例えあなたが鶴だとしても、その恩返しは受け取れない
傷口に優しく手拭いをあて、止血まで五分の沈黙。彼の優しさが傷口よりも心に染みる。
「ごめんくださいな……」
揺れる御髪も程々に、足首には見覚えのある手拭い一つ。
「深くは申し上げる事が出来ませぬ。故にどうか私を信じて、御側に置いて頂けませんでしょうか? 御恩をお返ししとう御座いまする」
返って申し訳ない気持ちになりつつも、無下に遇う事はせず、あの時の彼がそうしたように、この時の彼女もまた、優しい気持ちがそうさせていた。
「心苦しいばかりですが、何卒お覗きにはなりませんよう……決して見られてはならぬが定め、どうか宜しくお願いしとうございます」
一晩かけて織り上げた至高の反物。それを僅かに開けられた襖の隙間から差し出した。
「なんと見事な……しかし私はこれを受け取るだけの事をした憶えがござらん。何と申し上げれば宜しいか…………」
反物の雅たる美しさに、それ以上触ることが躊躇われた。それを後生大事に引き出しへとしまい込み、おにぎりを二つ、襖の前へ。
襖が僅かに開き、微かに震えた手が、皿へと伸び──彼は咄嗟にその手を掴んでしまった。
「お離し下さいませ……」
「覗いてはおらぬ……おらぬが……ならぬか……すまん」
「…………少しだけなら」
彼女は触れ合う掌の温もりを、僅かな時間を、こぼれ落ちる一筋の涙を、そっと大事に胸にしまい込んだ。
「……おにぎり、いただきます」
明くる日、そしてまた明くる日、反物は一つ一つ増えていったが、その手は次第に痩せていき、震えも酷く、まるで凍える猫の如く。
「……もう良いではないか……その様な事にさせるために助けたわけではないのだから」
僅かな隙間から伸びた手を掴み強く引く。襖が大きく開き、細く痩せ細った体が彼の胸へ。しかし彼は眼を閉じたまま。
「見られたくないのなら、俺はこのまま眼を潰す。だからどうかもう止めてくれないか……このままでは君が死んでしまうではないか!?」
グッと閉じた眼の隙間から、雫がぽたりとこぼれ落ちた。
「嗚呼……着物が……こんなに…………」
彼女が織った反物が、綺麗な着物となりて、部屋の至る所に飾られていた。
「着てみるか? 私は見れないが……」
彼女は惹かれるように秋模様の着物へと近付き、そして袖を通した。
「…………見て下さいませ」
「よいのか……?」
「見て頂きたいのです…………」
男が目を開けると、そこには笑顔で泣く、真に美しき女が佇んでいた──