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戦史研究学科の異端教師  作者: 楊泰隆Jr.
7/25

憂国同志会議

 理香は魔導戦士として優秀だった。

 技量だけなら、すでに第一線で戦えるだけのものを有していた。

 経験、それだけが不足していた。

 それは当然だ。今まで命のやり取りをしたことなんて無い。

 それでも初陣のここまでは順調だった。良く戦った、と評価される戦果を出す。

「見事です」

 残った相手、風の魔導戦士が近づいてくる。

(気を付けてください。その人だけは他の魔導戦士もどきとは違いますよ)

(分かった)

 理香は《風打刀かぜうちかたな》を構えた。

「そう警戒しないでください。どうですか、私たちの仲間になりません?」

「は?」

「あなたなら将来、幹部に成れる実力です。共に平等の世界を作るために戦いませんか?」

「…………私、憂国同志会議のことはもっと弱きを助ける人たちだと思っていました」

「ええ、私たちは弱き者の味方ですよ」

 男は張り付けたような笑みを作った。

「でも、あなたたちは罪の無い人を殺そうとした」

 理香は先ほどの一件で怪我をした女性を見る。女性は自身の子供を腕の中に抱いていた。

「革命には犠牲が必要です」

「ふざけるな!」と理香は怒鳴った。

「では、仕方ないですね。戦いましょう。残念ながら君では私に勝てません。私の《暴風の太刀(ぼうふうのたち)》にはね」

 男は身丈ほどある太刀を顕現させた。《暴風の太刀(ぼうふうのたち)》は風の魔導戦士が使える上級武技である。

「どうですか? あなたは実力者のようですが、所詮は子供。せいぜい中級の魔術が限界でしょう? あなたの貧相な武技で《暴風の太刀(ぼうふうのたち)》に対抗できますか?」

 理香は一度深呼吸をする。乱れた気持ちを落ち着かせる。

「どうでしょうね?」

 理香はそれだけ言うと突貫した。

「愚かな!」

 男は迎え撃つ。自らの方が優勢だと思っていた。

 しかし、その自信はすぐに砕かれる。

 理香は速度は、男の速度を上回った。懐に入り、連撃を与える。

 男は堪らず、距離を取ろうとするが、理香はそれを許さなかった。

 男にぴったりと張り付き、《暴風の太刀(ぼうふうのたち)》を振らせない。

「このガキ!」

 それでも男は強引に太刀を振った。

 理香はそれを難なく躱す。

 そのまま押し切りたかったが、《風歩(かぜほ)》の連続発動時間の限界が来た為、一度、距離を取った。

「小舟に大砲を積んだら、どうなると思いますか?」

 理香が言う。

「は?」

「当然、沈みますよね? あなたのやっていることはそれと同じです。強力すぎる武技に体が追い付いていないんです。上級以上の武技は本来、攻技と組み合わせないといけないのにあなたはそれをしない。いえ、出来ないんですよね? あなたの技はとても中途半端です」

