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戦史研究学科の異端教師  作者: 楊泰隆Jr.
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先生の娘

 街の服屋にて。

「大和准将…………」

「冴香さん、でしょ?」

「…………冴香さん、この服はちょっと…………」

 理香は恥ずかしそうに俯く。

「うんうん、やっぱり女の子はヒラヒラした服が似合うわよね!」

 理香が初めて着る種類の服だった。

 西洋っぽいが、それでいて動きやすい。

 しかし、その代償に…………

「鍛えられている生足っていいわね」

 理香の下半身に冴香の視線が集中する。

 恥ずかしい。ズボンが良い。

 理香は心底、そう思った。

 理香はそれでも拒絶を出来なかった。憧れの英雄が喜んでくれるなら、と冴香のセクハラを受け付ける。

「冴香さん、私の生徒を困らせないでください。真境名さん、これなんてどうかな?」

 先生は地味なジーンズを持ってきた。

「あ、ありがとうございます!」

 理香は迷わずそれを受け取り、試着室へ戻る。

「もう、つまらない」

 冴香はムスッとする。

「あなたの為でもあるんですよ。国の英雄が女性の士官候補生に淫らなことをしたなんて、マスコミに漏れたら、軍のイメージが下がります」

「はいはい、まったくいつから正論を言うようになったのかしらね」

「他に正論を言う人が居なくなってからですかね」

 先生は少し寂しそうに言う。

「…………ごめんなさい」

 冴香はすぐに謝る。

「気にしないでください。どうも私は過去に縛られている」

 先生は困った顔をする。

「あ、あの、着替え終わったんですけど…………」

 理香が申し訳なさそうに二人の間に割って入った。

「うん、似合っているよ」と先生が言う。

「でも私、旅費がギリギリでこれを買うお金は…………」

「こら、子供が大人の前でお金を払おうとしない。私が誘ったんだもの。私が出すわ」

「えっ、それはさすがに…………」

「真境名さん、大人の好意には甘えておきなよ。一言、ありがとう、って言えばいいんだよ。そうですよね」

 先生が冴香を見ると「その通り」と言う。

 理香は申し訳ないと思いつつ、素直に「ありがとうございます」と返した。

「さて、じゃあ、行きましょうか。ところで優里亜ちゃんは合流できるの?」

 冴香が先生に聞く。

「もうホテルに戻っていると思います」

「なら、ちょうどいいわね。私も着替えたいし、ホテルに行きましょうか」

 ここからは車での移動だった。

 先生が運転席に座る。

 冴香は助手席、理香は後部座席に座った。

「そういえば、冴香さん、新しい部署に付くんですよね?」

「私は新設される魔導戦士戦競技連盟の室長になったわ。君にも資料を送ったはずだよ」

「読みましたよ。内容は頭に入ったんですけど、固有名詞がね」

「君は昔から変わらないね。魔導戦士戦競技の対象者は全ての士官学校生。つまり君もその中に入っている」

「私は教員ですよ」

「指揮官は教員とする、と明記してあるわ」

「明記した、の間違いでしょ。どうやら、あなたはどうやっても私を巻き込みたいらしい」

「私たちは生き残った。生き残った者にはそれなりの責任があると思うの。どう思う?」

 理香は自分が場違いな場所にいる気がした。

 黙っているしかなかった。

「子供のいるところでこういう話は止めましょう」

 先生が言う。

 理香は子ども扱いされたことに反論をしたい気持ちがあったが、二人の間に割って入る度胸はなかった。

「別に良いじゃない。そもそも、政府は私たち魔導戦士の今後を甘く見ている。今はまだいいよ。先の大戦で大きな戦果を挙げた私たちを英雄として掲げられるから。でも、今以上に世界平和が進めば、魔導戦士は必ず疎まれる。隣人がどんなに笑顔で近づいて来ても、常に銃を携帯していては周りが警戒するのは当然だよ。すでにいくつかの国際テロ組織の魔導戦士が各地で暴れている。このままではいずれ、魔導戦士は人から離され、人類の敵として扱われるようになるかもしれない」

「そういう未来もあるかもしれませんね。人類は愚かなことに思想や言語、人種が違うだけで争える生き物ですから、今後、魔導戦士と人の戦争が起きるかもしれません」

 先生の口調を軽かった。

「笑い事じゃないよ。そうならない為にも魔導戦士が人の中にいる必要がある」

「それが魔導戦士戦競技ですか?」

「そうだよ。魔導戦士を競技者にする。娯楽を提供する者として魔導戦士は生き残る」

「ちょっと待ってください!」

 理香は精一杯の勇気を使って、声を上げた。

「私が軍人に成りたいのは、大衆の見世物になんかなるためじゃありません。沖縄を奪還したいからです。魔導戦士と人の戦いが起こるはずがありません。私たちは助け合っているじゃないですか?」

「そうだね。今はまだ戦争が終わって、不安定だから問題がないわ。でも、沖縄を奪還して、帝国との戦いが完全に決着した時、この国はどのような選択をするかな?」

 冴香の声は静かだが、鋭かった。

「そ、それは…………」

「源頼朝と源義経、後醍醐天皇と足利尊氏、足利尊氏と足利直義、明治政府と西郷隆盛…………一度手を取り合った兄妹や盟友たちが共通の敵を打倒してから新たに覇を唱えて争う…………ううん、違うね。彼らは怖かったんだわ。お互いが。次は自分の番かもしれない、と親しい人たちに対して不安を感じてしまった。人間は近いものほど恐れる。殆どの同じ者の殆どに含まれない部分に恐怖を覚える。だから争う。そんなことを人は何百年も、何千年も、いや、何万年かもしれない時間やって…………」

「冴香さん、あんまり私の生徒を虐めないでくれますか?」

 冴香に詰め寄られ、困っていた理香に先生が助け舟を出す。

 バックミラーで理香と先生の視線が言った。

「ごめん、ブン君」

 冴香は俯いた。

(ブン君?)

