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戦史研究学科の異端教師  作者: 楊泰隆Jr.
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夏休み

 期末テストが終わり、夏季休業が始まる。

 二年前から士官学校でも夏季休業が導入され、学校内は静かだった。

 理香は図書室にいた。ここには本を傷めない為の空調設備がある。だから、夏でも快適に過ごせる。

 快適…………に過ごせるはずだった。

「やぁ、今日も出勤かい?」

 先生が今日もいた。

 すでに二週間以上、図書室で顔を合わせていた。

「どうも」

「たまには歴史書を読んだらどうだい? 中々、面白いものだよ」

「面白い?」

 理香は先生を睨みつける。

「人殺しの記録を見て何が楽しいんですか?」

「そう言われると我ながら、悪趣味なことやっている気がしてきたね。でも、やっぱり私は歴史が好きだ。娯楽にしている部分は否定しない。でも、教訓にもしたいと思っている」

「教訓?」

「戦争はあったし、これから先も起きるだろうね。恒久的な平和なんて人類の歴史にはないし、ひとつの統一された国家も思想もない。人はこれからも争う。それでもやはり戦争は起きてほしくはない。特に私の次の世代、君や私の娘を戦場には立たせたくない」

「その為に悪の存在を認めろ言うのですか?」

「前にも言ったはずだよ。戦争に正義なんてないんだ。あの戦争だってお互いに譲れないものがあった。だらか、そのために戦争が起きたんだ」

「譲れない? 帝国は無慈悲に侵略しただけでしょ!」

 理香の声が静かだった図書室に響いた。

 でも、先生はまったく気にしていなかった。

「なんで帝国は戦争を行ったと思う?」

「それは他国の領土、資源が欲しかったからでしょ」

「そう、正解だ。領土が欲しかった。物資が欲しかった。いいや、取り戻したかった。今から約百年前、アジアの大半を支配していた清帝国は、ヨーロッパ連合との戦争に負けた。そのせいで不平等条約を結ぶことになって、様々な利権を失った。そして、さらに今から約五十年前、清帝国は理不尽な要求を続けるヨーロッパ諸国に対して宣戦布告したんだ。でも、結果は…………」

「惨敗して、ヨーロッパ諸国は清帝国を完全に分割支配することを決定したんですよね。確かに帝国がヨーロッパに恨みを抱くのは分かります。でも、日本は直接、帝国と戦いませんでした。攻められる理由がありません」

「それは都合のいい解釈だね。五十年前の戦争で、日本はヨーロッパ諸国に武器を輸出していたんだ」

「それは…………」

「攻められる理由がない、と言い切るなら、それは日本が帝国側にいた場合だけだろうね。結局日本も弱い者いじめに加担したのさ。日本が帝国に攻められたのは因果応報だね」

 理香はバンと机を叩いた。

「帰る」

「そうかい。今度からもっと静かに退出するべきだね」

「すいませんでした!」

 理香は図書室を飛び出して、家に直帰した。

「あ~~、むかつく! むかつく!! むかつく!!!」

 理香は何度も枕を殴った。

「なんなのあいつ!? ああ言えば、こう言う! 屁理屈ばかり! あれで大人のつもり!?」

 口に出したことはほんとに思っていることだった。

 しかし、本当に思っていても口に出さなかったことがあった。


 あいつの言うとおりだ。


 理香は心のどこかでそう思っていた。確かに反論できなかった。理香も正論を言っているつもりだ。

 しかし、先生も正論を言っている。物語なら正義と悪が存在する。でも現実は違う。正義の対には別の正義。正論の反対には別の正論がある。それを理香が理解できた。それでも、認めたくなかった。それを受け入れたら、軍人になる理由が揺らいでしまいそうだった。

 理香は自身が死んで沖縄が戻ってくるなら、どんな死地でにでも行く覚悟を持っていた。これは偽りのない本当の気持ちだった。

 しかし、最近はもやもやする。気分転換に勉強をしたが、身が入らなかった。

「はぁ~~、私、このままじゃ駄目になる…………そうだ!」

 理香はモヤモヤする気持ちを振り払う為にある行事に参加することにした。


 4日後、8月15日。


 東京の世界大戦戦没者霊園で慰霊祭が行われる。

 特に今年は大きな行事になる予定だった。

 今年から沖縄戦で戦死した人々の名前が刻まれることになっている。

 理香は机の引き出しを開けた。そして、封筒を取り出した。中には僅かな貯金が入っている。

 それを引き出しから出した際にもう一つの封筒が目に付いた。

 こちらの中には大金が入っている。しかし、これを使う気はなかった。これは毎月送られてくる差出人不明の金銭だ。理香は誰かに支援される心当たりがなかった。ありがたいが、申し訳ない。いつか差出人を突き止めて、返すつもりだった。

 理香は封筒の中身を確認する。

「どうにかなるかな。でもあっちで宿泊する余裕はないから、往復を夜行バスにして…………」

 理香はさっそく東京に行く準備をした。

 準備で忙しかったこともあり、図書室には行かなかった。その為、先生にも会わなくなった。

 そして、八月十四日の夜、理香は高崎まで出て、そこから夜行バスに乗る。

 その時、理香はあまり気分の良くない人たちと同乗してしまった。全身が黒一色の集団。無政府主義者の集団である。無政府主義思想は大戦終了後に台頭してきた。国家が存在するから戦争が起きる。だから、世界革命を起こして世界から国家という概念を無くすというのが、活動理念である。とは言っても、過激な行動に出る集団は殆ど無い。街頭で演説をしたり、ラジオで国家という概念の愚かさを説明している集団が殆どである。実際に命を賭けて行動を起こしている集団は殆ど無い。彼らは正義の言葉を並べる自分たちに酔いたいだけなのだ。口だけの無政府主義者たちを、理香は軽蔑していた。

 しかし、例外も存在する。

 その中で最も過激なのが『憂国同志会議』である。いくつかの国と紛争を起こしている。判明している幹部は国際指名手配されている。

 しかし、理香は彼らが本当の悪だとは思えなかった。残虐なこともしているが、帝国やヨーロッパ諸国の植民地を攻撃して、独立の手助けをしているのは事実だ。地域によっては『憂国同志会議』を英雄扱いしている。

「私ももしかしたら…………」

 妙なことを呟きそうになり、理香は首を横に振った。

「私は軍人に助けられた。だから、軍にいる。それでいい。今からテロリストになってしまっては、あの日私を助けてくれた人たちに申し訳なさすぎる」

 理香は自分に言い聞かせる。

 バスがしばらく走ると理香は睡魔に襲われた。

 東京行きの準備であまり寝ていなかった。

 理香はいつの間に寝ていた。

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