「随分とおしゃべりになったな。もう勝った気でいるのか!?」

 理香は驕りから会話を始めたわけではなかった。

 次に攻勢に出た時、勝ち切れるように体を休める。それを感づかせない為の会話だった。

「私とあなたの力量差は圧倒的です。降伏してください」

 駄目元でそんなことも言ってみる。それで場が収まるなら、それが最善だ。

 理香は冷静だったし、慎重だった。力量で相手を圧倒し、勝ち筋も見えていた。

 しかし、理香にとって、これは初めての実戦で、実戦ではどんなことが起きるかを完全に理解にできていなかった。

 加えて、敵はテロリスト、目的の為に手段を選ばない。

「えっ!?」

 理香の周りには憂国同志会議のテロリストが集まる。

「いったい何のつもりですか? 通常兵器はもう使えないはず、使えたとしても私には効かない」

 魔導戦士の中で最弱の防御力の風属性でも通常兵器で傷つくことはありえない。魔導戦士は別次元の存在だ。

「黙れ、俺たちの覚悟を見るがいい!」

「いったい何を…………!」

 理香は息を飲んだ。

 テロリストたちは鬼気迫る表情をしていた。

 理香はその表情を子供の頃、見たことがある。死ぬことを決めた人間の顔だった。

 理香の周りでテロリストたちは自分自身に注射を打ち込んだ。

 直後、強い光と爆発の衝撃が理香を襲った。

 目が見えない。耳が聞こえない。体中が痛い。血が流れるのを感じた。

 辛うじて立っていられた。

 徐々に視力と聴力が戻ってくる。

「五人の命を使ってもこの程度のダメージか」

「いったい何が…………?」

「人間爆弾さ。知っているか? どんな人間にも僅かな魔力は流れている。今のはそれを瞬間的に膨張、

爆発させたのさ。まぁ、使った人間は見ての通り骨の一片も残らないが」

 男の説明に、理香は驚愕した。

「命をなんだと思っているの!?」

 理香は感情に任せて叫んだ。

「目的を達成するための道具さ。私自身もね」

 男は注射器を取り出し、それを自分の首元に刺した。

 男の力が強大になるのが分かった。

「今度は何!?」

「魔力を一時的に引き上げる劇薬さ」

 理香はそれを聞いたことがあった。

 元々、魔力量の少ない魔導戦士が前線で戦う為に発明されたものだ。

 一時的に力を手にすることが出来るが、代償が存在する。

「そんなことをすれば、あなたは死にます」

 それは魔力の暴走を招き、投薬者は最悪の場合死ぬ。

 事実、男の魔力は膨張したが顔は苦痛に歪んでいた。

「望むところです…………革命の為に犠牲はつきもの。私は革命の為に戦った英雄になる。憂国同志会議、実働部隊第二組学級副代表、寺岡治(てらおかはじめ)! 総力戦を開始する!」

 寺岡治と名乗った男の初動が格段に上がる。

「くっ…………!」

 爆発のダメージが抜けていない。理香の初動が遅れた。

 理香はギリギリで《暴風の太刀(ぼうふうのたち)》の一刀を躱す。

「さっきまでの余裕はどうした!?」

 理香は寺岡に蹴り飛ばされる。理香の体は壁に激突して止まった。

「………………!?」

「どうした? 遅いな」

 寺岡が距離を詰める。

 理香は辛うじて応戦する。致命傷を貰わないようにするのがやっとだった。全てを防げない。ダメージが蓄積する。

 寺岡の猛攻が止んだ時、理香は倒れていた。起き上がろうした理香の頭を寺岡は踏みつける。

「あっ…………! うっ…………!」

「はぁ……はぁ……どうでしょう? 今からでも私たちの仲間になるというなら、命を助けますよ」 

 

 痛い。怖い。殺される。

 …………死ぬ? ここで死ぬの??


「嫌だ。死にたくない…………」

「そうでしょう。ならば……………」

「でも、あなたなんかの仲間になるのは死んでも嫌だ! 命乞いはしない。軍人がテロリストに命乞いなんてしない。してたまるか!」

「そうですか。残念です」

 寺岡が理香の首めがけて太刀を振り下ろした。

 理香はなんとかそれを交わして、寺岡と距離を取った。

「まだそんな力がありましたか? しかし、私に勝てますか?」

「そんな偽りの力で勝ってうれしいですか?」

「嬉しいですよ。自分を犠牲にして得る力、良いじゃないですか」

 寺岡の表情は苦しそうなのに、満足気でもあった。

「あなたとは全ての点で話し合いが出来なさそうですね。力は自分の努力で手に入れるものです」

 理香は《風打刀(かぜうちかたな)》を解除して、大きく息を吸った。

「私の全力で行きます…………上級武技《疾風の脇差(しっぷうのわきざし)》! 上級攻技《疾風縮地(しっぷうしゅくち)》!」

「なんだと!?」

 理香は一瞬で寺岡との距離を詰めた。

 これは理香が使える奥の手だった。

 魔力消費量が桁違いに多い為、長くは待たない。すぐ戦闘不能になる。

 その前に敵を倒しきるしかない。…………殺すしかない!

「殺されるくらいならやってやる!」

「なんだ、こいつ!?」

 窮地で理香は吹っ切れた。

 戦いに加減なんてしちゃいけないんだ。

 その甘さが隙を作る。

 だから、全力で行く。

「こっちも総力戦だ!」

 理香は攻撃に転じる。

「このガキ!」

 寺岡も応戦する。

 理香はただ攻めた。攻め続けた。

 斬られても構わずに攻め続ける。

 初めに崩れたのは寺岡の方だった。

 そうなると脆い。風の魔導戦士には守技が無い。

「ま、待て!」

 理香は耳を貸さなかった。

 斬り続ける。

 寺岡が何も言わなくなった。それでも斬り続けた。

 寺岡は倒れた。それでも理香は止まらず、馬乗りになって何度も刺突する。

「それくらいにしておいたらどうですか? もう死んでますよ」

 優里亜が理香の腕を掴んで止めた。

「はぁ……はぁ……あっ、私が殺した…………」

 理香は武技と攻技を解く。我に返り、体が震え出す。

 それが死線を抜けた安堵からなのか、人を殺してしまったことからなのかは分からない。

「まぁ、今なら私が蘇生できますけどね。《清水の治癒(きよみずのちゆ)》」

「えっ?」

 寺岡の体を水が包み込む。傷口が塞がり、顔には生気が戻り始める。

「優里亜ちゃん、あなたは一体何者?」

「パパの娘です」

 優里亜は無表情で答える。

「いや、そういうことじゃなくて、《清水の治癒(きよみずのちゆ)》って上級特技。中等部の技量をはるかに超えているじゃん」

「それを言うなら、先輩だってもう上級武技と攻技を体得しているじゃないですか。それって高等部の卒業必修ですよね? まだ一年以上もあるじゃないですか?」

「いや、私が上級魔術を体得したのは一年の終わりだし。まだ未完成だし…………」

 こんな状況になったから仕方なく使ったが、理香はまだ上級魔術を制御できていなかった。発動時間も極端に短い。それに比べて、優里亜は明らかに上級魔術を使いこなしている。

