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戦史研究学科の異端教師  作者: 楊泰隆Jr.
9/25

冴香の招待

「テロリストと対峙した時、怖くはなかったですか?」

 軍施設の一室で理香は記者たちに囲まれていた。

 皇国ホテルをテロリストから()()()()()()()()()()()として。

 いくつものマイクが理香に向けられる。

「怖さよりも人を守りたいという気持ちが強かったです」

 理香は落ち着いた口調で答える。

 もし、ほんとに自分一人でそれをやったのなら、高揚感や達成感があったかもしれない。

 しかし、実際は違う。

 今あるのは情けなかったとか、無力だった、という感情だけだった。

 それでもこうやって記者の対応をしているのは、冴香の為だった。

 本当なら冴香が皇国ホテルにいるのはおかしい。今日は戦没者の慰霊祭で一日を過ごすはずになっている。

「どうやってテロリストを制圧したのですか?」

 「冴香さんが無双しました」、とは言えない。

「それは軍の機密事項に触れることなのでお答えできません」

 理香は聞かれると予測していたことに対して、事前に回答を用意していた。

 記者は「面白くない子供だ」という表情をした。それは一瞬で、すぐに作り笑顔になる。

「軍人として素晴らしい心がけですね」と含みのある口調で言う。

「そういえば、真境名理香さんは沖縄出身だとか?」

「調べるのが早いですね」と理香は不愛想に言う。

 理香が警察と軍部に事件を説明したのは一時間前だ。

「仕事ですし、特徴的な姓名でしたから」と記者は勝ち誇ったように言う。

「沖縄出身ということは、将来は帝国から沖縄を奪還したいと思っているのですか?」

 理香は記者という人種は嫌いがだった。子供の頃、沖縄を追われた理香の元へ何人かの記者が来たが、言った覚えのないことや死んだ両親のことまで記事にされた。世間が興味を持つように面白おかしく書かれていた。

「私は一人の軍人です。軍人に成った以上、自分の意見を言うべきではないと考えております」

「という言い方をするということはやはり沖縄を奪還したいと考えているということではないですか?

 記者は意地の悪い言い方をする。どうしても理香から「沖縄を奪還したい」と言わせたいらしい。

「実のところ、私は沖縄を故郷と思えないんです」

 理香は嘘をつく。

「私は幼い時に日本の本土に来ましたし、両親もいません。沖縄がどんなところだったかを誰も教えてくれませんでした。私にとって、今住んでいるところが自分の居場所ですし…………」

