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戦史研究学科の異端教師  作者: 楊泰隆Jr.
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英雄の力

「漆黒の刀…………?」


 なんだこれ? こんな武技、私は使えない。

 

 理香は困惑する。それになんだかおかしい。尽きたはずの魔力が溢れてくる。

「よそ見とは余裕だな!」

 進藤は理香に殴りかかる。

 しかし、その動きは今の理香にとって遅すぎた。進藤の一撃を交わして、逆撃を繰り出した。

 進藤は防御をするが、五属性で最高強度を誇るはずの土の武技は意味を為さなかった。

 黒刀は進藤の《岩鎧(いわよろい)》を破壊する。

「どうなっている!?」

 進藤は悪態をつく。

 理香自身にも分からない。だが、とても気持ちが良かった。意識はふわふわしていた。戦うことが楽しい。

「もっと斬らせて。もっと壊させて」

 艶のある声がした。


 今のは誰の声、誰? 私??


 理香は自分でも信じられないほど艶のある声を出す。窓ガラスに映った自分の姿を見た。猟奇的な笑みを浮かべていた。


 誰だ?

 誰かが私の体を支配している?

 でも、この支配に全てを任せてしまいたい快楽を貪りたい。


 理香は欲望のまま、進藤と交戦した。正確に言うなら、弄んでいた。止めはいつでもさせる。でも、まだこのおもちゃで遊びたい。

「ねぇ、もう終わり?」

「ガキが…………」

 理香は倒れこんだ進藤が睨みつける。別に怖いとは思えなかった。

「つまんない。もう終わりなんだ」

 理香は殺すつもりで最後の一撃を構えた。

 

 でも、普通に殺しても優里亜ちゃんが再生しちゃう。

 そうだ、首を飛ばそう。

 そうしたら、さすがに蘇生できない。


 理香は自分でも驚くような思考に達していた。そして、その思考を理香の意思では止めることが出来なかった。

「そこまでだ」

 理香は腕を掴まれた。黒刀を取り上げられてしまった。

 取り上げたのは冴香だった。

 理香の手から黒刀が離した瞬間、疲労と脱力感と激痛に襲われた。

「あ…………あああああああ!」

 理香は堪らずに叫んだ。

「優里亜ちゃん!」

「はい!」

 優里亜は理香に対して、《清水の治癒(きよみずのちゆ)》を施す。

 痛みが緩和された。

(そんなに自分の体を痛めつけてドMなんですね)

 言葉を発することのできない理香に対して、優里亜はまた脳内で意思の疎通を行った。

(あ、あれ? そういうわけじゃないけど…………あれはいったい…………)

 あの高揚感は無くなっていた。正体不明の力は霧散していた。

「無事で何よりだね…………さて、進藤流、投降しなさい」

 冴香は進藤に視線を移した。

 冴香が取り上げたはずの黒刀はもう無くなっていた。

「勝手なことを言ってくれる」

 進藤は立ち上がった。

 しかし、理香との戦闘でボロボロだ。

「まさか、ここで大和冴香に会うとは思わなかった。これは好機だ」

 進藤が注射器を取り出した。

 理香は注射器に少しだけ視線を向け、また進藤を見る。

「お前のことは知っているよ。進藤流、お前なら憂国同志会議の裏にいる人間も多少は知っているよね。知っていることをしゃべってもらうよ」

「愚かなことを。確かに俺程度では全力のあなたに勝つことなど万が一にもない。だが、日本に属している上位戦闘力を有した魔導戦士は能力制限がかけられているはずだ」

「そんなことも知っているんだ」

「我らの同志はあなたたちのすぐそばにいる。あなたは能力制限で中級以下の術しか使えないはずだ」

(中級以下!?)

(いたっ! 脳内通信でそんな大声出さないでください。脳に直接、痛みが走ります)

(ご、ごめん、それよりも優里亜ちゃん、ここから私を出してよ。そんな制限があるじゃ、いくら、冴香さんだって…………)

(先輩は《英雄》を過小評価していませんか?)

(えっ?)

