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君に祈りを

作者: しもつき

つまらない世界。薄い人生。嗚呼、笑うとしたら、嘲笑でしかないだろう。

逃げ出したい、そう思うほどに、透けていくわたし。



いつからか、毎日が嫌で仕方なかった。

ただ垂れ流される日常が、嫌いだった。

簡単に言えば、飽きていたのかもしれない。

『日常』に飽きて、『非日常』を求めていた。

しかし、そこに飛び込む勇気なんて無くて、ただそんな平凡な日々を嘆くだけだった。

どうしようもない心の痛みが叫んでいた。

もういやだ、いやだよ、と。

 でも、そんな中でも、笑顔は絶えなかった。

辛くなればなるほど、笑顔が、やめられなかった。

それは、自分を奮い立たせるなんてポジティブな意味ではなく、ただ、そうでもしないと、死にたいという気持ちが表にでてしまいそうだったからだろう。そんな大それたことする気はないけれど。

 年を重ねるごとに、どんどん深まっていく愛想笑い。それとともに、人も嫌いになっていった。

汚くて、愚かで、浅ましくて。

だけどそれは、考えれば考えるほど、わたしの姿をとっていった。

実質、わたしが嫌いだったのは、わたし自身だったのだ。

世界で、何より。


 そんな薄汚れた笑顔を振りまいた毎日の反動なのか、ここ数年、笑えなくなっている。

しかも辛いのは、愛想笑いだけではなく、以前は純粋に面白くて笑っていた好きなお笑い芸人のコントを見ていても、笑えないということだ。変わらず面白いのだけれど、それを笑えないのはどうにも悲しい。

 無理に笑おうとすると、顔が引きつりなんとも不気味な表情になってしまう。

そのせいで可愛いな、と猫に微笑んだ時も、ビクッと怯えられて逃げられた。ついでに威嚇もされてとてもつらい……。


 その日は、いつも通り気怠い朝だった。

わたしの体はなにかおかしかった。

…なぜか、透けているのだ。わたしの、体が。薄く透け、手をかざすとその向こう側が見える。

最初はわたしの目がおかしいのかと思ったけど、段々と人から認識してもらえなくなっていった。

 ある時、転んで人にぶつかったのだが、わたしの体はそのままその人をすり抜け、立って周りを見たときにも誰も今の現象は見えていなかったようで、誰もこちらを見ている人はいなかった。

そこで気が付いたのは、わたしの体はものをすり抜けてしまうことがあることだ。

まず、コップを持てなくて水を飲めない。

さらに、テレビをつけられない、手が洗えない、着替えにくい。これには不便すぎて困った。

 そんなある日、ある噂を聞いた。というか聞こえた。『町のはずれの森の中に、魔法使いがいるらしいよ』なんて。

普段はそんな眉唾ものの話なんて聞き流すが、今は幽霊のようになっている身ではどうとも言えない……。

 取り敢えずは、その魔法使いとやらに会いに行ってみることにした。

平日だけど、どうせわたしは認識されないし、関係ないだろう。



 その森は、さすが森、というだけあって立派な木が生い茂って…!もうこれ樹海じゃん!

叫ぶ元気もなく、道なき道を行く。道わかんないし……。

あーあ、人に会うからって小奇麗な恰好してこないで、もうちょっと動きやすい服着てこればよかったかな。リュックとジャージは侮れない……。

しかも、なんだか暗い。そりゃ道がないのだから、整備なんてされてないだろうし、日も当たらないよね。……何か出そうだな。動物でも、幽霊でも。

 実はわたし、魔法使いなんてものの存在は疑っていてても、幽霊などのものは普通に怖いのである。他の人もそうだろう。

ああ嫌だな。怖い感情を無くしたいときほど、怖いものを思い出す。

あー、消えろー、消えろー。……テレビの番組で見た怖い映像を頭がよぎった。怖い。

いきなりガサッと音が鳴ったので飛び上がり聞こえた方を向くと、草が揺れているだけだった。……もう本当にどうしたらいいんだろう。

 恐怖を感じながらも、戻ってもどうにもならないし、という勇気で進む。

 道らしきものがあったと、かすかにわかるようなところを歩いていくと、やがて開けた場所に出た。

わたしが通ってきた道とは違い、陽に照らされている。

木はほとんどなく、短くきれいに刈られた草がある広場の真ん中に、シンプルで、しかしお洒落な雰囲気の、木でできた家があった。

 確かに、魔法使いっぽい。

 その不思議な感じがする光景に恐怖など吹き飛び、挨拶なんて考えないまま近付き戸を叩く。

「誰?」

「ひぇっ?」

いきなり後ろから声が聞こえた。

驚いて振り向くと、人の好さそうな青年が立っていた。

「あ、もしかして魔法使いに会いに来たんですか?」

「……えっと、あなたは?」

青年はニヤッ、と笑った。

「《魔法使い》、です」

……あ、怪しい!

