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22 エマ(手紙)

”エマへ


これを読んでいるということは、術が解けて記憶が戻ったということだね。残念だよ。

お前に私とここで過ごした日々を忘れるように術をかけたことは後悔はしていない。

できれば私の事など一生思い出さないで欲しかったし、記憶を呼び覚ますような事に出会って欲しくなかったからね。


さて。とりあえず、伝えたいことは山ほどあるけれど何から書いたらいいだろうか。


お前と初めて会った日のことを覚えているかい?

冬の寒い日だった。

あてもなくさ迷って私の家に来た時お前を、普段は誰も入れることのない家に招き入れたのは、隠者のような生活を長くしていた閉塞感から逃れる為の気まぐれだったかもしれない。

そして、いくら排他的な村と言っても幼いお前が一人きりでこんな村の外れまで来たことが信じられなかった。

寒さで頬と指先を真っ赤にして私を見つめていたね。

暖かい暖炉の前で残り物のパンにジャムを塗っただけの物を、お前は美味しそうにかぶりついていた。

食べ終わった後にはにかみながら『ごちそうさま』と言ったお前のあどけない笑顔を見た時、私はあまりにも多くのものを失ったことに気付かされた。

だからだろうか。せめてこの村にいる間だけでもお前を守ってやりたいと思ったのだ。


私は長い長い時を生きてきた。お前が想像することができないくらいに。

そうだ。お前は『パラケルススの青い薔薇』の話は思い出したかい?

