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9 祝福

 オルガは投資を実際やってみたいと言ったが、反対されるのではと思った。

 祖父から手ほどきを受けたと言っても、まだオルガは10歳だったからだ。


「そうか、投資を実際やってみたいのだな」


 心なしか祖父が嬉しそうに見える。


「なら、王都だ。中央に行かねば本当の勝負はわからんからな。お前の手本になるように儂もやってみるかな」


 祖父の目がおもちゃを目の前にした子供のようにキラキラしているのがわかる。

 どうやら本当は祖父自身が一番やりたかったようだとオルガは思った。



「ネイザン、ネイザーン」


 珍しく祖父は声をあげて執事長を呼んだ。

 相変わらず音もなく現れて祖父の横に立つ彼は、息の一つも乱れていなかった。


「お呼びですか。旦那様」

「暫くオルガと王都へ行く。滞在の準備をしてくれ。それからエリオットに連絡して別邸を開けておくように言っておけ」


 前触れもなしに王都への逗留を告げても執事長は落ち着いていた。

 まあ、これから指示を受けたメイド達が右往左往するのだろうが……。


「さて、オルガがエマを連れて行くならセルジュも連れて行かんとな」

「お爺様は何でもお見通しのようですね」

「あんなにわかり易い奴らもいないと思うがな……」


 オルガは曖昧な笑顔を浮かべてお茶を口に含んだ。


「さて、オルガ。子供といえどもやるからには真剣勝負だ。とは言っても10歳だから、ある程度の制限はかけさせてもらう。それでも我がドゥボー家の血筋を引いているか篤と見せてもらうから、覚悟はしておけよ」


 厳しいことを言っているようだが、心なしか祖父の声が弾んでいる。

 私がお爺様の血筋を引くのが嬉しいのか、それとも自信がまた王都で暴れまくるのが楽しみなのか。

『お爺様ったら子供みたい』

 どちらにしても、こんなに浮き足立っている祖父は初めて見るとオルガは思った。


 前回よりも5年も早くに王都へ行く。

 祖父が常日頃言っていた『情報は金』

 王都に着いたら、あの男の情報を手に入れたいとオルガは考えていた。



 ◇◇◇



【ジャン】


 そう言えば私が公爵夫人だった頃、裏の情報を集めることを専門にしていた男がいたのを思い出した。

 公爵気お抱えの情報屋だったその男は、殺人以外ならありとあらゆることを請け負う者だった。

 私も競合相手を調べるのに2~3度仕事を頼んだことがあったが、仕事は常に正確だった。

 公爵が彼を見つけ出す前に私が先に見つけられたなら。こんなに心強いことはないだろう。


 ネズミのような暗い灰色の髪に黒に近い藍色の瞳をした男。

 瘦せぎすで背が高かったように記憶している。

 隠すように伸ばしていた前髪のせいで顔までは思い出せないが、確か名前をジャンと言っていた。

 無論、本当の名前かはわからない。


 エリーズの子供が生まれるまで監禁されていた地下牢に時々やってきては様子を見にきていた男。

 二言三言だけ会話をすると帰って行った男だが、独り言のように捨て台詞を残していった。

『xxxの男どもがまだ真面に見えるぜ』

 確か王都のダウンタウンにある裏路地のことだと思うが、詳しく思い出すことができない。

 ただ、初めてジャンに仕事を頼むときに訪れた記憶があるので、実際行けば思い出すかもしれない。

 少しずつ未来が変わる中、まさか街中まで変わることはないだろうが。


 しかし、どうやって彼を探したらいいだろう。

 前回の記憶が正しければ、彼が公爵家の仕事をし始めたのは私が夫と婚約をした前後のはずだった。

 あの時、王都へ行ったのは学園に通う15歳のときだったから、『その時に探そう』そう心づもりをしてきた。

 思いの外早く行くことができたのは嬉しいが、10歳の身体では動ける範囲が制限されすぎるし、セルジュに頼むわけにも行かなかった。


 あまり急いては墓穴を掘りかねない。

 今回はジャンがいそうな場所の当たりをつけるだけにしておこう。

 学園に行くようになってから護衛を雇って訪れてもいいのだから。



 ◇◇◇



 王都へ行くための準備に追われる中、ちょっとした問題が伯爵邸の中で持ち上がっていた。


 セルジュとエマをどうするか?


