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戦史研究学科の異端教師  作者: 楊泰隆Jr.
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初陣

 世界大戦終結後、世界で一つの主義が台頭し始めた。それが無政府主義だ。

 戦争は国という概念が存在するために発生する。だから、その国自体を失くすために「世界革命」を起こすというのが最終的な目的である。

 無政府主義テロリスト集団の中で最も過激と言われているのが、『憂国同志会議』である。

 憂国同志会議は日本人を中心に構成されていて、掲げる旗の色も違う。他の無政府主義組織の『黒旗』と違って『赤旗』を掲げている。

 その過激なテロリストたちが理香のいる『皇国ホテル』を急襲したのだ。

 テロリストたちはロビーの中央に人質を集めた。

 理香たちも大人しく捕まる。

(先輩?)

 理香の脳内に声が入ってきた。

「えっ…………!」

(しゃべらないでください。テロリストに気付かれます)

 理香は慌てて口を塞ぐ。

(要領は分かりますよね?)

 理香は脳内で言いたいことを思い浮かべる。

(これで聞こえる?)

 これは雷の魔導戦士の特性の一つである。

 雷の魔導戦士は近くの相手と言葉を交わさずに意思の相互疎通が可能である。

(私の手に触れてください。通信を繋いであります)

 さらに雷の魔導戦士に触れることで、離れた場所の人との意思疎通も可能になる。

 理香は言われるがまま、優里亜の手を握る。

(理香ちゃん、聞こえる?)

 それは冴香だった。

(どうやら無事みたいだね)

 次に先生の言葉が理香の脳内に流れ込んできた。

 理香はこの通信を繋いでいるのが、先生と優里亜だと理解した。

 冴香の属性を理香は知っている。というか、知らない人はいない。

(ごめんね。本当はさっきの時点で馬鹿な連中が紛れているのは分かっていたんだけど、散らばりすぎていたから、動けなかったの。こうやって何カ所かに固まってくれた方が私がやりやすかった)

 冴香の口調はとても優しかった。

(すぐに片付けるから辛抱してね?)

(えっ?)

(大丈夫。敵の位置はもう分かっているから。私、強いんだよ)

(それは知っていますけど、敵も魔導戦士がいるみたいですよ)

 テロリストの中に数名、武器を持ていない者がいた。それは別の武力『魔力』を持っているからである。

(大丈夫大丈夫。私に任せなさい。じゃあ、通信を切るね)

 冴香からの通信が切れる。

(優里亜ちゃん、私たちこれからどうする?)

(どうするも何もこのまま静かにしていれば、冴香さんが助けてくれますよ)

(私たちは軍人の卵だよ。そんな情けないこと…………)

(勇敢と無謀は違います。それに戦おうにも特定区内以外での魔力の運用は『腕輪』で限定されているじゃないですか)

 士官学校の生徒は右か、左の腕に『腕輪』の装着を義務化されている。これは学校敷地外で魔力を使うと激痛が流れる仕組みになっている。

 数年前に士官候補生たちが問題を起こしたことが世間で大きく報道され、人々を不安にさせた。

 その回答として軍部は『腕輪』を開発し、装着を義務付けた。

 一部からは批判もあったが、この処理は概ね支持されて現在に至る。

(そうだけど…………んっ? そういえば、なんで優里亜ちゃんは魔力が使えるの?)

 理香はそれに気付き、優里亜の腕を見る。先ほどまでしていたはずの腕輪を外していた。

(簡単ですよ。冴香さんの鞄に入っていた解除キーを使ったんです)

(えっ!?)

(その為に冴香さんは真境名さんに鞄を渡したんですよ)

 あの時からここまでのことを考えて行動していたんだ、と理香はやっと理解が追い付いた。

(優里亜ちゃん、あの…………)

(駄目です)

(まだ何も言ってないけど!?)

(どうせ解除キーを貸して、というのでしょ)

(うっ…………)

(こうしていれば、パパと冴香さんが全てを解決してくれます。余計な行動は二人の邪魔になりますよ)

(私たちは軍人だよ。軍人は民間人を守るのが使命でしょ?)

(まだ軍人の卵です。それに軍人なら上官の命令には従うものですよ。冴香さんは私たちに何も求めなかった。要するに戦力として数えられていないんですよ)

 優里亜の言葉は正論だった。

 だからこそ、悔しかった。毎日の鍛錬が否定された気がした。

(分かったよ…………)

 理香は強く拳を握り、感情を押し殺す。

「えー、皆さん、妙な動きはしないでください。私はあまり人を殺したくありません」

 一人の男が言う。

 武器を持っていない。魔導戦士である。

「これから三つのグループに分かれてもらいます。一つ目は日本、及び各国の要人。二つ目は魔導戦士と魔導戦士の才能がある者。三つ目は地位も力も持たない者です」

 理香はなるほど、とテロの目的を理解した。要人を攫えば、刑務所に収監されている同志の解放の為の交渉材料や身代金の要求に使える。魔導戦士とその才能がある者を攫うのは戦力強化である。