(死にぞこないの足手まといは黙ってみていてください)

 理香はもう少し言葉を選んでほしかったが、そんなことを指摘している時間は無さそうだった。

「総力戦を開始する…………!」

 進藤は注射を自らに打った。

 寺岡と同様に魔力が増した。ボロボロだった《岩鎧(いわよろい)》が修復されていく。

「これで私は全力だ。大和冴香、あなたを倒せば、私は上級幹部になれる!」

「その薬は『藤花』だね? 一時的に魔力を増幅させて、全ての痛みから解放させる。けど、薬が切れた時の反動は想像を絶するほど苦しいよ。私がそうだった」

「大和冴香を討ち取るんだ。これくらいしないといけないだろ。俺の総力を持って、英雄を倒す! 全力を出せない自らの身分を呪うがいい!」

 進藤が冴香との距離を詰めた。

「行くよ」

 冴香が顕現させたのは、理香が先ほど折られたものと同じ《風打刀(うちかたな)》だった。

「その武技では私を倒せない。その首、差し出せ!」

 次の瞬間、何が起きたか分からなかった。

 理香は目で追うことが出来なかった。

 冴香が一瞬、消えたと思ったら、進藤が倒れた。

 《岩鎧(いわよろい)》は完全に破壊されていた。

「なぜだ、何が起きた? どんな奇策を使った?」

「奇策なんて使ってないよ。そっちの総力が、制限を受けている私に及ばなかっただけ」

「馬鹿な…………」

 それが進藤の最後の言葉だった。

「う、動くな!」

 残っていた憂国同志会議の一般兵士が叫んだ。

「このホテルに潜入した魔導戦士は他にもいるんぞ!」

 理香は驚き、焦るが、冴香は相変わらず落ち着いている。

「知っているよ。ここで気絶している奴も含めて十三人でしょ」

 大和准将は冷静に言った。

「すでに他の八人も拘束済み。だから全員武器を捨て投降しなさい」

「そんなことが出来るわけが…………」

「それが出来るから、私は英雄って呼ばれているんだよ?」

 冴香は初めて殺気を出した。ただし、それは殺す為ではなく、相手の戦意を完全に喪失させる為だった。

「くそ! こうなったら…………」

 テロリストは注射器を取り出した。

 それを見た理香は強引に《清水の治癒(きよみずのちゆ)》から抜け出す。

「ちょっと、もう動けるんですか?」と優里亜の驚く。

 理香はそれに対して、何かを返す余裕はなかった。

「冴香さん、あれを打たせてはいけません!」

「君は優しいね」

「えっ!?」

「あの人間爆弾、『桜花』は魔術を使えない者が使っても大した威力にはならない。敵を思っての言葉でしょ?」

「確かに無意識だったけど、そういうことかな? …………って、そんなこと考えている場合じゃない!」

 テロリストは自らに注射を打ち込んだ。

 一人が注射を打つと、他の者も続いた。

 また人が死ぬ、と理香は思い、目を瞑る。

 しかし、爆発は起きなかった。

「『桜花』は誰でもわずかに持っている雷の魔力に働きかけて、暴発させている。暴発の前に、同量の雷の魔力を流せば、停止する」

「先生!」

「やぁ、随分と手酷くやられたね」

「大物っぽく登場しないでよ。上の階から制圧していったのは私なのよ」

「魔導戦士だけ轢き倒したの間違いでしょ。残ったテロリストを制圧したのは私ですよ」

 格の違いを見せられてたテロリストたちは完全に戦意を失くし、心が折れた。武器を捨て、投降する。

「お疲れ様です。初陣はどんな感想ですか?」

 優里亜の問いに対して、「最悪」と理香は返した。

 自分の姿が情けなかった。力不足だった。その上、得体の知れない力に身を任せて暴走した。あの力が何か分からない。あんな状態になったのは初めてだ。

 理香はあんな魔術を知らなかった。少なくとも風の魔力じゃない。真っ黒な力、例えるなら『闇』だった。

 あの力は使っちゃいけない。理香は直感でそう思った。何かを代償にしているような気がした。

「ところで先輩、傷の治りが以上に早くないですか?」

「えっ? そういえば、確かにもうあまり痛くないし、普通に動ける。でも、それは優里亜ちゃんが優秀だからでしょ?」

「いえ、さすがにこれだけの短時間でのその回復はありえません。あの黒い刀もそうでしたけど、もしかしたら、先輩って、化け物ですか?」

「それは酷くない!? 優里亜ちゃんだって、魔力を二つ持っていて、中等部なのに上級魔術を扱えるなんて、とんでもないよ!」

 理香は褒めたわけではなく、抗議の口調で言った。

 優里亜はすました顔で「私は特別ですから」と答え、それ以上は何も言わなかった。

「まぁ、元気ならそれに越したことはない」と冴香は言う。

「この後、取材を受けてもらうことになるだろうからね」

「…………えっ?」と理香は間抜けな声を漏らした。


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