 理香はなんで優里亜が有名になっていないのか不思議だった。これだけの逸材なら高等部にだって噂が届くはずだ。色々と聞きたかったが、この場に優里亜がいたことは助かった。自分一人では絶対に切り抜けられなかった。

「とにかく、優里亜ちゃん、ありが…………」


「任せてみたが、情けない。敵に負け、さらに情けを掛けられるとは…………これは後で『反省会』が必要だな」


 低い声がした。

 理香と優里亜が振り向く。

 今までいなかった男が立っていた。

「どうやら、騒ぎを聞きつけて他のフロアから応援に来たみたいですね」

 優里亜が言う。

「新手…………」

 理香は再び《風打刀(かぜうちかたな)》を顕現する。

「憂国同志会議、実働部隊第二組学級代表、進藤流(しんどうながれ)だ。同志の仇を討たせてもらう」

「代表…………」

 憂国同志会議の実勢部隊には十人の『代表』と呼ばれる指揮官が存在する。憂国同志会議のテロの際に必ず表に出る主犯格たちだ。

 理香は進藤流という名前を知っていた。国際指名手配されている凶悪犯だ。

「残念なことを教えてあげますね」

 優里亜の声は冷静だった。

「なに?」

「消耗した先輩では勝てません」

 上級武技の《疾風の脇差(しっぷうのわきざし)》を顕現させる余力はなかった。

「分かった。だけど頑張る」

「聞いてましたか? 今のボロボロの先輩じゃ勝ち目なんてないです。それに私には戦闘力はありませんよ」

 雷と水の能力はどちらも後方支援の能力だ。

「分かってる。でも、逃げるわけにはいかないと思う」

 理香は進藤を睨みつけた。

「すまないな。出来れば、女や子供を殺したくはないが…………」

「ふざけるな。お前なんかに殺されてたまるか!」

 理香は今の全力の一撃を叩きつけた。

 しかし、それは正面から受け止められ、《風打刀(かぜうちかたな)》は簡単に折れてしまう。

「《岩鎧(いわよろい)》、悪いな、俺は土の魔導戦士だ。その程度の攻撃じゃダメージははいらん」

 土の魔導戦士は愚鈍だが、攻撃力と防御力が突出している。しかも進藤の使ったのは、風の魔導戦士に対して有利な中級武技だった。

「まずい」と理香は思い、一度、距離を取ろうとしたが、足が動かなかった。

 体は限界だった。

 進藤の殴打が理香の腹部に直撃した。

「………………!」

 吹き飛び、また壁に叩きつけられる。

 しかし、先ほどの比ではなかった。

 立ち上がれなかった。

 声を出せなかった。

 体内から何かが込み上げてきた。最初は胃液を吐くと思った。

 しかし、吐いたのは血だった。

 

 えっ、本当に死ぬ…………?


 それが分かった瞬間、怖くなった。死にたくない。

 体は激痛で動かない。魔力は尽きた。

 理香の視界が暗転する。

 死んだ、と理香は思った。

 暗闇の中、光は一切ない。


 誰でもいいから、何でもいいから、私を助けて………………!


 返答はない。暗闇が理香を飲み込んだ。

 それなのにぼやけていた意識がはっきりとする。体の痛みはなかった。

 死後の世界、理香はそんな気がした。

 瞳を開ける。

 しかし、死後の世界ではなかった。

 先ほどまでと同じ皇国ホテルのロビーだった。だが…………

「どういうこと?」

 理香は立ち上がっていた。

 そして、目の前の男、進藤は《岩鎧(いわよろい)》ごと左腕を切り落とされていた。

「なんだ貴様は!?」

 進藤は苦悶の表情で理香を睨みつけていた。

 私がやったの? と困惑する。

 そして、右手に何かを握っているのに気が付く。

 それは刀だった。

 理香が見たことのない『黒い刀』だった。

出てきた魔術の補足説明。

暴風の太刀(ぼうふうのたち)

風の魔導戦士の上級武技。一刀の攻撃力は非常に高いが、太刀自体が大きい為、動きが愚鈍になる。実戦で扱うには攻技による筋力強化が必須。

疾風の脇差(しっぷうのわきざし)

風の魔導戦士の上級武技。素早い連撃が可能だが、射程が短く、単発の威力も低い。実戦で扱う為には攻技による速度強化か筋力強化が必須。

疾風縮地(しっぷうしゅくち)

風の魔導戦士の上級攻技。初動を飛躍的に上げることが出来るが、扱うのにはコツがいる為、高位の魔導戦士でも採用率は低い。

清水の治癒(きよみずのちゆ)

水の魔導戦士の上級特技。純粋な治癒系の技としては最上級。圧倒的な回復能力は死の直前なら、死者すら生き返らせる。扱う為には膨大な魔力と魔力の制御能力が必要。

岩鎧(いわよろい)

土の魔導戦士の中級武技。対風の魔導戦士戦に相性がいい。戦場では戦線に維持に使われる。

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