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戦史研究学科の異端教師  作者: 楊泰隆Jr.
24/25

事後処理

 湯田を見た多くの生徒は「怖い」と思った。

 いつもの整った髪型は崩れ、目は充血し、顔は蒼白で、額には脂汗が光る。

「えっと、湯田先生、何か問題がありましたか?」

 しかし、先生はいつもの調子で話しかける。

「雷の魔導戦士があんな技を使えるなんて聞いてない。あんな技は教科書に載ってない!」

 子供のように喚く湯田先生を見て、理香は「哀れ」と思ってしまった。

「湯田大佐、見苦しいよ。負けを認めなよ」

 冴香が前に出る。

「これはこれは、運と容姿だけで准将にまでなった方がいたとは驚きだ」

 その言い方に、理香はムッとし、前に出る。

「おっと、私の為に怒ってくれるのは嬉しいけど、君が出る幕じゃないよ」

 冴香は、理香の腕を掴んだ。

 理香は動かそうとするが、全く動かなかった。

「昔からこの手の挑発には慣れているんだ。今更、あれくらいじゃ…………」

「最年少の英雄などと言われたって、もうおばさんじゃないか!」

 言われた瞬間、冴香の表情が変わった。

 理香は「空気が凍る」を分かりやすく体感した。



 私にはまだ分からないけど、微妙な年の女性に『おばさん』は禁句らしいんだよね。

 って、ちょっと!?



「大和准将どうするつもりですか!?」

 今度は理香が冴香の腕を引っ張る。

「って、止まらない!? 力、強すぎ! 落ち着いてください!!」

「ちょっと殴るだけ」

「簡潔な文章ありがとうございます。そして、それは絶対にさせませんから! 軍で問題になりますよ!」

 理香は全力で止めるが、冴香は止まりそうになかった。



「おいおい、一体、大人はどこにいるんだ?」



 その声はとても重かった。

 皆が一斉に声のした方角を見る。一人の男性の老人が立っていた。服装はスーツ、顔は大きめの帽子を被っている為、まだ見えない。

「ったく、大人が子供の前で情けねぇ」

 老人は近づいて来る。

 理香は老人の歩き方に違和感を覚えた。怪我をしているわけではない。

「たぶん、義足だ」と理香は結論付ける。

 老人の後ろには副官の女性がいた。

 それと顔を真っ青にした学校長の大神も遅れてついて来る。


 副官が着くということはかなり階級の上の人かな?

 学校長のあの様子だと、中将より上…………んっ!?

 男性、老人、中将より上、義足…………って、まさか…………?

 

 理香はそれに該当する人を一人だけ知っていた。

「でも、いやいやまさか…………」

と理香はその答えは否定する。

「あなたは誰ですか!?」

 湯田先生が言う。興奮と負けたことからの屈辱で周りが見えていなかった。

 青かった大神の顔から血の気が引き、真っ白になっていた。

「儂? 儂か? 儂はな…………」

 老人は帽子を取る。

 先生と冴香を除く全員が驚いていた。

山本白二三(やまもとしろゆみ)。日本帝国魔導戦士軍総司令官をやっている者だよ」

 もし、日本人で山本白二三(やまもとしろゆみ)を知らない者がいるとすれば、それは言葉をしゃべれない赤子だけだ。

 階級は元帥。

 日本の反撃のきっかけを作った九州奪還戦で総司令官を務め、『九州奪還の七柱英雄』の筆頭と呼ばれる大英雄だ。

「儂が見た限り、生徒たちは良く戦った」

 理香たち生徒一同は背筋をピンと張った。

「戦争なら賞賛されるべきは勝者で、敗者は全てを失う」

 それを聞いた戦略戦術学科の生徒たちの表情が曇る。

「だが、これは競技戦だ。戦争じゃない」

 山本は笑った。

「勝者も敗者も賞賛しよう。拍手を送らせてもらう」

 静まり返った戦場に山本の拍手だけが聞こえた。

「…………今回の競技戦に学科存続の有無を賭けていたらしいが、軍上層部がそんな指令を出した覚えはない」

 山本は湯田と大神をギロリと睨んだ。

「戦史研究学科が劣っているという理由で 潰される候補になったとしたら、その戦史研究学科に負けた戦略戦術学科はどうなる? ええ!?」

 山本は生徒たちに言っていない。

 山本の視線の先には湯田と大神の二人がいた。

 二人は何も答えられなかった。

「私たちは敗者です」

 円子が前に出る。

「勝者の意見に従いましょう。みんな、それでいいか?」

 戦略戦術学科の面々が頷いた。それだけで円子の人望を伺えた。

「見事。若いのに潔い。では、戦史研究学科の諸君の答えを聞こうか」

 当然、山本はこちらに視線を移す。

 誰も何も言わなかった。

「わ、私は真境名さんに一任します」

 沈黙を破ったのは一倉だった。

「人に何かを委ねるというのは楽をしたいということかな?」

 山本が一倉に迫った。

「ち、違います。違うと思います。私たちはみんな、戦略戦術学科の生徒に嫌がらせ受けていたと思います。でも、真境名さんへの嫌がらせが一番酷かった、気がするから。その真境名さんが許すというなら、私たちも許さないといけないと思います」

