大きな木の根元だ。そうしてその何かの正体に気づいた瞬間、ソマリは目を丸くした。


「えええ? 人……!?」


 ひとりの男が、そこでうずくまるように倒れている。

 ソマリは慌てて走り寄り、男のそばに膝を突いた。


「ちょっとお兄さん、大丈夫ですか!?」

「う……っ」

 

 しかし男は強く眉を寄せただけで、かたく瞑った目を開ける様子はない。しかも全身泥だらけで、衣服はあちこちが擦り切れている。触れた肩は熱を持っていて、その赤い顔から察するに風邪をひいているのだろうと思えた。


「えっと、えーっと」


 ソマリはうろたえながら立ち上がる。細身ではあるけれど、ソマリよりずっと身体の大きなこの男性を抱えるのは無理だと思えた。


「今村の人を呼んできますから、待っててくださいね」

「う……あ」


 男は抵抗するように首を振ったけれど、ソマリはすでに駆けだしていた。

 

 


 翌朝。

 目を覚ました男は、ベッドの中からソマリを見上げると、不安そうな面持ちで呟いた。


「ここは……どこですか」


 一晩中看病についていたソマリは、男が意識を取り戻したことに安堵すると、持っていた水桶をベッドそばのテーブルに置いて答えた。


「ここはわたしの家です。お兄さん、裏の森で倒れていたんですよ。覚えてないですか?」


 ソマリは水桶に浸した布をぎゅっとしぼり、男の額の布と当て代えた。

 そうして飲み水と簡単な食事を勧める。

 男は、そんなソマリをぼんやりと見つめていた。

 ソマリはなんだか落ち着かなくなって、そわそわと視線を動かしてしまう。

 変なの。と思った。

 昨日は動転していて気づけなかったけれど、男は、大変に綺麗な顔立ちをしていた。切れ長の瞳に、すっと通った真っすぐの鼻、薄い唇――おまけに、黒い髪は艶やかで癖がない。街でだってこれほど綺麗な男性を、ソマリは見かけたことがなかった。


 そんな綺麗な瞳を不安そうに揺らがせて、男は言った。

 

「……覚えてない、なにも」

「そうですか」


 ソマリは頷きながら、ベッドの横に置いた椅子に座る。


「ひどい怪我ですよ。 でも、獣に襲われたみたいでもないですし、よほど怖い目に遭われたんでしょうね」


 盗賊かなあ、とソマリは言って、男を覗き込む。男は迷い子のように首を傾げた。


「盗賊、でしょうか」


 明らかに成人していて、ソマリよりずっと年上だろうに、なんだかその仕草を可愛いと思ってしまう。

 ソマリは、ポケットに入れておいた紙とペンを取り出した。


「とにかく、ご家族の方に連絡を取りましょう。 わたし街に行って手紙を出しますから、お名前と住所を教えてくれませんか?」

「…………すみません、わかりません」

「そうですか、わかりませんか、うーん」


 ふむふむ、と言って、ソマリは動きを止める。


「……え? わからない?」

「すみません……本当に何もわからないんです。 自分の名前も、どうしてあそこにいたのかも」


 男は苦しそうに言って、眉尻を下げる。

 ソマリはそれってえと、つまり、と考えをまとめる。


「記憶喪失ってやつでしょうか?」

「……はあ、たぶん」


 頼りなげに言って男は、何度目かの「すみません」を口にした。

 



 その頃、国のお城の奥では、大きな大きな騒ぎが起こっていた。

 無論、ソマリが知るわけもなかったけれど――。

 

 

 


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