あの時はハッタリだと言ったが『青い薔薇』は確かにあったのだ。

お前に見せたあの薬だけでは意味がないのだが、紛れもなく瓶の中身は本物だ。


なぜそんな秘薬を私が持っているのか。

それは私がまだ幼かった頃に遡る。

私はお前の知らない国で生まれ育ち、幼い時に一人の錬金術士に買われた奴隷だった。

何も知らなかった私は、主人である錬金術士の実験台にされてしまうと買われた当初は怯えたが、実際は身の回りの世話をしながら助手のようなことをする毎日だった。

名前は書かないが、私の主人は天才だった。

今ならわかるが、主人の作るレシピは美しい旋律を見ているように完璧だった。

禍々しさとは無縁で、無駄のない呪文と理論。相反するものを見事に融合させていた。


主人には多くの錬金術士がそうであるように、貴族のパトロンが何人かいて時々呼ばれては奇術のような錬金術を彼らに見せていた。

それ以外は自然の摂理を探求する研究者だった。

そんな主人に魅了されながら、私は助手として少しずつ錬金術の腕を磨いた。

奴隷という身分は変わらなかったが、主人とは師弟のような毎日を過ごしていた。

しかし、錬金術よりもどちらかというと呪術の方に興味が移り、いつしか主人とは袂を別つようになっていた。

それでも主人は諌めるでもなく、違う道へと進む私を見放すことはなかった。

そんな時、あの秘薬ができたのだ。

主人は、探究心が勝り作ってしまったが、それは不幸を生むだけのものだから封印することにしたという。

賢者の石、エリクサ。

永遠の命を手に入れることは錬金術士の夢であり目標であるはずなのに、封印するという主人の愚かさに私は呆れた。

奴隷でありながら若さゆえに高慢だった私は、『愚かな主人』の代わりに自分がその薬の有益性を試したのだ。

焼け付くような喉の痛みと臓腑への耐え難い疼痛に悶えながら三日三晩生死の境を彷徨った後、私は生まれ変わった。

主人の理論通り、不老不死を手に入れたのだった。


自分の体につけた傷が嘘のように消えていく様を見て、私は誇らしかった。

その時の私は犠牲的精神で主人のために体を張った自分に酔っていたのだ。

今にして思えばそれは全くの独りよがりだったのにもかかわらず。


ともかく主人にその話をして学会に発表すべきだと力説した。

自分が成功例として学会に出てもいいと提案さえもした。

しかし、主人は冷淡だった。

『愚かな』と言うと、私に荷物をまとめて直ぐに出て行くようにといった。

その時の主人の絶望に翳る目を未だに夢にみるよ、エマ。

そして主人は私が出て行く時にあの薬を私にくれたのだ。

『お前にはこれが必要になる時が来るだろう』と言って。


始めの100年ほどは楽しかった。

どんな無茶をしても死なないし、怪我をしてもいくらでもやり直しができた。

何と言っても奴隷という身分から解放され、自分の好きなように人生を生きるのが嬉しかった。

次々に新しいことを試しては成功と失敗を繰り返し、長い年月をかけ、まとまった財産と呼べるような物も手に入れることができた。


それなのに私は孤独だった。

長年、友人として、良き隣人として付き合う人たちも、歳をとることのない私を畏れ始めた。

悪魔だと言って教会に通報されたこともあった。

異形のものとして捕らえられ拷問を受けたこともあった。

痛みは感じるのに傷はつけた先から綺麗に治るので、ますます私を見る目は変わっていった。

一体どういうことなのかわからないが、手足を失っても次の日には元に戻っていた。

それは私を忌み嫌い畏れるには十分すぎるほどの理由となった。

何年も幽閉され最後には忘れさられ、飢えや渇きに苦しんでも死ぬことはできなかった。

断頭台でも私の命を奪うことはできなかったのだ。


そんな体では同じところに長い間暮らすことは難しく、人々が訝しがる前に他所の土地に移るということの繰り返しだった。

経験は私を卑屈にした。

次第に、この秘密を抱えたまま人との信頼関係を結ぶことは難しく思われた。

もちろん告白したことはあった。あったが、いずれも不幸なことにしかならなかったよ、エマ。

いつしか周りにいる者は私と利害関係のあるものだけになり、日常の些細な幸せを一緒に味わう友も愛する人もいなくなっていった。


不老不死は孤独としか寄り添うことができない。

永遠の時を孤独に耐えるしかないと気がついて、私は隠遁の道を選んだ。

師匠の処で学んだことと、独学で学んだ呪術とで意識的に人々の関心を集めないようにした。

幻術をかけ私が男なのか女なのか、若いのか年寄りなのかわからないようにした。

必要があれば、元からこの土地にいたように思い込ませたりもした。

それでもある程度の年月が経てば、やはり出て行かざるをえないのだが、希薄な人間関係は私のわずかな未練を断ち切ってくれた。


数え切れないほどの転居を繰り返し、この村に落ち着いてからどれくらいになるだろうか。

この辺鄙な村の中でも更に人里離れたこの場所でお前に会ってから、私の人生は大きく変わった。

パンを食べた後、どうしても手伝いをしたいというお前がおぼつかない足取りで水を汲んできたね。

幼いくせに、決して受けた恩をそのままにすることはなかった。

いつしか、家に来ては私とおしゃべりをした後に何か手伝えることはないかと聞いてくる幼いお前が愛おしくなっていた。


お前が愛おしいと思うほど、もし、あの時、主人の言いつけを守っていれば、いずれ奴隷を解放され結婚をしてお前のような子供を持てたのだろうか。そして、その子がまた結婚をし子供を産む。私は孫を抱いていたかもしれない。

