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35 羊頭

アランは上機嫌で馬車に乗っていた。

これからミリとエリーズを迎えに行き、王都のタウンハウスに引っ越すのだ。


”あの女、俺が欲しがってた家をよく覚えていたな

まだ学生だったあの女を連れ回した時に、いずれ二人で住もうと話した家

勿論、あの女と住む気などさらさらなかったが


王都についたら、まず銀行だ

小切手を現金にして二人を仕立て屋に連れて行こう

紳士に相応しい妻と娘になってもらわないといけないからな”


驚き、喜ぶ二人の顔を思い鼻歌すら出てきた。


”勿論、自分も最高級品(じょうもの)で一式揃えないとな

タバコはやらないが、あの純銀製の嗅ぎタバコ入れは絶対だ

持ってるだけでも箔がつく

まだ、あの質屋にあるといいのだが

後は……そうだ。シルクハット!大ぶりの宝石のついたステッキも

それに見合うスーツや靴......


心配ない。それだけの金はある

なあに金がなくなれば、クラブで稼げばいい

賭場と違って如何様(イカサマ)をやる奴はいないはずだ”


アランは、上流階級の人間を相手に華麗なカード捌きを見せる己の姿を想像して悦に入った。


『それにしても……』

不安は手の中にある書類の束だった。

紹介状と引き換えに何枚か署名をしたが、アランには何が書いてあるのか皆目見当がつかない。

アランは読み書きができなかったからだ。

それでも、生まれてこの方まともな教育など受けたことがなかったし、それを恥ずかしいと思ったことさえなかった。

彼のいる場所では至極、普通のことで、寧ろ、賭場に出入りする為とは言え、簡単な計算と自分の名前を書くことができたアランは一目置かれてさえいた。


「よく読まれてから署名をされた方が……」


不意に、此処にはいない筈の弁護士の声が頭に響いた。

ペンを取ったアランに向けて弁護士が忠告をしただけのことだったが、何故か字を読めないことを馬鹿にされたように聞こえた。


”俺が読み書きできないことを知るはずがない___”


「全財産をオルガが相続するんだろ?オルガが死んだらその財産はどうなるんだ?」


アランは、火照る顔を誤魔化す為に余計なことを言ってしまった。

部屋の空気が一瞬にして凍りつく。しまったと思った時は遅かった。

それまで自分に好意的だった弁護士の声が、一転して冷ややかなものに変った。


「オルガ様が受け継ぐ財産は全て信託になっていて、最悪の場合は全て教会に寄付されます。但し、お子様が生まれた時にのみ、お子様に相続されます」


”ふん。どう転んでも、俺には手が出せないようになってやがる”


「次に、こちらへも署名を。ここは特に大事な部分ですからよくお読みになってください」


”まただ”


字が読めないことを揶揄われているような気がして落ち着かなかった。

読んだふりをし、ぞんざいに署名をすると、弁護士に書類を押しやった。


「アラン様の相続された不動産の権利書と信託財産の受け取り、これは月初に指定の銀行へ行ってください。それと、こちらがクラブの紹介状と小切手になります」


弁護士がそれとは別に、親権を放棄する書類をアランの前に差し出した。


「こちらは貴族院へ提出する書類の写しになります。この時点で、アラン様のオルガ様への義務と権利は完全に失われました」


弁護士の最後の言葉がアランの耳に残る。


何かとんでもない間違いを犯したような気がするのは気のせいか

しかし、情に訴えるほど関わり合いのない娘だ

確かに利用価値はあったが、手札が一枚減っただけのことじゃないか

それに俺には強力なエースの手札が残っている

クラブを足がかりにエリーズを社交界へ送り込めれば……


社交界の花となり、貴族の男たちが列を成して押しかける。

その中から一番の金持ちに嫁がせるだけでいい。

豪奢なドレスと絢爛な宝石に埋もれてもなお、美しい俺の娘。

そんなエリーズを想像して、アランは込み上げる笑みを抑えられなかった。


”それにしても、オルガは一体どれだけのモノをあの女から受け取ったんだ?”


落ち着きを取り戻すと、アランの貪欲さが首をもたげ始めた。

アランとて、遺言の開示を最後まで聞くべきなのはわかっていた。

どれだけのモノを手に入れ、できなかったのか。自分の目と耳で確かめてくるようにと言い含められてもいた。

それでもアランは、弁護士の見透かすような目に耐えられず、渡された書類を奪うように掴むと、そのまま表に出てきてしまったのだ。


”まあいいさ

面倒ごとはいつだって彼奴(あいつ)がなんとかしてくれる

そうだよ、俺には彼奴(あいつ)が、ギヨームがいるじゃないか

いつだってギヨームは俺の味方だもんな

まずは、この書類を読んでもらわなくちゃ

話はそれからだ。いや、まずは銀行だ”


アランは考える事をやめた。

いつものように、面倒ごとは全てギヨームに委ねることにしたからだ。

逃げ道を得たアランは、不確かな未来に想いを馳せ、白日夢に身を委ね始めた。

羊頭を掲げて狗肉を売る

砂上の楼閣のことです。次からはオルガメインで話が進みます


6/23 少し加筆、修正しました

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