 使用人だけではなく、祖父やアディ、もちろんオルガもその事では落ち着かなかった。

 この伯爵邸に来てからの二人は誰が見てもわかりすぎるくらい明らかなのに、当人はバレていないと思っているのだ。

 祖父の計らいで、今回、二人揃って王都へ行くことになったが、いつまでもこのままという訳にはいかないというのが大方の意見だった。

 あの鉄仮面の執事長ですらセルジュの煮え切らない態度に度々舌打ちをする程だった。


 祖父は使用人の結婚には寛容で、特にエマとセルジュに至っては同じ使用人と言っても職種が違うので問題はなかった。

 だが、同じ平民の出身とはいえセルジュは勲爵士(サー)の称号を持つ騎士だ。

 方やエマはオルガ付きの侍女だが、オルガの身分は祖父が伯爵とはいえ平民に近いため微妙な立ち位置だった。

 もちろん、祖父の一声があれば二人の結婚は決まるのだろう。


「オルガ、王都に行ったらエマを侍女頭にしようと思うがどうだ?」

「エマをですか?」


 祖父の提案にオルガは驚いた。

 年齢的にも伯爵邸での勤務年数から行っても大抜擢とも言えた。


「それはあまりに不適切ではないでしょうか」


 オルガはエマに不要な負担はかけたくなかった。


「まあ、儂らが滞在する間の一時的なものだ」

「それは……でもセルジュが行動を起こしてくれないことにはなんとも」


 祖父の言いたいことはわかった。

 エマに一時的にでも役職を与えて釣り合いを取ろうというのだ。

 王都にどれくらい滞在するかはわからないが、そう長い間ではないだろう。


 大体、今まで教会に行ったことがないセルジュが、日曜日の朝早くから番犬のようにエマにつきまとって礼拝堂に通うのだからばれないはずがないだろう。

 先日も伯爵邸内にある礼拝堂の司祭からため息とともにセルジュとエマのことを告げられた。


「神も二人のことは祝福するに決まっています。セルジュは一体何を躊躇っているのか私には分かり兼ねますよ」


 誰の目から見てもセルジュの煮え切らなさが原因だと思われているが、オルガは疑っていた。

 本当の原因は、エマのオルガに対する過剰なまでの庇護欲のせいではないかと。

 多分、エマはオルガが結婚するまでは自分は結婚しないと思っているに違いなかった。

 それがわかっているからセルジュは結婚を口にせず、エマに纏わり付いているのだろう。


『はあ、しょうがないな。かわいそうなセルジュのために一肌脱ぐか』





 マリーと従者に差し入れをもたせて、オルガは騎士の訓練場に足を運んだ。

 邸宅の右翼棟の外れに騎士の宿舎があり併設して訓練場があった。

 昼前のこの時間ならセルジュは訓練生の鍛錬をしている頃だ。

 案の定、セルジュの怒声が聞こえてきた。


 貴族の結婚は早いが、使用人はその逆だ。

 それから言えば、セルジュもエマもまだ若いから急ぐ必要もないと思うのだが。

『周りがやきもきして落ち着かないからなぁ』オルガは大きくため息を吐く。


「セルジュ」


 オルガは大声で呼んだ。


「お嬢様、お珍しい」

「差し入れを持ってきたよ」


 水で薄めたワインとエールを差し出した。

 パンとチーズに干し肉といった簡単な軽食も持ってきた。

 マリーと従者にあとは任せて、オルガはセルジュと木陰に移動した。


「あのね、今度、王都に行くの。知ってる?」

「ええ、副騎士団長と私と他数人で護衛することになりました」

「それでね、エマを向こうの別邸の侍女頭にしようってお爺様が言ってるの」

(本当はセルジュ、あなたの為にすることなのよ)


 セルジュは突然のことに飲んでいたワインにむせた。


「じ、侍女頭ですか……お、お嬢様は寂しくないですか?」

「寂しいけど…エマは今は伯爵家の使用人だから私にはどうしようもできないよ」

「セルジュは寂しくない?」

「そ、そうですね。寂しくなりますね」


 煮え切らないセルジュを前に、オルガはここでもう一押しした。


「王都はかっこいい人がいっぱいいるってマリーが言ってた」


 セルジュが無意識にマリーを睨んだ。


「セルジュとエマは私の大事な人だからずっと一緒に居られると思ってたよ」


 それから後は何を言っても聞いても上の空のセルジュを残し、屋敷へ戻った。





 明日は王都へ出発する、その時までセルジュは何も行動を起こさなかった。

 昨日、祖父からエマに侍女頭の辞令が渡され、エマは正式に侍女頭として別邸へ赴任することが決まった。

 それに合わせてマリーはオルガ付きのメイドとして、アディはオルガのガヴァネス兼シャペロンとして王都へ行くことになった。


『やっぱり、セルジュが煮え切らなかっただけなのか』

 旅の無事を願って祈祷が行われる礼拝堂へ向かう道すがらオルガは少しがっかりした。


 礼拝堂の後ろには馬丁や従者が座り、その前に騎士アディとエマが座った。

 祖父と最前列に座ったオルガに司祭は祈りを捧げた。

 香油の香りと司祭の祈りの声が礼拝堂を満たしていった。


 祈祷が終わり皆が退席しようとした時、セルジュがやにわに立ち上がった。


「司祭様、お願いがあります」


 そう言うとエマの腕を取り祭壇の前まで連れて行くとその前に跪いた。


「エマ、この後の人生を私と共に過ごしてほしい。時に導く光となり私の人生を明るく照らしてほしい」


 言い切ると指輪をエマの前に差し出した。

 エマの頬はバラ色に染まった。が、私の顔を見て言葉に窮しているようだった。


「エマ、私を言い訳にしないで。自分の心に正直になって」


 そう伝えると、エマは一筋涙を落とすと「はい」と小さく頷き左手をセルジュに差し出した。

 セルジュがエマの薬指に指輪をはめると同時に司祭は告げた。


「神の前に二人の婚約を認めます。意義のあるものは申し立てなさい」


 誰も何も言わなかった。

 いつの間にか執事長が現れ「お祝いの席を中庭に設けましたからお出でください」と告げた。


 その声を合図に皆立ち上がり、セルジュとエマを祝福した。


「戻ったら結婚式だな」

 それと一緒に『お前は意外に策士なのだな』祖父は嬉しそうにささやいた。

 

 オルガは生まれて初めて幸せな結婚というものを見るような気がした。

後でちょっと加筆するかと思います

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