 理香は少し困ったような表情で話す。困っているふりをする。

 記者の表情がピクリと動く。

 理香は記者がそこまでして、なぜ「沖縄を奪還したい」と言わせたいのか分からなかった。

 そんな深い理由はないのかもしれない。

 その方が記事にしやすいだけかもしれないが、その後も気分の悪い質問は続き、解放された時には完全に夜になっていた。

「19時過ぎ…………さすがに疲れたなぁ…………」

 昨晩、夜行バスに乗って東京まで来て、慰霊祭に出て、憧れの英雄に会って、テロにあって、ボロボロになるまで戦って、警察と軍部に事情を説明して、記者の取材を受けた。

 理香が経験した中で最も忙しい一日だった。

 今から群馬に帰ると思うと気が重かった。

 軍の施設を出た時だった。

「お疲れ様」

 理香はその声にホッとしてしまった。

「待っていてくれたのですか?」

「まぁ、こんな時間に女の子一人を置き去りって言うのもね」

「それとこの人たちが君にお礼を言いたいらしいよ」

 先生と一緒にいたのは理香が助けた母子だった。

「本当にありがとうございます」

 母親が頭を下げる。

「いえ、私は…………」

 理香は心苦しかった。民間人は騒動が終わるまで、優里亜の《水壁(すいへき)》の中にいたので、状況を理解していなかった。冴香の存在を知らない。

「結果がどうであれ、君の行動がこの人たちを助けたのは事実だよ。だから、素直に自分の功績だと認めていい」

 先生が言う。

「…………分かりました」

「どうしたのですか?」

「い、いえ、何でもありません。私は軍人として当然のことをしただけです」

「若いのにしっかりしているのですね。この子の父親も軍人だったのです。北海道で勇敢に戦って、今では世界大戦戦没者霊園に名前が刻まれています」

「……………………」

 理香は何も言えなかった。

「ほら、あなたもお礼を言いなさい。立派な軍人に成れませんよ」

 母親はそう言うが、子供の方は母親の後ろに隠れてしまう。

「この子ったら勉強はできるけど、実技が苦手で、国の為に働けるか心配です」

「まぁまぁ、奥さん、お子さんは今日のことで疲れているのでしょう。それにこれからの時代の軍人は頭が良い方が出世するかもしれませんよ」

 先生が言う。

「士官学校の先生にそういって貰えると励みになります。必ず、この子がお国の為に役立つように育てます」

 先生はしゃがんで、子供と同じ目線になる。

「君が頑張りなさい」とだけ伝えた。

 子供はその言葉に目を丸くして、大きく頷く。

「先生?」と母親は不思議そうに言う。

「いや、何でもありません。確かに賢い子のようだ。さぁ、もう夜も遅いくなります。気を付けて帰ってください」

 母親は別れ際にもう一度、理香に頭を下げた。

「軍人の子供が軍人に成らないといけないと誰が決めた」

 親子が見えなくなると先生が言う。苛立っているのがよく分かった。

「あの子は軍人になんてなりたくないのだろうね。それは良いことだ。我が子に人殺しを助長するなんて、まともな親のすることじゃない」

「先生…………」

 理香は心配そうに、先生を見る。

「いけないいけない。こんなことを生徒の前で言ってはいけないね。ところでこの後の予定は?」

「帰宅です…………群馬に」

「それって明日でも大丈夫にならないかな?」

「ええ、まぁ…………向こうに帰っても予定はありませんけど」

「だったら、冴香さんと一緒に夕食をどうだい? 宿付きで」

 理香にとって本当にありがたい提案だった。二つ返事で快諾する。

「なら、車を取ってくるよ」

 理香は先生の車に乗る。

 少しの間、二人は無言だった。

「聞いてもいいですか?」

 先に口を開けたのは理香だった。

「答えられることなら」

「先生って、あのホテルの下から上まで全部の魔導戦士の場所を把握できたのですか?」

 大和准将が最短で魔導戦士を倒す出来たのは全員の場所を把握できたからであう。数名は民間人に紛れていたが、それも見逃さずに倒した。

「まぁ、私は特殊だからね」

「特殊ですか…………あの戦争にも参加していたんですよね?」

「あの戦争のことは思い出したくないね。いい思い出がない。いや、いい思い出も悲劇に塗りつぶされたのかな」

 理香は先生に興味を持ち始めたことを自覚する。

 先生があの戦争で何を見て、何を思ったのか。知りたくなっていた。

 しかし、聞くことを躊躇ってしまう。軽々しく聞いてはいけないと思ってしまう。

「着いたよ」

 理香は再び皇国ホテルに戻ってきた。

 昼間の騒ぎの名残はあるが、それでもホテルは落ち着きを取り戻していた。

 二人はエレベーターに乗る。先生は最上階のボタンを押した。エレベーターがどんどんと上がっていく。

 理香が見たことのない夜景だった。街の光がとても美しい。

「戦争から十年で良くここまで回復したね」と先生が言う。

 理香は何か言わなくては、と思ったがそれより先にエレベーターが最上階へ着いてしまった。

 結局何も言えなかった。

 ホテルの廊下は独特に匂いがした。壁や天井の装飾も華やかで、理香にとっては別世界だった。

「さて、ここだね」

 先生は一番端の部屋で止まり、ノックをする。

「やぁ、お疲れ様」

 冴香が出てくる。

 理香はその姿に少しだけ驚いた。エプロン姿だった。英雄らしくない格好だ。

 それに九人の魔導戦士と戦ったはずなのに、疲れがまったく見えなかった。

「大変だったね。取材陣の対応、お疲れ様」

 理香は付けっぱなしになっているテレビから、自分の声が聞こえてきたことに気付く。

 愛想よくしていたつもりだったが、こうして聞いてみると不機嫌そうな声だった。

「中々、堂々としていたし、沖縄に関してのらりくらりと交わしていたのも偉かったよ。あれは恐らく主戦派の奴の息がかかった記者だね。理香ちゃんを利用して世論を味方に付けたかったんじゃないかな」