 理香はその呼び名を聞いたことがあった。信じられなかった。

「いえ、あなたが魔導戦士や人の今後を考えているのはよく分かります。あと、今の私は田中一郎ですよ」

「その分かりやすい偽名、どうかと思うよ」

「あの私がいるところで偽名ってバラしても大丈夫なんですか?」

「理香ちゃん、ここで話したことは忘れなさい。機密保持義務よ」

 冴香はその言葉で解決させることにした。

「あっ、はい…………」

 その後、少しの無言の時間を挟んで、

「さて、ホテルに着きましたよ」

 理香たちはホテルの前で車を降りる。

 車をホテルの人に預けて、三人はホテルの中に入った。

「もしかして皇国ホテル!?」

 理香は驚きの声を上げる。

 各国の要人が使う超高級ホテルである。

「まぁ、これでも日本の英雄なんでね」

 冴香はウインクする。

「この格好で大丈夫ですか?」

 周りを見ると明らかに富裕層の格好をした人ばかりだった。

「大丈夫大丈夫。さて、私はちょっと着替えてくるから、君も私の部屋に来る?」

「いえ、私はロビーで待ってます」

 理香は一旦、この緊張状態から抜け出したかった。

 英雄と一緒にいられるはうれしかったが、疲れもした。

「…………僕もちょっと一緒に行こうかな」

 先生は辺りを見渡し、そう言った。

「ああ、そうしてくれると助かる」

 冴香が答える。二人はなぜか目配せをしていた。

「真境名さん。私の娘がロビーにいるはずだ」

「娘さんですか?」

「あんまり人と話したがらない子だから相手をしてやってほしい」

「そんな前情報を貰って、会話を弾む気がしませんけど…………娘さんの特徴、聞いてもいいですか?」

「中学生、見た目も年相応、一人でポツンとしているはずだよ」

「ちょっと、いい加減過ぎません? まぁ、探してみますけど」

「あと、この鞄、持っていてくれないか?」

 冴香が理香に鞄を渡す。

「私なんかに預けていいんですか?」

「むしろ君が持っていた方がいい」

 冴香は鋭い視線でロビーを見渡した。

「冴香さん?」

「ううん、何でもない」

「じゃま、ちょっと待っててね」

 二人は私の前から姿を消した。

「先生の娘さんを探すか…………」

 理香はロビーをフラフラと歩く。人が多い。

 顔が分からない中学生一人を探すなんて難しすぎると諦めかけた時だった。

「真境名さん」

 いきなり呼ばれて、理香は声のした方向を見た。

 見た目は中学生、大人しそうな子だ。その子は理香の方を見ていなかった。手にした本から視線を離さない。

「優里亜ちゃん?」

「はい、話はパパから聞いています」

 相変わらず、理香の方を向こうとしない。無関心なのか、それとも人見知りなのか、判断が難しい。

「あなたと一緒に待っていて、言われたの」

 私は腰かける。

「そうですか」

「…………………」

「…………………」

 


 会話がない…………気まずい…………普段どうやって会話してたっけ?

 …………………………思い出せない。

 そういえば先生に会ってから良くしゃべるようになった気がした。



「真境名さん、パパのこと考えていますね?」

「は!? そ、そんなことない」

「言っておきますけど、パパにはママがいますからね」

「ごめん。話が成立してない。こういう時はまず自己紹介じゃないかな?」

「そういう時はまず自分からじゃないですか?」

「さっき私のことを『眞境名さん』って、言ったよね?」

「あなたの口から直接聞いていません」

 理香は生意気な言い方にムッとしたが、対話の姿勢は崩さなかった。

「私は真境名理香」

「真境名って、なんだか沖縄って感じがしますね」

「沖縄出身ですから」

「私は…………優里亜です」

 優里亜が名字を名乗らなかったことを理香は指摘しなかった。

「ところで冴香さんから鞄、待たされていますよね」

「えっ、うん」

「貸してください」

 優里亜は理香から鞄を引っ手繰ろうとした。

「ちょ、ちょっと、これは私が預かったものだよ!」

「知っています。なんでこれをあなたに託したと思いますか?」

「はい?」

「あなたも私も軍人、その本質は民間人を助けることだと思うんだけど?」

「何の話? っていうかあなたも?」

「言い遅れました。群馬県属渋川士官学校中等三年の優里亜です」

 優里亜は敬礼をする。

「それって、私の後輩じゃん。後輩のくせに生意気な…………」

 理香は言葉を最後まで言えなかった。


 爆発音がした。


 続いて、人々の悲鳴が聞こえる。


 爆煙が収まると銃を持った男たちがいた。

 男たちの服の刺繍、『赤旗』を理香は知っていた。

「静かにしろ! 我々は憂国同志会議である!」

 理香にとって突然の初陣が目前に迫っていると、理香自身はまだ理解していなかった。

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