 テロリストは何かのリストを持っているようで要人を手際よく連れていく。

 魔導戦士の探し方に関しては、理香が見覚えのある道具を使っていた。

 それは魔力の有無と属性を確認する道具だ。

 テロリストたちは悪い意味で手際が良かった。

 誰も逆らわずに淡々と選別を受け入れる。

 騒ぎが起きたのは理香たちの少し前の親子の選別が終わった後だった。

「やめてください!」

 母親が叫ぶ。

 その母親をテロリストの一人が突き飛ばした。

「どけ、この子供には火の魔導戦士の適性がある。連れていけ」

 子供の悲痛な「助けて!」という叫びが何度も響いた。

(妙なことをしないでください)

 優里亜が理香に釘を刺す。

(しようとしていたら、とっくに飛び出しているよ)

 理香は自分の無力を呪いたかった。軍人としての今の自分が情けなかった。

「やめてください。お願いですから、やめてください…………」

 母親は尚も退かなかった。テロリストの足にしがみ付く。

「おい、この母親はただの人間か?」

「はい、魔力の素質はありません」

「なら、殺しても問題ないな」

 テロリストたちが短い確認を済ませる。

 そして、母親の額に銃を突きつけた。

(ごめん、優里亜ちゃん、私もう無理、限界…………!)

 理香は優里亜の返答を待たずに立ち上がる。

 そして、テロリストとの距離を詰め、銃を手刀で叩き落した。

「なんだ貴様は!?」

「うるさい、外道!」

 理香はテロリストを蹴り飛ばした。

「こいつ!」

 テロリストたちが理香に向けて、銃を向け、迷わず引き金を引く。

 理香は身構えた。

 しかし、銃を不発だった。

 理香は周囲の異変に気付く。

 稲妻に似た光が貴金属類を襲った。

 理香はそれが何か理解する。

「《雷懐(らいかい)》っと。仕方ない状況とはいえ、無鉄砲すぎますね」

 《雷懐(らいかい)》、これの存在が戦争から通常兵器を消失させてしまった。雷の魔導戦士が使うことのできるこの『特技』は貴金属が使われている兵器を破壊する。戦闘機も戦車も装甲車も機関銃も、世界大戦以前に使われていた主力兵器の全てが役に立たなくなってしまった。

「《雷懐(らいかい)》って、中等部じゃそんな魔術まで習わないでしょ!?」

 理香が驚く。

 《雷懐(らいかい)》は本来、高等部の二年で体得する魔術である。魔力量も魔力操作能力も中等部の生徒では、《雷懐(らいかい)》を使えるほど成長していないはずだ。

「そんなことに驚いている余裕はないですよ。これを」

 優里亜は理香にあるものを投げた。

 理香はそれを掴む。

(解除キーです)

 優里亜は意思疎通方法を脳内に切り替える。

(このなったら、作戦変更です。臨機応変に対応してください。説明は受け付けません。先輩がやるべきことはテロリストと民間人の引き剥がしです)

 理香は優里亜に何か考えがあることを理解し、それに乗ることにした。

 解除キーを使って、腕輪を外す。

 理香はどの武器を使うか一瞬、迷う。

「民間人を拘束しているのは魔導戦士じゃない。それなら…………《風釵(かぜかんざし)》! それから《風歩(ふうほ)》!」

 理香の選択は殺傷能力の低い警棒のような武器だった。

 《風釵(かぜかんざし)》は中等部で習う『武技』だ。『武技』とは各々の属性にあった武器を顕現させる魔術である。

 《風歩(かぜほ)》は『攻技』。『攻技』とは身体強化を付与する魔術だ。理香の使った《風歩(かぜほ)》は移動速度強化の技である。

「行くよ…………!」

 理香はテロリストに先制する。

「こいつ…………」

 テロリストが応戦しようとするが、

「速度強化中の私に対抗なんて出来ないよ」

 理香の速度に対応できたテロリストはいなかった。理香は《風釵(かぜかんざし)》を振って、テロリストを退けた。全てのテロリストが人質から引き離される。

 それは一瞬の出来事だった。

(上出来です。ここからは私に任せてください)

 どうするつもり? と尋ねる前に答えが出た。

「皆さん、じっとしていてください! 《水壁(すいへき)》」

 民間人を囲む水の壁が出現した。

 それは水の魔導戦士が扱うことのできる『守技』で、通常武器の攻撃と大抵の火の魔導戦士の攻撃を防ぐことが出来る。

 魔導戦士が扱う魔術は補助系の『特技』、武器を作り出す『武技』、身体強化系の『攻技』、防衛の『守技』が存在する。

 魔導戦士の属性によって使える『技』は異なる。四つの『技』を使えるわけでない。さらに属性によって使える『技』に特色が出る。

 例えば、風の魔導戦士は『守技』を一切使えず、『攻技』は速度強化系と攻撃力強化系しか使えない。『武技』は近接武器しか顕現できない。能力は近接戦闘に特化している。

 また、雷や水の魔導戦士は一切の攻撃手段の持たず、戦場では後衛を任される。

 理香と優里亜は自分たちの特性を生かして、前衛と後衛に分かれた。

(これでもう民間人は大丈夫です)

(優里亜ちゃん、二つの属性を持っているの!?)

