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16.5 ギヨーム

『くそっ、くそっ、くそっ!』

大粒の雨がギヨームの顔と言わず脚と言わず体全身を打ち付ける。

髪を一つに縛っていた紐はとうの昔に外れ、雨に濡れた髪が頬に張り付いて不快だった。


『くそっ。あいつらのせいで下手を打った』

暗い森の中を馬の力強い足音が響く。


『あれほど堅気の女には手を出すなと言っておいたのに』

どうやら追っ手は撒けたらしい。

ギヨームの馬の蹄の音以外は雨音しか聞こえてこなかった。


『それにしてもあの男。調子のいいことばかりほざきやがって』

ギヨームは馬を走らせながら一人の男のことを思い出していた。

金髪に青い目をした優男。見た目だけはすこぶる良かった。

伯爵家の身内と言っていたが、とんだ食わせ物だった男。


『馬鹿な奴らめ。あんな男の口車に乗りやがって』

手下があの男にそそのかされて下手を打ったのを知ったのは、商業地区の飯屋でエヴァンにあった後だった。

エヴァンがドゥボー伯爵の手の者だとわかった途端、手下どもが狼狽え始めたからだ。


『まあ、奴らもそろそろ潮時ではあったがな』

ギヨームは不機嫌だった顔を少しだけ崩した。


『それにしてもしつこい奴らだ。暫くは旦那(公爵)の仕事から手を引かなきゃならんだろうな』

下手を打った手下どもは一人残らず始末をつけてきた。

自分が生き残るために非道になる。それは戦場で身につけた処世術だった。


『そろそろこの辺りだと思ったんだがな』

もうかれこれ2時間近くも休みなく馬を走らせていた。

ギヨームを乗せた馬は馬銜のあたりから泡を噴き、白目の部分を赤く血走らせてもなお走ることを止めなかった。

いや、止められなかったのだ。


『そろそろこの馬も限界か……』

悪天候や悪路をものともしない、むしろ悪条件の中でこそ真価を発揮するギヨームの自慢の馬だった。

だからこそ、この絶体絶命の中、生き延びることができているのだ。

だが、今、馬の走りを止めれば確実にこの馬は倒れる。

使命感と興奮で無意識に足が動いていると言っても過言ではなかった。


『あ、あそこだ』

暗闇に浮かぶ鬱蒼と茂る木々や下草の影の中に白い岩肌が見えてきた。

ギヨームは少しずつ馬の走りを抑えていった。


「ありがとよ。お前は誰よりも信頼できる俺の相棒だったぜ」

そう、馬の耳に語りかけると鬣に自分の額を押し付け最後の別れをした。

駈歩ぐらいの速さにまで落ちたところを見計らい、ギヨームは手綱を放し草地めがけて飛び降りた。


『あばよ、相棒。お互い生きてりゃどこかで会えるだろうさ』

草地に倒れこみながら、馬の後ろ姿を見ながらつぶやいた。

しかし、それは楽観的すぎる話だとギヨームはわかっていた。

限界に達した馬、暗い森。

雨だとしても狼どもは狩りをやめるとは思えなかった。


「生きていりゃあな……」


それは馬に言ったのか、それとも自嘲なのかギヨーム自身にもわからなかった。


ありがとうございます

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