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10 祖父

【祖父】


 パトリス・コンスタン・ドゥボー 第11代伯爵。


 それが私の祖父だった。

 祖父と私は似ていない所を探すのが難しいほどよく似ていた。

 多分、祖父もそう思っただろう。


 ドゥボー家は代々、実直と勤勉を絵に描いたような家門で、その中にあって祖父は異端児と呼ばれていた。

 見た目は家門の血を濃く受け継いだにもかかわらず、やることは抜け目なく、貴族でありながら生まれながらの商売人だった。


 もともと実直と勤勉を旨とした家柄のため、代々領地運営はうまくいっていた。

 王都から若干離れている領地もあって大方の貴族とは違い質素倹約が苦にならなかったようだ。

 そのせいか何年かおきに起きる自然災害に見舞われたとしても備えはいつも万全だったし、2~3年ぐらいであれば耐えられるぐらいの財はいつもあった。

 かといって人の目を引くほどの莫大な財産があるわけでもなく、政治的に野心家な人物を傑出することもなかったので、中央の有力貴族や王族から目をつけられることもなかった。


 その祖父が頭角を現したのは学園に通い始めた頃だと聞く。

 王都の学園に通いながら学生のお小遣い程度のわずかな元手で、卒業する頃には王都にタウンハウスと海運業の共同経営者の権利まで手にしていたという伝説を作り上げていた。


 祖父が言うには元々ドゥボー家は投資の才があったのに生かしてなかっただけだということだった。

 私が祖父に教えを請いて投資やビジネスの勉強を始めた時に『実直だけでは領地運営で利益を上げることは難しい』と話してくれた。

『わが家門はなんというか直感に鋭いというか時勢を読む力が人より敏感なのだ』


 多分、多分だが、未来が読める予知のような能力がある家門なのかもしれなかった。

 ただそれを公にすれば【異端】の烙印を押され宗教裁判にかけられてしまう。

 そんな恐れがあるから代々、勤勉実直を家訓にして能力をひた隠しにしてきたのではないか。と思われた。

 前回、私が公爵家の負債を5年で完済できたのも、ただの才能だけではなかったのだ。

 あの時に勘が何度も働いて大きな儲けや損失を回避したことを思い出した。


 祖父はその後、学院に進学し首席で卒業すると、王族の財政顧問に若くして抜擢された。

 財政顧問に就いていた頃、王族の財はもちろん祖父自身の財産も増やしていった。

『若かったからな。面白いように読みが当たり、もはやゲームでもしているような、そんな気持ちだったのだ。なぜ家門がこの能力を伏しているのか、その本当の意味を理解していなかった』