「あー、今、怪しいって思ったでしょ!本当ですよ!」

「えっ、だって魔法使いってお婆ちゃんとかじゃ……?」

「それならわざわざ《魔法使い》って言わずに《魔女》って言いますよー!あ、なんなら証拠としてあなたの状況を言いましょうか?」

「えっ……と。……ずばり?」

「透けてますね!それ他の人には見えないでしょう?」

……取り敢えず、目の前で得意げにしている青年は、悪い人ではないような気がした。



「はいっ!じゃあ、あなたの悩みを聞きましょう!まあ見ればわかりますけど」

《魔法使い》に、家の中に招かれ、椅子を勧められ、お茶を出された。

……なんだろうこの状況……。

「は、はい」

人と話すのは苦手だ。

愛想笑いで誤魔化したりできない今の状況になってからは、尚更である。まずは、お茶でのどを潤して…、

「……あっ」

こんなときに、コップが掴めない。

「ふーん、見た目だけじゃないんですね」

「はい……。掴めるときと掴めないときがあって……。あとは人に認識してもらえなかったり」

「認識してもらえるときは、ちゃんと見てもらえるんですよね?」

「はい。ちなみに認識されてないときは元からわたしなんていなかったかのようになりますね」

「ふーん。…それで、俺はどうしたらいいんですか?」

「…わ、わかるでしょ!治してほしいの!ちゃんと人に認識されるようにしてほしいの!」

余裕な相手の言葉に腹が立ち、つい声を荒げてしまうと、驚いた顔をされた。その顔に正気に戻る。

「ごっ、ごめんなさい……」

「いや……意外だな」

「え……?」

「や、何でもない。……じゃあ、治せるようにしましょう!そのためにはあなたの話を聞かなくちゃ!話してくれますね?」

勿論だ。


 わたしは、わたしのことを話した。

今まで、変に見られるのが怖くて、恥ずかしくて、誰にも言えなかったことばかりだけど、彼にはなぜか……《魔法使い》だという安心のせいか、すべて話せた。

 彼は、馬鹿にしたり呆れたりせずに、終始真面目に聞いてくれた。

「……今ので、わかりました?」

「うーん、そうだなあ。まあ解決策はわかったかな」

彼は身を乗り出してくる。

「でも、その為には君の協力が無いと、ね」

「それって……?」

「ま、君が笑えば全部解決だね」

「……」

笑えないって話したじゃないか……。わたしはきっと変な顔をしていたと思う。

しかし、目の前の魔法使いはそれを笑ったりせず続ける。

……原因は、わたしが何年も笑ってないせい。

解決策は、単純でとても難しいこと。

まず一週間、わたしが薄く透けない、消えない魔法をかけてくれる。

でも、その期間中にわたしがちゃんと笑わなければ、わたしはそのまま消えていなくなってしまうということ。

「君を笑わそうにも、好きなものも何にも知らないなあ。でも頑張るよ!」

その一週間は、魔法が届く範囲にいるようにと、魔法使いの家に住み込むことになった。

「あっ、えっと報酬とか代償とかはどうしたら?」

「いらないよ」

「……えっと、タダより怖いものは無いんですよ?ほら何か」

「えー。……じゃあ、そのネックレスを頂戴」

「…安物ですけど」

「いいのいいの、綺麗だし」

魔法使いが欲しがったのは、わたしが着けていたネックレス。安物だけど、光を反射して輝く石が嵌め込まれている。

気に入ってたけど、消えちゃったら元も子もないし、と首から外して渡した。



 それから一週間、彼と過ごした。一週間、というのは、わたしが彼を訪ねた日の夜から始まった。

 魔法の効果は、透けないだけではなく、以前みたいに、物を掴めない……ということも防いでくれているみたいだ。

物をちゃんと掴めるというのはやはり便利なものだな、と感動した。


 一週間あって、《魔法使い》について色々知ることができた。

 《魔法使い》は、ずっとここに住んでいるらしい。それもひとりで。

親について聞いてみたら、よくわからない、とのことらしい。

ちょっと余計なこと聞いちゃったかな、とは思ったけど、気にしてない様子。

「いやー、そんなに重い話ではないと思うよ?それに俺自身わかってないんだから、気にしない、気にしない!」

……どうやら本気で言っているようだ。

 家事は得意みたいだ。まあずっと一人暮らししてたらそうじゃないと生きていけないよなあ。あ、ちなみにご飯は大層美味しかったです。

生活の大体が自給自足なので、ほぼ野菜でとてもヘルシーな、でも物足りなさなんて全然ない、というようなご飯でした。女の子にはうれしいね!