 理香はまた驚くことになった。二つの属性を持つ魔導戦士は稀である。大戦で名前を残した『英雄』級の魔導戦士でも二つの属性を持っていた者はほとんどいない。

(そういう無駄口を叩ける状況じゃないですよ。これで魔力を持たないテロリストはほぼ無効化できましたけど、先輩はこれからのこのフロアにいる敵の魔導戦士、五名と戦わなければ、いけないんですよ)

 理香は辺りも見渡す。

 敵は既に臨戦態勢だった。

(火が一人、土が三人、風が一人、風の魔導戦士には気を付けてください。他の四人は魔導戦士もどきと言うべき程度の戦闘力ですが、一人だけ実力が抜き出ています。まぁ、単純な技量だけなら先輩の方が上だと思いますけど)

(情報、ありがと)

 理香は再び《風歩》使って、自身の制御できる最高速で動く。

 まとまる前に各個撃破に出る。

 初陣で体が動かない、ということはなかった。

 子供の頃の絶望的な体験に比べれば、こんなの大したことない。

「ここからが私の魔導戦士戦の初陣…………《風打刀(かぜうちかたな)》!』

 日本刀の形状をした《風打刀(かぜうちかたな)》は風の魔導戦士の代表的な中級武技である。

 まずは遠距離攻撃を行えるが、防御面が貧弱な火の魔導戦士を狙う。

「来るな! これでもくらえ! 《火弾(かだん)》!」

 火の魔導戦士が《火弾(かだん)》を放つ前に、理香は敵に肉薄した。

「遅いよ!」

 理香の速度に相手は対応できなかった。戦闘は一瞬で決着する。

 次に理香は土の魔導戦士に狙いを付ける。

「防御だ! 防御! 二人とも《土鎧(どがい)》を装備しろ!」

 土の魔導戦士の一人が叫んだ。

「無駄だよ」

 風の魔導士は近接戦闘に特化している。一対一の近接戦闘で風の魔導戦士に対抗できるのは同じ風の魔導戦士か、格上の土の魔導戦士である。

 優里亜から送られてくる情報で、理香は自身の攻撃力が、相手の土の魔導戦士の防御力を超えていることを確認していた。

 個々の戦闘では理香の攻勢を止めることは出来ず、三人の土の魔導戦士はあっという間に撃破されてしまう。

 理香は一瞬で数的不利を解消した。

 理香は華々しい初陣を飾る。

 しかし、気を緩めるのは早い。

「あなたが最後の一人です!」

 そして、最後の男に視線を移す。


出てきた魔術の補足説明。

雷懐(らいかい)

雷の魔導戦士の中級特技。通常兵器の無効化が可能。魔導戦士戦ではなんの効果も無し。通常兵器が戦場から消えた原因。

風釵(かぜかんざし)

風の魔導士の低級武技。攻撃力の低い武器。使う者はほとんどいない。風の魔導戦士の武技の中では頑丈なため、攻撃を受けることのできる珍しい武器。

風歩(かぜほ)

風の魔導戦士の中級攻技。移動速度強化の付与する。速度を重視する風の魔導戦士が好んで使う。

水壁(すいへき)

水の魔導戦士の中級守技。水の壁を出現させる。通常武器での突破は不可能。火の魔導戦士の攻撃を防ぐことが出来る。風の魔導戦士の近接攻撃には弱い。

風打刀(かぜうちかたな)

風の魔導戦士の中級武技。日本刀の形をしている。優秀な近接戦闘能力を持っているので、風の魔導戦士が好んで使う。耐久力が低いため、受けに回ったり、相手の防御力の方が高いと折れてしまう。

火弾(かだん)

火の魔導戦士の下級武技。火の魔力を弾にして飛ばす武技。消費魔力のわりに威力はそこそこ高いが、精度の悪さと発射速度が遅さが欠点。多人数による戦場での一斉発射は強力。

土鎧(どがい)

土の魔導戦士の下級武技。鎧を纏い、防御力を上げるが上昇幅は小さい。魔力量の少ない者しか使わない。


書き漏らしている技があったら、申し訳ありません。

初めて技名のある小説(というか異能バトルものを書いたのが初めてな気がする)を書くことにしましたけど、技名って大変ですね(汗)

もっとかっこいい《月詠》とか《天照》とか《須佐能》とか使おうと思ったんですけど、あとから読み返した時に自分で訳が分からなくなりそうだったのでやめました。たぶん技名は今みたいな感じで進んでいきます。

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