 王族は自分の財産が増えることには鈍感だが、家臣のことには敏感だった。

 次第に祖父を煙たがった。祖父が儲けた金で王家に謀反をするのではないかと疑い始めたのだ。

 そのことに気がついた祖父は大きな賭けに出た。

 自身が築いた財産を失うほどの無謀な投資をしたのだ。

 見た目はうまくいきそうだったが、祖父はこれが失敗するとわかっていて敢えて投資をしたのだと言う。

『まあそれで私の財産は”ぱあ”だ。だからお前の祖母と母親を連れて領地に引っ込むことにしたのだよ。

 もちろんそんな私が王族の財政顧問をする訳にはいかないだろう?』

 祖父は思い出すと笑いが止まらないという風だった。


 だから私にも派手にやるんじゃない。と釘を刺した。

『特にお前は女だから、この社会では食い物にされる』

 過去の教訓だろう。声が沈んでいた。


 そんな事件の後、祖父はこの地に戻ってきて祖母と母と三人で慎ましく暮らし始めた。

 貴族の常、15歳で母が学園に通うまで。


 母がいなくなると、時間を持て余した祖父は人を介して投資を始めていた。

『一度染み付いた悪癖は治らないものだ』

 前回の私の持参金と信託財産の額を思えばそうだろうと容易く想像できた。

 人の口に上らぬよう細心の注意を払ったというが、そこに目をつけた者がいた。


 それが私の父だったのだ。



 ◇◇◇



王都へ向かう馬車の中で話は自然と父のことになっていた。

普段は祖父が嫌がるのであまり父の話はしなかった。オルガ自身も父の話が不快だということもあって、滅多に口に上ることはなかった。

折角なので、以前より気になっていた父の家門のことを聞いてみた。


 オルガの父は表向き領地を持たない男爵の三男ということだったが、本当のところはわからないと祖父が言った。


「いくら調べてもお前の父の言う男爵家が見つからないのだ。いや、あるにはあったのだが当人を探し出すことができなかった」


 祖父の財力を持ってしても探せないというなら本当だろうとオルガ思った。

 実際に家門があるなら父の方から呼びかけて会わせているはずだ。あれほどまでに爵位にこだわっているのだから。


 公爵夫人だった頃、領地を持たない貴族はお金の為に爵位を売る話は聞いたことがあった。

 もちろん子爵以上になると中央で統括され、家が維持できない場合の爵位は返納になるため売り買いはできないが、領地のない男爵、準男爵は秘密裏に爵位の売り買いがなされているという。

 と言うのも、そのクラスの爵位では中央で行われる夜会や政に参加できないので黙認されているからだ。


 祖父が言うには、父は爵位を売った後の末裔か騙りなのかわからないという。

 そういう訳で、出自は不透明なままだということだった。

『まあそんなとこだろうな』と今更ながら父の詐欺師ぶりに感心していたのを、祖父は気落ちしていると勘違いしたようだった。


「なに、心配するな。お前のことは考えている。いざとなればエリオット(叔父)の養女にしてあの男とのつながりを断ち切ってやろう」


 気持ちは嬉しかったが、それはオルガの意図するところではなかった。

(いずれはっきり言わなくてはいけないな)