服も作れるらしい。なんだこの魔法使いは、魔法に関係なくすごいぞ。


 ただし欠点もあるようだ。

家事には全く関係ないけれど、歌が…下手だ。

彼は時々歌をうたっている。それも、とてつもなく下手な歌を。

でも、本人は気持ちよさそうにうたっているから、それでも、まあ、良いのかもな。

「ねぇ、聞いてよ!俺が歌をうたっていたら、鳥が勢いよく飛び立っていくんだ!やっぱり《魔法使い》だから、元気になるのかな!」

彼は、木で休んでいる小鳥に近付いていく。そして、歌をうたう。

前言撤回、これは良くない! どう見ても逃げるように慌てて飛び立っていってるって!

 一日目の夜。彼は子守唄をうたった。

「慣れない環境で落ち着かないでしょ?子守唄でもうたってあげるよ!」とのことだったけど、やめてくれ!

ひどい、やっぱりダメだ、眠れない! おとなしく聞いていると悪夢でも見そうなので、魔法使いを傷つけないようになんとか止めることができた。それからは自称子守唄が聞こえることはなくなった。

 彼は、何か買い出しに行くために、たまに町に行くらしい。町は、行くたびに様子が変わっていて、いつでも新鮮な感じがして面白い、とのこと。

 そして、気になっていた、彼の家のこと。近代的だけれど、家の構成としては木や石で出来ていて、自然の温もりというものを感じることができる。

あとは、ちょっと古めの家電が見られる。

……電気はどうなっているのかと問うと、恐ろしいことに、何それ、と聞かれた。しかし家電は普通に使えている。そうかこれも魔法の力か……。

 あとは庭かな、自給自足の場所は家の裏。

畑があり、ここに野菜が沢山生っている。さらに鶏が放し飼いされていて、何故か逃げないし卵をくれる。それと花畑、ハーブティーとかも作るらしい。


 彼は色々な手段で笑わせようとしてきた。

「俺さ、君にも間違えられたように、魔女と思ってくる人もいてさあ、君の前に来た人なんてひどいんだよ!俺が魔法使いだーって言ったら怒ってきて、イメージと違う!って。一応中に入れてお茶を出したらすぐさまそのお茶をぶっかけてきて!しかもそれ、服にかかってシミになっちゃって、おかげでもう着れませんよ!いつ人が来るかわかんないし。あの服気に入ってたのにっ!」

「あ、そういえばここに来たとき、どうやって来たの?家の正面の方は道無いよ?ちょっと遠回りになっちゃうけど、家の裏の方にちゃんとした道が…あっ待って怒んないで!」

わたしを和ませようとしているのか、こんな話も。

「君は…小さいときは楽しかったんだよね?」

「…どうなんだろう。楽しかったはずだけど、なんだろう。思い出そうとしても、嫌なことばっかり思い出すなあ」

 笑い話をしたり、家の裏にあった美しい庭で駆けまわったり、花の絨毯に寝転がったり。

お腹をくすぐってきたときに蹴ってしまったのは本当に悪かったと思ってる。うん。



「あーあ、笑わないなあ」

七日目の朝。最終日になって、そろそろ期限が迫っていていた。

それまでにわたしと《魔法使い》はだいぶ打ち解けていた。人が苦手なわたしだけど、彼は人を和ませる魔法でも持っているのか、一緒にいて心地よいというか、気が楽というか。