 あの誘導の理由を理香は知ることができた。それに乗らなかったことに安心する。そんなことに利用されるなど冗談じゃない。

「おなかが空いたでしょ? 本当は私の好きな店を案内しようと思ったんだけど、さすがに今日は疲れていると思って私が作ったよ」

「冴香が作った料理ですか!?」

「何、私の料理じゃ不安?」

 冴香は少しムスッとする。

「そ、そんなことはありません。驚いただけです」

と理香は慌てて付け加えた。

「昔みたいに缶を開けて、乾パンを出すんですか?」

 先生がからかうように言う。

「それは失礼だな。ホテルの厨房を借りて、ちゃんとしたものを作ったよ」

 用意されていたのは、ゴーヤチャンプルー、沖縄そば、ラフティーなど郷土料理だった。

「君には、君の故郷がどんなところだったかを知ってもらおうと思ってね」

「あ、ありがとうございます」

「さぁ、座って座って。せっかくの料理が冷めるのはもったいない。君は優里亜ちゃんを起こしてきなさい」

「あれ、あの子には冴香さんの手伝いをしなさい、と言ったはずなのに。寝ちゃいましたか?」

「厨房から出ることが優里亜ちゃんに出来る一番の手伝いだったよ」

 冴香は苦笑する。

「それはご迷惑をおかけしました」

 その後、四人揃ってから食事を始めた。

 最初の一口を食べた時、理香は冴香の視線を感じた。

「おいしい?」

「分かりません」

 理香が正直な感想を言うと、冴香は残念そうな表情で「そっか」と答えた。

「あっ、えっと、違うんです! 私、実は沖縄の郷土料理を食べたことがないんです。子供の頃は食べていたんでしょうけど、記憶に無くて…………料理はおいしんですけど、これが沖縄の郷土料理なのか分からなくって…………」

「なるほどな。なら、なおさら今度は私のおススメのお店に行こう。そこでは本場の沖縄の郷土料理を出してくれる。私のはそこの店主に教わったものだから」

 今度、そんな機会があると思えるだけで夢のようだった。

 英雄との食事は夢のような時間だった。今日の戦いの報酬だと思って堪能する。

「あっ」

 理香は今日の戦いのことで冴香に謝るべきことがあるとこを思い出した。幸せだった気持ちが沈む。

「申し訳ありませんでした。私、冴香さんの指示を無視して、勝手に戦いました」

 身の程知らずの戦いを挑んで、冴香に尻ぬぐいさせてしまった。

「うんうん、全然いいよ。優里亜ちゃんから事情は聞いたし」

 冴香は優里亜を見る。澄ました表情で食事をしていた。

「事実を説明しただけです。別に先輩を庇ったわけじゃないですよ」

 優里亜は誰とも視線を合わせることなく、言う。

「優里亜ちゃんが誰かに興味を持つなんて珍しいね。と、それは置いといて。私はね、命令に従うことも大切だと一応思っている。でも、命令だからって、目の前のことを見て見ぬふりをするなんて出来ないよ。その気持ちはとてもよく分かる。私がそうだったから」

「えっ?」

「いや~~、私、軍の命令無視して沖縄戦を継続して、凄い怒られたんだよね」

「!!?」

「でも民間人をたくさん救ったから、英雄になれたってわけ。あの時は軍事裁判、一歩手前だったから本当に焦ったよ」

 理香は冴香が軍の中で浮いていること、少し変わり者と言われていることを知っていた。

 そして、それが本当だと確信する。それなのに失望はなかった。冴香がとても魅力的な人に思えた。

「そんなこと言っているから、軍の上層部から疎まれて左遷されるんですよ」

 先生が鋭く突っ込んだ。

「いいよいいよ。中央に居たら、息が詰まりそうだから。で、話を戻すけど、私、命令通りに動かない子、大好きだよ。もちろん、良いことをした時に限るけどね」

 冴香は笑った。

 沖縄料理と憧れの英雄、緊張もあったが、理香にとってとても有意義な時間だった。

 そんな時間も終わり、気を抜くと疲労感に襲われた。

 今日は疲れた。

 良く寝れそうだ。

 重い体を起こしてシャワーを浴びる為に浴室へ向かう。

 その途中で先に入浴を済ませた冴香と出くわした。

「お風呂、上がったら私の部屋に来てね。一緒に寝ましょ」

「えっ…………?」

 疲れていたはずの体に電流が走り、眠気はどこかに飛んで行ってしまった。

 どうやら今日のイベントはまだあるらしい。

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