それは、私の浅はかな行動の代償があまりにも大きかったと認めることになっていった。


お前といる時は、決して満たされることのない飢えにも似ていて苦痛だったが、会えないのはさらに辛かった。

だから私はお前がいつでもここに来れるように、司祭を通してエマの家に手伝いの駄賃を渡してたのだ。お前は決して私からお金を受け取らなかったからね。

そのことで司祭とは、お前を通じて不思議な友情めいたものができていた。教会と呪い師は水と油のような関係なのに。

もう諦めていた人と人とのつながりを、お前という存在が与えてくれた。


そしてお前が12になった頃、エンリケスのとこに奉公に出す話が出た時は、司祭共々反対をした。

お前は何も知らなかっただろうが、エンリケスの2度目の妻が殴り殺された後でお前が後添いになる話が出ていたのだ。

もちろん、妻が亡くなった理由は憶測でしかなかったが司祭も私も憂慮した。

それから司祭と話し合って呪い師の後を継がせるように正式に雇うと決め、エンリケスのところよりも高い給金を払うことにした。

もちろんその金は司祭からお前の親に渡るようにしてあった。

さすがにエンリケスといえども、年端もいかない子供を娶るとは言い出せなかったようだった。


しかし、それもお前が成人するまでのことだ。

15歳を過ぎればいつでも親は娘を嫁に出すことができる。

焦った私は、何度お前にあの薬を飲ませようと思ったかしれないよ。

お前と二人、親と子として生きて行く未来を夢見てしまった愚かな私を罵ってくれ。

諦めていた孤独に耐えられず、お前の人生を奪おうとした私の浅ましさを蔑んでくれてもいい。

だが既の所(すんでのところ)でとどまれたのは、私が経験したあの惨めな人生を送らせることはできないと思ったからでもあったのだよ。

師匠は私の孤独に寄り添う者が現れた時にと考えたのだろうが、誰かを愛すれば愛する程、私の人生に引きずり込むにはこの孤独は残酷すぎると気づいてしまったからね。


結局、邪な考えをしないよう、あの薬が目に触れないようにした。

お前と二人で桑の木の根元に埋めたのを覚えているかい?

主人の家を追い出されてから今まで何度も処分することを考えてはいたさ。

だが、あの薬だけが私と主人をつなぐ糸だと思うと断ち切ることはどうしてもできなかった。

もう、主人はとうの昔に亡くなっていたにもかかわらず。


時々、エンリケスの横槍は入ったが、それでも穏やかな時間が過ぎていった。

しかし、お前が15歳になる年のこと、家に高貴な身分の使いというものが来て、どこでどう聞いてきたのか錬金薬のことをしつこく聞いてきた。

いや、錬金薬というより不老不死の秘術を知りたがっていた。

私はもちろん知らぬふりをしたが、相手は信じていないようだった。

それでも、狭い村のことだ。ここで事を起こせばまずいと思ったのか、それとも雇い主の指示を仰ぐためか一旦その男は帰って行った。

私は嫌な予感がし(残念ながらこの予感は当たるのだ)この村を去ることにした。

同時にお前も逃がすことにした。

私がいなくなった後のことを考えると、堪らなく心配だったからね。


直ぐに司祭のところに私は走った。

私が雇うと決めてから司祭にはお前の本当の仕事先をお願いしていた。

できるだけ遠くの、親が手出しのできない処に。

司祭はすぐに働き先を見つけてくれたが、せめて15歳になってから送り出そうと二人で決めた。

だが、司祭にこの村にいられないと告げると何も聞かずに行動に移してくれた。

そしてお前の親が反対できないように私が破格の支度金を出したのだ。

こう言ったら申し訳ないが、お前の親は目の前に金があれば、その金欲しさにお前を手放すとわかっていたからだ。

実際、そうだったろう?


そして、お前に暗示と私を忘れる術をかけたのだ。

それはお前の為でもあり、私の心の平静の為でもあった。

エマ、一つだけお願いがある。

ここを去る時に全てを始末していくつもりだが、もしかすると間に合わないかもしれない。

もし、その箱を手にしたのならお頼むから私の代わりに処分をしてほしい。


最後に……

お前が見たあの本は本当の錬金術ではない。ほとんどが紛い物だ。

ただ、嘘の中に隠された真実があるのではないかと私が集めておいた本だ。

ずいぶんショックを受けていたようだったが、お前を錬金術から遠ざけておきたかったので黙っていたのだ。

悪かったね。


エマ、私は行くよ。でも、心配は無用だ。

皮肉な事にどんなことになろうとも、未来永劫、私は大丈夫だから。

私が手にすることができなかった幸せをありがとう。

一時だが幸せな日々だった。


それから、娘のようなお前に私の遺産を少し残しておこうと思う。

()()()()()()()に置いておくから探してごらん。


もし、次に会うことができればお前は自分の子供を抱いているだろうか。

それとも幸せな人生を終えた処だろうか。


さあ、本当にさよならだ。

私のことなど忘れて幸せにおなり”

ちょっとゲームとか漫画ベースの錬金術仕様になっています


読んでくださりありがとうございます

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