とにかくなんだか信頼できて気を使うということはあまりしなかった。敬語もとうの昔にやめている。

しかしそれでも、なかなか笑うことは出来ない。

うーん、近くで鳥が飛び立ったときの彼の驚きようはとても面白かったんだけどなあ。

「俺、面白くないのかなあ」

大丈夫、今もへこんでるところとか充分面白いよ。

「うー。…あっ、そうだ!町に行ってみようか!」

いや、わたし、今まで町に住んでいたんだけど……と言ったのだけれど、彼曰く、楽しいものを見つけられていないんじゃないか、とのことらしい。

ふむ、なるほど。……人込みは苦手だけど、まあいっか。


 それからわたし達は町に出て、たくさんの場所を巡った。

《魔法使い》は、正直自分が来たかったんじゃないかというほどはしゃいでいた。

服を見たり、ゲームセンターに行ったり、ご飯を食べたり、彼はどこでも目を輝かせていた。

……わたしは、そんな彼をうらやましく思ってしまう。

 遊園地に行きたいという彼の案で、またも引っ張りまわされた。ジェットコースターにメリーゴーランド、おばけ屋敷に観覧車。

そうして、帰る頃には夜になっていた。かなり疲れたが、楽しかった。

 彼は、子供のようにはしゃぎまくっていたが、合間合間にわたしを笑わせようとしてくれていて、お人好しなんだなあ、と思った。


 帰り道、木々の隙間から月明かりが漏れる、森の帰り道。前を歩く彼が、気まずそうに振り返る。

「……えっと、ごめん!笑わせたかったんだけど、逆に疲れさせちゃったみたいだ……」

ああ、本当に、お人好しだ……。わたしなんて、赤の他人なのになあ。

……ああ。

「…ふふっ」

「…あっ。笑った…?」

「え?」

「今、絶対に笑ってたよ!ねっ!」

彼は興奮して飛び跳ねる。わたしは、無意識に笑っていたみたいだ。

「あー、悔しい!見られなかった!」

叫ぶ彼は本当に悔しそうで、とても面白い。

「ぷっ。…あははははははっはは…!」

久しぶりに聞いたわたしの笑い声は、ぎこちなかったけど、錆びついた鈴の音色のようにコロコロとしてて、でも本当に楽しそうで……涙が出てきた。

「ははっ…あはっ……うっ…あははっ」

「ちょ、な、泣かないでよっ!」

彼は慌てるけど、だいじょうぶ、これは。

「ちがうの…。うっ、うれしく、て…」

 気が付けば見慣れた魔法使いの家の前。

満天の星空が広がっている。開けた広場で、月が直接わたしを照らす。

涙が月の光を反射し、彼にあげたネックレスの石のように輝く。

「笑えた…。笑えたよっ…!」

「ああ、よかった…!これで元の生活に戻れるね!」

彼も、心の底から喜んでくれた。わたしより上手な笑顔で。


「これで……えっ?」

手を見ると、月に照らされた地面が見えた。

「えっ、なんで?なんで…?」

なんで、うすくなってるの?

「ああ…君は、心の底からは、笑えなかったんだね…」

彼の顔が見られない。こわい。どういうこと?

わたしは、楽しかった。笑えた。

笑えた、はず。

……《はず》?

「そっか、そっか。本当は、笑えていなかったの?」

「ううん。君は、綺麗な顔で笑っていたよ。だから、今からでも遅くない。笑ってよ、心の、底から、この世界に、居たいって…!」

笑おう。やっと人を信じられたんだ。彼に、ありがとうって言いたい。

…嗚呼、嫌だ!

「笑えないよ」

「え…?」

「笑い方」

言えない、いっぱいいっぱい。

「笑い方、忘れちゃった…」

わたしは消えていく。手を伸ばした、彼を残して。

彼の手は空を掴んだ。

「ごめんね、さようなら」

言えたかな。



 彼は、先程まで彼女がいた場所を呆然と見詰めながら、伸ばした手を動かさなかった。

 彼女がさいごに見せた表情は、泣き笑い。

ぎこちなく、決して美しいものではなかったが、彼にはこの世で何より美しいものに見えた。

 彼女がいた、世界で。

 やがて長い時が経ち、魔法使いは手を動かす。

その手は服のポケットに。その手はひとつのネックレスを取り出し、強く握り、胸に抱く。

 彼女は確かに言葉を残せた。

「君は、本当は消えたかったんだ。この世界から」

 彼は消えてしまった彼女の、聴こえなかった……しかし確実に届いた言葉を思い出す。

「それを叶えようとして薄くなっていたんだ」

 『あ・り・が・と・う』その言葉を。

「救えなくて、ごめんね。なのにこんな俺に感謝なんて…ああ、だからこれだけは」

彼は、彼女がいた唯一の証明を、今はこの世界で一番美しい、光り輝く証明を見つめて祈る。


 《魔法使い》は、祈る。

 「次は、きっと心の底から笑えますように」

 黒い空には満天の星が輝いていた。


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