「なるほど、考えがあるならいい。他はどうだ?」

 山本の言葉に全員が沈黙する。この場合の沈黙は同意に等しかった。

「決まりらしいな」

 山本が理香を見る。

「一倉さん、いきなりこっちに投げないでよ!? 先生、民主主義において、一人の判断で全てが決定するのはどう思います!?」

「みんながそれを望んだなら、それは民主主義というべきかな」


 あっ、終わった。


 理香は天を仰いだ。

「ほら、何ボケっとしてるの!」

 理香は一倉に突き飛ばされて、山本の目前に出た。

「やぁ、真境名里香君だね」

「は、はい! お会いできて光栄です!」

 理香は反射的に敬礼する。

「緊張しなくていい。どうやら、戦史研究学科の諸君は君に一任したらしい。約束通りことを行うのも、慈悲をかけるのも君次第だ」

 山本の声は優しかった。

 戦略戦術学科。

 理香が憧れて入ることが出来なかった学科だ。

 理香は悔しかった。だから勉強をさらに頑張った。統一筆記試験では学内一位を取り続けた。

 しかし、戦史研究学科というだけで嫌がらせをしてきた戦略戦術学科の生徒はたくさんいた。

 戦史研究学科は落ちこぼれ。

 だから、戦略戦術学科に勝つ理香の存在は邪魔だった。

 理香は戦略戦術学科の生徒を見渡す。理香と目が合った瞬間に目を逸らした生徒が何人もいた。

 理香は彼ら彼女らが嫌がらせをしてきたことを覚えている。

 そんな中、理香と円子の視線が合った。円子は真っすぐに理香を見つめ、目を逸らさなかった。

 理香はどんな結末も受け入れる、と言われているようだった。

 潔い、といえば聞こえがいいが、諦めが早すぎる気がした。

「敗者に情けをかけるのは勝者の器量も示すものです。戦略戦術学科の存続を私は認めます」

 そこまで言うと理香は円子に迫った。

「私は性格が悪いから楽なんてさせない。私たち落ちこぼれに負けたエリート集団だとみんなから笑われるいいよ。苦しめばいいと思うよ。けど、私だったら、笑われたって挫けない、足掻く、カッコ悪くても活路を見つける。円子君たちもそういう風に苦しめばいいよ」

 円子が何か言う前に理香は戦史研究学科の仲間の元へ帰っていく。

「もう、真境名さん、カッコつけすぎ!」

 再び、一倉に抱き付かれた。それに続いて、戦史研究学科のみんなが押し寄せる。

「ちょっ、待って!」

 理香は人の波に飲まれた。

 円子はとても小さな声で「ありがとう」と呟いた。


「子供は元気が良い。さて…………」

 山本の雰囲気が変わった。生徒たちもそれを感じ取り、みんなも騒ぐのをやめた。

「ワシがここに来た理由、分かるか?」

 山本の視線の先にはすっかり抜け殻になっていた湯田がいた。

「はい?」

 湯田は間抜けな返事をする。

「湯田大佐、貴官は学科選抜試験の際に不正を行ったな」

 不正? と理香は首を傾げる。

「貴官が士官学校に赴任してから五年間、九州・沖縄出身者は能力に関わらず、全員、戦史研究学科に編入させ、生徒を使った嫌がらせを繰り返し、退学に追い込んだな?」

「えっ、何それ!?」と理香は口に出す。

 理香は嫌がらせをしていた生徒を見る。すると俯いていた。

 山本の言葉に対して、驚いた様子はなかった。

 その態度が山本の言ったことの裏付けていた。

「そのようなことは決して…………」

「ほう、まだ認めないか? この五年間、疎開した生徒の卒業生がいないこと。この学校を卒業した数名からの密告があったこと。それを聞いてなお、認めないというなら、仕方ない軍法会議に出てもらおうか?」

 それを聞いた湯田は真っ青になった。

「ち、違う。私は軍を守るためにやったのです!」

「軍を守るため?」

「九州・沖縄から疎開してきた子供は一度は帝国の植民地になった土地の人間だ。敗者だ。それに帝国に洗脳され、日本を転覆させる思想を持っている可能性だってある」

 こいつ何を言っているんだ!? と理香は怒りで湯田に迫る。

「待ちなさい」と冴香が止めた。

「あいつは自分の死刑執行の許可書に判を押したようなもの。私たちは見ていればいいよ」

 冴香が小声で言う。

 冴香に言われて、理香は留飲を下げることにした。

「それにこれは穢多非人と同じだ! 最下層のものを作ることで、他のものは…………」

 湯田は最後まで言えなかった。

 山本が、湯田の後頭部を掴み、そのまま地面に叩きつけたのだ。

 嫌な鈍い音がした。

「おい、小僧」

 山本は叩きつけた湯田の髪を引っ張り持ち上げる。歯が数本無くなり、鼻は折れて血を出していた。

「そんな下らねぇ階級制度はもうねぇんだよ。それに九州や沖縄の過酷な環境を生き抜いた子供の方がてめぇよりよっぽど骨があるぜ。このクズが! それから大神、てめぇ、自分にへこへこしている奴だけ集めて、殿様にでもなったつもりか!? てめぇも覚悟しておけよ!」

「ひっ!」

 大神は腰を抜かして、その場に倒れた。

 空気がピリッとする。

 殺気が生徒たちにも伝わってきた。湯田と大神に向けられてたものと分かっていても、恐怖を覚える。

「あ、あれ?」

 理香は意識が遠のくの感じた。足が震え、呼吸が出来なくなっていた。

「大丈夫」

 冴香の声が聞こえた。

「山本先生、生徒まで怖がらせてどうするのですか!」

 冴香が声を張る。

「すまん、すまん。優しいおじいちゃんを目指すつもりが台無しだ」

 山本から殺気は消えた。

 理香は遠くなっていた意識が戻る。辺りを見渡すとみんなも同じだったようで座り込んでいる生徒や泣いている生徒がいた。

「まったく、もう…………あと『それ』はもう何も聞こえないと思いますよ」

 冴香が指差した先には湯田がいた。

 泡を吹いて気絶していた。

「死んではいないよね?」

 理香は心配を口にする。


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