続けて祖父は母のことも話し出した。


「お前の母親が16歳の時、お前の祖母が亡くなった。流行り病であっという間だった。信じられないかもしれないだろうが、私とお前の祖母とはとても仲が良かったのだぞ。

 私は一時、悲しみのあまり周りが見えなくなったのだ。娘も母親を失って悲しかったというのに、自分のことしか考えることができなかった―――」


 祖父の声は後悔の色がにじんでいた。


「そんな時にお前の母親にあの男が近づい――いや、会ってしまったのだ」



 = = = = = = = = 



 パトリス(祖父)は王都にある学園に通っていた娘から結婚をしたい人がいると告げられた。

 その頃には自分の後継にするべく遠縁の子息であるエリオットを手元に置いて指導をしていただけに青天の霹靂だった。

 ともあれ、娘とその男に会うべく急ぎ王都へと向かった。

 王都のホテルの一室で会った男は、見た目は王侯貴族にも劣ることのない美しい金髪に鮮やかな青い目をした中性的な美しい顔立ちをしていた。


 アランと名乗った男は家門の名を明かさなかった。


 親として娘は何にも代えがたく愛おしい。

 だが反面、客観的にならざるをえないほどの財産を持っている祖父は、この美しいとさえ思える男がなぜ娘を。と考えた。

 純粋に娘の内面に惹かれたのであれば問題はなかった。が、話せば話すほど、男の狡猾で冷淡な本性は隠しきることができず、あっけなく露呈していった。


『財産狙いか』


「アラン、と言ったな。家はどこの家門だ?」

「取るに足らない辺境の男爵ですから」

「それはそうでも、貴族の間で結婚とは家同士のものとなる。そなたの家を蔑ろにする訳にはいかない。早急に連絡を取りたい」


 そう言われた男は困ったような顔をした。


「お父様、アラン様のお家はここから遠く、すぐには来れないのです。私たち直ぐにでも結婚をしないと……お腹にアラン様の―――」


 祖父はその場で気を失いそうになった。

 一気に失った血の気が今度は倍以上になって頭に上ってきた。

 母親が亡くなって寂しい思いをしていた娘を省みることがなかった報いがこれなのか。

 この胡散臭い男を婿として受け入れるしかないのか。

 怒りと失望と後悔がない交ぜになり冷静な判断を下す自信がなかった。

『落ち着け。弱みを見せるな』何度も心の中で唱えた。

 それはパトリスが大きな駆け引きの時に何度も口にした言葉だ。


 今一度、冷静にアランと名乗る男を見る。

 私の負けを示唆するような軽薄な笑い顔に怒りが湧いた。

(小賢しい青二才が)


「それならばなおのこと、そなたの家門を知らねばならない。名乗らないのであれば教義に背いた娘はお腹の子供ごと修道院に送るしかない」


 祖父の揺るがない態度に負け男は家門の名を口にした。

 男爵であったとしても聞いたことがない家門だった。


「とにかく、急いで結婚をしては大義が立たない。準備をしなくてはならないので一週間後に出発する。ロクサーヌ、お前は明日にでも学園を退学するから荷物をまとめなさい。アラン、家長が来れないのであれば家門のことを詳しく聞かせるように」


 そう言って従者に娘だけを学園に送り届けた。


「で、アラン。今いくつになる。学園で会ったのか?」

「私は20歳ですので学園には通っておりません」

「会ったのは本屋でたまたま―――」


 その後は胸が悪くなるような男の薄っぺらな娘への賛美が始まった。

 延々と続く芝居掛かった男の言葉を遮りパトリスは伝えた。


「結婚をするなら婚前契約書にサインをしてもらう。ロクサーヌには結婚の持参金はつけるが、それだけだ。それと、ロクサーヌは嫁にやるのだからお前がドゥボー家を名乗るのは許さない。お前の家門の名を使うことだ」

「なっ……」

「その代わり、名を名乗らないのであれば品格維持費をお前に出そう」


 黙って聞いていた男は狡そうな笑みを浮かべると聞いた。


「断ったらどうします?」

「それならそれでいいだろう。娘も目が覚めることだろう。財産目当ての男だったとな」

「どこか修道院に寄付金とともに送り込むだけだ」


 もしそうなれば、エリオットに頼み込んでロクサーヌを任せようと考えていた。

 強固とも言える目の前の伯爵の気迫に押され、アランと名乗る男は折れるしかなかった。


「わかりました。サインはします。家名は我が家のを名乗りましょう」


 パトリスにはわかっていた。

 この男は私が死んだら、なし崩しに伯爵を名乗りつもりだということを。

 娘はこの男の言いなりなんだろうと。

 そうはさせるものか。だが、情報を多く与えるつもりはない。

 エリオットのことは黙っておいた。



 = = = = = = = = 



「ロクサーヌ、お前の母は運命の恋だと言い張ったが、誰の目から見ても財産目当てなのは明らかだった」


 祖父とオルガの間では父の評価は一致していたので、今更取り繕うこともなかった。


「結婚はさせたが、婿として伯爵家を継がせるつもりはなかったので直ぐにエリオットを養子にした。案の定、いつまでたっても養子の話が出ないからお前の父は家に寄り付かなくなった。離婚をさせたいがお前の母が首を縦に振らないから未だにあのままだ」


 愚かな奴めと小さく呟いたのを聞き逃さなかった。


「でも今はお幸せそうですよ」


 父が定期的に屋敷に帰るようになってから母の容態が落ち着いたと見え、昔は考えられなかった意思の疎通ができるようになっていた。

 とは言っても内容は全て父のことではあったが、今のオルガにとって父の情報はありがたかった。


「お前は聡い子だから全て分かっているのだろう」

「寂しいと思った時もありましたが、今はお爺様のお側で幸せです」


 祖父の手を両手で包み込み微笑んだ。

 オルガは演技ではなく本当にここにきて幸せだった。

読んでくださりありがとうございます。

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